55 / 105
第二章 夏の宴と死者の森
51 帰還
それからの時間の流れは速かった。
マウロ・ソロニカと共に眠ったままの生徒たちを起こして、コレットがバスまで誘導した。ソロニカは負傷したアーベルの捜索に向かい、数分と経たないうちに同様にバスまで戻って来た。
アーベルは意識こそないものの、大きな外傷はなく、レオンが言っていたことが真実なら本当に魔力を抜かれて貧血状態になっている様子。
リンレイが引率していたミナを始めとする生徒、アーベルと共に行動していた五人の生徒についても、怪我はなく皆夢を見た後のような顔をしていた。その顔色からして、良い夢ではなかったようだが。
眠らされたのかハンドルに突っ伏して大きなイビキをかく運転手を叩き起こして、プリンシパル王立魔法学校への目的地変更を依頼する。今から出たら到着は遅くなるだろうけれど、このままマゼンタスに滞在するよりはマシだと考えた。
「クラインくん……僕はアーベルを近くの病院まで送り届けたらすぐに合流する。それまで引率を頼んでも?」
「ええ、もちろんです」
不安な気持ちを押し殺して頷く。
ソロニカはそれを見てフッと口元を緩めた。
「ジルがね、教えてくれたんだ。貴女に危険が迫ってるんじゃないかってね。娘はああ見えて記憶力が良いから、提案してくれた散歩の話を心配しているみたいだ」
「………感謝しています、とても」
コレット一人では完全に足手纏いだった。
俯いて黙り込む背中を軽く叩いて、ソロニカはアーベルと共に姿を消す。他者との交流を好まない彼を巻き込んでしまったことを申し訳ないと思いつつ、自分の弱さに対する強い悔しさを感じていた。
しかし、それでも生徒は無事。
バスに戻って胸を撫で下ろすコレットの腕を小さな手が引いた。後ろを振り返ると、心配そうな顔をしたアニアを筆頭にして一年一組のメンバーが立っている。
「どうしたの?」
コレットは身を屈めて問い掛けた。
「先生……ノエルくんは?」
「あ、えっとね………」
バタバタしていて忘れていたけれど、レオンがその身を偽っていたとはいえノエルは彼らにとって大切なクラスメイト。突然消えたとなれば、きっと事情を知りたがる。だけれど、現状コレット自身も理解していないことを伝えても、混乱を招くだけ。
「ノエルくんは、みんなより少し眠りが深かったからアーベル先生と一緒に病院で診てもらうことにしたの。何か……進捗があれば伝えるわね」
「そうなんだ……」
「なんだよアイツ、いつもへっちゃらな顔してるくせに……早く元気になれって伝えてくれよな」
アストロまでもがそんなことを言うから、咄嗟に吐いた嘘がぎゅっと胸を締め付けた。
だけれど、なんて言えば良いのか。
真実は到底言えそうにない。
「貴方たちと一緒に学んでいたのは実はこの国の王子様でした!やることがあるから姿を眩ませたみたいだけど気にしないで~」とか?そんな説明をしたところで、彼らが抱く疑問や追求にコレットはきっと答えられない。それならば、今はこの回答が精一杯。
走り出したバスの中で窓の外を見ていると、ドスッと隣の座席が沈んだ。横を向くといつの間にか戻って来たソロニカが腕を組んで座っている。
「………お疲れ様です。ありがとうございました。ソロニカ先生が居なかったら、」
「そういう湿っぽいのは不要だ。アーベルは暫くの間は入院して魔力供給を受けることになるらしい。夏休み中で良かったな」
「そうですか……」
コレットはスカートの裾を握り締める。
何もかも分からない。
自分の時戻りはどうやら王子が原因のようで、これに関してはレオン・カールトン以外に説明を求めるのはお門違いなのだろう。
「先生は………」
「ん?」
「ソロニカ先生は、何を知っているんですか?」
「……私はただの魔法学校の教師だよ、人間嫌いのね。レオンと知り合ったのは軍に所属していた時だから、彼の在学中じゃない」
「殿下はプリンシパルの卒業生なのですか?採用試験を受ける際に著名な卒業生の一覧は拝見しましたが、殿下のお名前は──」
「クラインくん」
ついつい焦りが滲んでしまうコレットを見兼ねてか、ソロニカはゆったりとした口調で窘めた。だけれど、強い不安は常に付き纏う。
「レオンのことはレオンに聞きなさい。僕だって全知全能じゃない。彼が学生だった頃、僕はまだ軍人だったんだ。本当に何も知らない」
「………すみません」
「まぁ、しかし、巻き込まれたことは同情するよ。確か養護教諭のウィンスターくんが同期だったはずだから、何か教えてくれるかもしれないね」
「え?」
コレットは大きく目を見開く。
ウィンスターとはつまり、レイチェルの姓。
思い出すのは、保健室で見掛けた色褪せた写真のこと。学生時代のレイチェルが楽しそうに笑う傍には三人の男が居た。一人は黒髪の穏やかそうな男、もう一人は赤い目をした大口を開けて笑う男、そして残る一人は。
ノエルにそっくりな金色の髪。
今よりも若く無邪気な表情をした、王子。
◆おしらせ
明日から第三章に入ります。
ちょっと反省するぐらいお気に入りが伸びなかったのですが、すでに書いてしまった分があるのでとりあえず更新します。読み進めていただいている方々には感謝感謝です。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。