魔法学校のポンコツ先生は死に戻りの人生を謳歌したい

おのまとぺ

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第三章 辺境伯の箱庭

55 グズゴベリー



「グズゴベリーの実には様々な効能があります。魔法薬学では主に魔除け、交感神経を刺激して眠気を撃退する効果などが期待されていますが、知られていないところでは記憶力を上げるとも言われている」

「なんと!」

 ゴリゴリと赤い実を擦り潰しながら説明するアルバート・シモンズに対して食い気味な反応を見せると、彼の隣に立ったダコタはクスクスと笑った。

 こうして見ると、お似合いな二人だと思う。
 静かに流れる川のように落ち着いたアルバートは研究者で、それを支えるダコタは水面に浮かぶ小さな花みたいだ。互いが互いを想い合っている様子がよく分かって、心がぽかぽかした。

「あの、レイチェルは……?」

「少し一人になりたいそうです。彼女に知らせずにレオンを呼んだのは間違いだったかもしれません。レオンに伝えるときっと来なくなるので内緒にしていたのですが、少なくともレイチェルには言うべきだった」

「二人は……その、」

 言葉に詰まるコレットにふっと微笑んでアルバートはダコタにカップを取るように伝える。しかしながら、背の低い彼女が踵を上げてフラフラするのはかなり心配で、結局慌てて夫が支える形となった。

 四つのカップを並べるダコタを眺めながら、アルバートは思い出したように頷く。

「レイチェルとレオンの関係ですね。僕たち三人は同期で入学した友人ですよ。正確には、四人ですが」

「四人……?」

「もう一人、仲の良い生徒が居たんです。彼は名前をイリアスと言って、明るいムードメーカーのような存在でした。レオンとはよくじゃれあい、というか力比べをしていて……僕とレイチェルはそんな二人を見て揶揄っていた」

 グズゴベリーをすり潰していた手を止めて、アルバートは暫し閉口する。心配そうにその様子を見るダコタに「大丈夫だよ」と答えて、アルバートは窓の外に顔を向けた。もう彼の表情は分からない。


「………才能のある魔法使いでした」

 静かな声が淡々と過去を紡ぐ。

「イリアスとレオンは真反対の性格でしたが、お互い筋が良かった。新しい魔法を習うたびに、誰が一番上手く使えるか競って……」

 昼過ぎの部屋の中には、コーヒーに似た香りがふんわりと漂う。

 レイチェルは何を考えているのだろう。
 レオンと彼女の態度からして、二人の間に何かがあったことは明白だった。いつも飄々としたレイチェルがあんなに震えているのを見たことがない。王子が連絡を返さなかった理由は何故なのか。


「あの……」

「はい?」

 振り返らないアルバートにコレットは問い掛ける。

「そのイリアスさんという方に間に入ってもらうことは出来るのでしょうか?レイチェルとレオン殿下がもしもお互い誤解をして上手くいっていないなら、アルバートさんやイリアスさんが、」

「それは無理な話ですよ、コレットさん」

「………? どうしてですか?」

 この時はまだ知らなかった。
 無知は残酷であり、容易に人を傷付ける。



「イリアスは亡くなりました。僕たちが二年に進級してすぐのことです」

「そんな……!」

「校外学習での出来事でした。西の都市キュアノスにおけるチームを組んでの大規模な魔獣退治。僕たちは四人で行動を共にしましたが、事情があって途中で二手に分かれることになったんです」

 アルバートはそこで息を吐く。細く長い息。

「合流した時、レオンは一人でした」

「………っ、」

「敵に襲われたこと、イリアスが命を落として連れ去られたことを僕たちに伝えたんです。そうして、夏になる前……レオンは学校を辞めました。僕たちの間に溝が生まれたのはきっとあれからです」

 コレットはどんな反応を返して良いか分からずに、ただ語り手であるアルバートを見つめる。窓から差し込む太陽の光を受けて、若い当主は目を細めた。


「レイチェルは……イリアスの恋人でした」

 言葉に詰まって、ただ沈黙が場を支配した。

 なぜ、あの写真を彼女が大切に持っていたのか。
 なぜ、レオンとイリアスの名を明かさなかったのか。

 レイチェル・ウィンスターはプリンシパル王立魔法学校のマドンナ的存在で、いつも男子生徒に声を掛けられて。だけども当の本人はそれを軽くあしらって、週末は一人で家で過ごしたいと言う。その方が気分が楽だから、と笑って。


「僕たちは決してレオンを恨んでなど居ない。だけど、それぞれの心に亡き友人への気持ちがある…… 誤解ではないく、自身の思いを上手く消化出来ていないだけなんです」

 開かれた窓から強い風が吹き込んで、俯くアルバートの黒い髪を少し乱した。

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