62 / 105
第三章 辺境伯の箱庭
閑話 ライラックの乙女2
「なーんか結構楽勝だったな!魔獣って言うから獰猛な猪みたいなのをイメージしてたけど、めちゃくちゃ弱いし、こっちに向かって来ないから」
持っていた剣をガランッとその場に投げ捨てて、イリアスは頭の後ろで手を組む。退屈そうな彼の隣では、同じく不貞腐れた顔のレオンが気絶した魔獣の脚を持ち上げていた。
「にしても、やけに動きが遅かった。栄養失調か?」
「キュアノスは水不足で有名だから、もしかするとそれも関係してるのかもなぁ。食うモンが無いからって人里を襲われちゃ困るが、空腹の辛さは俺だって分かる」
地獄だぜ、と目を回すイリアスは、彼自身が孤児院の出身だった。
詳しく聞いたことはないが、イリアスがかつて語ってくれた話では、彼は赤子のときにサガンの孤児院の前に捨てられたらしい。それはべつに珍しい話ではなく、王都アグリムを取り囲むサガンは経済都市として急激な成長を遂げたため、未だに貧富の差は激しい。持つ者は成り上がって立派な屋敷を建てる傍らで、路地裏にはネズミと共に浮浪者が眠る。
だからこそ、アルバートはイリアスがレイチェルをパートナーとした時、心から嬉しかった。身寄りのない彼がやっと見つけた最愛と笑い合う姿を眩しく感じていた。
「もう五頭も倒したわ。一度報告に向かう?」
「そうだね。先生たちが順番にポイントを回っているはずだから、そこまで僕らで運ぼうか?レオンは魔力が強いから二頭お願いしても良いか?」
声を掛けた先で、レオンの目は生い茂った森の奥を見つめていた。真剣なその顔を見て緊張が走る。
「………どうした?魔獣が居たのか?」
「いや、それにしては動きが速い」
「俺が見て来てやるよ。お前ら三人はここで待っててくれ。もしかしたら他のチームの生徒かもしれないし、運ぶのを手伝ってくれるかもしれない」
「イリアス……!」
レイチェルが心配そうな顔で立ち上がる。
その前にズイッとレオンの手が伸びた。
「良い。俺が一緒に行く」
「みんなで行きましょうよ!この五体はもう気絶しているし動かないわ。見張りは要らないと思うから、みんなで……!」
「お前は走るのが遅い。俺とイリアスで十分だ。アルバート、何かあったら頼む」
「分かった」
こくりと頷くと、レオンとイリアスは走り出した。どうせ森の小動物か、道に迷った他のチームのメンバーだろうと想像していた。
レオンの言い方は悪いが、彼の発言がレイチェルを気遣ってのことだとは分かる。もっと言えば、それはおそらくイリアスの思いも汲んでのこと。一年半を一緒に過ごしたから、四人の間ではお互いの感情がそれとなく読めるようになっていた。
「………大丈夫かしら?」
「あの二人なら問題ないよ。魔獣だろうと他の生徒だろうと、ちゃんと見つけて帰って来てくれる。海に行こうって話してただろう?君は泳げるの?」
心配する声に、アルバートは朗らかに答える。
話題が変わったことでレイチェルの顔色も少しだけ明るくなった気がした。
海に行ったら何をするかを話した。
校外学習後に待ち受ける試験への不満も。
三十分が経って、一時間が経った。
流石に異変を感じていた。
「ねぇ……やっぱり私たちも、」
レイチェルが泣き出しそうな声でそう言った時、目の前の草むらがサワサワと音を立てた。アルバートは立ち上がって腰を低くする。
「………!」
姿を現したのは、レオンだった。
胸から腹に掛けて深く傷付いている。
「レオン!その怪我はどうしたんだ!?」
「………─────、」
「え?」
後ろに座っていたレイチェルが勢い良く立って、レオンの方へと歩み寄る。伸ばされたその小さな手が震えていることに気付いた。
「レオン……イリアスは?」
下を向いていた灰色の瞳が大きく見開かれる。短い沈黙の末に聞こえた言葉に耳を疑った。
「………イリアスは死んだ。俺が殺した」
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
愛を知った私は、もう二度と跪きません
阿里
恋愛
泥だらけのドレス、冷え切った食事、終わりのない書類仕事。
家族のために尽くしてきたエカテリーナに返されたのは、あまりにも残酷な追放宣告だった。
「呪われた男にでも喰われてこい」
そう笑って送り出した彼らは知らなかった。辺境伯ゼノスが、誰よりも強く、美しく、そして執着心が強い男だということを。
彼の手によって「価値ある女」へと生まれ変わったエカテリーナ。
その輝きに目が眩み、後悔して這いつくばる元家族たち。
「エカテリーナ様、どうかお助けを!」
かつて私を虐げた人たちの悲鳴を聞きながら、私は最愛の夫の腕の中で、静かに微笑む。