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第四章 二つの卵と夢
61 理由
客室といっても、貴族ではないクライン家に王太子をもてなすための部屋などない。母のソワンはコレットが連れ帰った生徒の正体に気付いていないから仕方ないことだが、すでに強い居心地の悪さを感じていた。
空き部屋の扉を開けてレオンを招き入れる。
しばらく使われていない部屋だが、稀に訪れる客人のために用意されたその部屋は、母の性格ゆえに綺麗に掃除されて埃一つ落ちていなかった。
「………すみません、こんな場所で」
コレットが謝る先でレオンは部屋の中を見渡す。
「君の母親らしくないな。仲が悪いのか?」
歯に衣着せぬ物言いにドキッとする。
指先を擦り合わせて言葉を探した。
「いえ……仲が悪いわけではありません。実は私の両親は産みの親ではなくって。それに、ちょっと……母は私が魔法学校の教師になることに反対していたので、」
「それはどうして?」
「田舎では魔法使いなんて王都ほど有名な存在ではありません。変わり者、偏屈、現実が見えていないおバカさん……そんな風に昔から呼ばれてきました。母はきっと、私に諦めてほしかったんだと思います」
レオンは何も言葉を返さない。
自分の親が本当の親ではないと知ったのは何歳の頃だったか。田舎町では人手不足を補うために子供のいない農家が働き手として養子をもらうことは珍しくない。コレットの場合は、父方の親戚の親戚から引き取られたらしく、両親は共にそれ以降その話題を出さなかったので、コレット自身も「そうなんだ」程度で受け止めていた。
静かな部屋の外では、すでに夕陽が沈みつつあった。バスほどではないが、王都からマゼンタスまでの移動は空路でもそれなりに時間は掛かる。加えてアルベスティはマゼンタスの中でも中心部から離れた農村地帯なので、交通の便は悪い。
沈黙に耐え切れず、コレットは彼がここに来た理由を尋ねてみることにした。王子とて、何の計画性もないままこんな僻地まで来るはずがない。
「あの、レオン様は何故私の家に……?」
「興味があっただけだ。時戻りで魔力を奪ってしまった以上、多少の責任は感じている。俺の魔力で守っているからには、君のことも知っておきたい」
「大したことないですよ。私はただの田舎娘です」
自嘲気味に言った言葉は本当にしんみりと身に沁みて、悲しくなる。
「コレットはどうして教師になりたいと思ったんだ?」
「え?」
沈みゆく太陽を背に、レオンがこちらを見ている。
質問の意味は分かっているけれど、上手く答えが出て来ない。眉を寄せて考えているとレオンは「急いでいないからゆっくりで良い」と言った。
視線を落として自分の爪先を見つめる。
大人になって自分で選んだ靴は気に入っていた。
「………誰かの、人生に関わりたいと思いました」
「人生?」
「私は……自分が魔法に興味を持った時、背中を押してくれる人が居ませんでした。だから自分の選択が正しいのかいつも不安だった」
「…………」
「だけど、そんな時に図書館でプリンシパルの在学生の言葉を読んで、感銘を受けたんです。プリンシパルを受けたのはその人に憧れて。先生になったのは、自分のような学生に寄り添いたかったから……」
ポンコツですけど、と笑って見せる。
レオンは呆れるでも、興味を失うでもなく、ただ真っ直ぐにコレットを見つめていた。灰色がかった双眼は、光の加減で色が少し変わる。わずかに青みを帯びた夏の湖のような瞳を美しく思った。
「良い理由だな」
「…………、」
「だが、すべての生徒が君のような恩師に出会えるわけではない。羨ましいと思うよ、今の一年一組の生徒たちはきっと恵まれている」
「……ノエルくんに褒められると変な気分だわ」
コレットは自分の生徒の名前を呼んでみる。
褒められることには慣れていなくて、恥ずかしい。
一度目の人生の記憶はもう朧げで、意識して思い出そうとしてもぼんやりしてしまう。だけど、漠然とした不安、自分の行いが正しいのかどうかという焦りは感覚として覚えていた。
初めての肯定に、胸が震える。
「貴方は不思議な人ですね……見ず知らずの私の時間を戻したり、生徒になってみたり。魔導書の件は、私も尽力します。いつまでも足手纏いではいられませんから」
「ああ、期待してるよ」
この時コレットは、王子と一国民ではなく、先生と生徒ではなく、同じ目線に立つ人と人としてレオンと話せた気がした。
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