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第四章 二つの卵と夢
63 とうもろこしのピクルス
レオンが彼の宣言通りに姿を消した後、コレットは母と二人で皿を洗っていた。二人でと言っても会話らしい会話はなかなか成立せず、気を利かせた父が時折振ってくれる話をなんとか広げる程度。
すべての皿を洗い終わった時、手を拭きながら母が何気なく口にした一言にコレットは固まった。
「貴女、良い人は居るの?」
「………へ?」
「もう二十五でしょう。王都へ出たからあまり口煩く言ってこなかったけれど、そろそろ将来のことを考えてる相手が居るのかしらと思って」
「ママ~コレットはまだ女の子だぞっ!結婚とか婚約なんて先の話だよ!」
「私がお父さんと結婚したのは二十歳だったわ」
ピシャリと返されれば一気に部屋の空気が凍り付く。
片田舎の地域あるある、結婚へのプレッシャー攻撃を喰らいながらコレットは良い答えを探す。しかし自分とて五月に採用されたばかりの新米教師。恋愛と仕事を両立させるほど器用ではないし、そもそも悲しいことに交際を申し込んでくるような相手が居ない。
「えーっと……今は居ないかな」
「今は?」
「………はい」
とんでもない圧を感じて閉口する。
だけどここで軽々しく嘘は吐けない。
何かこれに代わる話題はないかと視線を泳がせる。その場凌ぎとはいえ、この重苦しい雰囲気から抜け出せるのであれば大歓迎。
キョロキョロと視線を動かした末に、コレットは小さな壺を見つけた。
「お母さん、これは何?」
床に直置きされた壺は大人の頭ほどの大きさで、重しとして分厚い本がズシンと上に載せられている。何かを漬け込んでいるのだろうか。近付くコレットの背中に「あぁ、それね」という母の声が聞こえた。
「とうもろこしのピクルス。今年は収穫し過ぎちゃってね、なんとか消費出来ないかって色々と考えて作っているのよ」
「そうなんだ。美味しそう!」
「食べてみる?」
よいしょ、と腰を屈めると母は小さな皿の上にいくつかのカットされたピクルスを載せた。最初はキツく感じた酢の香りも、食べてみれば気にならない。暑い夏に冷たいお酒と一緒に齧れば良さそうだ。
ふと、床に置かれた重し代わりの本に目を向ける。
余程古い本なのか、題目までは読み取れない。
「かなり年代物の本なのね……」
「それね、前に助けてあげた物乞いのおばぁさんが置いて行ったのよ。なんだか貴重な本らしいけど、古過ぎて文字も読めないし、ただでさえ最近は小さな文字を読むのって疲れるから」
そう言って目頭を押さえる母を見つめる。
もともと痩せ型だったけれど、年齢のためか尚のこと肉が減り、目元の皺が増えた気がする。数年ぶりに会う母の姿はコレットの心を揺さぶった。
(………苦労させてるんだわ)
両親は、魔法学校の教師を目指して浪人を続ける娘のことをどう思っていたのだろう。閉鎖的な田舎ではおそらく、良い噂のタネになっていたと思う。
「あのね、お母さん。今まで心配掛けて……」
「安心したわ」
「……え?」
俯いていた顔を上げる。
母はこちらを見て少し微笑んでいた。
「貴方の生徒から色々と聞いて、安心したの。私たちの元を離れても、ちゃんと先生としてやっていけてるんだって」
「…………っ、」
「泣き虫で意地っ張りな貴女が、最後まで譲らなかった夢だもの。精一杯楽しんでね」
「………ありがとう」
目にぎゅっと力を入れて拳を握り込む。
「コレットー!パパもママと同意見だぞー!!結婚は急がなくて良いから、仕事に打ち込め!」
声のした方を睨む母を見て笑いながら、こっそりと涙を拭く。
帰って来て良かったと思った。
どんな顔をして会えば良いか分からなくて、ついつい後回しにしていたけれど、帰るべき場所はいつもそこにあったのだ。
胸の内でレオンに感謝する。
予想外の訪問が生んだ結果だと言えるから。
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