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第四章 二つの卵と夢
68 魔法と魔術
応用魔法学のマウロ・ソロニカから呼び出しがあったのは、金曜日の放課後のことだった。
珍しく一人で廊下を歩いているソロニカを見つけたので、サマーキャンプでの件について再度礼を伝えるとともに、レオンと接触して話し合う機会があったことを話した。すると、少し驚いたように片眉を上げたソロニカから「時間をいただいても良いか」とお誘いがあったのだ。
「コレット!元気してタ?」
部屋に入るとすぐに娘のジルが出迎えてくれる。
今日はふわふわのピンク色のワンピースを着ていて、小さな両手で裾を摘みながら、自分で選んだのだと報告してくれた。
「しかし……レオンから君にコンタクトを取るとはね」
「殿下のことは殿下に聞けと仰ったのはソロニカ先生ですよ。私から王宮に出向いたところで衛兵に捕まるだけなので、向こうから来ていただいて助かりました」
「まぁ、だろうね」
渋い顔で頷いたソロニカは淹れたてのコーヒーをコレットに勧める。ありがたくそれを受け取って、気になっていたことを口にした。
「黒の魔導書は……やはり狙われているのでしょうか?」
ソロニカは眉間に深い皺を寄せる。
「簡単にその言葉を口にしてはいけない。悪魔がどこで聞いているか分からないからね。彼らが一部の人間と組んで悪巧みをしているというのは以前から噂があったが……僕の予想よりもそれは大規模なものだったようだ」
「………陛下のことが少し心配です」
「あぁ、君のクラスの生徒になりすましていたんだったね。また会おうなんて言ってたけれど、結局夏が明けてから見ていないな」
「欠席を取られています。お家の事情だとかで……」
「お家?」
目を丸くして聞き返したソロニカはすぐにプッと吹き出す。そのまま背を丸めて咽せ始めた彼を見て、ジルが心配そうに擦り寄った。
「………っはは、すまない。そうだね、確かにお家の事情があるんだろう。彼の家柄は立派だから」
「えっと……大丈夫なんでしょうか?あのような方が自分のクラスに紛れていたことが未だに信じられなくて。しかも、彼は魔術を……」
ソロニカは頭を掻きながら窓の外を見る。
「さぁね。もしかすると大丈夫ではないからレオンは姿を見せないのかもしれない。だが、それは僕たちの問題ではない。あれは人の意見なんて聞かないタイプだから、何を言っても無駄さ」
「しかし………!」
「君も見ただろう」
「え?」
「魔術も魔法も適正がある。僕は今までの仕事柄、魔法使いも魔術師も多く見てきた。レオンは圧倒的に魔術と相性が良い」
「………!」
ソロニカの目は相変わらず窓の外を向いている。
青い瞳の先に何を見ているのかは分からない。
「彼が使った隷属は一般的に意思の疎通が出来る生物に対して使う魔術だ。相手に恐怖の念を抱かせることで、術を行使する自分よりも弱者であると認識させて服従させる」
コレットは頭の中で記憶を辿る。
レオンが隷属させたのは一度目は土から作り出した兵士、二度目は引っこ抜いた木。どう頑張っても両者とも感情は持てそうにない。ソロニカはコレットの反応を待たずに話を続ける。
「レオンが使ったのは単なる魔術ではない。おそらく錬金術の類と組み合わせているんだろう。隷属自体、不安定な魔術なんだ。他者を奴隷のように扱き使うなんて普通の人間なら気が引ける」
「そうですね」
「だが、レオン・カールトンはいとも簡単にやって退ける。何故だと思う?」
「…………センス?」
それだけではない、とソロニカは首を振った。
「王族という身分からくる生まれ持った傲慢さ、優位性。無意識的に相手を自分より劣る者と見做すことが出来る彼だからこそ、迷いなく従わせられる」
「めちゃくちゃ悪口じゃないですか」
「まぁね。僕は権力者に媚びないタイプなんだ」
けろっとした顔でそう言い捨てると、ソロニカはポンポンと娘の頭を撫でてこちらを振り向いた。
作業用なのか薄汚れたエプロンを付けたソロニカの背後では、赤く染まった空が見える。小さな鳥が先を急ぐように一直線に飛んで行く。
「しかし、だ。いくらレオンが魔術と相性が良いとはいえ、魔術は魔術。国が魔術を禁じるのは、それが人間の負の感情を原動力にしているからだけではない」
「………?」
海の底のような藍色の瞳がスッと細められる。
コレットは緊張感から息を呑んだ。
「使い続けると心が蝕まれる。どんな目的があっても、魔術に傾倒するようになってはいけない」
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