魔法学校のポンコツ先生は死に戻りの人生を謳歌したい

おのまとぺ

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第四章 二つの卵と夢

73 喜劇と悲劇2



 何か、取り返しのつかないことが起こったということは確かだった。

 ステージの前にはオリアナを救出するためにズラリと押し寄せた観客たちの群れが並び、ドンドンと見えない壁を叩いている。彼らの目線の先では鮮血の中で横たわった主演女優の姿があった。

 席を立って恐怖から我先に劇場を後にしようとする者、魂が抜けたようにその場に座って動かない者。阿鼻叫喚という言葉がよく似合う惨状がそこには広がっていた。


 頭を抱えてしゃがみ込んでいたガイツ・デ・ロサは呆然とした顔で立ち上がると、ステージの裾を指差して責め立てるように叫んだ。

「スカーレット!話と違うじゃないか!!」

 名前を呼ばれた女は舞台袖から姿を見せる。

 それは、コレットがオリアナの部屋で見た黒髪の女だった。長い髪を風に靡かせ、高いハイヒールで突き刺すように床を蹴って歩く。

「契約者であるオリアナ様が死亡されました」

「見れば分かるさ!!君はいつの間に妻と契約していたんだ!?僕が主人として命令を下していたんじゃないのか!?」

「つい先日、オリアナ様より契約者の変更の申し出があったのです。私の条件を呑んでいただいたので、申請を受け入れました」

「条件……?」

「貴方に教える必要はありません。ガイツ様が呼ばれたサガンの出資家関連の席に座られている面子を見ればお分かりになるでしょう」

 ガイツ・デ・ロサは驚いた顔でこちらを見上げる。客席に目を走らせる青白い顔が徐々に困惑と怒りを滲ませた。

「どうして……何故、私の用意した席に子供が座っているんだ?」

「オリアナ様のお心遣いです。エドム様とジェイク様のご友人や恩師達にご鑑賞いただきたいと」

 その時、コレットは気付いた。

 慌てて立ち上がった背後で扉の開く音がする。
 首だけ捻って振り返ると、上方ではバロンが教えてくれた特別席のボックスから出て来るレオンの姿があった。従者のような人たちに何か指示を出すと真っ直ぐにステージを見据えて駆け出す。

 オリアナが死の間際に言い捨てた言葉が頭の中でハラハラと舞う。年齢を操る操齢魔法とは、おそらくレオンが自身に掛けていたものだろう。それでは完成度が足りなかったため、ガイツ・デ・ロサは悪魔の力を借りたと言っていた。

 そして契約について。
 契約者は夫ガイツから妻のオリアナへ。

 オリアナが飲んだ条件が、ガイツが用意した席を彼らの子供たちが通う学校の関係者で埋めることだとしたら。


「プリンシパルに戻らないと……!」

 向けた視線の先では、すでにアーベルやクロイツの姿は見当たらない。派手な緑頭のベルーガがミナを始めとする生徒たちを守るように立っているのが見えた。おそらく動ける教師陣は異変を察知して学校へ向かった後なのだろう。

 コレットの貧弱な魔力の量では、この場所から学校までの距離を移動することは不可能。そうなれば、出来ることは。

「ごめんなさい。先に帰っていて、ハインツ」

「コレットは?」

「ステージへ向かわないと。分からないけれど、あの女の人を逃しちゃいけない気がする……!」

「分かった。無理はしないで」

 腕を握ってそう言うハインツに一度だけ頷いて、コレットはレオンの後を追った。役に立たないと分かっている。だけど、ただオロオロし続けるわけにはいかない。尽力すると誓ったのだから。

 一足先にステージに辿り着いたレオンが右手をかざした瞬間、壁の淵に押し寄せていた人間たちがぎゅっと左右から圧迫されたように重なった。

移動セパラシス、場外へ」

 パチンッと指が鳴る音と共に先ほどまで蠢いていた群衆が消え去る。コレットが後ろを振り返ると、ピクシー・ベルーガに連れられて足早に出口へと向かう生徒たちの姿が見えた。


「何のつもりだ?腰が抜けたなら君も退場した方が良い。はっきり言って邪魔だ」

 レオンはこちらを見ずに手を挙げる。
 コレットは震える拳を握り締めて口を開いた。

「……いいえ、私も応戦します。この悪魔が大切な生徒たちにとっての害悪ならば、排除しないと」

「安全ロックはちゃんと外してくれよ」

「分かっています!」

 レオンが攻撃していたこともあって、ソロニカから預かっていた銃で何度か撃つと見えない結界はガラスのような音を立てて崩れ去った。こちらからの音は聞こえないのか、それとも逃げる気など毛頭ないのか、スカーレットと呼ばれた悪魔はガイツとまだ話し続けている。

「契約者が死んだ今、これ以上この場に居る必要はありません。ガイツ様、お放しください」

「そう言わないでくれ!あれは失敗だったんだ!また次の主役が要る、僕の夢を忠実に再現してくれる最高のキャストが……!どうかそれを見つけるまでは協力を、」

 見ればガイツは縋るようにスカーレットの腕に抱き着いている。大の大人が涙目で女に言い寄る姿は異様な光景に思えた。

 女は冷ややかな目でチラッとこちらを見遣る。
 そして人間みたいに首を竦めて微笑んだ。

「面白いでしょう。実に喜劇的です。オリアナが演じた作り物のストーリーより、今のこの状況の方がよっぽど笑えると思いませんか?」

「お前も極地会の仲間か?」

 レオンが質問に答えずに切り返すと、女は気分を害したのかぐるっと目を回して見せた。

「私はメンバーではありません。ああいう野蛮な連中は嫌いなんです」

「じゃあどうしてここに居る?」

「雇われですよ。あっちの世界も不景気なので、時々こちらに来て仕事をするのです。魔力は吸えるし、報酬は貰える上に楽なのです」


「そのために母様と何年も一緒に?」

 聞こえた声に弾かれたようにコレットは振り返る。デ・ロサ伯爵家の双子が恐ろしい顔をしてそこに立っていた。


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