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第四章 二つの卵と夢
74 喜劇と悲劇3
エドムとジェイクは二人の普段の顔からは程遠い、憎悪と怒りが入り混じった複雑な表情をしていた。まだ子供である双子が見せる精一杯の拒絶。
そしてその矛先は、目の前の女と彼らの父であるガイツに向いているようだった。
「お前が父様と汚い関係にあることを知っていた。でも別に何とも思わなかった。僕らは普通を知らないから……だから、別にどうだって良かった」
エドムが言い聞かせるように語る。
ジェイクはその隣でワナワナと震えていた。
「だけど、母様は違う。僕らを裏切っても良い。ハナから大人に期待なんてしていないし、夢だって見ていない。でも……!でも、母様はいつだってお前を信用していた!父様のことだって、信じていたから……!」
「そうだよ!僕らのことはどうしたって良いから、どうか父様……!母様を助けて!!」
ガイツ・デ・ロサは頭を抱えていた腕をダラリと下ろして、涙を流して訴えるジェイクを見遣る。先ほどまでの熱量がその顔から消えていることにコレットは気付いた。
冷ややかな顔。
子を見る親とは思えない、冷酷な眼差し。
「どうして?」
「え?」
「どうして、私が、オリアナを助けなければいけない?彼女は勝手に自死を選んだ。自分が生き続ける限り、お前たちの命が犠牲になると知ったからだ」
「それは父様が……!」
「そうだ。私が提案し、彼女が受け入れた。人生を通してその身体を使って、私の描いた夢を実現することをオリアナは誓ったんだ!これは立派な契約違反だ!スカーレット、私は被害者だろう!!」
再び憤怒を宿した双眼が悪魔の方を向く。
「魔物の私に人間の善悪は分かりかねます。しかし、ガイツ様。エドム様とジェイク様のお顔はオリアナ様と瓜二つではありませんか?破れた貴方の夢の続きを、どちらかで叶えることは可能かもしれません」
もちろん選ばれなかった方は影武者となってその成功を支えることになりますが、とスカーレットは淡々と続けて述べた。双子は驚愕して大きく目を見開いて黙り込む。
冗談なのかと思った。
悪魔自身、本気ではなかったと思う。
しかし、ガイツはパァッと瞳を輝かせて胸の前で手を組んだ。打って変わって爛々とした顔で我が子の方を振り返る。
「ナイスアイデアだ……!悲劇の女優が遺した愛息子のデビュー作は涙無しに上演出来ないだろう!観客たちは驚くぞ!!私の才能に……ッ!!」
呆れを通り越して言葉が出て来ないコレットの後ろから何かが飛び出した。光の縄がひゅんっとガイツの周りを一周して細い身体を床に転がす。
「聞くに耐えないな。それでも本当に演出家か?今までの舞台は妻のお陰で成功を収めて来たんだろうな、残念だ」
レオンは短い溜め息を吐いて前へと進む。
その手に握られた剣を見て、ガイツは悲鳴を上げた。
「退け、お前には用がない。俺はそこの悪魔に聞きたいことがあるんだ」
「レオン・カールトン。何か策を講じましたね?移動が封じられているようです……結界ですか?」
スカーレットは首を捻って客席の方へと手を向ける。空になった客席の上方へと赤い光が飛び出したが、そのまま天井を破ることはなくシュンッと消失した。
「プリンシパルに張ってあるものの見様見真似だ。あれほどの強度はないかもしれないが、お前一人なら問題ないだろう。移動はさせない」
「………小賢しい」
「言ったはずだ。俺はお前と話がしたい」
「極地会については私に聞いても無駄です。本当に知らないのですから。ただ、知らぬ存じぬではご納得いただけないようなのでヒントをあげましょう」
「ヒント?」
スカーレットは黒髪を器用に団子にしながら「ええ」と頷いた。赤い瞳がレオンを見据える。
「極地会は日常に潜む闇。いつでも貴方の命を狙える場所で待っています。必要なのはタイミングだけ、黒の魔導書は目的のための道具でしかない」
「まさか………」
「見たところ貴方の時間も少ないようです。女神は短気ですから、約束は絶対でしょう。時戻りのためとはいえ、無茶な条件を受け入れるからですよ」
愚かな人間、と続いた言葉は途中で切れた。
デ・ロサ伯爵家の双子が放った光が青い炎となって悪魔の身体を包み込む。床に手を着いて立ち上がろうとしたのを見て、コレットは引き金を引いた。二発の弾は間違いなく胸のあたりに当たった。
そう、当たったはずだった。
「痛いですね……人間はこんなものを脆い肉体に撃ち込むのですか?それでは死んでしまうのも仕方がありません」
「心臓じゃない!」
レオンが叫ぶよりも早く、スカーレットが前へと飛び出す。その先には動きを封じられたガイツが転がっていた。青い目が恐怖に見開かれる。
肉が裂ける嫌な音がした。
痛みを訴える長く悲痛な声。
一瞬の間にガイツに襲い掛かった悪魔はその手首を持ち上げて噛み付いた。瞬きをするほんの数秒の間に、ガイツの顔色が変色する。
「………っくそ!」
レオンが剣でスカーレットの首を落とすまでのわずかな時間で、ガイツ・デ・ロサの半身はミイラのように土色に変わっていた。コレットは双子に駆け寄ってその目を塞ぐ。それで何が変わるでもないと、分かってはいるけれど。
「憶測だが……悪魔の魂はおそらく心臓にはない。頭を切断して動きが止まったが、まだ油断は出来ない。コイツは俺が運ぶから、君は自分の生徒を安全な場所へ運んでくれ」
「ガイツさんは……?」
「………医療班を呼ぶ」
「あの、」
小さく溢したコレットの声にレオンは苛立った様子でこちらを見る。その怒りが悪魔に対してなのか、それとも現状への不満なのかは分からない。
「プリンシパルは大丈夫なのでしょうか?」
「少なくともミドルセンが残っている」
レオンの言う通り、プリンシパルの校長であるワイズ・ミドルセンは今日劇場に出向いていない。「年寄りに長い演目は厳しい」と朗らかに断っていたが、経験から何かを察知していた可能性もある。
同様に、プッチ副校長も欠席していた。こちらは理由までは分からないが、校長と副校長が学校に残ると聞いて、安心したことを覚えている。
「とりあえず、この場を片すことが優先だ。研究所に勤めていたベルーガが居ただろう?彼女がまだ外に居れば任せたい」
「分かりました」
スカーレットをふわりと浮かせ、ガイツとオリアナを担いで歩き出すレオンの後ろを、コレットはデ・ロサ伯爵家の双子の手を握ったままでとぼとぼと歩く。
前を歩くレオンが残していく赤い血の跡が、オリアナの死を嫌でも三人に感じさせた。
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