87 / 105
第四章 二つの卵と夢
79 オーランド・デボワ5
「ちょっと……!」
脚の長さの問題なのか、歩く速度の問題なのか、コレットがレオンに追い付くまでに七分ほどの時間を要した。校舎を出ると空はもう茜色に染まっており、その向こうにひっそりと待ち構える夜の空気がすでに辺りを満たしている。あんなに暑かったのが嘘のように、九月の風は涼しい。
レオンは立ち止まってコレットの方を振り返った。手に持った水晶玉の中では相変わらずデボワ伯爵が慌てふためいている。
「なんだ?」
「いやいや、あんな言い方しなくても良いじゃないですか!どうしてノエルくん……というか殿下って周りに敵を作るような話し方をするんですか!?」
「べつにそんなつもりはない」
「つもりはなくても結果としてそうなっているんです!極地会の件はみんなで協力して計画を練る必要があります。殿下一人のお力では、」
「その呼び方をやめろ」
「………っ!」
刺すような鋭い眼差しに、思わず閉口する。
王族相手についつい説教がましい言い方をしてしまったことは反省するけれど、実際のところ彼の物言いはいつだって友好的ではない。
「だって……殿下は殿下です」
消え入るような声でそう伝えると、レオンはクシャクシャと獅子のような黄金色の毛を掻き上げながら口を開いた。
「好きでなったわけじゃない。俺はレオン・カールトンで、確かに父はこの国の王だが、それがなんだって言うんだ?王族であるというだけで神のように拝む連中が居るが、俺はただ食べて寝るだけの凡人だ」
「凡人ではないと思いますけど……」
「とにかく、嫌なんだ。誰かと話す際に自分の身分が原因で見えない壁が生まれている気がする。アルバートですら未だに──」
「あの、」
自分の意見を話し続けるレオンに向かって、コレットはオズオズと顔を上げた。遮られたことに若干不満そうな様子で王子は片眉を上げる。
「今度はなんだ?」
「ちょっと、高慢なんじゃないですか?」
「はぁ……?」
「だから、みんなが殿下に話しかけづらいのは身分だけが原因じゃなくって、貴方の雰囲気とか話し方がそうさせているのでは……ないかな、と」
「……………」
「………すみません」
沈黙が長くなるにつれ、冷や汗が背中をダラダラと流れる。素直な気持ちを伝えただけなのに、どうしてこうも余計なことを言った感があるのだろう。
「あのですね……えっと、もう少しフレンドリーにと言いますか…… 互いに会話を楽しむためには、やはり相手の話にも耳を傾けて、一度は意見を受け入れてみるのも大事だったり………」
話せば話すほど深みにハマっていくような。
コレットが伝えられるのはあくまでも対生徒を想定とした一般的な説法。生徒間で揉め事が起きた際にどうすれば良いのか、といった問いへのアンサーなので、良い大人であるレオンにこんな話をするのはちょっと違うかもしれない。
反省しても、もう遅いのだけども。
「なるほどな」
その短い変事が、レオンの声だと最初は気付かなかった。
長く伸びた影を引き摺って、長身の王子がコレットの前に立つ。一瞬、コレットは自分がデボワ伯爵よろしく水晶玉に閉じ込められてしまうのではないかという恐怖に襲われた。
「で、出過ぎた真似でした!王太子殿下に説教を説くなんて、コレット・クライン一生の不覚……!」
わたわたと顔の前で両手を合わせるコレットの腕がレオンによって掴まれる。びっくりして三秒ほど息が止まった。
夕日を反射する灰色の瞳が見える。
その中で驚いた顔をする自分も。
「やっぱり先生は面白い」
「のえ、でで、でん、えぇっ……!?」
「生きていてくれて良かった。あの時、君を助けることが出来て良かった。分かったよ、コレットの言うことは聞くようにする」
そう言って見せたレオンの笑顔があまりにも眩しくて、動き出した心臓は再び数秒の停止を強いられた。西陽と重なったせいだと思いたい。
何なのか。いったい全体何なのか。
頭の奥深くで小さな小さな声がする。それは女性の声で、警告するようにコレットの頭を内側から突っつく。だけどもその時のコレットには、親切な注意を聞く余裕は微塵も無かった。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
愛を知った私は、もう二度と跪きません
阿里
恋愛
泥だらけのドレス、冷え切った食事、終わりのない書類仕事。
家族のために尽くしてきたエカテリーナに返されたのは、あまりにも残酷な追放宣告だった。
「呪われた男にでも喰われてこい」
そう笑って送り出した彼らは知らなかった。辺境伯ゼノスが、誰よりも強く、美しく、そして執着心が強い男だということを。
彼の手によって「価値ある女」へと生まれ変わったエカテリーナ。
その輝きに目が眩み、後悔して這いつくばる元家族たち。
「エカテリーナ様、どうかお助けを!」
かつて私を虐げた人たちの悲鳴を聞きながら、私は最愛の夫の腕の中で、静かに微笑む。