魔法学校のポンコツ先生は死に戻りの人生を謳歌したい

おのまとぺ

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第五章 祈りと迷い

83 光



 白で統一されたクリーンな部屋の中に、芳しいコーヒーの香りが広がる。

 コレットは差し出されたマグカップを両手で包んで、立ち上る湯気の向こうでカチャカチャとフォークを探す後ろ姿を眺めた。長い赤毛を背中まで伸ばしたレイチェルが振り返る。

「あったわ。こんな時に備えて、フォークもナイフも用意してるのよ。さぁ、食べましょう!」

「生徒の授業中にケーキを食べてるなんて罪深い……でも堪らなく美味しそうね、ソロニカ先生がこんなに良いセンスの持ち主だったとは……」

 皿の上にちんまりと載ったケーキは生クリームの上に銀色の星を形どった小さな飾りがトッピングされている。スポンジの間には、苺やオレンジなどのフルーツがクリームと共に挟まれていて、これまた美味しそうだ。

「でも、私まで良いの?コレットが貰ったものなんでしょう?」

「ええ。レイチェルには何度もお世話になっているし、私が一人で食べたら次の健康診断のときに引っかかっちゃうわ!」

「じゃあ遠慮なく、いただきます……!」

 レオンと共にヘールでの研究発表会の話を聞いた数日後、マウロ・ソロニカはコレットを部屋に呼び出した。「ジルの面倒を見てもらう前金だ」と渡されたのは、彼らしくないケーキの詰め合わせ。四つも入っていたので流石に一人では食べ切れるわけもなく、保健室を訪れた。

 はぐっと一口目をフォークで口に運んで、コレットはレイチェルと目を合わす。


「最っ高………!!!」

 今まで食べて来たどのケーキよりも格段に美味しい。いったいどこの店のものなのか、と箱に書かれた文字を読むコレットの前で、フォークを置く白い手が見えた。

「あの……あのね、コレット」

「どうしたの?」

「夏休みの……アルバートの家での件、ごめんなさい。色々と黙っていたこと、やっぱり申し訳ないと思うの。それに貴女の前でレオンと揉めてしまって、」

「それは本当に良いのよ!色々と事情があったと思うし、無理に聞きたかったわけじゃないわ」

 それに。
 コレットはレオンが操齢魔法で再びプリンシパルに紛れ込んでいることをまだレイチェルに伝えていない。近々自分の口で伝える、という王子の言葉を信じて黙りを決め込んだ挙句、今に至る。

(近々っていつ………?)

 嘘を吐いているわけではないけれど、知っていること、特にレイチェルにも大きく関係することなので、知らぬ存ぜぬを貫くのは苦しい。レオンにも事情はあるのだろうけど、早めに打ち明けてほしいと強く思う。

 ソロニカとレオンの話では、極地会の存在と目的に関してはプリンシパルの教師陣と国王陛下、及びその配下にある一部の軍隊に情報が共有された。混乱を避けるために大々的な開示はされていないが、水面下ではメンバーに関する捜索も始まっているらしい。

 今のところ、捕らえたオーランド・デボワ伯爵から聞き出せたのは妻シャーロットの存在のみ。その妻もすでに伯爵邸を抜け出したようで、軍の人間が訪問した時には屋敷はもぬけの殻だった。

 サガンの劇場で王子が始末した女の悪魔は、きっかり二十四時間が経過したタイミングで砂となって消えたと聞いている。そんな奇妙な話があるのかと疑わしいけれど、レオン自身がその目で確認したそうだから、真実なのだろう。

 ケーキを食べながら思考の海に沈むコレットを見て、レイチェルは軽やかに笑った。


「コレットったら本当に分かりやすいわ」

「そう?」

「考えている時の顔が丸分かりだもの。イリアス……私の昔の恋人もそうだった。思えば少し似てるわね。自分よりも他人のことを優先したり、魔法を正と信じて疑わないところも」

「私はそんなに出来た人間じゃないわ。魔法だって魔力の供給なしには使えないし……」

 膝の上に置いた手をギュッと握ってみる。

 ソロニカやマゼンタスで出会ったリンレイはコレットの外側の魔力について言及した。それは一時的にコレットを守るレオンの魔力だが、ソロニカ曰く余程魔力が高い者でないと勘付かないらしい。

 すべてを話せないモヤモヤとした気持ちが、大切な友人を裏切っているような罪悪感を生む。俯くコレットを見て、レイチェルは慌てたように言った。

「大切なのは魔力の量なんかじゃないのよ。魔法を尊重して守り抜きたいと思う心……」

「そうね……」

「イリアスもよく言っていたもの。“魔法は光、人の世を切り拓く”ってね!」

「え?」

 驚いて目を丸くするコレットに向かって「座右の銘みたいな感じよ」とレイチェルは笑う。

 背筋がスッと冷えていくような感覚だった。頭の中では、昔の自分が驚愕した様子で首を振る。そんなはずはないと嘆きながら。


 いつか、出会えたら良いと期待していた。
 同じ場所に来れば、会うことが出来るのではないかと。彼が見ていた素晴らしい魔法の世界に、自分も身を置くことが出来たらと夢見て。

 もしもそんな日が来たら、言いたかった。
 “貴方に憧れて魔法使いを目指した”と。

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