93 / 105
第五章 祈りと迷い
84 剣豪
それから数日は、悶々とした気持ちで過ごした。
コレットがかつて憧れたプリンシパル王立魔法学校の生徒は、実はレイチェルの恋人であり既に故人となっているイリアス・サンドラだったのだ。
いつか会えたら、と能天気な妄想をしていた平和な自分の頭を呪うし、ぼんやりと考えていた「いつか」は二度と来ないことが今では分かる。
レオンはコレットに、魔法が魔術に敵うことはないと言った。
同じ魔力の量で相対した場合、より強い効果を持つのは魔術なのだと。だから彼はリンレイに対して魔術で応戦したわけで、魔法の限界を知ったからプリンシパルを自ら去ったのかもしれない。
「…………魔法は、光……」
呟いたコレットの隣の席がガタンッと引かれた。
見上げればそこにはジョセフが立っている。
今日は日曜日で、家で遅めの朝食にフレンチトーストを食べていたところ。メゾン・ド・ミロワの住人たちも出払っているのかと思ったけれど、全員そうではなかったようで。
「おはよう、ジョセフさん」
「おはよう。マダムを見なかったかい?家賃の支払いをしようと思ったんだがァ、またタイミングが合わなかったかな?」
「残念ね、マダムはついさっきハインツを見送りに駅まで行っちゃった」
「駅?」
「うん。なんでも、今日から旅行でヘールの湖を撮りに行くんですって。写真が趣味だと色々忙しいわよね」
「ヘールといえば東の極地の?」
ジョセフの問い掛けにコレットは頷く。
それを見て白髪混じりの頭を少し掻くと、同居人は懐かしそうに目を細めた。その視線の先には朝の光を浴びてキラキラと輝く花瓶がある。
「懐かしい。実に懐かしい。年寄りの昔話で悪いが、実はこう見えて儂は若い頃、軍隊に入ることを期待される程度には剣の才があってね。よく挑戦者と勝負したりしたもんだ」
「ジョセフさんって出身はサガンですよね?」
「ああ、そうだ。サガンの貧困街が産んだ剣豪、なんて言われることもあったが……」
「すごいじゃないですか!」
驚きながらコレットはジョセフにフレンチトーストを進める。牛乳の入ったマグカップを片手に老人は「ありがとう」と礼を言った。
デパートの警備員として働く彼にそんな過去があったなんて素直に驚きだ。他人の人生というものは数ヶ月一緒にいたぐらいでは分からないもの。
「軍隊には入らなかったんですか?」
ジョセフがいったいいつから今の仕事を続けているのか知らないけれど、彼に入隊の経験があるとは思えない。ソロニカもそうだが、軍に身を置いていたものはやはりその身体に傷が目立つ。魔法使いとして従事していたソロニカでさえ、腕にいくつかの古傷があった。
「入れなかったんだ。恥ずかしい話じゃが、入隊を控えた一週間ほど前に遠方から来た挑戦者に敗れてね。利き手が暫く使い物にならなくなった」
「敗れた……?」
「ああ。彼の出身が東の極地ヘールだった。ちょうど君ぐらいの若い頃の話じゃ。生きていたら、そうじゃな……六十は越えとるじゃろう」
「そうだったんですね、」
しんみりと返すコレットに、ジョセフはマグカップを机に置いて右腕をブンブンと振って見せる。
「今はほれ、この通り!軍隊に入れんかったのは残念だが、日常生活が送れるぐらいには腕も復活したからのォ。老いぼれは老いぼれらしく、静かな余生を過ごすことにするよ」
ジョセフはそう言って窓際に近付くと、先ほどまで彼が眺めていた小さな花の花弁をちょいっと触った。マダム・ミロワが気まぐれで生けた白い花は太陽に向かって首をもたげている。
「あの頃はセレスティアも発展途上で……進むも修羅、退くも修羅の道じゃった。夢を追い続けた者がどうなったのか儂は知らんが、何処かで同じように穏やかな空を見ていると良い」
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
愛を知った私は、もう二度と跪きません
阿里
恋愛
泥だらけのドレス、冷え切った食事、終わりのない書類仕事。
家族のために尽くしてきたエカテリーナに返されたのは、あまりにも残酷な追放宣告だった。
「呪われた男にでも喰われてこい」
そう笑って送り出した彼らは知らなかった。辺境伯ゼノスが、誰よりも強く、美しく、そして執着心が強い男だということを。
彼の手によって「価値ある女」へと生まれ変わったエカテリーナ。
その輝きに目が眩み、後悔して這いつくばる元家族たち。
「エカテリーナ様、どうかお助けを!」
かつて私を虐げた人たちの悲鳴を聞きながら、私は最愛の夫の腕の中で、静かに微笑む。