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第四章 蝶の舞う街サバスキア
40.悪役令嬢は海を渡る
しおりを挟む結局、マリソルに滞在したのは一週間ほどの短い間だった。バタバタと出て行く私のことを教会の人たちは皆、柔らかい笑顔で送り出してくれた。
マリソルを発つ前に、ルイジアナの家を訪れた。王都へ戻るからこれが最後になることを伝えると、彼女は目に涙を浮かべて「また来ることがあれば絶対に連絡をして」と言ってくれた。元気になったアリシアの姿を見せることで、少しは彼女を安心させることが出来ただろうかと思う。
そして、クロノスにも手紙を書いて送った。
エリオット・アイデンと再会したこと、彼にすべて知られていたという事実を書き記した。ペコロスの生態やサバスキアの蝶についても少し触れ、結びには「アリシアは魔力を奪われただけでなく、悪魔に憑かれていたようだ」と付け加えた。王都で会うことになるだろうから、その時に詳しい話が出来ると良いけれど。
「アリシア……僕が君の役に立てるかは…」
「弱気なことを言わないで。貴方が頼みの綱なの。私の家へ案内するわ。だから、確認してちょうだい」
十年前に悪意を持ってアリシアを呪った人間が、誰なのか。
ネイブリー伯爵家で粛々と天使のように仕事をこなすサラを、少しでも疑ってしまうこの私に証明してほしい。彼女はそんな人間ではないと。アリシアの最も近くに居たメイドが、よもやそのような悪行をするはずがないのだと。
どうか、私を安心させてほしい。
「それにしても……やけに揺れるわね」
「今日は天候が良くないからね」
「また落っこちたら今度は貴方も助けてくれないかしら」
冗談半分でそう言うと、ニコライはキョトンとした顔をした後で頭を掻いた。
「あの、そのことだけど。行きの船で君を助けたのは僕じゃないよ。勘違いさせてしまってごめん」
「………え?そうなの?」
「僕が甲板に来たとき、君は一人で横たわっていたんだ。僕はただ君の生死を確認するために覗き込んだだけ」
「じゃあ、誰が……」
「さぁね。賢い魔獣は何か知っているかもしれないけど」
ニコライの視線を辿ってペコロスに目を向ける。
先ほどまで私の腕の中で打ち付ける荒波を見ていたつぶらな瞳は、今は閉じられて小さな寝息が聞こえていた。ここのところ、ペコロスは眠っている時間が長く、あまりペットとしての役目を果たしていない。
その時、雲が立ち込める空の向こうに稲妻が光った。
途端に大粒の雨が降って来る。ポタポタと肩を濡らしていた雨粒は、すぐに耐えきれないほどの豪雨へと発展した。私たちは慌てて甲板から引っ込んで船内へと姿を隠す。
ポーンという船内放送の開始を知らせる音と共に、ややくぐもった女性の声が響いた。途切れ途切れに聞こえる音から察するに、悪天候による影響で航路が変更になるらしい。
「どうやら、雷雲が発達している関係で王都に近い港に着けないみたいだね。一時的に離れた場所へ着けるみたいだ」
「どこへ行くって?」
「サバスキア、西部の少し奥にある港に行くってさ」
「……サバスキア?」
「うん。僕も行ったことないけど、急ぐなら、たぶん王都までは電車を乗り継げば移動できると思うよ」
なんてことなくケロッとした表情でそう告げるニコライは、震える私を見て顔を覗き込んだ。
「どうしたの…アリシア?」
「これ、このネックレスは…サバスキアに伝わる御守りらしいの。もしかすると…何か、新しい情報を得られるかも」
雨に濡れた前髪の奥で、ニコライの綺麗な碧眼が驚いたように見開かれた。
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