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第四章 蝶の舞う街サバスキア
43.悪役令嬢は真実に触れる
しおりを挟む暫くして出て来たのは、ぼんやりとした顔の生気のない男だった。事務員なのか、サスペンダー付きの茶色いズボンに白いシャツを着ている。
表情はなく、ただこちらの出方を待っているような様子だったので「この施設に古くから居る職員と話がしたい」と伝えた。男は理由を聞くこともなく、頷いて、来た道を静かに戻って行く。ニコライを振り向くと「着いて行こう」とジェスチャーで伝えられたので、私は黙ってその後を追った。
所々に並んだ花壇に今は花々の姿はなく、季節感のない庭を抜けて辿り着いたのは応接室のような場所だった。花瓶に生けられた花が枯れかけなのが気になったけれど、子供の声も聞こえないし、もしかするとこの施設はもう利用者が少ないのかもしれない。
「院長を呼んで来ます。少しお待ちください」
私はニコライと共に頭を下げて男を見送る。
それにしても静かだ。静か過ぎるくらい。
「不思議な場所だね。孤児院なのに、子供が居ない」
「べつの場所に居るのかもしれないわ」
「どうだろう……あまり、使われているような感じがしないけど」
「……そうね」
先ほど通過した庭にも違和感を覚えたけれど、建物の中も薄汚れている。正直なところ、あまり長居したいと思う場所ではなかった。経営が苦しいのだろうか。
お互い話すこともなくなって、ペコロスを膝の上に乗せたまま口を噤んでいたら、扉が開いて黒い髪を後ろで束ねた痩せた女が入って来た。どうやらこの女が施設を管理する院長らしい。マリソルで会った元料理長のルイジアナと同年代ぐらいに見えるが、纏った空気はまるで違う。
「お待たせしました。施設長のロザンヌです」
「はじめまして…アリシアです。こちらは友人のニコライ。私たちは院長先生に話を伺いたくて来ました」
「そう。知っている範囲で良ければ、お答えします」
まともに話が出来る人で良かったと内心安心しつつ、慎重に言葉を選ばなければと気を引き締める。年齢のためか、ロザンヌの顔の皮膚は薄く、血管が透けて見えるようだった。
「この施設に…リナリー・ユーフォニアという子供は居ましたか?」
琥珀色の瞳がわずかに揺れる。
「単刀直入に聞くのですね。その容姿からするに、貴女がリナリーの探していた片割れなのかしら?」
「………片割れ?」
「二十二年前に、サバスキアに産み落とされた不運な双子。新しい家では上手くやっているようね」
「すみません、話がよく…」
「アリシア、よく聞いてください。貴方はリナリーが探し求めていた片割れ。貴女たちは二人で一つ、二人が共に幸せになることなど出来ない」
「……なに、を」
その時、隣に座っていたニコライがハッとしたように息を呑んだ。片手で口を押さえて目を見開くニコライは囁くように小さく、言葉を漏らした。
「土着信仰ですか…?」
ロザンヌは痩せ細った首を縦に振る。
「よくご存知なのね。サバスキアでは古くから、双子は呪われた存在として恐れられていた。だから、自我が芽生える前に片方を養子に出したりして引き離していたの」
「……過去の書物で読んだことがあります。まだ、今でも続いていたなんて」
「もう終わったことです。リナリーとアリシア、貴女たち姉妹が産まれて以降、双子はおろか子供の数が極端に減ったの。孤児院もじきに閉鎖することになるわ」
「そうなんですね……アリシア、大丈夫?」
気遣うようなニコライの声が聞こえる。
頭が内側から揺すられるようにグラグラした。
リナリーとアリシアが双子の姉妹?
どうして。だって、アリシアはネイブリー伯爵家で育った一人娘なんじゃないの。蝶と花よと育てられて、だから家を出ると言った時もあんなに悲しんでくれたんじゃ…
「でも、安心しました。貴女が元気そうで」
「……?」
「脅すようなことを言ったけど、ただの信仰よ。昔は双子は一方が幸せになるともう一方は不幸になると言われていた。それを逆手に取って、不幸な片割れが幸せを求めてもう一人を喰い殺すなんてこともあったらしいけど」
「………っ!」
「リナリーとも仲良くやっているの?あの子って、少し心配なところがあったから」
「……どういう意味でしょう…?」
聞き返す私の目を見て、ロザンヌは申し訳なさそうに俯いた。「言って良いのかしら」と前置きししながら、不安そうに目線を泳がすから、私は「教えてください」と付け足した。
「リナリーが施設に居た時期に、何度か子供たちのトラブルがあったの」
「トラブル?」
「大したことじゃないのよ。ハサミで怪我をしたとか、階段から落ちたとか……いずれも大怪我にはなってないのだけど」
それは一歩間違えれば大怪我なのでは、と思いながら私は黙って話の続きを待つ。
「リナリーが危害を加えたということですか?」
「いいえ。揉めたのは別の児童たちよ、でも、どちらも泣いたままで経緯を説明してくれないのよ」
「え?」
「子供だから仕方ないのかもしれないけど、私たちも困ってしまって」
ロザンヌはゆっくりと息を吐いて、机の上に置かれた花瓶の中の花を見つめた。白い花弁のふちは茶色く変色していて、もう命の終わりを迎えていることを示していた。
固唾を飲んで見守るニコライと私の前でロザンヌは再び口を開く。
「でも、事故があった現場にはいつもリナリーが居たの。場違いなほどの穏やかな微笑みを湛えて」
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