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第1話 規格外の異物
目が覚めると、そこは湿った石の床の上だった。
カビと錆が混ざったような臭いが鼻をつく。視界に入ってくるのは、苔むした石積みの壁と、頼りない松明の灯りだけだ。
俺はゆっくりと上体を起こした。
スーツの埃を払う。腕時計は動いている。午前十時。会社で実験データをまとめていたはずの時間だ。
だが、ここは研究室じゃない。
(夢か?)
いや、石の冷たさも、空気の淀みも、五感すべてが現実だと告げている。
周囲を見渡す。
状況を把握するより早く、金属がぶつかり合う激しい音が鼓膜を叩いた。
「はぁ、はぁ、うぅ……!」
女性のうめき声だ。 十メートルほど先。通路の奥で、人が倒れているのが見えた。 金色の長い髪を束ねた女性だ。全身を銀色の甲冑で固めているが、その腹部からは赤黒い血が溢れ出し、地面に水たまりを作っている。 彼女の視線の先には、二メートルはある巨大な人型が立っていた。 中身のない、動くフルプレートアーマー。いわゆる、リビングアーマーというやつか。 ファンタジー映画やゲームでしか見たことのない存在が、質量を伴ってそこにいた。
「逃げ……て……」
女騎士が、俺に気づいて声を絞り出す。 顔色は紙のように白い。失血死寸前だ。 俺は立ち上がった。逃げろと言われても、背後は行き止まりだ。戦うか、殺されるか。選択肢は二つしかない。
だが、丸腰だ。俺の鞄に入っているのはノートPCと論文の資料だけ。あんな鉄塊を殴れば、俺の骨が砕けて終わる。
ふと、女騎士の足元に転がっている「それ」が目に入った。 黒い剣だ。 刀身が闇のように黒く、禍々しい装飾が施された長剣。見るからに普通の武器ではない。
「それを……触っては、だめ……」
俺が剣に視線を向けた瞬間、女騎士が血を吐きながら叫んだ。
「それは『魔剣グラム』……。触れた者の魔力と生命を……一瞬で吸い尽くす……呪いの、剣……」
呪いの剣。 なるほど、彼女が重傷を負っているのに武器を手放している理由はそれか。敵にやられたというより、その剣を使った代償で動けなくなったように見える。 リビングアーマーが、重い足音を響かせてこちらへ向かってくる。錆びついた戦斧を引きずり、床に火花が散る。 俺までの距離、あと五メートル。 俺は迷わず、その黒い剣に手を伸ばした。
「やめ……死ぬわよ!」
女騎士の悲鳴を無視して、柄を握る。 ずしりとした鉄の重み。 ……それだけだ。 吸い取られる感覚も、痛みもない。ただの、よく手入れされた金属の塊だ。 俺は剣を持ち上げ、重心を確かめるように軽く振った。風を切る音が鋭く響く。
「え……?」
女騎士が呆然と目を見開いているのが視界の端に見えた。 なぜ平気なのか。理由はなんとなく推測できる。 この世界には「魔力」や「ステータス」といった概念があるのだろう。その剣は、使用者の体内にあるそれらのエネルギーを燃料として稼働するシステムなのだ。
だが、俺は違う。 俺はこの世界の住人じゃない。魔力回路もなければ、数値化された生命力もない。吸い取るべき「燃料タンク」が存在しないのだ。 システムエラー。あるいは、対象外。 今の俺にとって、これはただの切れ味のいい刃物でしかない。
「グルルゥ……」
リビングアーマーが戦斧を振り上げた。 動作が遅い。 重量物を振り回すための予備動作が大きすぎる。物理法則に従うなら、あの角度から振り下ろされる斧の軌道は一点に定まる。 俺は半歩、左へ踏み込んだ。 轟音と共に、斧が俺の横の石床を砕く。破片が頬を掠めたが、痛みは思考をクリアにするだけだ。 敵の体勢が崩れている。 狙うべきは装甲の厚い胸板ではない。可動域を確保するために装甲が薄くなっている関節部だ。 右膝の裏。 俺は黒い剣を、力任せではなく、刃の角度だけを意識して叩き込んだ。
カィン、と硬質な音がすると思った。 だが、手応えは豆腐を切ったように軽かった。 黒い刃は、鋼鉄の関節を抵抗なく切断し、そのまま反対側へと抜け切った。 魔剣の特性か。切れ味だけはデタラメに高いらしい。
ガクン、とリビングアーマーの巨体が傾く。 片足を失い、バランスを崩して倒れ込むその首元――兜と胴体の隙間が、無防備に晒される。 俺は返す刀で、首の継ぎ目をなぎ払った。 金属が切断される不快な音が響き、兜が宙を舞う。 動力を失ったのか、巨大な鎧は糸が切れた人形のように崩れ落ち、動かなくなった。
静寂が戻る。 俺は小さく息を吐き、剣についた油のような黒い液体を振って払った。 振り返ると、女騎士が信じられないものを見る目で俺を見上げていた。 恐怖、驚愕、そして畏怖。
「……ありえない」
彼女は震える唇で呟いた。
「歴代の英雄ですら……命を削って一振りするのが限界だった、呪いの王を……どうして……?」
どうして、と言われても困る。 俺は剣を逆手に持ち替え、彼女のそばに膝をついた。 腹部の傷は深い。今は、説明よりも止血が先だ。
「じっとしててくれ。傷を見る」
俺が手を伸ばすと、彼女はビクリと体を強張らせたが、拒絶はしなかった。 まるで、神か悪魔に触れられるのを待つような、強張った表情だ。
「あ……あなたは、一体……」
「相模登。ただの人間だ」
俺は短く答えて、スーツの内ポケットからハンカチを取り出した。
ただの人間。この世界で、もっとも異質な「ただの人間」だ。
俺の言葉に、彼女は力なく首を振った。
「嘘だ……。ただの人間が、グラムを扱えるはずがない……。あなたは、人の姿をした高位の……」
意識が混濁しているのか、彼女の言葉はそこで途切れた。
まあいい。誤解させておく方が、今は都合がいいかもしれない。
俺はハンカチを傷口に当て、強く圧迫した。 まずは、ここから生きて出ることだ。 俺はこの異様な状況を、あくまで冷静に、タスクとして処理することに決めた。
カビと錆が混ざったような臭いが鼻をつく。視界に入ってくるのは、苔むした石積みの壁と、頼りない松明の灯りだけだ。
俺はゆっくりと上体を起こした。
スーツの埃を払う。腕時計は動いている。午前十時。会社で実験データをまとめていたはずの時間だ。
だが、ここは研究室じゃない。
(夢か?)
いや、石の冷たさも、空気の淀みも、五感すべてが現実だと告げている。
周囲を見渡す。
状況を把握するより早く、金属がぶつかり合う激しい音が鼓膜を叩いた。
「はぁ、はぁ、うぅ……!」
女性のうめき声だ。 十メートルほど先。通路の奥で、人が倒れているのが見えた。 金色の長い髪を束ねた女性だ。全身を銀色の甲冑で固めているが、その腹部からは赤黒い血が溢れ出し、地面に水たまりを作っている。 彼女の視線の先には、二メートルはある巨大な人型が立っていた。 中身のない、動くフルプレートアーマー。いわゆる、リビングアーマーというやつか。 ファンタジー映画やゲームでしか見たことのない存在が、質量を伴ってそこにいた。
「逃げ……て……」
女騎士が、俺に気づいて声を絞り出す。 顔色は紙のように白い。失血死寸前だ。 俺は立ち上がった。逃げろと言われても、背後は行き止まりだ。戦うか、殺されるか。選択肢は二つしかない。
だが、丸腰だ。俺の鞄に入っているのはノートPCと論文の資料だけ。あんな鉄塊を殴れば、俺の骨が砕けて終わる。
ふと、女騎士の足元に転がっている「それ」が目に入った。 黒い剣だ。 刀身が闇のように黒く、禍々しい装飾が施された長剣。見るからに普通の武器ではない。
「それを……触っては、だめ……」
俺が剣に視線を向けた瞬間、女騎士が血を吐きながら叫んだ。
「それは『魔剣グラム』……。触れた者の魔力と生命を……一瞬で吸い尽くす……呪いの、剣……」
呪いの剣。 なるほど、彼女が重傷を負っているのに武器を手放している理由はそれか。敵にやられたというより、その剣を使った代償で動けなくなったように見える。 リビングアーマーが、重い足音を響かせてこちらへ向かってくる。錆びついた戦斧を引きずり、床に火花が散る。 俺までの距離、あと五メートル。 俺は迷わず、その黒い剣に手を伸ばした。
「やめ……死ぬわよ!」
女騎士の悲鳴を無視して、柄を握る。 ずしりとした鉄の重み。 ……それだけだ。 吸い取られる感覚も、痛みもない。ただの、よく手入れされた金属の塊だ。 俺は剣を持ち上げ、重心を確かめるように軽く振った。風を切る音が鋭く響く。
「え……?」
女騎士が呆然と目を見開いているのが視界の端に見えた。 なぜ平気なのか。理由はなんとなく推測できる。 この世界には「魔力」や「ステータス」といった概念があるのだろう。その剣は、使用者の体内にあるそれらのエネルギーを燃料として稼働するシステムなのだ。
だが、俺は違う。 俺はこの世界の住人じゃない。魔力回路もなければ、数値化された生命力もない。吸い取るべき「燃料タンク」が存在しないのだ。 システムエラー。あるいは、対象外。 今の俺にとって、これはただの切れ味のいい刃物でしかない。
「グルルゥ……」
リビングアーマーが戦斧を振り上げた。 動作が遅い。 重量物を振り回すための予備動作が大きすぎる。物理法則に従うなら、あの角度から振り下ろされる斧の軌道は一点に定まる。 俺は半歩、左へ踏み込んだ。 轟音と共に、斧が俺の横の石床を砕く。破片が頬を掠めたが、痛みは思考をクリアにするだけだ。 敵の体勢が崩れている。 狙うべきは装甲の厚い胸板ではない。可動域を確保するために装甲が薄くなっている関節部だ。 右膝の裏。 俺は黒い剣を、力任せではなく、刃の角度だけを意識して叩き込んだ。
カィン、と硬質な音がすると思った。 だが、手応えは豆腐を切ったように軽かった。 黒い刃は、鋼鉄の関節を抵抗なく切断し、そのまま反対側へと抜け切った。 魔剣の特性か。切れ味だけはデタラメに高いらしい。
ガクン、とリビングアーマーの巨体が傾く。 片足を失い、バランスを崩して倒れ込むその首元――兜と胴体の隙間が、無防備に晒される。 俺は返す刀で、首の継ぎ目をなぎ払った。 金属が切断される不快な音が響き、兜が宙を舞う。 動力を失ったのか、巨大な鎧は糸が切れた人形のように崩れ落ち、動かなくなった。
静寂が戻る。 俺は小さく息を吐き、剣についた油のような黒い液体を振って払った。 振り返ると、女騎士が信じられないものを見る目で俺を見上げていた。 恐怖、驚愕、そして畏怖。
「……ありえない」
彼女は震える唇で呟いた。
「歴代の英雄ですら……命を削って一振りするのが限界だった、呪いの王を……どうして……?」
どうして、と言われても困る。 俺は剣を逆手に持ち替え、彼女のそばに膝をついた。 腹部の傷は深い。今は、説明よりも止血が先だ。
「じっとしててくれ。傷を見る」
俺が手を伸ばすと、彼女はビクリと体を強張らせたが、拒絶はしなかった。 まるで、神か悪魔に触れられるのを待つような、強張った表情だ。
「あ……あなたは、一体……」
「相模登。ただの人間だ」
俺は短く答えて、スーツの内ポケットからハンカチを取り出した。
ただの人間。この世界で、もっとも異質な「ただの人間」だ。
俺の言葉に、彼女は力なく首を振った。
「嘘だ……。ただの人間が、グラムを扱えるはずがない……。あなたは、人の姿をした高位の……」
意識が混濁しているのか、彼女の言葉はそこで途切れた。
まあいい。誤解させておく方が、今は都合がいいかもしれない。
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