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心の傷
しおりを挟むあの後、しばらくしてからユキの元を訪ねたがユキから返事が返って来る事はなかった。
まさか絶望して自殺してしまったんじゃ?と不安になったが···侍女が部屋に着替えを持って入っていくと、シーツにくるまり、泣きながら眠ってしまったようだと報告を受けて胸を撫で下ろした。
しかしユキは、目に見えて憔悴していく。
食事には全く手をつけた様子はなく、窓の外を見ながら一日中ボーッとしている。
まるで魂が抜けてしまったかのように虚ろな表情をしていた。
このままではユキが死んでしまう。
僕は暇さえあればユキの元へ通い、ユキの手を握り話しかけた。
ユキは美しいけど···とても悲しげな瞳をしていた。
今まで、あんなに悲しげな瞳をした人間を見た事がなかった。
ユキ···君は一体どうしてそんなに悲しそうな瞳をしているの···?
そして、ユキはとても苦しそうに見える。
ユキ····君の心は、一体何に捕らわれているの?
このままユキを放置はできない。
食事をしないと命に関わる。
僕は急いで、街にある一軒の食堂へ向かった。
数時間後──。
僕はユキの部屋へ向かった。
「ねぇ、ユキ···?少しでもいいから···何か食べよう?このままだと衰弱して死んでしまうよ。····これなら食べられるかな?」
ユキの手に、魔導マグボトルを握らせる。
魔導マグボトルは、温かい飲み物や冷たい飲み物などを、入れた温度のまま保つマグボトルである。
これも流れ人のアイデアからできた物の一つだ。
「これ···は···?」
ユキはくるくるとマグボトルのフタを回した。
フタを開けると、中から懐かしい香りが漂ってきた。
ユキは、恐る恐るマグボトルに口を付けて中身の液体を口にした。
すると、今まで話しかけても反応が薄かったユキの瞳に光が戻ってきた。
「叔父さんの···叔父さんが作った味噌汁と同じ味がする···」
ユキはこの国に来て、やっと食べ物を口にしてくれた。
ソムーアが訪ねた食堂は、流れ人から伝わった料理を提供している店だった。
もしかしたら···流れ人から伝わった料理ならユキも食べてくれるのではないかと思ったのだ。
しばらく何も口にしていなかったので、いきなり固形物を口にすると胃が驚いて吐き出してしまう恐れがあったので固形物は避けた。
ユキは涙を溢しながら、ゆっくり味噌汁を口にした。
ソムーアはその様子を見ながら安堵する。
しかし、ユキが口にした言葉···「叔父さん」って···。
もしかして···ユキには家族がいないのか?
もっとユキの事が知りたい···。
その日から、少しずつではあるがユキは食事を食べてくれるようになった。
食事を取るようになり、少しずつ元気を取り戻したようでほっとする。
今までは、全く話かけても反応がなかったが···最近は、少しずつ会話もしてくれるようになった。
話してみてわかったのだが、ユキはとても警戒心が強い。
少し打ち解けてきたかと思い、一歩踏み込めば警戒心を剥き出しにし、ふりだしに戻ってしまう。
それはまるで野生の獣のようで、少しでも何かしようものなら噛みつかれそうだ。
仲良くなるにはとても時間がかかりそうで、心が折れそうになる。
それでも僕は、もっとユキを知りたいと願う。
そして気づいた事がもう一つ。
ユキはよく夜中に魘されているということ。
それも魘されるというより···もがき、苦しんでいると言った方が正しいかもしれない。
これは、ユキ付きの侍女からの報告で知った事だ。
夜中にユキの部屋から叫び声のような悲鳴が聞こえ、「叔父さん!叔父さん!嫌だ行かないで···俺を置いていかないで!!」とユキが魘されながら泣いているということ。
僕も心配で様子を見に行ったのだが、予想していたよりも深刻だった。
ユキの悲痛な叫びを聞くと、胸が締め付けられる。
たぶん···こちらの世界にやって来る前から、毎夜ユキは魘され続けているのではないだろうか?
ユキとその“叔父さん”の関係も気になってしまう。
確か···味噌汁を口にした時にも呟いていた。
ユキが泣きながら味噌汁を口にする姿を思い出す···。
それほどまで、ユキはその“叔父さん”を求めている。
私には警戒心しか見せてくれないというのに···。
一体···ユキとその“叔父さん”はどんな関係だったのだろうか···?
ソムーアの頭に“禁断の恋”という言葉が過る。
まさか···さすがにそれは···。
さすがにそれはない···と思いたいが、僕はまだ何もユキの事を知らない。
ユキの感情を揺さぶる、見た事もない人物に嫉妬してしまう。
僕では···ユキを笑顔にしてあげることはできないのだろうか?
ユキの笑顔を見てみたい。
それから僕は、これまで以上に積極的にユキを訪ねるようになった。
────────
異世界に来て早くも二週間が経った。
この地に来た始めの頃、叔父さんの家を守る事を生きる全てとして今まで生きて来た事もあり、叔父さんの家を守る事ができなくなってしまった事で、生きる理由を失ってしまった俺は途方に暮れていた。
始めは、今家はどうなっているだろう?俺がいなくなって店はどうなっているだろう?という焦りから、なんとしても帰りたいと躍起になっていたが···。
王太子の言葉に絶望し、完全に心を閉じてしまっていた。
しかし、この地で···もう二度と味わえないだろうと思っていた···叔父さんの作ってくれた味噌汁と全く同じ味と出会ったのだ。
叔父さんは、正直あまり料理は得意ではなかった。
だからちょっと味の足りないあの味を···まさかこの異世界でまた味わう事になるなんて。
あの味噌汁を口にしてから、また生きる気力が湧いて来たのだから不思議だ。
なぜか···叔父さんの“生きろ”って言葉を思い出したんだ。
あれから毎日、王太子は俺の元にやって来るようになった。
なんとかコミュニケーションを取ろうと話しかけて来るのだが、俺は本来ホストをしていなかったら···たぶんとても人見知りで内気な性格だ。
そして今までの人生の経験から、とても臆病で警戒心が強い。
仕事のスイッチが入っていたからこそ、別人のようになれた。
しかし、今は丸裸に近い。
だからこそ、警戒を解く事ができない。
自分の身は自分で守らなければならないから····。
ここでは誰も頼れない。
自分を守れるのは、自分しかいないのだから。
それなのに····どうしてこの男は俺を刺激する?
どうしてこんな俺に優しくするのか理解できない。
どうしてこんなに警戒してしまうのか?
それは簡単な事···。
見返りもなく優しくしたって意味がないからだ。
俺を利用しようと、何か企んでいるとしか思えない。
俺を何に利用しようとしているのかわからないが···簡単に心を開いてはいけない。
こういう奴が、一番危険なのだ。
簡単に心の中に入り、信用すれば···裏切られる。
心を散々荒らされ、簡単に裏切られ、利用したら捨てられるのだ。
ただ····。
今は何もする事がないから···ただの話し相手だ。
話くらいはしてもいい···。
でも、それ以上はない。
警戒を解かなければ、傷つくことなんてないのだから。
大丈夫···俺はもう二度と騙されたりなんかしない。
そして、今日もまたアイツがやって来る。
「ユキ!おはよう。遅くなってごめんね···。さあ一緒に朝ご飯を食べよう。」
この男···ソムーアは、毎日俺と食事をする為に、わざわざ俺の部屋までやって来る。
この王宮で出される食事もけして不味いわけではないのだが、俺はこのソムーアが持って来る料理の方が好きだ。
懐かしい味の日本食が好きなだけで、別にこの男が好きなわけではないから勘違いしないでほしい。
食事の時、ソムーアは当たり障りのない話をしてくる。
始めは無視していたが····さすがに世話になっているのに無視し続けるのも失礼だから、最低限の会話はする。
そうすると···何故かこの男は嬉しそうにするのだ···。
何がそんなに嬉しいのか、全く理解できない。
冷たく突き放しても諦めないし···本当に変な奴だ。
でも、世話になり続けて借りをたくさん作るのは嫌いだ。タダよりも怖いものはない。
だから、俺に出来そうな事を探して借りを返さなければ···。
俺は自分に付けられた侍女に頼み、とある場所に向かった。
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