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第15話 贖罪
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ヴェルフィア城 玉座の間
ルーファを助けるため玉座の間へ向かったミィとグレイスの目に飛び込んできたのは残骸と化し折れ曲がった巨大な鉄扉と四人の兵士が通路に横たわっている光景。
横たわる兵士達は、かなりのダメージを負っているようだが幸いにも息がある。
兵士達の救護をグレイスに任せミィは玉座の間に足を踏み入れルーファを探す。
玉座の間に敷かれた絨毯や装飾品の一部は焼け、焦げた臭いが鼻を突き、一見すると廃墟かと見間違えるほどの散々たる状況。
右側面の壁には巨大な穴が開き玉座の傍でルーファを護るようにウィクスと狐の獣人が防御魔法を展開しているのが見える。
かなり疲弊しているよだが深刻なダメージを負っていないことに安堵したミィだったが直後、十二、三才に見える少女が突然話しかけてきた。
「もしかしてセクメトラ様が話してた妖精猫?」
その女の子は倒壊した柱に腰かけ無邪気な笑顔を浮かべているが状況から見て襲撃してきた敵と見て間違いない。
「私は通りすがりの猫ですがニャにか?」
「そっかぁ。違うのなら邪魔だから殺しちゃおっと。フレイムジャベリン」
ミィを取り囲むように無数の炎の矢が出現した次の瞬間、一斉にミィへと降り注ぐ。
「【対魔法防御】【高位治癒】」
魔法攻撃に即座反応し防御魔法を展開しつつルーファ達三人を高位治癒で癒す。
「二重詠唱? 通りすがりの猫にしては器用なんだね」
何百発と断続的に撃ち込まれ激しい攻撃に防戦一方になっていると見えなくもない。
しかし魔法一発一発の威力は驚くほど低くウィクス達でも辛うじて防御できる程度の攻撃魔法なのだから何万発撃ち込まれようと自身の防御魔法を突破されたりしないという自信がミィにはある。
ただし時折、コントロールを失い床や壁に着弾した魔法の威力は驚くほど高い。
何百発と連発しているにも拘らず高火力なものだけが直撃することなく外れ続けている事を考えれば意図的に攻撃しているとしか思えない。
そして命を奪うことを目的としていないのだと確信した決定的な理由、殺意と敵対心を感じさせるような言動を繰り返しているが、殺気をまるで感じないのだ。
何が目的か分からないが三人を護るよう命を受けた以上、防戦一方で居るわけにはいかない。
「頑張って耐えてるみたいだけど限界近いんじゃない? すぐに楽にしてあげるね・・・・・・ フレイムインパクト」
少女の頭上に巨大な火球が出現し周囲の火種を吸収し更に巨大化、最終的には直径五メートルほどの火球へと成長しミィへ向かい動き出した。
ただこの火球も巨大というだけでミィにとって脅威と思えるほど威力だと思えない。
何の為に力を隠し足止めにもならない攻撃を繰り返すのかミィ理解できず、出方を窺うために自動防衛で威力を倍加させ跳ね返してみることにした。
火球が直撃する瞬間に合わせ【自動防衛】を発動し威力を倍加させた火球を少女に向け跳ね返す。
「そんな・・・・・・」
少女が二重に張った防御結界を跳ね返された火球がシャボン玉でも割るように一瞬で破壊し真直ぐ進んでいった。
貴賓室
挑発ともとれる言動を繰り返すのみで攻撃して来ない状況が暫く続いていたが二度目の爆発音が聞こえた後、事態は動き出す。
「そろそろ合流地点へ行かせてもらうね・・・・・・ 魔力解放【オーバードライブ】」
少年が使用したオーバードライブというスキルは自身が持つ魔力を限界を超え高めることで魔法効果を増大させる事を可能とする。
ただし無制限に高められるわけじゃない。
保有魔力量の二倍程度、しかも反動が大きく使用後は行動不能に陥ってしまうというリスクがあるにも拘らず仲間と合流すると話す少年の意図が見えない。
しかし少年の魔力は一瞬で当初の二倍、三倍をも超え膨れ上がっていく。
(効果が違うのか?)
少年から感じる魔力量を考えれば限界値を遥かに越えていることは明白でこれ以上、増加すれば体が耐えられず魔力爆発を起こす。
そうなれば王城を中心にし広範囲が焦土と化す。
「自爆などさせない!!」
異変に気がついたサティナが少年との間合いを一気に詰めウラノガイアを振り下ろした次の瞬間、少年は幸せそうに微笑み何か呟き目を閉じた。
滅びた世界 ユースティア王国 ドッカ村
一年前、プレイカという侵略戦争を繰り返していた軍事大国が一夜のうちに世界から姿を消す。
戦いの痕跡どころか人や街、国自体が初めから存在しなかったような消え、神罰がくだったのだと人々は喜んだのも束の間、世界各地で謎の集団による戦いに巻き込まれ多くの人達が命を失い、幾つもの国が滅びた。
世界滅亡の危機に瀕したことで世界は一丸となり謎の集団の討伐に動くも、悉く失敗に終わり打開策が無いまま時間だけが過ぎていった。
一ヶ月程前、王国国境の街トパスが謎の集団の戦いに巻き込まれ消滅、現剣聖は二万の兵と共に討伐に向かうも誰一人として帰還することはなかった。
その十日後、幼少の頃から体が弱く子供の誕生を機に剣聖の称号を次代に譲り生まれ育ったドッカ村に帰り家族で幸せに暮らしていた歴代最強の守護剣聖と呼ばれるアルセト・パルームの元にユースティア王国国王から謎の集団討伐の命が下される。
アルセトが村を出発して三週間、村の入口で来る日も来る日も父の帰りを待ち続ける兄妹の元へ何の便りもないまま時間だけが過ぎていった。
「お兄ちゃん。お父さんいつ帰ってくるの?」
「父さんってすっごく強いんだぜ。レッドグリズリーだって簡単に倒してたし・・・・・・だから悪い奴らなんて倒してすぐ帰ってくるさ・・・・・・」
更に待ち続けること十日、その日も兄妹は村の入口で父の帰りを待っていた。いつもと変わらない、ゆったりと時間が経過するありふれた日常は突然、地獄へと変貌する。
村の至る所から火の手が上がり時折悲鳴のような声が聞こえる。
村外へ逃げ出そうとする人も居たが見えない壁でもあるかのように何かに阻まれ村の外に出ることできない。
何が起きているのか分からず混乱と恐怖は兄妹の体の自由を奪い、ただ震えその光景を見ている事しかできなかった。
そんな中、兄妹の名を呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。
「キルゼルト! キャスラル! どこにいるの?」
「母さん!!」
少年は妹の手を取り声のする方へ走り出す。
途中、何人もの人達が血を流し横たわっているのを見た。
近所の優しいお婆さん、よく遊んでいた友達が目を見開いたままピクリとも動かないことに子供ながらに死を間近に感じ逃げ出したい衝動に駆られる。
だがその度に、父の勇姿と言葉が背中を押し大切な妹の手を離さずに居られた。
母の姿が視界に入った兄妹は力の限り走り母が伸ばした手を掴もうと手を伸ばす。
優しい微笑みを浮かべ兄妹を抱きしめる為、両膝を衝き手を広げ兄妹を待つ母の胸に飛び込もうした次の瞬間、キルゼルトと呼ばれる少年の視界が赤く染まる。
「キルゼ・・・・・・」
目の前で胸を貫かれ崩れ落ちる母の表情が先程、目した友達のように無機質なものへと変わっていくのを目の当たりにし少年の何かが壊れた。
そしてニタニタと不快な笑みを浮かべ躊躇すること無く背後から母親に剣を突き立てた男達に対し激しい怒りが沸き起こる。
「母さん・・・・・・ 許さない。お前ら全員殺す!!」
「きゃははは。怖い怖い。殺されたく――」
次の瞬間、二人組の男の頭部が地に転がる。
淡い光を放つ聖光が少年を包み込み、右手指先から伸びる光は短剣を形どっていたが、聖光は既に消え無我夢中で腕を振り回していただけだとしか認識していない少年は何が起きたのか分からない。
ただ母の傍へ行くことを邪魔する者が居なくなったという事実だけしか理解できなかった。
少年は妹の手を取り横たわる母の傍に駆け寄ると温もりの消えた母の手を握り締しめ何度も何度も声をかけ続ける。
もう二度と優しい声を聞くことも大きな愛で包み込んでくれることもないのだと何となく理解していても声をかける事を止めることができなかった。
どれくらい時間が経過したか分からないが泣き疲れ眠る妹を抱きしめ母顔を見つめていると見知らぬ美しい女性に声を掛けられる。
「私は女神セクメトラ。助けに来るのが遅くなってごめんなさい。この二人を倒した人はどなた?」
「気がついてら倒れていて、何が起きたのか分からないです」
「そう・・・・・・ あらっ。あなた達・・・・・・」
微笑みを浮かべ頬に手を添え少年をジッと見つめながら優しい口調で語り掛ける。
「あなた達には特別な力があるみたい。御両親から受け継いだ人を護る力が・・・・・・ そこで死んでいる二人は邪神の守護者、世界を破滅へと誘う厄災。あなたのお父様とお母様を殺した憎むべき敵なの」
「敵。倒さないとキャスを守れない」
「殺しなさい。私が力をあげる。私の守護者になってくれるのなら、両親を生き返らせてあげてもいいのよ」
「僕は・・・・・・ セクメトラ様の守護者になります」
「嬉しいわ・・・・・・」
貴賓室
サティナがウラノガイアを振り下ろした瞬間、脳裏に浮んだ記憶にない光景は、まるで誰かの記憶を追体験しているかのように感情までも伝わってきた。
新たな命の誕生と成長、愛する家族と過ごす日々、そして訪れる深い悲しみと助けたい守りたい気持ちや愛情、幾つかの感情が重なっているように思えた。
そして少年が経験した絶望と後悔、その全てを知った。
限界を超え魔力を吸収し続け臨界点に近づけることで自爆すると認識させれば止めるために必ず自分を殺してくれる。
限界を超え魔力を吸収することで感じる激しい痛み、そして命を奪われることも全て贖罪だったのだ。
剣聖だった父のように人々を護り敵を倒せば家族で過ごした幸せな日々が取り戻せると約束してくれたセクメトラの言葉を信じていた。
だが数日前、靄が晴れたようにハッキリと世界が見えるようになり真実を知る。
邪神と守護者、その眷属たちのみが生き、毒の水、大地は穢れ、草花は腐れアンデッドが跋扈する穢れた世界だと認識させられ自分と同じように大切な人を護ろうとする人達を殺めていた。
そして両親を殺したのがセクメトラの守護者だったという事実。
少年の気持ちは理解できなくもないが、今やろうとしていることはサティナに少年と同じ重荷を背負わせるだけでしかない。
だがウラノガイアの刃は頭頂部から入り眉間を通過しており、止める間もなく真下へ抜けていった。
「・・・・・・ そうだったんですね」
ウラノガイアを見つめていたサティナが嬉しそうに笑顔を浮かべ話しかけてきた。
「私のこと心配してくれてありがとうございます。でももっと私のこと信頼してほしいです。ちなみに過剰に吸収された魔力はウラちゃんが食べちゃったので安心してください」
そう話し愛おしそうにウラノガイアの柄に頬擦りしている。
間に合わなかったと思っていたが少年は擦り傷一つ負っておらず膨張した魔力は完全に消え去っている。
自分で創造した武器だとしても使用者の才能や能力、使用素材により最適化され生み出される固有武器だけは全能力を把握することができない。
固有武器以外の武器やアイテムなど鑑定すれば素材から性能に至るまで全て把握できることを考慮すると意思を持っているということが把握できない理由のような気がする。
少年も何が起こったのか分からず刃が通った辺りを触って確認していたが無傷だと分かると悪態をつき始めるた。
「それで勝ったつもり? 見逃してくれるからって感謝なんてしないし、この国の人間は皆殺しに――」
突然、貴賓室の扉が開き十二歳ぐらいの少女が少年に走り寄り座り込むと大粒の涙を流しながら話しかける。
「もう、もうやめよう」
「キャスラル⁉」
そして後を追うようにミィとルーファが部屋に飛び込んできた。
「急に走り出すと危ないのニャ」
先程見た記憶が誰のものだったのか分からない。だが目の前に居る兄妹が愛され大切にされていたことだけは分かる。
だからこそ助けたい。
「キルゼルトとキャスラルだよね?」
「ち、違うし」
「お兄ちゃん。もう分ってるでしょ。この人達はあんな嘘つきと違う。猫さんが力になってくれるって言ってたよ。助けてもらおう。私、もう誰も傷つけたくない!!」
先程見た通りだとすればセクメトラが精神支配や洗脳といった悪趣味なスキルを使い世界を救う、人々を助けると思い込ませ戦わせていたということになる。
何らかの理由で洗脳が解け罪悪感から死することを選んだ。
サティナの結界を通り抜けれたのもスキル効果などではなく単純に心が清だけだった。
「だいたい何で俺達の名前、知ってるんだよ? あの女の敵なんだろ!!」
正直に話したところで信じてもらえるか分からないが、あの一瞬見えた何者かの記憶を二人に伝えなければいけない気がする。
「はぁ? 何だよそれ」
「そう言えばその記憶の持ち主、右手に火傷したみたいな大きな跡があったけど」
その後、キルゼルトは反論する訳でもなく静かに話に耳を傾けキャスラルは涙していた。
ミィからの報告も予想通り、キャスラルも罪を償うため死のうとしていたようで間一髪のところで気がつき説き伏せたと言っていた。
玉座の間は半壊、貴賓室も室内で中級風魔法を使用したかのような荒れようだが犠牲者が出なかったことが何より嬉しい。
そして敵神の守護者全員が邪悪な者ではなく正しい心を持った者が存在すると知ることができたのは大きな収穫じゃないだろうか。
「この後、二人はどうするんだ? セクメトラの所には帰れないだろうから俺の城に来る?」
「いや、流石に無理だろ。さっきまで敵だっ・・・・・・ む、胸が」
突然、キルゼルトが胸を抑え苦しみだし後を追うようにキャスラルも胸を抑え苦しみだした。
「あ、あの女、最初から俺達をこうするつもりだったのかよ。お、お願いだから、俺とキャスを殺してくれ。もう誰も傷つけたくない・・んだ・・・・・・」
「猫さん、お、お願いします。お母さんとお父さんの所に行かせて」
二人の体から以前感じたセクメトラと同じ禍々しい力が溢れ出し全身を侵食しようとしているように見える。
「二人の想いを尊重するべきです。このままでは二人共、人に戻れなくなります」
サティナの言う事は理解できる。
だが何か助ける方法がないのだろうか。
罪を背負い未来へと歩き始めた兄妹を助けたいという想いが判断を遅らせることになった。
ルーファを助けるため玉座の間へ向かったミィとグレイスの目に飛び込んできたのは残骸と化し折れ曲がった巨大な鉄扉と四人の兵士が通路に横たわっている光景。
横たわる兵士達は、かなりのダメージを負っているようだが幸いにも息がある。
兵士達の救護をグレイスに任せミィは玉座の間に足を踏み入れルーファを探す。
玉座の間に敷かれた絨毯や装飾品の一部は焼け、焦げた臭いが鼻を突き、一見すると廃墟かと見間違えるほどの散々たる状況。
右側面の壁には巨大な穴が開き玉座の傍でルーファを護るようにウィクスと狐の獣人が防御魔法を展開しているのが見える。
かなり疲弊しているよだが深刻なダメージを負っていないことに安堵したミィだったが直後、十二、三才に見える少女が突然話しかけてきた。
「もしかしてセクメトラ様が話してた妖精猫?」
その女の子は倒壊した柱に腰かけ無邪気な笑顔を浮かべているが状況から見て襲撃してきた敵と見て間違いない。
「私は通りすがりの猫ですがニャにか?」
「そっかぁ。違うのなら邪魔だから殺しちゃおっと。フレイムジャベリン」
ミィを取り囲むように無数の炎の矢が出現した次の瞬間、一斉にミィへと降り注ぐ。
「【対魔法防御】【高位治癒】」
魔法攻撃に即座反応し防御魔法を展開しつつルーファ達三人を高位治癒で癒す。
「二重詠唱? 通りすがりの猫にしては器用なんだね」
何百発と断続的に撃ち込まれ激しい攻撃に防戦一方になっていると見えなくもない。
しかし魔法一発一発の威力は驚くほど低くウィクス達でも辛うじて防御できる程度の攻撃魔法なのだから何万発撃ち込まれようと自身の防御魔法を突破されたりしないという自信がミィにはある。
ただし時折、コントロールを失い床や壁に着弾した魔法の威力は驚くほど高い。
何百発と連発しているにも拘らず高火力なものだけが直撃することなく外れ続けている事を考えれば意図的に攻撃しているとしか思えない。
そして命を奪うことを目的としていないのだと確信した決定的な理由、殺意と敵対心を感じさせるような言動を繰り返しているが、殺気をまるで感じないのだ。
何が目的か分からないが三人を護るよう命を受けた以上、防戦一方で居るわけにはいかない。
「頑張って耐えてるみたいだけど限界近いんじゃない? すぐに楽にしてあげるね・・・・・・ フレイムインパクト」
少女の頭上に巨大な火球が出現し周囲の火種を吸収し更に巨大化、最終的には直径五メートルほどの火球へと成長しミィへ向かい動き出した。
ただこの火球も巨大というだけでミィにとって脅威と思えるほど威力だと思えない。
何の為に力を隠し足止めにもならない攻撃を繰り返すのかミィ理解できず、出方を窺うために自動防衛で威力を倍加させ跳ね返してみることにした。
火球が直撃する瞬間に合わせ【自動防衛】を発動し威力を倍加させた火球を少女に向け跳ね返す。
「そんな・・・・・・」
少女が二重に張った防御結界を跳ね返された火球がシャボン玉でも割るように一瞬で破壊し真直ぐ進んでいった。
貴賓室
挑発ともとれる言動を繰り返すのみで攻撃して来ない状況が暫く続いていたが二度目の爆発音が聞こえた後、事態は動き出す。
「そろそろ合流地点へ行かせてもらうね・・・・・・ 魔力解放【オーバードライブ】」
少年が使用したオーバードライブというスキルは自身が持つ魔力を限界を超え高めることで魔法効果を増大させる事を可能とする。
ただし無制限に高められるわけじゃない。
保有魔力量の二倍程度、しかも反動が大きく使用後は行動不能に陥ってしまうというリスクがあるにも拘らず仲間と合流すると話す少年の意図が見えない。
しかし少年の魔力は一瞬で当初の二倍、三倍をも超え膨れ上がっていく。
(効果が違うのか?)
少年から感じる魔力量を考えれば限界値を遥かに越えていることは明白でこれ以上、増加すれば体が耐えられず魔力爆発を起こす。
そうなれば王城を中心にし広範囲が焦土と化す。
「自爆などさせない!!」
異変に気がついたサティナが少年との間合いを一気に詰めウラノガイアを振り下ろした次の瞬間、少年は幸せそうに微笑み何か呟き目を閉じた。
滅びた世界 ユースティア王国 ドッカ村
一年前、プレイカという侵略戦争を繰り返していた軍事大国が一夜のうちに世界から姿を消す。
戦いの痕跡どころか人や街、国自体が初めから存在しなかったような消え、神罰がくだったのだと人々は喜んだのも束の間、世界各地で謎の集団による戦いに巻き込まれ多くの人達が命を失い、幾つもの国が滅びた。
世界滅亡の危機に瀕したことで世界は一丸となり謎の集団の討伐に動くも、悉く失敗に終わり打開策が無いまま時間だけが過ぎていった。
一ヶ月程前、王国国境の街トパスが謎の集団の戦いに巻き込まれ消滅、現剣聖は二万の兵と共に討伐に向かうも誰一人として帰還することはなかった。
その十日後、幼少の頃から体が弱く子供の誕生を機に剣聖の称号を次代に譲り生まれ育ったドッカ村に帰り家族で幸せに暮らしていた歴代最強の守護剣聖と呼ばれるアルセト・パルームの元にユースティア王国国王から謎の集団討伐の命が下される。
アルセトが村を出発して三週間、村の入口で来る日も来る日も父の帰りを待ち続ける兄妹の元へ何の便りもないまま時間だけが過ぎていった。
「お兄ちゃん。お父さんいつ帰ってくるの?」
「父さんってすっごく強いんだぜ。レッドグリズリーだって簡単に倒してたし・・・・・・だから悪い奴らなんて倒してすぐ帰ってくるさ・・・・・・」
更に待ち続けること十日、その日も兄妹は村の入口で父の帰りを待っていた。いつもと変わらない、ゆったりと時間が経過するありふれた日常は突然、地獄へと変貌する。
村の至る所から火の手が上がり時折悲鳴のような声が聞こえる。
村外へ逃げ出そうとする人も居たが見えない壁でもあるかのように何かに阻まれ村の外に出ることできない。
何が起きているのか分からず混乱と恐怖は兄妹の体の自由を奪い、ただ震えその光景を見ている事しかできなかった。
そんな中、兄妹の名を呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。
「キルゼルト! キャスラル! どこにいるの?」
「母さん!!」
少年は妹の手を取り声のする方へ走り出す。
途中、何人もの人達が血を流し横たわっているのを見た。
近所の優しいお婆さん、よく遊んでいた友達が目を見開いたままピクリとも動かないことに子供ながらに死を間近に感じ逃げ出したい衝動に駆られる。
だがその度に、父の勇姿と言葉が背中を押し大切な妹の手を離さずに居られた。
母の姿が視界に入った兄妹は力の限り走り母が伸ばした手を掴もうと手を伸ばす。
優しい微笑みを浮かべ兄妹を抱きしめる為、両膝を衝き手を広げ兄妹を待つ母の胸に飛び込もうした次の瞬間、キルゼルトと呼ばれる少年の視界が赤く染まる。
「キルゼ・・・・・・」
目の前で胸を貫かれ崩れ落ちる母の表情が先程、目した友達のように無機質なものへと変わっていくのを目の当たりにし少年の何かが壊れた。
そしてニタニタと不快な笑みを浮かべ躊躇すること無く背後から母親に剣を突き立てた男達に対し激しい怒りが沸き起こる。
「母さん・・・・・・ 許さない。お前ら全員殺す!!」
「きゃははは。怖い怖い。殺されたく――」
次の瞬間、二人組の男の頭部が地に転がる。
淡い光を放つ聖光が少年を包み込み、右手指先から伸びる光は短剣を形どっていたが、聖光は既に消え無我夢中で腕を振り回していただけだとしか認識していない少年は何が起きたのか分からない。
ただ母の傍へ行くことを邪魔する者が居なくなったという事実だけしか理解できなかった。
少年は妹の手を取り横たわる母の傍に駆け寄ると温もりの消えた母の手を握り締しめ何度も何度も声をかけ続ける。
もう二度と優しい声を聞くことも大きな愛で包み込んでくれることもないのだと何となく理解していても声をかける事を止めることができなかった。
どれくらい時間が経過したか分からないが泣き疲れ眠る妹を抱きしめ母顔を見つめていると見知らぬ美しい女性に声を掛けられる。
「私は女神セクメトラ。助けに来るのが遅くなってごめんなさい。この二人を倒した人はどなた?」
「気がついてら倒れていて、何が起きたのか分からないです」
「そう・・・・・・ あらっ。あなた達・・・・・・」
微笑みを浮かべ頬に手を添え少年をジッと見つめながら優しい口調で語り掛ける。
「あなた達には特別な力があるみたい。御両親から受け継いだ人を護る力が・・・・・・ そこで死んでいる二人は邪神の守護者、世界を破滅へと誘う厄災。あなたのお父様とお母様を殺した憎むべき敵なの」
「敵。倒さないとキャスを守れない」
「殺しなさい。私が力をあげる。私の守護者になってくれるのなら、両親を生き返らせてあげてもいいのよ」
「僕は・・・・・・ セクメトラ様の守護者になります」
「嬉しいわ・・・・・・」
貴賓室
サティナがウラノガイアを振り下ろした瞬間、脳裏に浮んだ記憶にない光景は、まるで誰かの記憶を追体験しているかのように感情までも伝わってきた。
新たな命の誕生と成長、愛する家族と過ごす日々、そして訪れる深い悲しみと助けたい守りたい気持ちや愛情、幾つかの感情が重なっているように思えた。
そして少年が経験した絶望と後悔、その全てを知った。
限界を超え魔力を吸収し続け臨界点に近づけることで自爆すると認識させれば止めるために必ず自分を殺してくれる。
限界を超え魔力を吸収することで感じる激しい痛み、そして命を奪われることも全て贖罪だったのだ。
剣聖だった父のように人々を護り敵を倒せば家族で過ごした幸せな日々が取り戻せると約束してくれたセクメトラの言葉を信じていた。
だが数日前、靄が晴れたようにハッキリと世界が見えるようになり真実を知る。
邪神と守護者、その眷属たちのみが生き、毒の水、大地は穢れ、草花は腐れアンデッドが跋扈する穢れた世界だと認識させられ自分と同じように大切な人を護ろうとする人達を殺めていた。
そして両親を殺したのがセクメトラの守護者だったという事実。
少年の気持ちは理解できなくもないが、今やろうとしていることはサティナに少年と同じ重荷を背負わせるだけでしかない。
だがウラノガイアの刃は頭頂部から入り眉間を通過しており、止める間もなく真下へ抜けていった。
「・・・・・・ そうだったんですね」
ウラノガイアを見つめていたサティナが嬉しそうに笑顔を浮かべ話しかけてきた。
「私のこと心配してくれてありがとうございます。でももっと私のこと信頼してほしいです。ちなみに過剰に吸収された魔力はウラちゃんが食べちゃったので安心してください」
そう話し愛おしそうにウラノガイアの柄に頬擦りしている。
間に合わなかったと思っていたが少年は擦り傷一つ負っておらず膨張した魔力は完全に消え去っている。
自分で創造した武器だとしても使用者の才能や能力、使用素材により最適化され生み出される固有武器だけは全能力を把握することができない。
固有武器以外の武器やアイテムなど鑑定すれば素材から性能に至るまで全て把握できることを考慮すると意思を持っているということが把握できない理由のような気がする。
少年も何が起こったのか分からず刃が通った辺りを触って確認していたが無傷だと分かると悪態をつき始めるた。
「それで勝ったつもり? 見逃してくれるからって感謝なんてしないし、この国の人間は皆殺しに――」
突然、貴賓室の扉が開き十二歳ぐらいの少女が少年に走り寄り座り込むと大粒の涙を流しながら話しかける。
「もう、もうやめよう」
「キャスラル⁉」
そして後を追うようにミィとルーファが部屋に飛び込んできた。
「急に走り出すと危ないのニャ」
先程見た記憶が誰のものだったのか分からない。だが目の前に居る兄妹が愛され大切にされていたことだけは分かる。
だからこそ助けたい。
「キルゼルトとキャスラルだよね?」
「ち、違うし」
「お兄ちゃん。もう分ってるでしょ。この人達はあんな嘘つきと違う。猫さんが力になってくれるって言ってたよ。助けてもらおう。私、もう誰も傷つけたくない!!」
先程見た通りだとすればセクメトラが精神支配や洗脳といった悪趣味なスキルを使い世界を救う、人々を助けると思い込ませ戦わせていたということになる。
何らかの理由で洗脳が解け罪悪感から死することを選んだ。
サティナの結界を通り抜けれたのもスキル効果などではなく単純に心が清だけだった。
「だいたい何で俺達の名前、知ってるんだよ? あの女の敵なんだろ!!」
正直に話したところで信じてもらえるか分からないが、あの一瞬見えた何者かの記憶を二人に伝えなければいけない気がする。
「はぁ? 何だよそれ」
「そう言えばその記憶の持ち主、右手に火傷したみたいな大きな跡があったけど」
その後、キルゼルトは反論する訳でもなく静かに話に耳を傾けキャスラルは涙していた。
ミィからの報告も予想通り、キャスラルも罪を償うため死のうとしていたようで間一髪のところで気がつき説き伏せたと言っていた。
玉座の間は半壊、貴賓室も室内で中級風魔法を使用したかのような荒れようだが犠牲者が出なかったことが何より嬉しい。
そして敵神の守護者全員が邪悪な者ではなく正しい心を持った者が存在すると知ることができたのは大きな収穫じゃないだろうか。
「この後、二人はどうするんだ? セクメトラの所には帰れないだろうから俺の城に来る?」
「いや、流石に無理だろ。さっきまで敵だっ・・・・・・ む、胸が」
突然、キルゼルトが胸を抑え苦しみだし後を追うようにキャスラルも胸を抑え苦しみだした。
「あ、あの女、最初から俺達をこうするつもりだったのかよ。お、お願いだから、俺とキャスを殺してくれ。もう誰も傷つけたくない・・んだ・・・・・・」
「猫さん、お、お願いします。お母さんとお父さんの所に行かせて」
二人の体から以前感じたセクメトラと同じ禍々しい力が溢れ出し全身を侵食しようとしているように見える。
「二人の想いを尊重するべきです。このままでは二人共、人に戻れなくなります」
サティナの言う事は理解できる。
だが何か助ける方法がないのだろうか。
罪を背負い未来へと歩き始めた兄妹を助けたいという想いが判断を遅らせることになった。
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