53 / 53
「ラバーマスクガール」完結記念 / 特別エピソード 後編 新婚旅行
商店街の夕暮れは、柔らかなオレンジ色に包まれていた。
通りの片隅、小さな木製の看板に「旬彩 さとる」と手書きで描かれた文字。
その前に、麗子と一平が立っていた。
「ここが……悟くんのお店?」
麗子は、嬉しそうに暖簾を見上げた。
木の引き戸の向こうからは、出汁の香ばしい香りがふんわりと漂ってくる。
隣で一平が穏やかに微笑む。
「なんだか、いい雰囲気だね。入りやすい。」
麗子は緊張したように息を吸い込み、そして小さく頷いた。
「うん、行こう。」
カラン――
木の引き戸を開けると、小さな鈴の音が店内に響いた。
「いらっしゃいませ――」
カウンターの奥で包丁を握っていた悟が、顔を上げる。
そのすぐ隣では、順子が笑顔で盛り付けしていた。
二人の目が、一瞬で見開かれた。
「……麗子さん!? それに……」
順子が目を丸くして声を上げる。
麗子は少し照れくさそうに笑いながら、そっと一平の腕を取った。
「ただいま。やっと来たよ、東北の“新婚旅行”。」
悟は驚きのあと、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「待ってましたよ……やっと来てくれたんだね。」
順子は、カウンターを飛び出して麗子に駆け寄る。
「麗子さんーっ!」
そのまま、ぎゅっと抱きしめた。
「もうっ、聞いてたけど、本当に来てくれたなんて……! それに結婚までして!」
麗子は笑いながら、少し涙ぐんだ。
「ありがとう、順子。来たよ……ちゃんと、会いに来た。」
一平はそんな二人を見つめながら、穏やかに頭を下げた。
「初めまして。一平と申します。麗子の……夫です。」
悟は包丁を置き、手を拭いてからカウンター越しに軽く頭を下げた。
「悟です。順子がお世話になってます。」
そしてにこりと笑う。
「ようこそ、“さとる”へ。せっかくだから、今夜は二人に腕を振るわせてください。」
順子は嬉しそうに両手を叩く。
「そうだよ! 悟の料理、絶対びっくりするから! 本当にプロだからね!」
麗子はふっと目を細め、微笑む。
「ふふ、知ってる。あの時のキャンプ場でも思ったもの。悟くん、料理してるとき、すっごくかっこよかった。」
悟は少し照れくさそうに頬をかき、
「いやぁ、あの時よりは少しだけ腕が上がってると思いますけどね。」
と言いながら厨房に戻っていった。
順子は麗子と一平をカウンター席へ案内しながら、
「ねぇ、麗子さん。あの頃の話、また聞きたいな。」
と笑顔で話しかける。
麗子は頷き、優しく微笑んだ。
「うん、たくさん話したいことがあるの。私がどれだけ救われたかもね。」
その言葉に、順子の胸が少し熱くなった。
あの春の日、あの静かな森の風景が、ふと脳裏によみがえる。
カウンター越しに、悟の包丁の音が心地よく響く。
トントン、トントン――。
香ばしい香りが広がり、湯気がゆらりと立ち上る。
ーーーーー
店の奥――カウンターに四人並んで座り、料理がひと段落した頃。
炙った川魚の香ばしい香りがまだ残る中、順子は湯呑を両手で包みながら、嬉しそうに笑っていた。
「ねぇ、一平さん。麗子さんね、大学のときすっごく人気者だったんですよ。倶楽部で!」
「倶楽部?」
一平が箸を止め、興味深そうに首を傾げる。
「ちょ、順子! その話は――」
麗子が慌てて制止しようとするが、順子の目はもうキラキラ輝いている。完全に“語りモード”だ。
「倶楽部って言っても、普通のじゃないんですよ? 麗子さん、看護学部の学生たちが主催する“お手伝い倶楽部”っていうのがあって、イベントとか慰問とか手伝うんですけど――」
順子はわざと一拍置いて、にやりと笑う。
「――その時の衣装がね、すごいんです!」
「ちょっと、順子!」
麗子は耳まで真っ赤になって湯呑を握りしめた。
「どんな衣装だったの?」と一平が笑いながら尋ねる。
順子は身を乗り出して、両手で空中に形を描きながら言った。
「全身ぴっちりの黒ラバー! ピカピカで、もう妖艶そのもの! その姿でリーダーとしてみんなを指揮してたんですよ!」
「おいおいおい!」
麗子は思わず頭を抱える。
「順子、それは“医療用スーツ”って言ってるでしょ! コスプレじゃないの!」
「でもー、あれ完全に女王様だったよ? “リーダー麗子”って呼ばれてたもん。」
順子が悪戯っぽく言うと、悟が厨房の中から吹き出した。
「ぷっ、リーダー麗子、懐かしいなぁ。」
「悟まで!」
麗子は顔を覆ったが、笑いを堪えきれず肩を震わせている。
一平は笑いをこらえながらも、どこか興味深そうに麗子を見た。
「ふーん……なるほど。麗子、学生時代からただ者じゃなかったんだね。」
「違うってば!」
麗子は必死に否定しつつも、耳の先まで真っ赤だった。
だが、次の瞬間――反撃の光が麗子の瞳に宿る。
「……あら? でも順子も、倶楽部では負けてなかったわよねぇ?」
「えっ!?」
順子の笑顔がピタリと止まった。
「ねぇ、あの時の順子の“特別任務”覚えてる?」
麗子がにやにやと笑いながら悟の方を向く。
悟は包丁を拭きながら、興味津々に聞いている。
「順子、全身真っ黒のラバー姿でドリンク運んでたやつ?」
「や、やめてぇぇぇぇ!」
順子が真っ赤な顔で叫んだ。
「なんでそれ覚えてるの!? 忘れてよ!!!」
一平は大爆笑。
「なるほど、麗子さんの“後継者”は順子さんだったんだ!」
「ち、違うもん! あれはお揃いでって言われたから! 自主的じゃないから!」
順子はぶんぶんと手を振るが、耳まで赤くなっていて説得力がない。
麗子は余裕の笑みを浮かべて、わざと甘い声で続けた。
「でもさ、あの時の順子、ほんとに可愛かったのよ。ピッタリしたスーツに、照れてうつむいてる顔がもう……守ってあげたくなるって感じで。」
「うわぁぁぁぁぁ!」
順子は机に突っ伏した。
一平はその様子を見ながら、頬を緩めた。
「ふふっ、なんか……いいな。こういう関係。昔からの仲間って感じで。」
悟も頷きながら笑う。
「この二人が揃うと、本当に店が明るくなるな。」
順子は顔を上げ、ぷくっと頬を膨らませながらも笑って言った。
「もう、みんなしてからかわないでよ~……!」
麗子はそんな順子の頭をそっと撫でて、柔らかく微笑む。
「でもね、順子。あの時のあなた、本当に輝いてたよ。」
店内には笑い声が響き、外の夜風が暖簾を優しく揺らした。
順子は湯呑みをそっと置いて、テーブル越しに一平の顔をじっと見つめた。
「ねぇ、一平さん……あのさ、正直に聞いてもいい?」
順子の声は少しだけ恥ずかしそうに震えたが、真剣そのものだった。
一平は箸を置き、顔を上げて順子を見返す。
「うん、なんでも聞いてよ。」
順子は一息ついて、素直に問いかけた。
「麗子さんの、ラバー姿って……見た?」
一平は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐににこりと笑って頷いた。
「うん。見たよ。初めて見たときはちょっと驚いたけど…。」
順子は身を乗り出して、耳元で囁くように続ける。
「で、どう思ったの? 正直に言って。」
一平の頬がわずかに赤くなる。
言葉を選ぶように少し間をとってから、ゆっくり答えた。
「正直に言うとね…最初は驚いた。だって、普段の麗子とは全然違う面が出てて。けれど、驚きが落ち着いたら、すぐに思ったんだ。麗子のどんな姿でも、俺は好きになる自信があるって。」
順子は目をまん丸にして身を乗り出した。
「えっ……! じゃあ、一平さん、もしかして――あの姿のまま、抱きしめたりとか!?」
カウンターの空気が一瞬止まる。
一平の顔がみるみる赤くなっていき、言葉が喉の奥でつっかえた。
「そ……その、まぁ……そういうことも……あった、かも、ね……?」
順子は両手で口を押さえながら、椅子から転げ落ちそうになる。
「きゃーーっ! な、なにそれ! 麗子さんがあの“完璧な姿”で抱きしめられるなんて、世界中の誰にも無理だと思ってたのに!」
「ちょ、ちょっと順子!」
麗子は真っ赤になり、慌てて手を振る。
「そんなこと、ここで言う!? 恥ずかしいんだけど!」
順子は堪えきれずに笑いながら続けた。
「だって~、想像したらすごい絵になるじゃない! “伝説の麗子女王と、それを受け止めた勇者一平”って感じ!」
「勇者って!」
一平は頭を掻きながら苦笑いし、麗子はテーブルをトントンと叩いて抗議する。
「もうやめて! 順子、ほんとにからかうの上手くなったわね!」
「えへへ、でも嬉しいよ。」
順子は微笑んで、二人を見つめた。
「麗子さん、ちゃんと自分を全部受け止めてくれる人に出会えてよかったね。」
麗子は一瞬、何も言えずに順子を見つめ、それからそっと笑った。
「……うん。やっと、ね。」
その穏やかな笑顔に、悟も静かに頷いた。
一平は、隣に座る麗子の方をちらりと見て、穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「麗子がどんな姿でも、関係ないよ。俺にとっては、麗子そのものが大事だから。」
その言葉に、順子は思わず「わぁ……」と小さく声を漏らし、顔を赤らめた。
「そんな、ストレートに言えるの!? ……か、かっこよすぎでしょ……」
一平は少し照れくさそうに笑い、悟の方を向いた。
「ね、そうだよね? 悟くんもそう思うでしょ?」
突然ふられた悟は、慌ててお茶を飲んだ瞬間、思いっきりむせた。
「ごほっ、ごほっ……! ま、まあ……そ、そうだね……!」
顔を真っ赤にして咳き込みながら苦笑いする悟に、順子はますます頬を染めて俯いた。
「悟……い、今のタイミングでむせるとか、もう……!」
麗子はそんな二人を見て、くすっと笑う。
「ほら、やっぱり似てるわね、私たち。」
「え?」と順子が顔を上げる。
麗子は優しく頷いた。
「私と一平、そして順子と悟。お互いにちょっと変わってるところもあるけど、ちゃんと受け止め合える相手を見つけた。そういう意味で――似たもの同士なのよ。」
順子はその言葉にしばらく黙っていたが、やがてふっと微笑んだ。
「……うん。たしかに。なんか、嬉しい。」
悟も隣で頷きながら、柔らかく言葉を添える。
「そうだね。こうしてまた四人で会えて、本当によかったよ。」
店内には再び穏やかな笑いが広がる。
麗子が一平の肩に軽くもたれ、順子が悟の方を見上げる。
その目には、大学時代からずっと続く絆の光が宿っていた。
外では夜風が暖簾をやさしく揺らし、街灯の光がほのかに差し込む。
それぞれの胸に小さな幸せの灯がともり、静かな夜がゆっくりと更けていった。
――そして、四人の物語は、穏やかな笑顔の中で幕を閉じた。
「ラバーマスクガール」完結記念・特別エピソード 完結
通りの片隅、小さな木製の看板に「旬彩 さとる」と手書きで描かれた文字。
その前に、麗子と一平が立っていた。
「ここが……悟くんのお店?」
麗子は、嬉しそうに暖簾を見上げた。
木の引き戸の向こうからは、出汁の香ばしい香りがふんわりと漂ってくる。
隣で一平が穏やかに微笑む。
「なんだか、いい雰囲気だね。入りやすい。」
麗子は緊張したように息を吸い込み、そして小さく頷いた。
「うん、行こう。」
カラン――
木の引き戸を開けると、小さな鈴の音が店内に響いた。
「いらっしゃいませ――」
カウンターの奥で包丁を握っていた悟が、顔を上げる。
そのすぐ隣では、順子が笑顔で盛り付けしていた。
二人の目が、一瞬で見開かれた。
「……麗子さん!? それに……」
順子が目を丸くして声を上げる。
麗子は少し照れくさそうに笑いながら、そっと一平の腕を取った。
「ただいま。やっと来たよ、東北の“新婚旅行”。」
悟は驚きのあと、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「待ってましたよ……やっと来てくれたんだね。」
順子は、カウンターを飛び出して麗子に駆け寄る。
「麗子さんーっ!」
そのまま、ぎゅっと抱きしめた。
「もうっ、聞いてたけど、本当に来てくれたなんて……! それに結婚までして!」
麗子は笑いながら、少し涙ぐんだ。
「ありがとう、順子。来たよ……ちゃんと、会いに来た。」
一平はそんな二人を見つめながら、穏やかに頭を下げた。
「初めまして。一平と申します。麗子の……夫です。」
悟は包丁を置き、手を拭いてからカウンター越しに軽く頭を下げた。
「悟です。順子がお世話になってます。」
そしてにこりと笑う。
「ようこそ、“さとる”へ。せっかくだから、今夜は二人に腕を振るわせてください。」
順子は嬉しそうに両手を叩く。
「そうだよ! 悟の料理、絶対びっくりするから! 本当にプロだからね!」
麗子はふっと目を細め、微笑む。
「ふふ、知ってる。あの時のキャンプ場でも思ったもの。悟くん、料理してるとき、すっごくかっこよかった。」
悟は少し照れくさそうに頬をかき、
「いやぁ、あの時よりは少しだけ腕が上がってると思いますけどね。」
と言いながら厨房に戻っていった。
順子は麗子と一平をカウンター席へ案内しながら、
「ねぇ、麗子さん。あの頃の話、また聞きたいな。」
と笑顔で話しかける。
麗子は頷き、優しく微笑んだ。
「うん、たくさん話したいことがあるの。私がどれだけ救われたかもね。」
その言葉に、順子の胸が少し熱くなった。
あの春の日、あの静かな森の風景が、ふと脳裏によみがえる。
カウンター越しに、悟の包丁の音が心地よく響く。
トントン、トントン――。
香ばしい香りが広がり、湯気がゆらりと立ち上る。
ーーーーー
店の奥――カウンターに四人並んで座り、料理がひと段落した頃。
炙った川魚の香ばしい香りがまだ残る中、順子は湯呑を両手で包みながら、嬉しそうに笑っていた。
「ねぇ、一平さん。麗子さんね、大学のときすっごく人気者だったんですよ。倶楽部で!」
「倶楽部?」
一平が箸を止め、興味深そうに首を傾げる。
「ちょ、順子! その話は――」
麗子が慌てて制止しようとするが、順子の目はもうキラキラ輝いている。完全に“語りモード”だ。
「倶楽部って言っても、普通のじゃないんですよ? 麗子さん、看護学部の学生たちが主催する“お手伝い倶楽部”っていうのがあって、イベントとか慰問とか手伝うんですけど――」
順子はわざと一拍置いて、にやりと笑う。
「――その時の衣装がね、すごいんです!」
「ちょっと、順子!」
麗子は耳まで真っ赤になって湯呑を握りしめた。
「どんな衣装だったの?」と一平が笑いながら尋ねる。
順子は身を乗り出して、両手で空中に形を描きながら言った。
「全身ぴっちりの黒ラバー! ピカピカで、もう妖艶そのもの! その姿でリーダーとしてみんなを指揮してたんですよ!」
「おいおいおい!」
麗子は思わず頭を抱える。
「順子、それは“医療用スーツ”って言ってるでしょ! コスプレじゃないの!」
「でもー、あれ完全に女王様だったよ? “リーダー麗子”って呼ばれてたもん。」
順子が悪戯っぽく言うと、悟が厨房の中から吹き出した。
「ぷっ、リーダー麗子、懐かしいなぁ。」
「悟まで!」
麗子は顔を覆ったが、笑いを堪えきれず肩を震わせている。
一平は笑いをこらえながらも、どこか興味深そうに麗子を見た。
「ふーん……なるほど。麗子、学生時代からただ者じゃなかったんだね。」
「違うってば!」
麗子は必死に否定しつつも、耳の先まで真っ赤だった。
だが、次の瞬間――反撃の光が麗子の瞳に宿る。
「……あら? でも順子も、倶楽部では負けてなかったわよねぇ?」
「えっ!?」
順子の笑顔がピタリと止まった。
「ねぇ、あの時の順子の“特別任務”覚えてる?」
麗子がにやにやと笑いながら悟の方を向く。
悟は包丁を拭きながら、興味津々に聞いている。
「順子、全身真っ黒のラバー姿でドリンク運んでたやつ?」
「や、やめてぇぇぇぇ!」
順子が真っ赤な顔で叫んだ。
「なんでそれ覚えてるの!? 忘れてよ!!!」
一平は大爆笑。
「なるほど、麗子さんの“後継者”は順子さんだったんだ!」
「ち、違うもん! あれはお揃いでって言われたから! 自主的じゃないから!」
順子はぶんぶんと手を振るが、耳まで赤くなっていて説得力がない。
麗子は余裕の笑みを浮かべて、わざと甘い声で続けた。
「でもさ、あの時の順子、ほんとに可愛かったのよ。ピッタリしたスーツに、照れてうつむいてる顔がもう……守ってあげたくなるって感じで。」
「うわぁぁぁぁぁ!」
順子は机に突っ伏した。
一平はその様子を見ながら、頬を緩めた。
「ふふっ、なんか……いいな。こういう関係。昔からの仲間って感じで。」
悟も頷きながら笑う。
「この二人が揃うと、本当に店が明るくなるな。」
順子は顔を上げ、ぷくっと頬を膨らませながらも笑って言った。
「もう、みんなしてからかわないでよ~……!」
麗子はそんな順子の頭をそっと撫でて、柔らかく微笑む。
「でもね、順子。あの時のあなた、本当に輝いてたよ。」
店内には笑い声が響き、外の夜風が暖簾を優しく揺らした。
順子は湯呑みをそっと置いて、テーブル越しに一平の顔をじっと見つめた。
「ねぇ、一平さん……あのさ、正直に聞いてもいい?」
順子の声は少しだけ恥ずかしそうに震えたが、真剣そのものだった。
一平は箸を置き、顔を上げて順子を見返す。
「うん、なんでも聞いてよ。」
順子は一息ついて、素直に問いかけた。
「麗子さんの、ラバー姿って……見た?」
一平は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐににこりと笑って頷いた。
「うん。見たよ。初めて見たときはちょっと驚いたけど…。」
順子は身を乗り出して、耳元で囁くように続ける。
「で、どう思ったの? 正直に言って。」
一平の頬がわずかに赤くなる。
言葉を選ぶように少し間をとってから、ゆっくり答えた。
「正直に言うとね…最初は驚いた。だって、普段の麗子とは全然違う面が出てて。けれど、驚きが落ち着いたら、すぐに思ったんだ。麗子のどんな姿でも、俺は好きになる自信があるって。」
順子は目をまん丸にして身を乗り出した。
「えっ……! じゃあ、一平さん、もしかして――あの姿のまま、抱きしめたりとか!?」
カウンターの空気が一瞬止まる。
一平の顔がみるみる赤くなっていき、言葉が喉の奥でつっかえた。
「そ……その、まぁ……そういうことも……あった、かも、ね……?」
順子は両手で口を押さえながら、椅子から転げ落ちそうになる。
「きゃーーっ! な、なにそれ! 麗子さんがあの“完璧な姿”で抱きしめられるなんて、世界中の誰にも無理だと思ってたのに!」
「ちょ、ちょっと順子!」
麗子は真っ赤になり、慌てて手を振る。
「そんなこと、ここで言う!? 恥ずかしいんだけど!」
順子は堪えきれずに笑いながら続けた。
「だって~、想像したらすごい絵になるじゃない! “伝説の麗子女王と、それを受け止めた勇者一平”って感じ!」
「勇者って!」
一平は頭を掻きながら苦笑いし、麗子はテーブルをトントンと叩いて抗議する。
「もうやめて! 順子、ほんとにからかうの上手くなったわね!」
「えへへ、でも嬉しいよ。」
順子は微笑んで、二人を見つめた。
「麗子さん、ちゃんと自分を全部受け止めてくれる人に出会えてよかったね。」
麗子は一瞬、何も言えずに順子を見つめ、それからそっと笑った。
「……うん。やっと、ね。」
その穏やかな笑顔に、悟も静かに頷いた。
一平は、隣に座る麗子の方をちらりと見て、穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「麗子がどんな姿でも、関係ないよ。俺にとっては、麗子そのものが大事だから。」
その言葉に、順子は思わず「わぁ……」と小さく声を漏らし、顔を赤らめた。
「そんな、ストレートに言えるの!? ……か、かっこよすぎでしょ……」
一平は少し照れくさそうに笑い、悟の方を向いた。
「ね、そうだよね? 悟くんもそう思うでしょ?」
突然ふられた悟は、慌ててお茶を飲んだ瞬間、思いっきりむせた。
「ごほっ、ごほっ……! ま、まあ……そ、そうだね……!」
顔を真っ赤にして咳き込みながら苦笑いする悟に、順子はますます頬を染めて俯いた。
「悟……い、今のタイミングでむせるとか、もう……!」
麗子はそんな二人を見て、くすっと笑う。
「ほら、やっぱり似てるわね、私たち。」
「え?」と順子が顔を上げる。
麗子は優しく頷いた。
「私と一平、そして順子と悟。お互いにちょっと変わってるところもあるけど、ちゃんと受け止め合える相手を見つけた。そういう意味で――似たもの同士なのよ。」
順子はその言葉にしばらく黙っていたが、やがてふっと微笑んだ。
「……うん。たしかに。なんか、嬉しい。」
悟も隣で頷きながら、柔らかく言葉を添える。
「そうだね。こうしてまた四人で会えて、本当によかったよ。」
店内には再び穏やかな笑いが広がる。
麗子が一平の肩に軽くもたれ、順子が悟の方を見上げる。
その目には、大学時代からずっと続く絆の光が宿っていた。
外では夜風が暖簾をやさしく揺らし、街灯の光がほのかに差し込む。
それぞれの胸に小さな幸せの灯がともり、静かな夜がゆっくりと更けていった。
――そして、四人の物語は、穏やかな笑顔の中で幕を閉じた。
「ラバーマスクガール」完結記念・特別エピソード 完結
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった
くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。
血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。
夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。
「……涼介くん」
薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。
逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。
夜、来て。
その一言が——涼介の、全部を壊した。
甘くて、苦しくて、止まれない。
これは、ある夏の、秘密の話。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?

