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第14話 完成させた姿
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夕食を終え、部屋の空気がゆっくりと変わっていく。
麗子は食器を片付けながら、軽く笑みを浮かべた。
「ねえ、一平。着替えてきなよ。黒肌スーツ、首から下だけでもいいからさ」
わざと軽い調子で言い放ち、心の中で(きっとぎこちなくて似合わないんだろうなぁ、その姿を見てからかってやろう)とニヤニヤしていた。
一平は深呼吸し、拳を握る。
「……ああ、わかってる。準備は、もうできてる」
声はわずかに震えていたが、瞳は真剣だった。
麗子は一平の様子に首を傾げ、肩をすくめる。
「大げさだなぁ。スーツ着るくらいで、そんな緊張してどうすんのよ」
(あはは、やっぱり初心者ってこういう反応するんだ……)と内心笑っている。
一平は視線をそらさず、低く呟いた。
「……今日は、見せたいんだ。完成させた“あの姿”を」
「え?」
麗子は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに「完成? 何を大げさに……」と冗談っぽく流した。
一平の胸は高鳴り、額には汗がにじむ。
(ついに、俺の“赤い髪の化け物”を見せるときが来た……!)
麗子は一平の真剣な様子を見て、ますますおかしくなる。
(あはは、本当に気合い入れちゃって……首から下だけなのに。絶対笑っちゃう)
同じ部屋にいながら、二人の想いは大きくすれ違っていた。
一平は少し声を落として、麗子に向かって言った。
「……準備してるところは、恥ずかしいから見ないでくれ」
麗子は皿を拭きながら、何気ない調子で答える。
「はいはい、わかってるよ。ついでにシャワーでも浴びてきたら? その方が気分も切り替わるでしょ」
あくまで軽い冗談交じりの口調で、心の中では(本当に気合い入れちゃって……かわいいなぁ)と笑っていた。
一平は真剣に頷き、部屋を出ていった。
麗子は、しばらくしてから部屋の照明を手に取った。
「……どうせなら、ちょっと雰囲気づくりしてあげようかな」
カチリ、と調光スイッチを回すと、部屋は柔らかく陰影が浮かぶ暗さになった。
(どうせ、一平が恥ずかしそうにスーツ姿で出てくるんでしょ。その顔を見たら、つい笑っちゃいそう……)
テーブルの上には、まだ少し湯気の残るティーカップ。
麗子はソファに腰かけ、無邪気な期待と小さなイタズラ心を胸に、一平の登場を待っていた。
一方、一平は――鏡の前で赤いラバーと黒肌スーツを整えながら、鼓動の早さを抑えられずにいた。
(……麗子が想像してるのとは、全然違う俺を見せるんだ)
二人の距離は、照明の暗がりの中で大きくすれ違っていった。
「……遅いなぁ」
麗子はソファに深く腰を沈め、腕時計にちらりと目をやった。
照明を落としたリビングは少しひんやりしていて、静けさが余計に時間を長く感じさせる。
そのとき、リビングの外から一平の声がした。
「……麗子、準備できたよ」
声は普段通りの一平なのに、妙に張り詰めていて、胸の奥がドクンと跳ねた。
(そんなに恥ずかしがって……。どうせ、スーツ姿でモジモジしてるんでしょ?)
麗子はくすっと笑い、わざと軽い声で返した。
「じゃあ、入りなよ。暗くしてあるから大丈夫だよ」
ガチャリ――
ドアがゆっくり開き、赤い髪がまず闇に揺れた。
次に現れたのは、黒い肌に覆われた異形のライン、赤いラバーキャットスーツに身を包んだ「化け物」そのものの姿だった。
白い全眼のカラコンが、暗がりの中で不気味に光を返し、表情の消えた顔が麗子に真っ直ぐ向けられる。
「――っ!!」
麗子の喉から鋭い悲鳴が漏れた。
そこに立っていたのは、まるで“あの赤い化け物”の自分自身。
悪夢が現実に現れたような錯覚に、心臓が凍りつく。
「れ、麗子っ……俺だよ! 一平だ!」
慌てて声を発する一平。その言葉でようやく現実感を取り戻す。
暗がりに浮かび上がる姿は、麗子がよく知るラバーの怪物そのものだった。
赤く燃えるような髪、黒肌を覆うシリコン製のフィメールマスク、ぎらつく白いカラコンに覗く牙。
身体には赤いラバースーツが艶やかに貼りつき、網目越しに筋肉の動きが透ける赤いタイツ、カツンと床を叩く赤いハイヒール。
「……どう? 俺も……ここまでやってみた」
一平の声が、ラバースーツの艶やかさとマスク越しの無機質な顔に妙にミスマッチで響いた。
麗子の唇がわずかに開いたまま、声は出ない。
目の前に立っているのは確かに一平のはずなのに――
暗がりで光を反射する白いカラコンの無表情は、まるで人間ではなく、この前ラブホテルで自分が解き放った“あの赤い怪物”そのものだった。
喉の奥に言葉が引っかかる。
怖い。けれど、同時に背筋をぞわりと駆け上がる高揚感。
理解が追いつかず、ただ見つめるしかなかった。
一平はそんな麗子の硬直を感じ取って、ほんの少し肩をすくめた。
「……麗子? 驚かせすぎたかな」
それでも麗子は声にならない。
目の前にいるのは、愛する夫――のはず。
だが、同じくらい「もう一人の赤い化け物」が目の前に実在しているようにも見えていた。
麗子は言葉を失ったまま、視線を逸らすこともできず、ただ赤い髪の化け物――
目の前の一平の姿を見つめ続けていた。
その瞬間、麗子の心は不思議な感覚に支配される。
恐怖でもなく、嫌悪でもなく、ただ圧倒され、心を突き刺されるような熱を感じていた。
「あの赤い髪の黒い肌の化け物……の私…。」
頭の中でつぶやく言葉は、一平にではなく、目の前の化け物に向けられている。
白い全眼のカラコン、黒肌に映える赤いラバースーツ、編みタイツ、牙――完璧に再現された姿。
麗子は自分の【見る側の人間】としての欲望を自覚する。
好意――それとも、恋心――いや、愛――。
だがその感情は一平に向けられたものではなく、目の前の赤い化け物に対して湧き上がるものだった。
そして、低く響く声が暗がりを切り裂く。
「……麗子」
一平の声。間違いなく夫のものなのに、目の前の存在は赤い化け物そのもので、麗子は一瞬、現実と幻想の境目がわからなくなる。
喉が小さく鳴る。思わず零れた声は震えて、かすかな吐息のようだった。
「……一平……すごい、本当に……」
ソファに腰掛けていたはずの身体は、知らず知らず前のめりになり、緊張と高揚で手が勝手に膝の上でぎゅっと握られる。
目の前の化け物と、確かに目の前にいる夫――その二重の存在が、麗子の心をさらにざわつかせていた。
麗子は食器を片付けながら、軽く笑みを浮かべた。
「ねえ、一平。着替えてきなよ。黒肌スーツ、首から下だけでもいいからさ」
わざと軽い調子で言い放ち、心の中で(きっとぎこちなくて似合わないんだろうなぁ、その姿を見てからかってやろう)とニヤニヤしていた。
一平は深呼吸し、拳を握る。
「……ああ、わかってる。準備は、もうできてる」
声はわずかに震えていたが、瞳は真剣だった。
麗子は一平の様子に首を傾げ、肩をすくめる。
「大げさだなぁ。スーツ着るくらいで、そんな緊張してどうすんのよ」
(あはは、やっぱり初心者ってこういう反応するんだ……)と内心笑っている。
一平は視線をそらさず、低く呟いた。
「……今日は、見せたいんだ。完成させた“あの姿”を」
「え?」
麗子は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに「完成? 何を大げさに……」と冗談っぽく流した。
一平の胸は高鳴り、額には汗がにじむ。
(ついに、俺の“赤い髪の化け物”を見せるときが来た……!)
麗子は一平の真剣な様子を見て、ますますおかしくなる。
(あはは、本当に気合い入れちゃって……首から下だけなのに。絶対笑っちゃう)
同じ部屋にいながら、二人の想いは大きくすれ違っていた。
一平は少し声を落として、麗子に向かって言った。
「……準備してるところは、恥ずかしいから見ないでくれ」
麗子は皿を拭きながら、何気ない調子で答える。
「はいはい、わかってるよ。ついでにシャワーでも浴びてきたら? その方が気分も切り替わるでしょ」
あくまで軽い冗談交じりの口調で、心の中では(本当に気合い入れちゃって……かわいいなぁ)と笑っていた。
一平は真剣に頷き、部屋を出ていった。
麗子は、しばらくしてから部屋の照明を手に取った。
「……どうせなら、ちょっと雰囲気づくりしてあげようかな」
カチリ、と調光スイッチを回すと、部屋は柔らかく陰影が浮かぶ暗さになった。
(どうせ、一平が恥ずかしそうにスーツ姿で出てくるんでしょ。その顔を見たら、つい笑っちゃいそう……)
テーブルの上には、まだ少し湯気の残るティーカップ。
麗子はソファに腰かけ、無邪気な期待と小さなイタズラ心を胸に、一平の登場を待っていた。
一方、一平は――鏡の前で赤いラバーと黒肌スーツを整えながら、鼓動の早さを抑えられずにいた。
(……麗子が想像してるのとは、全然違う俺を見せるんだ)
二人の距離は、照明の暗がりの中で大きくすれ違っていった。
「……遅いなぁ」
麗子はソファに深く腰を沈め、腕時計にちらりと目をやった。
照明を落としたリビングは少しひんやりしていて、静けさが余計に時間を長く感じさせる。
そのとき、リビングの外から一平の声がした。
「……麗子、準備できたよ」
声は普段通りの一平なのに、妙に張り詰めていて、胸の奥がドクンと跳ねた。
(そんなに恥ずかしがって……。どうせ、スーツ姿でモジモジしてるんでしょ?)
麗子はくすっと笑い、わざと軽い声で返した。
「じゃあ、入りなよ。暗くしてあるから大丈夫だよ」
ガチャリ――
ドアがゆっくり開き、赤い髪がまず闇に揺れた。
次に現れたのは、黒い肌に覆われた異形のライン、赤いラバーキャットスーツに身を包んだ「化け物」そのものの姿だった。
白い全眼のカラコンが、暗がりの中で不気味に光を返し、表情の消えた顔が麗子に真っ直ぐ向けられる。
「――っ!!」
麗子の喉から鋭い悲鳴が漏れた。
そこに立っていたのは、まるで“あの赤い化け物”の自分自身。
悪夢が現実に現れたような錯覚に、心臓が凍りつく。
「れ、麗子っ……俺だよ! 一平だ!」
慌てて声を発する一平。その言葉でようやく現実感を取り戻す。
暗がりに浮かび上がる姿は、麗子がよく知るラバーの怪物そのものだった。
赤く燃えるような髪、黒肌を覆うシリコン製のフィメールマスク、ぎらつく白いカラコンに覗く牙。
身体には赤いラバースーツが艶やかに貼りつき、網目越しに筋肉の動きが透ける赤いタイツ、カツンと床を叩く赤いハイヒール。
「……どう? 俺も……ここまでやってみた」
一平の声が、ラバースーツの艶やかさとマスク越しの無機質な顔に妙にミスマッチで響いた。
麗子の唇がわずかに開いたまま、声は出ない。
目の前に立っているのは確かに一平のはずなのに――
暗がりで光を反射する白いカラコンの無表情は、まるで人間ではなく、この前ラブホテルで自分が解き放った“あの赤い怪物”そのものだった。
喉の奥に言葉が引っかかる。
怖い。けれど、同時に背筋をぞわりと駆け上がる高揚感。
理解が追いつかず、ただ見つめるしかなかった。
一平はそんな麗子の硬直を感じ取って、ほんの少し肩をすくめた。
「……麗子? 驚かせすぎたかな」
それでも麗子は声にならない。
目の前にいるのは、愛する夫――のはず。
だが、同じくらい「もう一人の赤い化け物」が目の前に実在しているようにも見えていた。
麗子は言葉を失ったまま、視線を逸らすこともできず、ただ赤い髪の化け物――
目の前の一平の姿を見つめ続けていた。
その瞬間、麗子の心は不思議な感覚に支配される。
恐怖でもなく、嫌悪でもなく、ただ圧倒され、心を突き刺されるような熱を感じていた。
「あの赤い髪の黒い肌の化け物……の私…。」
頭の中でつぶやく言葉は、一平にではなく、目の前の化け物に向けられている。
白い全眼のカラコン、黒肌に映える赤いラバースーツ、編みタイツ、牙――完璧に再現された姿。
麗子は自分の【見る側の人間】としての欲望を自覚する。
好意――それとも、恋心――いや、愛――。
だがその感情は一平に向けられたものではなく、目の前の赤い化け物に対して湧き上がるものだった。
そして、低く響く声が暗がりを切り裂く。
「……麗子」
一平の声。間違いなく夫のものなのに、目の前の存在は赤い化け物そのもので、麗子は一瞬、現実と幻想の境目がわからなくなる。
喉が小さく鳴る。思わず零れた声は震えて、かすかな吐息のようだった。
「……一平……すごい、本当に……」
ソファに腰掛けていたはずの身体は、知らず知らず前のめりになり、緊張と高揚で手が勝手に膝の上でぎゅっと握られる。
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