36 / 58
第36話 バカが大好き!
しおりを挟む
ホテルの部屋に、ライトの白い光だけが浮かび上がっていた。
その光の中心に、艶やかなラバーを纏った順子が、静かに腰を下ろしていた。
赤いカラコンが光を反射し、黒いマスクとスーツが、彼女の身体の曲線をなぞるように張りついている。
編み上げのロングブーツが膝下を引き締め、ウエストを絞ったコルセットが、呼吸のたびにわずかに軋む音がする。
ラバーの光沢にシルバーの装飾がきらりと揺れるたび、空気が張り詰める。
ドアのノブが静かに回る音。
悟が、ゆっくりと部屋に入ってきた。
彼の目が順子の姿をとらえた瞬間、息を呑む音がはっきりと聞こえた。
視線が一瞬で吸い寄せられ、言葉を失う。
順子はライトの白い光を背に、悟の方へ身体を向けた。
ラバーの擦れる微かな音が、部屋の静寂を裂く。
「……悟……あの日の…続きを伝えるね……」
マスク越しの声は、震えていた。
けれど、その奥にあるのは迷いではなく、決意の響き。
「これが……私。こんな赤い目をして、こんな格好をして。本当の自分を見られることが怖いのに……でも、誰かにこの姿を見てもらうことで生きてた。それが、私のもうひとつの自分…」
悟は立ち尽くしたまま、唇を震わせていた。
その瞳の奥には、驚きと――痛いほどの真剣さ。
順子は、ゆっくりと自分の胸に手をかける。
「悟……嫌いになってもいい。でも、私の全部を見てほしい。あなたにだけは、隠したくない」
部屋のライトの光が、マスクの艶を強く照らす。
悟が、一歩、踏み出した。
その瞬間――彼の声が低く、震えながら漏れた。
「……嫌いになるわけないだろ。俺は、ずっと会いたかったんだ。その姿の……順子に」
順子の喉が詰まる。
息を吸うたび、ラバーの内側が熱を帯び、胸の奥がざわめいた。
「悟……」
声が掠れた。
手が自然に胸の前へ上がる。
その仕草ひとつに、悟の視線が絡みつく。
「この姿のとき、私はね……変われるの。普段は怖くて言えないことも、ラバーに包まれてると、ちゃんと口にできるの」
悟は黙って頷き、近づいた。
順子の目の奥に映る彼の姿が、少しずつ大きくなっていく。
「……だから今だけは、逃げないで見て。これが――私の、ほんとの気持ち」
順子の声は、かすかに震えていた。
それは恐怖ではなく、心の奥からあふれ出す“願い”の震えだった。
悟の目が、静かに彼女を見つめる。
ラバーの艶やかな表面がライトを受け、その黒い輝きの中に、彼自身の姿が滲んでいた。
「もう一人の私が、今ここにいるの。普段の私じゃ言えないこと、感じられないこと。
でも――あなたに見つめられて、全部、ほどけていくの」
悟は、何も言わなかった。
ただ一歩、また一歩と近づき、ラバーの上から彼女の肩に手を置いた。
その瞬間、順子の中で何かが解けたように、息が深く、静かに漏れた。
「悟……私、ずっと怖かった。こんな自分を知られたら、嫌われるって。でも今は、もう――怖くない」
悟の掌が、ゆっくりと彼女の頬のラインをなぞる。
ラバー越しの温もりが、まるで心に直接触れてくるようだった。
「順子……どんな姿でも、順子は順子だよ」
その言葉に、順子の世界が音を立てて崩れ、涙がマスクの内側を伝った。
彼女は悟に向かって、ただ、ありのままの自分で立ち続けた。
悟の腕が、静かに順子を包み込んだ。
ラバーの滑らかな質感と、内側に感じる確かな温もり。
それは初めて触れる感触でありながら、不思議と懐かしい安堵を伴っていた。
順子は、息を飲んだ。
――あぁ。
この姿で、好きな人に抱きしめられている。
夢のような、現実のような。
頭の奥が真っ白になって、言葉にならない幸福だけが広がっていった。
そのとき、悟がぽつりと呟いた。
「……うわ、これ……すごいな」
「え?」
と順子が顔を上げると、悟は真剣な顔のまま、ラバー越しの感触を確かめるように指先を滑らせていた。
「こんな感じなんだな……順子。ツルツルしてて、冷たいのに、内側はあったかい。すごい……見せて、触っていい? うわー、これ本物かぁ……」
興奮というより、まるで新しい発見を前にした子どものような声音。
順子は思わず吹き出した。
「……バカ。ムード、ぶち壊しじゃない」
悟は苦笑いしながら頭をかいた。
「だって、ずっと画面の中でしか見てなかったんだもん。まさか現実で順子が着てるなんて思わないだろ」
順子は笑いながら首を振った。
「ほんと、バカ。でも――そんな悟が…大好き!」
二人はしばらく何も言わず、静かに寄り添ったまま、ラバーの上から伝わる鼓動を感じていた。
その光の中心に、艶やかなラバーを纏った順子が、静かに腰を下ろしていた。
赤いカラコンが光を反射し、黒いマスクとスーツが、彼女の身体の曲線をなぞるように張りついている。
編み上げのロングブーツが膝下を引き締め、ウエストを絞ったコルセットが、呼吸のたびにわずかに軋む音がする。
ラバーの光沢にシルバーの装飾がきらりと揺れるたび、空気が張り詰める。
ドアのノブが静かに回る音。
悟が、ゆっくりと部屋に入ってきた。
彼の目が順子の姿をとらえた瞬間、息を呑む音がはっきりと聞こえた。
視線が一瞬で吸い寄せられ、言葉を失う。
順子はライトの白い光を背に、悟の方へ身体を向けた。
ラバーの擦れる微かな音が、部屋の静寂を裂く。
「……悟……あの日の…続きを伝えるね……」
マスク越しの声は、震えていた。
けれど、その奥にあるのは迷いではなく、決意の響き。
「これが……私。こんな赤い目をして、こんな格好をして。本当の自分を見られることが怖いのに……でも、誰かにこの姿を見てもらうことで生きてた。それが、私のもうひとつの自分…」
悟は立ち尽くしたまま、唇を震わせていた。
その瞳の奥には、驚きと――痛いほどの真剣さ。
順子は、ゆっくりと自分の胸に手をかける。
「悟……嫌いになってもいい。でも、私の全部を見てほしい。あなたにだけは、隠したくない」
部屋のライトの光が、マスクの艶を強く照らす。
悟が、一歩、踏み出した。
その瞬間――彼の声が低く、震えながら漏れた。
「……嫌いになるわけないだろ。俺は、ずっと会いたかったんだ。その姿の……順子に」
順子の喉が詰まる。
息を吸うたび、ラバーの内側が熱を帯び、胸の奥がざわめいた。
「悟……」
声が掠れた。
手が自然に胸の前へ上がる。
その仕草ひとつに、悟の視線が絡みつく。
「この姿のとき、私はね……変われるの。普段は怖くて言えないことも、ラバーに包まれてると、ちゃんと口にできるの」
悟は黙って頷き、近づいた。
順子の目の奥に映る彼の姿が、少しずつ大きくなっていく。
「……だから今だけは、逃げないで見て。これが――私の、ほんとの気持ち」
順子の声は、かすかに震えていた。
それは恐怖ではなく、心の奥からあふれ出す“願い”の震えだった。
悟の目が、静かに彼女を見つめる。
ラバーの艶やかな表面がライトを受け、その黒い輝きの中に、彼自身の姿が滲んでいた。
「もう一人の私が、今ここにいるの。普段の私じゃ言えないこと、感じられないこと。
でも――あなたに見つめられて、全部、ほどけていくの」
悟は、何も言わなかった。
ただ一歩、また一歩と近づき、ラバーの上から彼女の肩に手を置いた。
その瞬間、順子の中で何かが解けたように、息が深く、静かに漏れた。
「悟……私、ずっと怖かった。こんな自分を知られたら、嫌われるって。でも今は、もう――怖くない」
悟の掌が、ゆっくりと彼女の頬のラインをなぞる。
ラバー越しの温もりが、まるで心に直接触れてくるようだった。
「順子……どんな姿でも、順子は順子だよ」
その言葉に、順子の世界が音を立てて崩れ、涙がマスクの内側を伝った。
彼女は悟に向かって、ただ、ありのままの自分で立ち続けた。
悟の腕が、静かに順子を包み込んだ。
ラバーの滑らかな質感と、内側に感じる確かな温もり。
それは初めて触れる感触でありながら、不思議と懐かしい安堵を伴っていた。
順子は、息を飲んだ。
――あぁ。
この姿で、好きな人に抱きしめられている。
夢のような、現実のような。
頭の奥が真っ白になって、言葉にならない幸福だけが広がっていった。
そのとき、悟がぽつりと呟いた。
「……うわ、これ……すごいな」
「え?」
と順子が顔を上げると、悟は真剣な顔のまま、ラバー越しの感触を確かめるように指先を滑らせていた。
「こんな感じなんだな……順子。ツルツルしてて、冷たいのに、内側はあったかい。すごい……見せて、触っていい? うわー、これ本物かぁ……」
興奮というより、まるで新しい発見を前にした子どものような声音。
順子は思わず吹き出した。
「……バカ。ムード、ぶち壊しじゃない」
悟は苦笑いしながら頭をかいた。
「だって、ずっと画面の中でしか見てなかったんだもん。まさか現実で順子が着てるなんて思わないだろ」
順子は笑いながら首を振った。
「ほんと、バカ。でも――そんな悟が…大好き!」
二人はしばらく何も言わず、静かに寄り添ったまま、ラバーの上から伝わる鼓動を感じていた。
0
あなたにおすすめの小説
継承される情熱 還暦蜜の符合
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる



