14 / 103

第14話 『それぞれの”好き”、それぞれの”想い”』

しおりを挟む
Scene.01 日曜の午後、整備工場の片隅で

 夕暮れ時の今治オートセンター。
 整備場には工具の金属音が時折響き、油と金属の匂いが混じった空気が漂っていた。
 隼人は作業用の布で手を拭きながら、点検を終えたジスペケを見やった。

 「……はい、これ、できたぞ」

 バイクのハンドルに跨っていた結が、ぱっと顔を明るくして頷く。
 「ありがとう! すっごく調子いい感じだよ!」

 「ギアの入りもよくなってるはずだ。あと、リアブレーキが少し甘かったから調整しておいた。次はオイル交換の時期だから忘れるなよ」
 淡々とした口調の奥に、整備士としての丁寧な気遣いが滲んでいた。

 結は一度バイクから降り、少しだけ迷ったように視線を落とす。
 「……あの、隼人くん」

 「ん?」
 作業服の袖で額を拭いながら隼人が顔を上げる。

 「前に言ってくれた“ふたりで走ろう”って……あれ、本気で言ってくれたの?」

 「ん? ああ、本気。今日だっていいくらいだ」
 軽い調子で言いながらも、隼人の目は真剣だった。

 結の胸がほんのり熱くなる。
 「……じゃあ、来週、休み取れたら連れてってほしい。私……隼人くんとなら、もっと遠くまで行ける気がするから」

 一瞬、整備場に静寂が広がる。
 隼人は照れたように視線を外し、わずかに顔を赤くした。

 「……よし、じゃあ来週な。しまなみ越えて、広島まで足伸ばすか」

 「うん!」
 結は力強く頷く。その声は、エンジンの鼓動よりも確かに響いた。

 その瞬間、整備工場の空気がどこか柔らかく変わり、春の陽射しのように暖かい空気が二人を包み込んでいた。



Scene.02 凛のもやもや



 同じ日の夕方、凛はガレージでCB125Rのチェーンを磨いていた。
 小さな音で動画が流れているが、内容は頭に入ってこない。
 タオルを持つ手が何度も止まってしまう。

 (……結、兄貴と走る約束したんだ)

 数日前、整備工場に寄ったときに見かけた結と隼人の様子。
 結が少し恥ずかしそうに笑っていたのが印象に残っていた。
 彩花から「結ちゃん、隼人さんとどっか行くって嬉しそうにしてたで」と聞かされた言葉も、胸に引っかかっている。

 (別に……悪いことじゃない。結は楽しそうだったし)

 そう思おうとしても、心の奥がざわつく。
 兄のことを嫌っているわけじゃない。むしろ尊敬している。
 でも、結が兄と一緒にいる時の表情を思い出すたび――複雑な気持ちになる。

 (なんでこんなに気になるんだろ)

 磨き終わったホイールがきらりと光る。
 凛は工具を置き、夕焼けを見つめた。

 (あたし……ただ、結とまた走りたいだけなのかな)

 胸の奥で渦巻く感情に答えは出なかった。
 ただ、自分の心が少しずつ揺れていることだけは、はっきりと分かっていた。



Scene.03 悠真の気づき

 同じ夜。
 悠真は自室で、暗い中スマホを開いてツーリングの写真を眺めていた。
 凛の後ろ姿、ミラーに映る自分の笑顔――走った時間が鮮やかによみがえる。

 (ボク……凛ちゃんのこと、“憧れ”だけじゃないんだ)

 胸がぎゅっと締めつけられる。
 性別のこと、自分自身のこと。
 それをすべて受け止めてくれた凛に対して、抱いている気持ちは友情ではなく――もっと強く、深いものだと気づきかけていた。

 (でも、伝えたら……壊れちゃうかもしれない)

 不安と同時に、凛の存在がどれほど大切かを痛感する。
 (凛ちゃんと、もっと走りたい。もっと、話したい)

 スマホの画面を胸に抱きしめ、悠真は目を閉じた。



Scene.04 誰にも言えない気持ち

 深夜。
 今治オートセンターの2階、凛の部屋。
 机の上には整備マニュアルとノートが広がり、作業用のライトが小さく光を放っている。

 凛は椅子に腰掛けたまま、工具を握りしめていた。
 「……あたし、なんであんなに気になってんだろ。悠真のこと」

 ふと、机の端に置かれた写真立てに目が留まる。
 そこには幼い自分と兄、そして優しく笑う母が写っていた。

 (自分で選んだことだけ走りたいって思ってたのに……今は、誰かのことばかり考えてる)

 胸の奥がざわつき、落ち着かない。
 「……うざいな、自分」

 呟いて、静かに電気を消す。
 暗闇の中、凛の心は複雑な感情で揺れていた。



――それぞれの想いが、静かに走り出す。
誰にも言えない“好き”を胸に、次の旅へ。

To be Continued...
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...