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第54話 『風の中の約束』

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 朝、雨はすっかり止んでいた。

 瀬戸家のベランダから差し込む日差しは柔らかく、洗い立ての空気に光が透けていた。
 凛は結の部屋のベッドの中で、ゆっくりと目を覚ました。

 (……あたたかい)

 頬に触れた毛布の感触も、胸の奥に残っているあのぬくもりも、すべてが夢のようで。

 ──いや、夢じゃない。
 昨夜、確かに結に救われた。泣いて、キスして、笑って、また泣いて。

 「……あたし、まだ……ここに居ていいんだって、思えたんだ」

 そう呟いたとき、ドアがコンコンと軽くノックされた。

 「凛ちゃん、起きてる?」

 「……うん。もうすぐ行く」



 朝食の食卓には、ふんわりと湯気の立った味噌汁と焼き鮭、卵焼きに小鉢。どれも素朴で、けれどどこか懐かしい味がした。

 「遠慮しないで、いっぱい食べてってね」

 そう笑う結の母親の言葉に、凛は小さく頭を下げた。

 「昨日は……ありがとうございました」

 「ううん、いいのよ。結の大切な友達なんでしょ?」

 (……この人の娘が、結なんだ)

 どこか納得できるような、そんな穏やかさだった。



 食後、玄関先で別れを告げようとしたとき、凛はふと立ち止まって結を見つめた。

 「……結」

 「ん?」

 「本当に、ありがとう。あたし、昨日の夜がなかったら……もう、何もかも諦めてた」

 結は小さく笑って、首を横に振った。

 「凛ちゃんが昨日ちゃんと泣いてくれたから、私も少しだけ強くなれた気がするよ」

 「……あたし、今度は悠真を守る番だと思ってる。もう絶対、ひとりにさせたくないんだ」

 その言葉に、結はゆっくりと頷いた。

 「うん。私も、できることがあれば何でもする。凛ちゃん一人じゃないよ」

 ふたりの指先がそっと触れ合う。
 触れるだけの、でも確かな温度。

 ──あの日、風にさらわれそうだった想いが、たしかにここにつながった。



 そしてその日の午後。

 凛は一人、波方町にある警察署の前に立っていた。

 悠真のGROM──彼の大切な相棒が盗まれた事件。
 そのことで、何か進展がないかを確認するためだった。

 制服の上着を着直し、リュックのストラップを握りしめていた手は、じんわりと汗ばんでいる。

 「……悠真のために、あたしにできることを」

 たとえそれが微力でも、何もしないよりはずっとマシだと思った。



 だが、捜査の進展は芳しくなかった。

 犯行の特定には至らず、証拠も決め手に欠け、相手が未成年である可能性も示唆されていた。
 警察としてはこれ以上の対応が難しい、と告げられる。

 (……そう、だよね。予想してたことだけど)

 玄関を出て、夕暮れが差し始めた町並みを見ながら、凛は小さく息を吐いた。

 (あたし一人じゃ、やっぱり……)



 帰り道。駅へ向かう途中、スマホを取り出して結に連絡を入れた。

 「凛ちゃん、今どこ?」

 「警察からの帰り。……あんまり、成果はなかった」

 「うん、そっか。ねえ、よかったら不二家で少し話さない?」



 その後、ふたりは今治市街の純喫茶不二家にいた。
 夕方の静けさの中、店内には柔らかなピアノ曲とコーヒーの香りが漂っていた。

 「……やっぱ、警察だけじゃ限界あるんだって。どうしたらいいんだろう……」

 「うん、分かる。辛かったね」

 凛の言葉に、結はそっと頷いた。

 「でもね、凛ちゃん」

 「……?」

 「悠真ちゃんが通ってるのって、波方工業高校の情報技術科だよね?」

 「うん。あたし達と同じ高校……何で?」

 結は小さく微笑んだ。

 「……任せて。イジメとGROMの件、もし同一犯だとしたら、ひょっとしたら、何とかなるかもしれない」

 「……え? それって……」

 「詳しくは言えないけど、ちょっと心当たりがあるの」

 結は言葉を濁しながら、ふと窓の外を見た。

 (──本当は、あの人にだけは頼りたくないんだけどな)

 どこか遠い目で、静かにそう思う。

 (でも、悠真ちゃんのためなら、今はそんなこと言ってられないか……)

 その表情を見て、凛はそれ以上は何も聞かなかった。

 ──ただ、信じようと思った。

 この人が「任せて」と言ったなら、きっと何かが変わる。
 あたし一人じゃなくて、ちゃんと支えてくれる人がいる。

 今度こそ、悠真を守れるかもしれない。



 帰り際、ふたりは夕暮れの歩道を並んで歩いた。

 風がそっと吹いて、前髪を揺らす。

 「ねえ、凛ちゃん」

 「ん?」

 「絶対何とかなるから、お互い頑張ろうね!」

 「……結、うん、そうだね」

 ふたりは顔を見合わせ、そしてほんの少しだけ微笑んだ。

 風の中に、次の約束がふわりと混じった気がした。

To be Continued...
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