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第62話 『 運命の日 〜しまなみブルーの長い一日〜 PART4』

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Scene.05 運命の前日、覚悟と信頼

 「運命の日」の前日。

 放課後のチャイムが鳴り、いつもなら少しだけ緩む空気が教室に漂い始めるはずの時間。だが今日の橘凛には、そんな余裕は微塵もなかった。

 「三浦悠真のことで、少し話がある。生徒指導室まで、来てもらえるかな?」

 声の主は、「波工のヤンクミ」こと――桐生玲子。

 凛の全身に緊張が走った。口調こそ落ち着いていたが、あの視線――ただならぬ何かを予感させる鋭さだった。



 「……!!」

 警戒する凛を見つめながら、玲子は静かに言った。

 「……そう身構えるな。私はお前たちの味方だ。あの子――結に頼まれてな」

 「え……!? まさか……結が言ってた“あの人”って……!」

 凛の脳裏に蘇る。あの日、結が口にした「あの人ならきっと力になってくれる」という言葉。その意味を、今ようやく理解した。

 「“あの人”か……ふふ、まぁいい。ここで長話もできん。人目に付く。とにかく生徒指導室まで付いてきて貰おうか」

 玲子の背中に導かれるように、凛は無言で頷き、重たい扉をくぐる。

 指導室の空気は重く静かだった。長年の使い込まれた木製の机、壁に貼られた啓発ポスター。だが、その中心で座る玲子の存在感は、教室以上に圧倒的だった。

 椅子に腰掛けた凛は、意を決して切り出す。

 「その……話の前に、先生と結の関係って、一体どういう……?」

 玲子は一瞬きょとんとした後、ふっと笑った。

 「ん? まぁそうだな。長い腐れ縁ってところかな」

 「……っ!?」

 凛は思わず言葉を飲み込む。

 (“波工のヤンクミ”と腐れ縁って……! 結! あんた一体、何者なのよ~!?)

 頭を抱えたくなるようなツッコミを心の中で投げつつ、凛の脳裏には、ウインクしながら「え? ただのOLだけど?」と答えたあの人懐っこい結の笑顔が浮かんでくる。

 ぷっ、と吹き出す凛に、玲子は不思議そうに首を傾げた。

 「……? 何がおかしい?」

 「いえ……なんでもありません。先生のこと、信じます」

 笑顔を湛えた凛に、玲子も口元を緩めた。

 「……そうか」

 わずかに目を細める玲子の表情は、鬼教師と呼ばれるそれとは違っていた。そこには、凛というひとりの生徒を真っ直ぐに見る大人の目があった。

 「そういえば、橘。お前と結はどういう関係なんだ? バイク仲間だってことはLINEで知ったが」

 「……そうですね。私にとって、結は大切な“親友”。それに今では……誰よりも頼りになる“お姉ちゃん”だと思ってます」

 凛の表情は、どこまでも穏やかで優しかった。玲子は内心で小さく驚く。

 (まさか、結の妹分とはな……それにしても、こんな美人な子にこんな顔をさせるなんて。結、お前ってやつは……)

 微笑む玲子は、短く「よし」と頷いた。

 「わかった。お前……いや、お前たちのことは、私が全力で守ってやる。三浦も含めてな」

 「……はい!」

 凛の声には力が宿っていた。

 玲子は一呼吸置き、表情を引き締める。

 「では本題に入ろうか。まず三浦は今日、学校を休んでいる。だからお前に先に伝える」

 「……?」

 「三浦のバイク。尾道で見つかった」

 「……!!」

 思わず、凛の目に光が戻った。

 「もう見つかったんですか!? よかった……!」

 だが――

 「……だが、“無事”には見つからなかった。その意味、わかるな?」

 玲子の言葉が鋭く突き刺さる。凛の笑顔が一瞬で消え、唇を噛み締めた。

 「……はい……悠真……」

 込み上げる悔しさと、悲しみ。そして怒りが、凛の胸をかき乱した。

 「首謀者も特定済みだ。リストを見ろ」

 玲子が差し出したリストには、三人の名前と顔写真が並んでいた。

 「リーダー格は井原将太。お前、こいつに見覚えはあるか?」

 凛の目が燃えるように光を灯す。

 「こいつ……! あたしにいつも迫ってきてたヤツ!悠真のバイクを壊したのも、こいつだったんだ……!!」

 怒りに震えながら、凛はリストに記された他の連中の名前にも目を通す。

 「他の二人も……見覚えがあります」

 「そうか。……それと、もう一つある」

 玲子の声色がわずかに低くなる。

 「お前のファンだという女子生徒から、タレコミがあった。ヤツら、お前を拉致して暴行しようとしてるらしい」

 「!!」

 凛の瞳が見開かれる。思わず椅子から立ち上がりかけたその瞬間、玲子が手で制した。

 「私の見立てでは、明日、ヤツらは動く。そういうわけだ。橘――しばらく学校を休め」

 「えっ……!? どうしてですか!?」

 「当然だろう。今のお前に、この学校は危険すぎる。それが分かっていて、該当生徒を見殺しにするような教師では、私はない」

 玲子の言葉は、凛の胸を締めつける。

 「……結の妹分だったら、尚更だ。安心しろ。時間はかかっても証拠は必ず集めて、ヤツらには相応の処分を下す」

 玲子はそれを“約束”として言った。だが――

 「だったら……あたしも、その証拠集め、手伝わせてください」

 「なに……!?」

 「ヤツらの狙いは、このあたしです。だったら、それを逆に利用して、罪を白状させればいいんです!」

 「正気か!? そんなことをして、ヘマでもしたらお前は只じゃ済まんぞ!!」

 「分かってます……でも、結達だって今、必死に何とかしようとしてくれてる。悠真だって、父親と向き合ってる……!」

 凛の目に、強い意志が宿っていた。

 「――あたしだけ、何もしないなんて出来ません!」

 「……」

 「これは……この事態を、無意識とはいえ引き起こしてしまった、あたし自身の“けじめ”なんです。お願いします、先生!」

 頭を深く下げた凛。その姿に、玲子は目を細めた。

 やがて……。

 「……はははっ! なかなかどうして! 結の妹分、なかなか肝が据わってるじゃないか!」

 「……!」

 「いいだろう。だったら、せいぜい“利用”してやる。結には後で怒られるかも知れんがな」

 「その時は……一緒に謝ってあげます!」

 凛の笑顔に、玲子もにやりと笑う。

 「そいつは頼もしいな……。安心しろ、お前は――私があらゆる手を使ってでも、必ず守ってやる」

To be Continued...
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