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第77話 『出発前の告白とキス』

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Scene.01 仏壇の前で

 朝の静けさがまだ部屋の隅々に残っている頃――
 出発の支度を整えた結と凛は、志保の案内で水野邸の一室へと足を踏み入れた。

 「こちら……よかったら、手を合わせてあげてくれるかしら?」

 襖を開けたその先。柔らかな自然光が障子越しに差し込み、そこだけ時間が緩やかに流れているようだった。
 部屋の中央、きちんと整えられた仏壇には、並んだ二つの遺影が静かに微笑んでいた。
 写真の中の男性は優しげな表情で、横に並ぶ少年は無邪気な笑みを浮かべている。

 一瞬、空気が凛と張り詰めた。
 結も凛も、言葉なく自然と背筋を伸ばし、そっと正座をして仏壇の前に向き直る。

 「……お邪魔いたします」

 結が、慎ましく手を合わせた。
 凛もそれに倣い、深く頭を下げる。

 (……この方たちが、志保さんの……)

 結はふと、前の晩に志保からぽつりと語られた過去を思い出す。
 数年前、家族三人で出かけた先で起きた交通事故。志保だけが奇跡的に助かり、愛する夫と息子を一瞬で失った――そんな話だった。

 「……志保さん、大切なご家族なんですね」
 結が、ぽつりと心からの言葉を漏らした。

 凛も、目を伏せながらそっと続ける。
 「写真の中のお二人……すごく、優しそうな笑顔ですね」

 志保は微笑みながら、そっと二人の背後に膝をつく。
 その瞳には、懐かしさと少しの切なさが混じったような光が宿っていた。

 「うふふ……ありがとう。ねえ、見て。こうして若い子たちが、ちゃんと向き合って手を合わせてくれてるよって、きっとあの人たちも喜んでるわ」

 志保の声は穏やかだったが、その奥には癒えきらない想いが宿っていた。
 けれど――

 (……それでも、前を向こうとしてるんだ。優しくて、強い人なんだ)

 結は、静かに息を吐いた。
 仏壇の前で感じたあたたかさは、志保という人の生き様そのものだった。

 「昨日は、本当にお世話になりました」
 再び手を合わせ、結が丁寧に頭を下げる。

 凛も同じように深く頭を下げながら、目を閉じる。
 (……今日こうして、結と一緒に走れること。誰かの大切な日常が、当たり前じゃないって、忘れちゃだめなんだよね)

 部屋に吹き込む風が、香のかすかな香りを運んだ。
 その静けさの中で、二人はしばし動かず、故人に心を重ねた。

 志保はそんな二人の背中を、涙を浮かべながら優しく見守っていた。



Scene.02 出発の準備

 庭に出ると、朝の空は雲一つなく澄み渡っていた。
 涼しい風が頬を撫で、今日も旅日和であることを告げている。

 「そういえば凛ちゃんのバイクって、まだお店に置いたままじゃなかった? 一旦タクシーでも呼ぶ?」
 結は少し首をかしげて尋ねた。

 「その必要はないよ。兄貴が届けてくれるから」
 凛は自信ありげに答える。

 その瞬間、軽快なエンジン音が近づいてきた。
 今治オートセンターの軽トラックが停まり、荷台には凛のCB125Rが積まれていた。運転席から隼人が降り立つ。



Scene.03 兄と妹、そして結

 「おはようさん。昨日は二人ともよく眠れたか?」
 隼人の低く落ち着いた声が響く。

 「おはよう、兄貴」
 凛は少し照れくさそうに手を挙げる。

 「おはよう隼人くん! まさかここで隼人くんに会えるなんて思わなかったよ~」
 結は嬉しそうに声を弾ませた。

 「……まさか妹にパシリにされるとは思わなかったけどな」
 隼人は肩をすくめて苦笑する。

 「ごめんってば」
 凛は苦笑いで返した。

 隼人は慣れた手つきでバイクを荷台から下ろし、凛に鍵を渡す。
 「ありがとね、兄貴」

 「今日は結と二人でデートなんだろ? しっかり楽しんでこいよ」

 「兄貴、その言い方やめて!(まぁ、あたし的にはそうなんだけど)」
 凛は顔を赤くしてそっぽを向いた。

 「結」
 「ん?」
 「妹に先を越されたが、今度は俺ともタンデムツーリングしよう。R1でな」

 「!…うん!!」
 結は驚きと喜びが入り混じった笑顔で答えた。



Scene.04 隼人からの伝言

 「それと、結のバイクは帰ってきたら整備しておく。連絡くれな」
 隼人は真剣な声で告げる。

 「ありがとう、隼人くん」

 「あと、昨日も話した例の頼まれごと。先方の都合で、もしかすると明日には何とかなるかもしれない。進展があったらまた連絡する」

 「分かった。隼人くんも気をつけて帰ってね」

 「結もな。――凛、結のこと頼んだぞ」

 「了解!」
 隼人は軽トラックに乗り込み、手を振りながら去っていった。

 「……兄貴に何頼んだの?」
 凛が問いかける。

 結は人懐っこい笑顔でウインクした。
 「ひ・み・つ!」

 「え~! 気になる~!」
 二人は楽しげに笑い合った。



Scene.05 ヘルメットを借りる

 準備を整えた二人。しかし結のヘルメットはまだ戻っていなかった。
 悠真が自分のヘルメットを差し出す。

 「結さん、大丈夫? 緩くない?」

 「大丈夫だよ! ピッタリだし。私と悠真ちゃん、頭のサイズ一緒なんだね。それに……すごくいい匂いがする」

 「匂い? 結さん嫌がるかなって思って、内装は新しいのに交換したんだけど」

 「いや、良い匂いだよ? 悠真ちゃんの匂い」
 結は悠真に抱きつき、匂いを確かめるように深く息を吸い込んだ。
 「クンクン……うん、やっぱり落ち着く匂い」

 「ゆ、結さん!?(も、もうこの人は~!!)」
 悠真は顔を真っ赤にし、思わず抱きしめそうになる――。

 「……浮気?」
 背後で腕を組む凛が冷ややかに言った。

 「「ちっがーう!!」」
 二人は声をそろえて否定した。



Scene.06 告白と涙

 「まぁ、悠真はいい匂いするけどさ? だからって抱きついて嗅ぐ必要はないでしょ」
 凛が呆れたように言う。

 「そうなの!?」
 悠真は驚き、結は気まずそうに笑った。

 「ごめんね、凛ちゃん」

 「でも悠真も悠真で、結に抱きつこうとしてたでしょ?」
 凛の視線が悠真に突き刺さる。

 「!!」
 悠真は言葉を失った。

 「そ、そうなの!?」
 結が目を丸くする。

 「認めちゃいなよ。悠真も結のこと特別に思ってるんでしょ?」

 「凛ちゃん、そうは言っても悠真ちゃんには――」

 「良いんだ。このまま気持ちに蓋をして誤魔化すのは卑怯だよね。……ボクは凛が特別で、誰よりも愛してる。でも、今では結さんも同じくらい特別に思ってる自分がいるんだ」

 「悠真ちゃん……」

 「この前までは、結さんに抱きつかれても友達としての親愛の証だと思ってた。だからドキドキしなかったし、それが普通だと思ってた。でも今は違う。――ドキドキが止まらない。ボクは心は女の子のつもりでいるけど、やっぱり体は男だから……結さんを抱きしめて、キスしたい衝動に駆られるんだ」

 「……」

 「こ、こんなの……駄目だよね! 分かってるんだ。結さんには隼人さんがいる。ボクには凛がいる。だから……もうボクに抱きつくのはやめて欲しい。ボクは結さんが凛と同じくらい大事で、大好きだからこそ、傷つけたくないんだ」

 悠真の声が震える。その視線を受け止める結の瞳から、静かに涙が零れた。

 「ゆ、結さん!? ボク、何てことを――」

 「ううん、違うの。嬉しくて泣いてるの」



Scene.07 けじめのキス

 「私ね、昨日彩花さんに言われたんだ。『入れ込み過ぎじゃないのか』って。確かにその時はそれでいいと思ってたし、今でも後悔はしてない。でも……その結果がどうなるかなんて考えもしなかった」

 「結さん……」

 「だからこれは、明らかに大人である私の責任。だけどね、悠真ちゃんや凛ちゃんみたいな子に、妹みたいに思ってる子達にこんなにも愛されて、嬉しいって思ってる自分もいるんだ」

 「結さん、それって――」

 「私には隼人くんがいるし、彼を好きって気持ちは変わらない。でも――このくらいなら、いいよね」

 結は凛に向き直る。
 「凛ちゃん、いい?」

 「……いいよ。他の女だったら思いっきり嫉妬してる。でも、結なら許す」

 「ありがとう」
 結は悠真の頬を両手で包み、顔を引き寄せて唇を重ねた。
 (ゆ、結さんと……キス、してる)





Scene.08 秘密の共有

 長い、長いキスが終わる。
 凛が少し不満そうに口を開いた。
 「あたしの時はこんなに長くなかった」

 「えへへ、凛ちゃんの時は二回してるし、その分サービスってことで」

 夢見心地の悠真がかすれた声を出す。
 「結さん、ボク……」

 結は両手を広げながら応える。

 「ずっと好きでいてくれていいよ」

 「で、でもボク……」

 「恋人にはなれないけどさ。私だって悠真ちゃんのこと大好きだし、こんなことで悠真ちゃんに抱きつけなくなるなんて嫌だもん」

 「で、でも! ボクは結さんを傷つけるかも」

 「それはないよ。私、悠真ちゃんがとても優しい子で、人を故意に傷つける子じゃないって知ってるもん」

 「結さん! 結さん! 本当に、本当にありがとう!うぁぁぁ!」
 悠真は結の胸に顔を埋め、声を震わせながら泣いた。



Scene.09 三人だけの秘密

 しばらくして、結は優しく微笑む。
 「えへへ、三人だけの秘密ができちゃったね」

 「そうだね」
 悠真も晴れやかな顔で頷いた。

 「あたしのはもうバレちゃってるけどね。琴音って、千里眼の持ち主なのかも」
 凛が苦笑する。

 「だ、だとしたらボクのもバレてるかな……?」
 悠真が不安げにつぶやく。

 「それはない……と信じたいかな?」
 結は小さく笑った。



Scene.10 琴音の予感

 その頃、二日酔いで寝ていた琴音が突然目を開ける。
 「悠真さんと結さんがキス!? そ、それもアリかも~」

 脳内で妄想を暴走させる琴音であった。



Scene.11 それぞれの気持ちを胸に

 「それじゃ悠真ちゃん、ヘルメット借りてくね~」
 結は手を振り、その場を後にした。

 「凛、ごめんね。結局、浮気しちゃった」

 「あたしだって同じ人に浮気したし、気にしないで」

 「……ボクのこと、嫌いになった?」

 「全然。むしろ前より好きになった」

 「ボクも前より凛のこと好きになった。凛、キスしてもいい?」

 「ん、許す」
 二人は静かに唇を重ねた。

 ――三人の心は複雑に絡み合いながらも、確かな絆で強く結ばれていた。

To be Continued...
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