王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22

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触れた痛みに深まる想い

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セラが屋敷に来て1ヶ月以上が経った。部屋に呼び始めてから数週間。お陰で毎日安眠出来ているレオだが気がかりは多い。
麻薬の経路、軍と屋敷に及んだ波紋の後処理、裏で動いている貴族は何者なのか。
それを抑えても気を揉んでいることがあった。
セラの素性と弟のことだ。方々の村や治療院には人をやって調べている。今の所成果はない。なくてよかったと思っている自分が憎らしい。
弟が見つかればセラは出て行ってしまうーーー
そう思うと積極的に探す気にはならなかった。
セラの素性についてもクシェルに預けてもう数週間が経つ。そろそろ報告があってもいい頃だが......
「レオ様?何かあったのですか?」
セラの声に我に返った。
「いや....そういえばこの香りは好きか?」
慌てて問うがこれも気になっていたことだ。夜セラを呼ぶ時はローズやジャスミン、ラベンダーなど女性が好みそうなものを選ばせていたのだが、彼女が喜んでいるようには見えなかった。
「香りとは....この部屋のことですか?」
「ああ。」
「嫌いではないです。」
「好きでもないと?」
「まあ好みとは違いますが...レオ様はお好きなのでしょう?」
「いや、お前が来る時はわざと変えていた。女はこういった匂いを好むことが多いだろう。」
「そうだったのですか?夜だけご気分が変わるのかと思っていました。」
「まあ変わらんでもないが、俺の好みではない。お前も違うようだな?」
「私は正直普段のレオ様の匂いの方が好みですが。」
落ち着け。セラは匂いが好みだと言っただけだ。自惚れてはいけない。
「....今度、商人を呼ぶ。好きな香を選べ。」
「私はレオ様のお好きなもので構いませんよ?」
「俺が知りたいだけだ.....あとセラ。」
「なんでしょう?」
「弟のことなんだが」
セラの顔が硬くなる。だからこの話はしたくないのだ。
「方々の村や治療院には人をやってみたが結果は芳しくない。ブロンドの髪にブラウンの瞳で16歳前後。間違いないな?」
「はい。私も回れるところは回ったのですが、同じでした。」
「となるとやはり王都、もしくは国外になってくるな....しかし何故弟は軍に入ったんだ?身体が弱かったならお前は反対しただろう。」
セラの雰囲気が変わる。伏せられた目は事情を察するに十分だ。
「悪い。話せないなら話さなくていい。」
「いえ.....弟は望んで入ったわけではありません。私のせいなのです。」
「お前の?」
「......私たちはブルータル辺境伯領の村に住んでいました。それなりに平和な生活をしていたのです。....ですがその年、納めるべき年貢が僅かに足りませんでした。取り立てに来ていた兵団はそれを許さず、代わりに女を寄越せと言ったのです。彼らが目をつけたのは妹でした。」
セラが言葉を切った。こんなに長く喋る彼女を見るのは初めてだ。折り合いのよくなかった妹。確かそう言っていた相手を想うセラは切ない目をしていた。
「妹は妊娠していました。妊娠した妹をみすみす差し出せる姉がどこにおりましょう。私にも出来ませんでした。だから自分が身代わりになると申し出たのです。」
体内に迸る血を押さえつけた。今ここで怒ったところで無意味だ。
「兵団は私を連れて行こうとしていました。そのままいけばよかったのです。ですが弟は私が連れて行かれることに耐えられませんでした。弟が射た矢は私を掴んでいた兵の手に刺さりました。その後は想像できるかと思います。弟に切り掛かる兵を私は切りました。気づけば周りは血の海で兵は1人残らず死んでいました。」
会ったこともない弟に同情してしまう。姉1人が連れて行かれて、いいわけがない。結末が不幸であったとしても。
「近くにいたブルータル辺境伯が騒ぎを聞き、駆けつけました。ブルータル辺境伯の冷酷ぶりは有名でした。私自身死を覚悟したのです。ですが彼が下した罰は弟を軍に入れること、私自身は辺境伯領を去ることのみでした。」
「それは辺境伯にしては寛大な処置だな。」
「驚きました。少なくとも私の首は飛ぶと思ったのです。」
「血迷ったか分からないが、ある意味助かったわけか。」
「はい。ですが弟の入軍を止めることは出来ませんでした。」
「他の村のものは?恐れをなして何も出来なかったか。」
「辺境伯を恐れて誰も逆らおうとはしませんでした。兵団を殺し、辺境伯に逆らった私を恐らく恨んだことでしょう。全てが終わった後、皆怯えて家から出てきませんでした。」
『むせかえるような血の匂いとドアから覗く村人の異形でも見るような目。』
(そこまでは話す必要もないだろうけどーーーー)
「辛い話をさせて悪かった。今日はハープはいい。戻ったら眠れそうか?」
「はい....眠れると思います。」
嘘だとすぐに気づいた。淡々と話すのは自分を守るためなのだと気づいたのは最近だ。
「嘘つくな。こっちに来い。何もしないから。」
呼んだセラをベッドに座らせた。無言の彼女の髪を解き、ゆっくりと梳いてやる。何度かやって、これをすると気を抜くことにも気づいた。
硬くなっていたセラの力が抜けていく。 
「ふぁ」
慌てて口を塞ぐセラ。あくびが出るくらい気を抜いてくれるなら大歓迎だが。
「セラ、少し横になれ。」
「ですが....」
「いいから。主人命令だ。」
「こんな時だけ勝手な.....」
「いいだろ?こんな時のための特権だ。ほら。」
渋々身を丸めて横になるのは癖なのだろうか。
背中を撫でてやると気持ちよさそうに身をよじる姿はまるで猫だ。
「ん....」
すり寄るような仕草につい抱きしめてしまいそうになる。前言撤回しよう。あまり気を抜きすぎてもらうと困る。レオも男だ。それも惚れた女が隣でこんなに無防備にしているなど。させたのは自分なのだが。レオが理性と戦っているうちに小さな寝息が聞こえてきた。レオの苦労などつゆ知らず。彼女は気づけば眠っていた。
「寝たか....」
嬉しいような悲しいような。
寝顔は初めて見た。あどけない少女のような寝顔は可愛くて、手を出したくなってしまう。
(これはまずいな....)
寝かせたのは自分だ。抱いて部屋まで連れ戻しているところを見られたら騒ぎになる。
(部屋を出るか。このままでは持たん。)
「あら、坊っちゃま?セラはどうしたのです?」
「だから坊っちゃまはやめろグレータ。セラなら....寝た。」
「寝た?セラがですか?」
「ああ。責めるなよ。俺がそうさせたんだ。俺は別室で寝る。朝は適当に誤魔化しておいてくれ。」
「何もなかったのですね?」
「あったら別室で寝ない。頼むぞ、グレータ。」
いつになく真剣なレオの顔を汲み取ったグレータは物言いたげな顔を飲み込み頷いた。
商人は明日にでも呼ぶか。
どんな香を気にいるだろうか。膨らませた想像に、結局寝ついたのは夜が濃さを増した後だった。
 
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