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エンマとトゥーリ Emma ja Tuuli
2.小熊の妖精を探せ <Missä Nuutti on?>
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家の外に広がる森と畑から小鳥たちの鳴き声や柔い風音が、キッチンの窓を通って家の中に入り込む。窓から差し込む陽の光がエンマとトゥーリを照らし出す。
エンマは驚きと好奇に溢れる目をトゥーリに向けながら、カップを二つ取り出すと、牛乳を注ぎ入れ、籠からビスケットを二枚取り出し、茜色の紙ナプキンの上に置いた。
「どうぞ」
そう言いながら、エンマはトゥーリに牛乳の入ったカップとビスケット二枚を差し出した。
「ありがとう」
小さく消え入りそうな声でトゥーリは謝辞を述べた。
けれども、トゥーリはカップとビスケットに手をつけなかった。
しばし時間が流れ、エンマは首を傾げた。
「牛乳とビスケットは嫌い?」
トゥーリに訊ねると、小人は首を横に振った。
「ひとと話すのは初めてなの? このうちに住んでる小人なの? さっきの赤リスとオコジョはトゥーリのお友だちなの?」
矢継ぎ早なエンマの質問にトゥーリはどのように答えたらよいか悩んだ。そして、
「ひとと話すのは初めてじゃないよ。人間の友だちもいるし。だけど、わたしたち小人や精霊、妖精たちは、本来、人間に姿を見られてはいけないっていう決まりがあるの。だから、わたしのことや、さっきエンマが見た赤リスやオコジョのことは内緒にして欲しいんだ」
トゥーリの真剣な目差しを受け、エンマは首肯すると、
「もちろんだよ! だれにも言わない。トゥーリはこの家に住んでいる小人なの?」
出会ったときから抱いていた疑問を口にした。
「違うよ。わたしは別の家に住んでいるの」
トゥーリはゆっくりとした口調ではっきりと答えた。
「それなら、どうしてここにいるの? 旅をしているの?」
エンマは次々に疑問を投げかけた。
トゥーリは深呼吸を一つ。
「あのね、小熊の妖精のヌーッティを探しているの」
そして、ぽつりぽつりと、トゥーリはエンマの家にいる理由を話し始めた。
トゥーリの話によると彼女の友だちである小熊の妖精ヌーッティが行方不明になったという。
一昨日から、トゥーリたちは人間の友だち葛城アキという青年と一緒に、夏のオペラフェスティバルが有名な城のある街サヴォンリンナに滞在していた。今朝、サヴォンリンナを出発し、列車でヨエンスーという別の街へ向かう途中、電車を乗り換えるために、ここ、パリッカラで下車した。乗換の列車が来るまでの間、パリッカラの駅舎の向かいにあるレストランに入って食事をしていた時のことであった。
小熊の妖精ヌーッティが忽然と姿を消したのである。
食い意地の張る小熊の妖精が食事時に姿を現さないことは不思議を通り越して不可解極まりない事態であった。
トゥーリと赤リス姿の風の精霊アレクシ、オコジョ姿の雪の精霊リュリュは、アキの頼みでレストランと駅舎の周辺を見回った。トゥーリは動物たちに聞き込みをして回り、アレクシとリュリュはそれぞれ妖精たちに小熊の行方を訊ねた。
そして、ひとつの手掛かりを得ることができた。風の妖精たちがヌーッティらしき小熊を、エンマが住む、この自宅周辺で見かけたというのである。
トゥーリたちはアキにそれを伝えると、三人でヌーッティを探し出し、連れて戻って来ると言い置いて、レストランを後にした。
そうこうして、トゥーリたち三人はエンマの家に辿り着いたのであった。
「エンマはわたしくらいの身長の小熊を見なかった?」
「ううん。見てないよ。その小ぐまってどういうくまなの?」
「キッチンにあるお菓子を一晩で平らげちゃうほどの食い意地の張った熊の妖精だよ」
その言葉にエンマは、何故トゥーリがキッチンにいたのか合点がいった。
「ここのお菓子、全部なくなってた?」
エンマは慌てた様子でトゥーリに訊ねた。
「なくなってないよ。だから、ここにはいないみたい」
胸を撫で下ろしたエンマは頰に片手をあて、考え込む。やがて、
「わたしもヌーッティを探すの手伝うよ。この家のことならわたしのほうがよく知ってるもん」
「いいの? 迷惑じゃない?」
不安そうな面持ちのトゥーリの頭をエンマはそっと撫でた。
「迷惑じゃないよ。だいじょうぶ。とりあえず、牛乳を飲んで、ビスケットを食べ終えたら、探し始めよう」
エンマの優しい言葉を聞いたトゥーリの表情が柔らかくなった。
「ありがとう、エンマ!」
***
軽い食事を終えたエンマとトゥーリの二人は子ども部屋へ移動した。
トゥーリを抱きかかえたエンマは部屋の中に入ると、そっとトゥーリを下ろし、ぬいぐるみの入っている籠の中に手を入れた。雑多なぬいぐるみたちをがさごそとかき分け、一体の熊のぬいぐるみを取り出した。トゥーリにそれを見せると、
「このこ?」
「違う。もっと小さい。わたしと身長は同じくらい」
エンマはトゥーリの返事を聞くとぬいぐるみを籠の中へ戻した。
「わたしがそのくまのことをもっと知らないとだよね」
そう言うと、テーブルに置かれていたクレヨンを手に取り、画用紙に熊の絵を描き始めた。
「トゥーリ、もっとヌーッティのことを教えて。似顔絵を描いてみるから」
「わかった」
トゥーリはテーブルの上に一跳躍で飛び乗ると、エンマにヌーッティの姿を仔細に伝えた。
エンマはトゥーリの情報を元にヌーッティを描いた。何枚か描いた熊の絵のうち、最も似ていると言われた絵を手で持つと、エンマは立ち上がった。
「この絵をみんなに見せて探そう! ママやアッテがいるときは、トゥーリは人形のふりをしててね」
トゥーリは一つ頷くと、ひょいっとエンマの肩に飛び乗った。
エンマは再び二階へ上がると、母の元へ急いだ。そして、先程描いた熊の絵を母に見せて、この熊を見なかったか訊ねた。
エンマの母は熊が描かれた画用紙からエンマに視線を移すと、
「その熊のぬいぐるみなら部屋にあるでしょ?」
困惑した表情で答えた。
「ちがうよ。話すんだよ、このくまは。ママ、見なかった?」
画用紙の熊を指さしながら、エンマは描かれた熊が話せることを補足説明した。
エンマの母は溜め息を吐いた。
「エンマ、熊のぬいぐるみは喋らないのよ。また、アッテに何か言われたの?」
「アッテじゃなくて、ヌーッティっていうんだよ」
その後もエンマは小熊の妖精の詳細を母に話した。しかし、エンマの母は頷いて聞くばかりで、手掛かりは何一つ得られなかった。
眉間に皺を寄せて考え込むエンマであったが、やがて、何かが閃いたかのような顔をすると、
「ママ、ありがとう!」
片手を振って、母とヨンネのいる部屋を急いで出て行った。
エンマは肩に乗っているトゥーリが落ちないようにしながら、階段を駆け下り、廊下を走り、庭へ出た。そこには、一人で大きなシャボン玉を作って遊んでいる兄のアッテがいた。
「アッテおにいちゃん! 聞きたいことがあるの!」
エンマに呼ばれたアッテは手を止めて、エンマを見た。
「なに?」
「あのね、この絵のくまを見なかった? ふつうのくまと違って話すの」
エンマの問いにアッテは首を捻った。
「くまはふつう話さないよ。ヨンネに何か言われたの?」
返答を聞くや否や、エンマは頰を膨らませて少し怒ってみせた。
「どうして、くまが話さないってわかるの?! このくまは話すんだよ?!」
そう語気強く言うと、エンマはぷいっと顔をアッテから逸らして、その場を去って行った。
「エンマ、大丈夫?」
少しふて腐れたような面持ちのエンマにトゥーリはそっと声を掛けた。
「平気だよ。そうだ! 牛やにわとり、それにうさぎたちにも話を聞きに行こうよ! 妖精のことなら牛たちのほうがなにか知ってるかもしれないよ?」
エンマはにっこりとした笑顔をトゥーリに向けて、新たな提案をした。トゥーリが頷くのを見たエンマは庭を走り、牛やにわとり、うさぎのいる方へ向かった。
小熊の絵を牛に見せ訊ねると、
「この辺じゃ話す熊なんて珍しくない。話さない熊を見つけるほうが難しいんだよ」
雌牛がゆったりとした口調で答えた。
次に、にわとりたちの元へ行き、牛の話したことを交えて喋る小熊を見なかったか訊ねた。すると、雄のにわとりが口を開いた。
「牛の言うことはごもっともだ。けれど、君たちの探している、その絵の熊はここでは見かけたことがない」
ここでも小熊の目撃情報が得られず、エンマとトゥーリは肩を落とした。そして、最後に、二羽のうさぎたちのもとへやって来た。うさぎたちは、もそもそと話し始めると、やがて、
「大空を羽ばたく鳥たちに訊ねたほうが早く見つかるよ。だけど、小人のほかに、風の精霊や雪の精霊がいるなら、彼らのほうが目敏く耳聡い。彼らが探し出せないのであれば、ぼくたちにも手の打ちようがないね」
エンマの手から葉っぱを取ると、ぴょんぴょん跳ねて小屋のほうへ行ってしまった。
母や兄、牛やにわとりにうさぎたち。彼らに訊ね回ったがヌーッティの行方は一向に分からなかった。
エンマとトゥーリは庭の草地に座り一息吐き、次にどこを探せばよいのか思い巡らせていた。そこへ、
「トゥーリさま!」
草を掻き分け、素早い動きで白いオコジョ姿の雪の精霊リュリュが再び現れた。リュリュは、エンマとトゥーリの前にひょこっと二本足で立つと、
「畑のほうを探しましたが見つかりませんでしたわ。土の妖精たちはヌーッティの姿を見なかったと言っていました」
「トゥーリ、リュリュ!」
空のほうから声が聞こえて、エンマとトゥーリは見上げた。すると、一匹の赤リス姿の風の精霊アレクシが疲れた様子で、宙でゆらゆら揺れながら、エンマたちのところへやって来た。
「朗報さ。収穫ありだ。風の妖精たちに訊ねたら一匹の小熊が森の奥深く、タピオラへ行く姿を見たと言っていたよ。どうだい? 最愛なるリュリュ。僕の探索能力の凄さは?」
疲弊した様子ではあるものの、アレクシは大好きなリュリュに向かって投げキスをした。
リュリュはというと、片手で投げられたアレクシのハートのようなものを、ぺいっとはたき落とした。
エンマはそんな二人のやり取りを見ておかしくなって声を上げて笑い、
「赤リスさん。わたし、ヌーッティの似顔絵を描いたの。これを風の妖精さんたちに見せたら、森に入って行った小熊がヌーッティかどうかわかるんじゃないかな?」
アレクシはエンマの描いた絵を見ると、顎に手を当てた。
「なかなかに似ているね。それじゃあ、風の妖精たちを呼ぶとするか」
マントを翻し、アレクシは顎に当てていた手を前へ突きだし、詩を歌う。
Tuuli, lauletaan meidän kanssa!
——風よ、歌おう、僕たちと一緒に!
Näyttäkää olemuksenne!
さあ、現せ、本来の姿を!
エンマたち四人を中心に風がふわりと巻き起こる。
蛍の光のようにいくつもの光が空中に灯った。
アレクシの歌に応えて、風の妖精たちが姿を現したのである。
「さあ、小さなお嬢さん。風の妖精たちにその絵を見せてあげて訊ねてごらん」
アレクシはエンマの肩に舞い降りると、手で促した。
「ありがとう、赤リスさん。でも、わたしの名前はおじょうさんじゃなくて、エンマよ」
「これは失礼。けど、エンマ。僕も赤リスなんて無粋な名前じゃなくてアレクシっていういい名前があるんだ。そして、あの白い美しいひとがリュリュさ」
アレクシはウインクをエンマに送った。
エンマはアレクシによって呼び出された風の妖精たちに絵を見せて訊ねた。風の妖精たちは「その小熊なら森の中にいた」と答え、道案内を買って出た。
エンマとトゥーリは互いに顔を見合わせ、頷き合った。
「道案内をお願いしてもいい?」
エンマの申し出に、風の妖精たちは楽しそうな声を上げて、快諾した。
そして、エンマとトゥーリたち四人は風の妖精たちの後に続き、森の中へと入っていくのであった。
エンマは驚きと好奇に溢れる目をトゥーリに向けながら、カップを二つ取り出すと、牛乳を注ぎ入れ、籠からビスケットを二枚取り出し、茜色の紙ナプキンの上に置いた。
「どうぞ」
そう言いながら、エンマはトゥーリに牛乳の入ったカップとビスケット二枚を差し出した。
「ありがとう」
小さく消え入りそうな声でトゥーリは謝辞を述べた。
けれども、トゥーリはカップとビスケットに手をつけなかった。
しばし時間が流れ、エンマは首を傾げた。
「牛乳とビスケットは嫌い?」
トゥーリに訊ねると、小人は首を横に振った。
「ひとと話すのは初めてなの? このうちに住んでる小人なの? さっきの赤リスとオコジョはトゥーリのお友だちなの?」
矢継ぎ早なエンマの質問にトゥーリはどのように答えたらよいか悩んだ。そして、
「ひとと話すのは初めてじゃないよ。人間の友だちもいるし。だけど、わたしたち小人や精霊、妖精たちは、本来、人間に姿を見られてはいけないっていう決まりがあるの。だから、わたしのことや、さっきエンマが見た赤リスやオコジョのことは内緒にして欲しいんだ」
トゥーリの真剣な目差しを受け、エンマは首肯すると、
「もちろんだよ! だれにも言わない。トゥーリはこの家に住んでいる小人なの?」
出会ったときから抱いていた疑問を口にした。
「違うよ。わたしは別の家に住んでいるの」
トゥーリはゆっくりとした口調ではっきりと答えた。
「それなら、どうしてここにいるの? 旅をしているの?」
エンマは次々に疑問を投げかけた。
トゥーリは深呼吸を一つ。
「あのね、小熊の妖精のヌーッティを探しているの」
そして、ぽつりぽつりと、トゥーリはエンマの家にいる理由を話し始めた。
トゥーリの話によると彼女の友だちである小熊の妖精ヌーッティが行方不明になったという。
一昨日から、トゥーリたちは人間の友だち葛城アキという青年と一緒に、夏のオペラフェスティバルが有名な城のある街サヴォンリンナに滞在していた。今朝、サヴォンリンナを出発し、列車でヨエンスーという別の街へ向かう途中、電車を乗り換えるために、ここ、パリッカラで下車した。乗換の列車が来るまでの間、パリッカラの駅舎の向かいにあるレストランに入って食事をしていた時のことであった。
小熊の妖精ヌーッティが忽然と姿を消したのである。
食い意地の張る小熊の妖精が食事時に姿を現さないことは不思議を通り越して不可解極まりない事態であった。
トゥーリと赤リス姿の風の精霊アレクシ、オコジョ姿の雪の精霊リュリュは、アキの頼みでレストランと駅舎の周辺を見回った。トゥーリは動物たちに聞き込みをして回り、アレクシとリュリュはそれぞれ妖精たちに小熊の行方を訊ねた。
そして、ひとつの手掛かりを得ることができた。風の妖精たちがヌーッティらしき小熊を、エンマが住む、この自宅周辺で見かけたというのである。
トゥーリたちはアキにそれを伝えると、三人でヌーッティを探し出し、連れて戻って来ると言い置いて、レストランを後にした。
そうこうして、トゥーリたち三人はエンマの家に辿り着いたのであった。
「エンマはわたしくらいの身長の小熊を見なかった?」
「ううん。見てないよ。その小ぐまってどういうくまなの?」
「キッチンにあるお菓子を一晩で平らげちゃうほどの食い意地の張った熊の妖精だよ」
その言葉にエンマは、何故トゥーリがキッチンにいたのか合点がいった。
「ここのお菓子、全部なくなってた?」
エンマは慌てた様子でトゥーリに訊ねた。
「なくなってないよ。だから、ここにはいないみたい」
胸を撫で下ろしたエンマは頰に片手をあて、考え込む。やがて、
「わたしもヌーッティを探すの手伝うよ。この家のことならわたしのほうがよく知ってるもん」
「いいの? 迷惑じゃない?」
不安そうな面持ちのトゥーリの頭をエンマはそっと撫でた。
「迷惑じゃないよ。だいじょうぶ。とりあえず、牛乳を飲んで、ビスケットを食べ終えたら、探し始めよう」
エンマの優しい言葉を聞いたトゥーリの表情が柔らかくなった。
「ありがとう、エンマ!」
***
軽い食事を終えたエンマとトゥーリの二人は子ども部屋へ移動した。
トゥーリを抱きかかえたエンマは部屋の中に入ると、そっとトゥーリを下ろし、ぬいぐるみの入っている籠の中に手を入れた。雑多なぬいぐるみたちをがさごそとかき分け、一体の熊のぬいぐるみを取り出した。トゥーリにそれを見せると、
「このこ?」
「違う。もっと小さい。わたしと身長は同じくらい」
エンマはトゥーリの返事を聞くとぬいぐるみを籠の中へ戻した。
「わたしがそのくまのことをもっと知らないとだよね」
そう言うと、テーブルに置かれていたクレヨンを手に取り、画用紙に熊の絵を描き始めた。
「トゥーリ、もっとヌーッティのことを教えて。似顔絵を描いてみるから」
「わかった」
トゥーリはテーブルの上に一跳躍で飛び乗ると、エンマにヌーッティの姿を仔細に伝えた。
エンマはトゥーリの情報を元にヌーッティを描いた。何枚か描いた熊の絵のうち、最も似ていると言われた絵を手で持つと、エンマは立ち上がった。
「この絵をみんなに見せて探そう! ママやアッテがいるときは、トゥーリは人形のふりをしててね」
トゥーリは一つ頷くと、ひょいっとエンマの肩に飛び乗った。
エンマは再び二階へ上がると、母の元へ急いだ。そして、先程描いた熊の絵を母に見せて、この熊を見なかったか訊ねた。
エンマの母は熊が描かれた画用紙からエンマに視線を移すと、
「その熊のぬいぐるみなら部屋にあるでしょ?」
困惑した表情で答えた。
「ちがうよ。話すんだよ、このくまは。ママ、見なかった?」
画用紙の熊を指さしながら、エンマは描かれた熊が話せることを補足説明した。
エンマの母は溜め息を吐いた。
「エンマ、熊のぬいぐるみは喋らないのよ。また、アッテに何か言われたの?」
「アッテじゃなくて、ヌーッティっていうんだよ」
その後もエンマは小熊の妖精の詳細を母に話した。しかし、エンマの母は頷いて聞くばかりで、手掛かりは何一つ得られなかった。
眉間に皺を寄せて考え込むエンマであったが、やがて、何かが閃いたかのような顔をすると、
「ママ、ありがとう!」
片手を振って、母とヨンネのいる部屋を急いで出て行った。
エンマは肩に乗っているトゥーリが落ちないようにしながら、階段を駆け下り、廊下を走り、庭へ出た。そこには、一人で大きなシャボン玉を作って遊んでいる兄のアッテがいた。
「アッテおにいちゃん! 聞きたいことがあるの!」
エンマに呼ばれたアッテは手を止めて、エンマを見た。
「なに?」
「あのね、この絵のくまを見なかった? ふつうのくまと違って話すの」
エンマの問いにアッテは首を捻った。
「くまはふつう話さないよ。ヨンネに何か言われたの?」
返答を聞くや否や、エンマは頰を膨らませて少し怒ってみせた。
「どうして、くまが話さないってわかるの?! このくまは話すんだよ?!」
そう語気強く言うと、エンマはぷいっと顔をアッテから逸らして、その場を去って行った。
「エンマ、大丈夫?」
少しふて腐れたような面持ちのエンマにトゥーリはそっと声を掛けた。
「平気だよ。そうだ! 牛やにわとり、それにうさぎたちにも話を聞きに行こうよ! 妖精のことなら牛たちのほうがなにか知ってるかもしれないよ?」
エンマはにっこりとした笑顔をトゥーリに向けて、新たな提案をした。トゥーリが頷くのを見たエンマは庭を走り、牛やにわとり、うさぎのいる方へ向かった。
小熊の絵を牛に見せ訊ねると、
「この辺じゃ話す熊なんて珍しくない。話さない熊を見つけるほうが難しいんだよ」
雌牛がゆったりとした口調で答えた。
次に、にわとりたちの元へ行き、牛の話したことを交えて喋る小熊を見なかったか訊ねた。すると、雄のにわとりが口を開いた。
「牛の言うことはごもっともだ。けれど、君たちの探している、その絵の熊はここでは見かけたことがない」
ここでも小熊の目撃情報が得られず、エンマとトゥーリは肩を落とした。そして、最後に、二羽のうさぎたちのもとへやって来た。うさぎたちは、もそもそと話し始めると、やがて、
「大空を羽ばたく鳥たちに訊ねたほうが早く見つかるよ。だけど、小人のほかに、風の精霊や雪の精霊がいるなら、彼らのほうが目敏く耳聡い。彼らが探し出せないのであれば、ぼくたちにも手の打ちようがないね」
エンマの手から葉っぱを取ると、ぴょんぴょん跳ねて小屋のほうへ行ってしまった。
母や兄、牛やにわとりにうさぎたち。彼らに訊ね回ったがヌーッティの行方は一向に分からなかった。
エンマとトゥーリは庭の草地に座り一息吐き、次にどこを探せばよいのか思い巡らせていた。そこへ、
「トゥーリさま!」
草を掻き分け、素早い動きで白いオコジョ姿の雪の精霊リュリュが再び現れた。リュリュは、エンマとトゥーリの前にひょこっと二本足で立つと、
「畑のほうを探しましたが見つかりませんでしたわ。土の妖精たちはヌーッティの姿を見なかったと言っていました」
「トゥーリ、リュリュ!」
空のほうから声が聞こえて、エンマとトゥーリは見上げた。すると、一匹の赤リス姿の風の精霊アレクシが疲れた様子で、宙でゆらゆら揺れながら、エンマたちのところへやって来た。
「朗報さ。収穫ありだ。風の妖精たちに訊ねたら一匹の小熊が森の奥深く、タピオラへ行く姿を見たと言っていたよ。どうだい? 最愛なるリュリュ。僕の探索能力の凄さは?」
疲弊した様子ではあるものの、アレクシは大好きなリュリュに向かって投げキスをした。
リュリュはというと、片手で投げられたアレクシのハートのようなものを、ぺいっとはたき落とした。
エンマはそんな二人のやり取りを見ておかしくなって声を上げて笑い、
「赤リスさん。わたし、ヌーッティの似顔絵を描いたの。これを風の妖精さんたちに見せたら、森に入って行った小熊がヌーッティかどうかわかるんじゃないかな?」
アレクシはエンマの描いた絵を見ると、顎に手を当てた。
「なかなかに似ているね。それじゃあ、風の妖精たちを呼ぶとするか」
マントを翻し、アレクシは顎に当てていた手を前へ突きだし、詩を歌う。
Tuuli, lauletaan meidän kanssa!
——風よ、歌おう、僕たちと一緒に!
Näyttäkää olemuksenne!
さあ、現せ、本来の姿を!
エンマたち四人を中心に風がふわりと巻き起こる。
蛍の光のようにいくつもの光が空中に灯った。
アレクシの歌に応えて、風の妖精たちが姿を現したのである。
「さあ、小さなお嬢さん。風の妖精たちにその絵を見せてあげて訊ねてごらん」
アレクシはエンマの肩に舞い降りると、手で促した。
「ありがとう、赤リスさん。でも、わたしの名前はおじょうさんじゃなくて、エンマよ」
「これは失礼。けど、エンマ。僕も赤リスなんて無粋な名前じゃなくてアレクシっていういい名前があるんだ。そして、あの白い美しいひとがリュリュさ」
アレクシはウインクをエンマに送った。
エンマはアレクシによって呼び出された風の妖精たちに絵を見せて訊ねた。風の妖精たちは「その小熊なら森の中にいた」と答え、道案内を買って出た。
エンマとトゥーリは互いに顔を見合わせ、頷き合った。
「道案内をお願いしてもいい?」
エンマの申し出に、風の妖精たちは楽しそうな声を上げて、快諾した。
そして、エンマとトゥーリたち四人は風の妖精たちの後に続き、森の中へと入っていくのであった。
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