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01:幸せな世界
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──真っ当に生きようとする度に、世界は私を拒むんだ。
どうしようもない事だ。本当に、どうしようもなかったのだ。
私が物乞いの子に産まれたのは、誰のせいでもない。早くに親を亡くしたことも、妹と二人、取り残されたことも、誰のせいでもないのだ。
だから、私が目の前の男を刺してしまったことも、仕方の無いことだ。
ただ、薬が欲しかっただけ。もっと安ければ、買えた。いや、私がお金を持っていれば買えた。貧しい私が悪いのだ。
そして、そんな私に、相場の倍以上の値で売りつけようとした男も悪い。
誰もが悪人になり得る世界で、笑って逝くには、強くなければならない。ただ、それだけのことだ。
「いただきます」
薬を拾い、血に濡れた上着を脱ぎ捨てた。死体はそのままでも構わない。この掃き溜めでは、毎日誰かが死んでいる。誰も気にしない。
(早く家に帰らないと⋯⋯)
身体が重かった。本当は分かっている。私自身も、同じ病に冒されていると。
「⋯⋯」
愛する人の名前は、寒空に溶けて散った。
────
「おはよう!!!!」
バタバタとやかましい音に目を覚ました。何か良くない夢を見ていた気がする。
「お姉ちゃん!! 起きてー!! もう九時!!!」
「⋯⋯眩しいよ、ビーチェ」
いきなりカーテンを開けられて、目を閉じた。瞬間、今度はシーツを剥ぎ取られた。
「何するのよ!」
「お姉ちゃんが言ったんでしょう?! 九時に起こしてって!」
「もうちょっと⋯⋯」
「だーめーでーす!! パンとスープが冷めちゃう!」
「⋯⋯分かった、分かった」
しっかり者の妹には敵わない。身体を起こした傍から、小さな手が私の髪の毛をすいた。
「今日の髪型は?」
「お任せで」
「服は?!」
「⋯⋯白いワンピースに、刺繍のスカート」
「了解!」
ビーチェはクローゼットを漁り、準備をした。その間に私は寝巻きを脱ぎ、目脂を摘んで弾き飛ばした。
(良かった。今日は体調が良い)
胸も痛まないし、咳も出ない。これなら、買い物を存分に楽しめそうだ。天気も良い。なんて素晴らしい一日だろう。
「はい、出来たー!」
ビーチェは、私の髪を二つに束ねていた。少し幼く見える髪型だが、私は中々気に入っている。
「ありがとう」
「えへへ」
蕩けそうな笑顔を浮かべる妹。私の大切な家族。何よりも尊い存在。
両親は幼い頃病死していたが、周囲の人間にも恵まれ、私たちは幸せだ。
「大好きだよ」
私は、ビーチェを抱き締めた。
「大好き」
私の幸せそのもの。本当は、白いブラウスも、流行りの刺繍のスカートも要らない。ただ、この子が傍にいてくれるだけで、心が満たされるんだ。
食事を済ませると、二人一緒に家を出た。偶々通りがかった馬車を拾い、乗せて貰う。
森を抜けて、遠い町へ。
時を刻む大時計を、囲む様に並ぶ家々。木漏れ日揺れる、初夏の日差し。暖かな風に包まれ踊る、花の歌声。
青い鳥も憩う広場。時を刻む針の音色に、寄り添い生きる、優しい笑顔。思い思いの歌を胸に。
「着いたー!!」
ビーチェは馬車から飛び降り、すかさず私に手を貸してくれた。
「ねえねえ、何処から回る? ドレスのお店? ケーキのお店?」
「そんなに焦らないでよ」
吐息混じりにたしなめると、ビーチェは腰に手を当てて胸を張った。
「今日を世界で一番幸せな日にするの!!」
言葉通りに、ビーチェは私を連れ回す。
流行りのドレスを扱った店、紅茶とケーキを楽しんで一休み。それから、手軽に買える髪飾りの店を見て周り、夕刻には、広場で明るい歌姫の歌を聴いた。
その歌声には、願いを叶える不思議な力があるらしい。
でも、私には必要無い。もう充分幸せだから。
行きと同じ馬車に揺られて、小さくて、暖かい家に戻る頃には、夜が迫っていた。
穏やかな白い月明かり。踊る星の煌めき。
嗚呼⋯⋯どんな憂いも、悲しみも、何一つ無いこの世界で、誰もが幸せを願い祈る。
明日も今日が続く様に。
────
どうしようも無かった。妹は、既に息をしていなかった。まだ、温かいのに。温もりが残っているのに。もう、この世にはいない。
私は何のために人を殺めたのだろうか?
一人で生きて行く勇気などない。このまま、じっとしていれば、やがて私も同じ病に蝕まれて行く。それで良い。
仕方がなかったんだ。これは運命なんだ。誰のせいでもなくて、きっと神様が決めた事なんだ。
「⋯⋯」
声が出なかった。もう二度と、その名を口にする事はないだろう。
────
「おはよう!!!!」
バタバタとやかましい音に目を覚ました。何か良くない夢を見ていた気がする。
──おかしい。
「お姉ちゃん!! 起きてー!! もう九時!!!」
「⋯⋯眩しいよ、ビーチェ」
いきなりカーテンを開けられて、目を閉じた。瞬間、今度はシーツを剥ぎ取られた。
「何するのよ!」
「お姉ちゃんが言ったんでしょう?! 九時に起こしてって!」
──何かが狂っている。
「もうちょっと⋯⋯」
「だーめーでーす!! パンとスープが冷めちゃう!」
「⋯⋯分かった、分かった」
しっかり者の妹には敵わない。身体を起こした傍から、小さな手が私の髪の毛をすいた。
「今日の髪型は?」
「お任せで」
──何かを忘れている。
「服は?!」
「⋯⋯白いワンピースに、刺繍のスカート」
「了解!」
ビーチェはクローゼットを漁り、準備をした。その間に私は寝巻きを脱ぎ、目脂を摘んで弾き飛ばした。
(良かった。今日は体調が良い)
胸も痛まないし、咳も出ない。これなら、買い物を存分に楽しめそうだ。天気も良い。なんて素晴らしい一日だろう。
「はい、出来たー!」
ビーチェは、私の髪を二つに束ねていた。少し幼く見える髪型だが、私は中々気に入っている。
「ありがとう」
「えへへ」
蕩けそうな笑顔を浮かべる妹。私の大切な家族。何よりも尊い存在。
──狂っている。
両親は幼い頃病死していたが、周囲の人間にも恵まれ、私たちは幸せだ。
「大好きだよ」
私は、ビーチェを抱き締めた。
「大好き」
私の幸せそのもの。本当は、白いブラウスも、流行りの刺繍のスカートも要らない。ただ、この子が傍にいてくれるだけで、心が満たされるんだ。
──じゃあ、この虚しさは何?
食事を済ませると、二人一緒に家を出た。偶々通りがかった馬車を拾い、乗せて貰う。
森を抜けて、遠い町へ。
時を刻む大時計を、囲む様に並ぶ家々。木漏れ日揺れる、初夏の日差し。暖かな風に包まれ踊る、花の歌声。
青い鳥も憩う広場。時を刻む針の音色に、寄り添い生きる、優しい笑顔。思い思いの歌を胸に。
──時計時計時計時計。
「着いたー!!」
ビーチェは馬車から飛び降り、すかさず私に手を貸してくれた。
「ねえねえ、何処から回る? ドレスのお店? ケーキのお店?」
「そんなに焦らないでよ」
吐息混じりにたしなめると、ビーチェは腰に手を当てて胸を張った。
「今日を世界で一番幸せな日にするの!!」
──貴女の笑顔が胸を刺す。
言葉通りに、ビーチェは私を連れ回す。
流行りのドレスを扱った店、紅茶とケーキを楽しんで一休み。それから、手軽に買える髪飾りの店を見て周り、夕刻には、広場で明るい歌姫の歌を聴いた。
その歌声には、願いを叶える不思議な力があるらしい。
でも、私には必要無い。もう充分幸せだから。
──おかしいほどに。
行きと同じ馬車に揺られて、小さくて、暖かい家に戻る頃には、夜が迫っていた。
穏やかな白い月明かり。踊る星の煌めき。
「違う!!!」
気付けば、買ったばかりの、ガラス細工を床に叩きつけていた。
「おかしいおかしいおかしい!!! 昨日は何をしていたの?! 一昨日は?! 私には⋯⋯私には」
過去が無い。未来も思い描けない。
此処は何処で、妹は誰?
「お姉ちゃん」
ビーチェが、悲しげに首を傾けた。
「どうしたの?」
「⋯⋯貴女⋯⋯誰?」
疑念は、無意識の内に魂を蝕み、私を暗闇へ引き摺り込もうとしていた。
「明日が来れば、今日を忘れてしまう!! それだけは確か!! おかしいよ!! だって私は!!」
病弱なはずなのに、これだけ声を振り絞っても、疲れない。あれだけ恐れていたのに、咳き込む事も無い。
「今日の私を覚えていられない!!」
「⋯⋯気付いちゃったんだ」
ビーチェは肩をすくめた。
「扉は何処でも良いんだよ。でも、出たら、今日へは戻れない。本当に良い?」
「ビーチェ。貴女は⋯⋯」
「気付いている人、他にもいるの。でも、出て行く人はいない。きっとお姉ちゃんには、すごく大切な何かがあったんだね」
ビーチェは、変わらず幼い笑みを浮かべた。
「その想いが本当なら、どの扉の先にも道があるよ」
私は弾かれた様に、寝室への扉を開いた。
瞬間、全てを理解した。簡単な事だ。私が望んだのだ。だから、こうなった。
────
命の灯火が消えたその瞬間、私は全てを思い出した。
神様なんて存在しない。人は、死ぬと、この真っ暗な空間に連れて来られる。望もうとも、望まざろうとも。
そして、生と次の生を結ぶ一本道の間にある、扉の門番に聞かれる。
──次の人生で、一つだけ望みを叶えるなら?
声の主は、白髪の少女。彼女は自分を魔女だと言った。生きている間に、摂理を捻じ曲げる様な、叶わぬ願いを叶えた代償に、この常闇に独り閉じ込められているらしい。
私は何度も同じ願いを叫んだ。
──あの子のお姉ちゃんになりたい。
けれど、何回生まれ変わっても⋯⋯違う国、違う時代、違う人種に生まれても、上手く行かないのだ。
疲れていた。それでも、願いは一つだけ。だから、あの子のお姉ちゃんになる事を願った。
本当なら、二人、幸せに生きられる様に願いたかった。本当なら、両親に愛されたかった。本当なら、恵まれた家庭に生まれたかった。
でも、一つだけだから⋯⋯何よりも大切なあの子の存在を望んだ。
それ以上を望むのなら、自分が魔女になるしかない。この暗闇に、独り取り残されて、愛する人の魂が廻り続ける様を、見守る事しか出来ない。
妹にも、別の姉が出来て、きっと私の事を忘れてしまう。魔女は⋯⋯何百年も、その苦しみに囚われている。
それは、嫌だった。だけど、生きる事にうんざりしていた。
──じゃあ、抜け道はあっちよ。
魔女に指し示された方へ真っ直ぐ歩き続け、気付けば⋯⋯。
────
幸せの国。
嗚呼⋯⋯どんな痛みの記憶も、何一つ無いこの世界で、誰もが「彼女」を愛し、慕う、時の魔女の物語。
私が望んだのだ。
嗚呼⋯⋯どんな憂いも、悲しみも、何一つ無いこの世界で、誰もが幸せを願い祈る。
明日も今日が続く様に。
同じ一日を繰り返す、不可思議な世界。
「ねぇ、お姉ちゃん」
何日、何年寄り添ったのか分からない声が、背中に響いた。
「お姉ちゃんの一日は幸せだった?」
幸せだったよ。
「私はちゃんと、妹をやれていた?」
うん。とても優しくて、しっかりしていて、私を甘やかしてくれる、完璧な妹だった。
振り返ってしまえば、きっと進めなくなる。本当に、幸せな一日だった。頬に、熱い雫が伝った。
「⋯⋯ビーチェ。貴女は誰だったの? 貴女は、病弱な姉が欲しい、誰かだったの?」
「私は、貴女の望み。この国の全て。誰かにとっての希望そのもの」
視界が暗転し、目の前に魔女の姿があった。彼女は、驚いた顔をしていた。
「本当に抜け出したのは、貴女が初めてよ」
「あんな世界はおかしい!! 現実じゃない!! 私たちは救われていない!!」
「気付いてもね、抜け出せる子はいないのよ」
魔女はビーチェの姿に変わり、空に手を翳した。あの、幸せな世界が映し出される。
「例えば、劇作家。作品を酷評され続けて命を断った人。台本を書き上げたその瞬間だけは、傑作を生み出した感覚に酔いしれ、満ち足りた気分でいられた。彼は気付いている。毎日気付き続けている。物事を深く考える、頭の良い人だから。でも、翌朝になれば、全てを忘れて、幸せに浸れるから」
また風景が変わる。
「例えば、広場の歌姫。あの子、本当は人形なのよ。人間になる為に、必要な何かを探し続けている。願いを叶える、不思議な歌声が枯れるまでに、それを見つけられ無ければ、意志のない物に戻ってしまうの。でも、今のあの子は、何の憂いも無く歌い続けられる。人の役に立てる事を、心から喜んでいるわ」
魔女は腕を下ろした。
「他にも、貴女と触れ合っていない、沢山の子達がいるわ。みんな、心に深い傷を負って此処に来た。私は助けたいの。私の様に暗闇に縛り付けられるだけでは無く、偽りであっても、陽の光の中で笑い合える様にしてあげたかった」
その言葉を聞き、私は初めて、魔女が、何かとても、悲しい存在に思えた。彼女も人間だったのだ。何か理不尽な目に遭い、運命を変えようと足掻いたのだろう。
「貴女はどうして魔女になったの?」
「姉がいたのよ。とても強い人だった」
彼女は視線を逸らし、微笑んだ。
「男勝りな人で、何時でも私を守ってくれた。貧しい暮らしだったけれど、姉だけが、私の救いだった。何度も何度も、私の姉になってくれた。その因果から逃れて欲しくて、私の事を忘れてくれる様に願ったの。此処へ来ても、思い出さない様に」
「⋯⋯そんな」
胸に痛みが奔った。魔女は、私の瞳を見詰めた。
「だけど、貴女は”妹”を望んだ。良くこれまで、折れずに廻り続けて来れたと思ったわ。病弱で、頼りなくて⋯⋯心強い姉を望む、ひ弱な妹と寄り添い続けた。私が輪廻から外れても、貴女の想いは⋯⋯運命は変わらなかった」
気付かなかった。話を聞いても、思い出せない。私の妹は、ずっと一人だ。私が、そう思う様に、彼女が願ったのだ。
「ごめん⋯⋯。ごめんね!」
きっと、あの無邪気な”妹”の姿が、魔女の望んだ本来の姿なのだろう。
「私⋯⋯思い出せない! やっぱり、私の妹は⋯⋯ごめんなさい!!」
「うん。仕方ないよ。これは、私が受けている罰だから」
魔女は、私をそっと抱き締めてくれた。
「貴女が、別の魂のお姉ちゃんになった姿を、何度も何度も見て来た。ずっと、ずっと苦しい道を歩き続けていた姿も。私は何も出来なかった。だから、少しの間だけど、おままごとが出来て楽しかったよ」
魔女は、そっと身体を離すと、本来の務めを果たすべく、口を開いた。
「今の貴女は、もう幸せの国には戻れない。進むしか無い。⋯⋯願いは一つだけ。何時もと同じ。何を願う?」
これじゃあ、同じ事の繰り返しだ。
何を願えば良い? 何を望めば、救われる?
「私の願いは」
────
真っ当に生きようとする度に、世界は私を拒むんだ。
どうしようもない怒りが湧いた。何故自分たちばかりが、こんな仕打ちを受けなければならないのか。
間違っている。
「エルサ、静かに荷物を纏めて」
間違っているんだ。私はまだ良い。だけど、こんなに幼い妹が、道端の石ころの様に扱われ、痩せ細って行く世界は、間違っている。
母さんも、母さんだ。最下層の娼婦だったにも関わらず、子供を二人も産んだ。
父さんだって、病気で生い先短いと知っていたなら、酒にお金を注ぎ込まず、少しでも残してくれれば良かったのに。
どうして、子供が子供の人生を背負い、泥水を啜る様に生きなければいけないんだ。
「お姉ちゃん? どうしたの?」
エルサは眠そうに目を擦った。
このままじゃいけない。
「エルサ、良く聞いて。このままじゃ、私たち、死んじゃう。食べるのにも、寝る場所を守るのにもお金が必要で、子供の私は十分に稼げないの。お腹が空いているでしょう? 本当は悲しいでしょう? 怒りが堪えられないでしょう? 安全な場所に逃げるの」
「あんぜん?」
親の顔も知らない妹は、その言葉の意味すら分かっていない様だった。そんな事さえも教えてあげられなかった、私が悪いのだ。
同時に、この状況を作った親や社会、全部、全部が悪いのだ。
「大事な物、この袋に入れて」
麻の沙汰袋を差し出すと、エルサは首を横に振った。私はやるせない気持ちでそれを腰に括り付け、屈んだ。
「おぶってあげる」
「うん」
エルサは小さな腕を懸命に伸ばして、私にしがみついた。
家を出た。
西の森には、大きな修道院があるはずだ。年の割に頭の働く私は、地図が読めたし、大人たちの会話を完璧に理解出来た。
星の無い空の下、希望を求めて走り出す。
神様なんていない。
だけど、私の事を見守っている人がいる。生まれた時から、はっきりと記憶に残っていた。
「ビーチェ」
もう一人の妹。私に幸せをくれた人。
何度も名前を呼んだ。道を踏み外さない様に。罪を認める様に。
全部私が悪かったのだ。自分と妹のためなら、何を犠牲にしても良いと、心に言い聞かせて来た。
本当は分かっていたんだ。私も間違っていたのだと。だから、救われないんだ。何度繰り返しても。だけど、今度は変えてみせる。
私のたった一つの願い。
────
「貴女を覚えていたい」
私の言葉に、魔女の瞳が揺らいだ。
「貴女⋯⋯ううん。此処で起きたことを覚えていたい」
「そんなことで良いの? 貴女自身の幸せを願う事も出来るのよ?」
「それじゃあ、私の妹になりたかった誰かの人生は、どうなるの? 私の幸せだけじゃ、あの子の人生まで、保証がない」
「⋯⋯う⋯⋯うわぁぁぁぁ」
ビーチェは、子供の姿で泣き声を上げた。
「私⋯⋯私⋯⋯貴女の妹になりたかったよぉ!! 本当は、忘れて欲しく無かったぁ!! 私が⋯⋯私が妹になりたかったよぉ!!!」
「うん。⋯⋯うん」
私は、ずっと傍に寄り添っていてくれた魔女を抱き締めた。
「今度は上手くやる。真っ当に生きて、あの子を救えたら、祈るよ」
──貴女の、この日々が、何時の日にか終わる様に。
どうしようもない事だ。本当に、どうしようもなかったのだ。
私が物乞いの子に産まれたのは、誰のせいでもない。早くに親を亡くしたことも、妹と二人、取り残されたことも、誰のせいでもないのだ。
だから、私が目の前の男を刺してしまったことも、仕方の無いことだ。
ただ、薬が欲しかっただけ。もっと安ければ、買えた。いや、私がお金を持っていれば買えた。貧しい私が悪いのだ。
そして、そんな私に、相場の倍以上の値で売りつけようとした男も悪い。
誰もが悪人になり得る世界で、笑って逝くには、強くなければならない。ただ、それだけのことだ。
「いただきます」
薬を拾い、血に濡れた上着を脱ぎ捨てた。死体はそのままでも構わない。この掃き溜めでは、毎日誰かが死んでいる。誰も気にしない。
(早く家に帰らないと⋯⋯)
身体が重かった。本当は分かっている。私自身も、同じ病に冒されていると。
「⋯⋯」
愛する人の名前は、寒空に溶けて散った。
────
「おはよう!!!!」
バタバタとやかましい音に目を覚ました。何か良くない夢を見ていた気がする。
「お姉ちゃん!! 起きてー!! もう九時!!!」
「⋯⋯眩しいよ、ビーチェ」
いきなりカーテンを開けられて、目を閉じた。瞬間、今度はシーツを剥ぎ取られた。
「何するのよ!」
「お姉ちゃんが言ったんでしょう?! 九時に起こしてって!」
「もうちょっと⋯⋯」
「だーめーでーす!! パンとスープが冷めちゃう!」
「⋯⋯分かった、分かった」
しっかり者の妹には敵わない。身体を起こした傍から、小さな手が私の髪の毛をすいた。
「今日の髪型は?」
「お任せで」
「服は?!」
「⋯⋯白いワンピースに、刺繍のスカート」
「了解!」
ビーチェはクローゼットを漁り、準備をした。その間に私は寝巻きを脱ぎ、目脂を摘んで弾き飛ばした。
(良かった。今日は体調が良い)
胸も痛まないし、咳も出ない。これなら、買い物を存分に楽しめそうだ。天気も良い。なんて素晴らしい一日だろう。
「はい、出来たー!」
ビーチェは、私の髪を二つに束ねていた。少し幼く見える髪型だが、私は中々気に入っている。
「ありがとう」
「えへへ」
蕩けそうな笑顔を浮かべる妹。私の大切な家族。何よりも尊い存在。
両親は幼い頃病死していたが、周囲の人間にも恵まれ、私たちは幸せだ。
「大好きだよ」
私は、ビーチェを抱き締めた。
「大好き」
私の幸せそのもの。本当は、白いブラウスも、流行りの刺繍のスカートも要らない。ただ、この子が傍にいてくれるだけで、心が満たされるんだ。
食事を済ませると、二人一緒に家を出た。偶々通りがかった馬車を拾い、乗せて貰う。
森を抜けて、遠い町へ。
時を刻む大時計を、囲む様に並ぶ家々。木漏れ日揺れる、初夏の日差し。暖かな風に包まれ踊る、花の歌声。
青い鳥も憩う広場。時を刻む針の音色に、寄り添い生きる、優しい笑顔。思い思いの歌を胸に。
「着いたー!!」
ビーチェは馬車から飛び降り、すかさず私に手を貸してくれた。
「ねえねえ、何処から回る? ドレスのお店? ケーキのお店?」
「そんなに焦らないでよ」
吐息混じりにたしなめると、ビーチェは腰に手を当てて胸を張った。
「今日を世界で一番幸せな日にするの!!」
言葉通りに、ビーチェは私を連れ回す。
流行りのドレスを扱った店、紅茶とケーキを楽しんで一休み。それから、手軽に買える髪飾りの店を見て周り、夕刻には、広場で明るい歌姫の歌を聴いた。
その歌声には、願いを叶える不思議な力があるらしい。
でも、私には必要無い。もう充分幸せだから。
行きと同じ馬車に揺られて、小さくて、暖かい家に戻る頃には、夜が迫っていた。
穏やかな白い月明かり。踊る星の煌めき。
嗚呼⋯⋯どんな憂いも、悲しみも、何一つ無いこの世界で、誰もが幸せを願い祈る。
明日も今日が続く様に。
────
どうしようも無かった。妹は、既に息をしていなかった。まだ、温かいのに。温もりが残っているのに。もう、この世にはいない。
私は何のために人を殺めたのだろうか?
一人で生きて行く勇気などない。このまま、じっとしていれば、やがて私も同じ病に蝕まれて行く。それで良い。
仕方がなかったんだ。これは運命なんだ。誰のせいでもなくて、きっと神様が決めた事なんだ。
「⋯⋯」
声が出なかった。もう二度と、その名を口にする事はないだろう。
────
「おはよう!!!!」
バタバタとやかましい音に目を覚ました。何か良くない夢を見ていた気がする。
──おかしい。
「お姉ちゃん!! 起きてー!! もう九時!!!」
「⋯⋯眩しいよ、ビーチェ」
いきなりカーテンを開けられて、目を閉じた。瞬間、今度はシーツを剥ぎ取られた。
「何するのよ!」
「お姉ちゃんが言ったんでしょう?! 九時に起こしてって!」
──何かが狂っている。
「もうちょっと⋯⋯」
「だーめーでーす!! パンとスープが冷めちゃう!」
「⋯⋯分かった、分かった」
しっかり者の妹には敵わない。身体を起こした傍から、小さな手が私の髪の毛をすいた。
「今日の髪型は?」
「お任せで」
──何かを忘れている。
「服は?!」
「⋯⋯白いワンピースに、刺繍のスカート」
「了解!」
ビーチェはクローゼットを漁り、準備をした。その間に私は寝巻きを脱ぎ、目脂を摘んで弾き飛ばした。
(良かった。今日は体調が良い)
胸も痛まないし、咳も出ない。これなら、買い物を存分に楽しめそうだ。天気も良い。なんて素晴らしい一日だろう。
「はい、出来たー!」
ビーチェは、私の髪を二つに束ねていた。少し幼く見える髪型だが、私は中々気に入っている。
「ありがとう」
「えへへ」
蕩けそうな笑顔を浮かべる妹。私の大切な家族。何よりも尊い存在。
──狂っている。
両親は幼い頃病死していたが、周囲の人間にも恵まれ、私たちは幸せだ。
「大好きだよ」
私は、ビーチェを抱き締めた。
「大好き」
私の幸せそのもの。本当は、白いブラウスも、流行りの刺繍のスカートも要らない。ただ、この子が傍にいてくれるだけで、心が満たされるんだ。
──じゃあ、この虚しさは何?
食事を済ませると、二人一緒に家を出た。偶々通りがかった馬車を拾い、乗せて貰う。
森を抜けて、遠い町へ。
時を刻む大時計を、囲む様に並ぶ家々。木漏れ日揺れる、初夏の日差し。暖かな風に包まれ踊る、花の歌声。
青い鳥も憩う広場。時を刻む針の音色に、寄り添い生きる、優しい笑顔。思い思いの歌を胸に。
──時計時計時計時計。
「着いたー!!」
ビーチェは馬車から飛び降り、すかさず私に手を貸してくれた。
「ねえねえ、何処から回る? ドレスのお店? ケーキのお店?」
「そんなに焦らないでよ」
吐息混じりにたしなめると、ビーチェは腰に手を当てて胸を張った。
「今日を世界で一番幸せな日にするの!!」
──貴女の笑顔が胸を刺す。
言葉通りに、ビーチェは私を連れ回す。
流行りのドレスを扱った店、紅茶とケーキを楽しんで一休み。それから、手軽に買える髪飾りの店を見て周り、夕刻には、広場で明るい歌姫の歌を聴いた。
その歌声には、願いを叶える不思議な力があるらしい。
でも、私には必要無い。もう充分幸せだから。
──おかしいほどに。
行きと同じ馬車に揺られて、小さくて、暖かい家に戻る頃には、夜が迫っていた。
穏やかな白い月明かり。踊る星の煌めき。
「違う!!!」
気付けば、買ったばかりの、ガラス細工を床に叩きつけていた。
「おかしいおかしいおかしい!!! 昨日は何をしていたの?! 一昨日は?! 私には⋯⋯私には」
過去が無い。未来も思い描けない。
此処は何処で、妹は誰?
「お姉ちゃん」
ビーチェが、悲しげに首を傾けた。
「どうしたの?」
「⋯⋯貴女⋯⋯誰?」
疑念は、無意識の内に魂を蝕み、私を暗闇へ引き摺り込もうとしていた。
「明日が来れば、今日を忘れてしまう!! それだけは確か!! おかしいよ!! だって私は!!」
病弱なはずなのに、これだけ声を振り絞っても、疲れない。あれだけ恐れていたのに、咳き込む事も無い。
「今日の私を覚えていられない!!」
「⋯⋯気付いちゃったんだ」
ビーチェは肩をすくめた。
「扉は何処でも良いんだよ。でも、出たら、今日へは戻れない。本当に良い?」
「ビーチェ。貴女は⋯⋯」
「気付いている人、他にもいるの。でも、出て行く人はいない。きっとお姉ちゃんには、すごく大切な何かがあったんだね」
ビーチェは、変わらず幼い笑みを浮かべた。
「その想いが本当なら、どの扉の先にも道があるよ」
私は弾かれた様に、寝室への扉を開いた。
瞬間、全てを理解した。簡単な事だ。私が望んだのだ。だから、こうなった。
────
命の灯火が消えたその瞬間、私は全てを思い出した。
神様なんて存在しない。人は、死ぬと、この真っ暗な空間に連れて来られる。望もうとも、望まざろうとも。
そして、生と次の生を結ぶ一本道の間にある、扉の門番に聞かれる。
──次の人生で、一つだけ望みを叶えるなら?
声の主は、白髪の少女。彼女は自分を魔女だと言った。生きている間に、摂理を捻じ曲げる様な、叶わぬ願いを叶えた代償に、この常闇に独り閉じ込められているらしい。
私は何度も同じ願いを叫んだ。
──あの子のお姉ちゃんになりたい。
けれど、何回生まれ変わっても⋯⋯違う国、違う時代、違う人種に生まれても、上手く行かないのだ。
疲れていた。それでも、願いは一つだけ。だから、あの子のお姉ちゃんになる事を願った。
本当なら、二人、幸せに生きられる様に願いたかった。本当なら、両親に愛されたかった。本当なら、恵まれた家庭に生まれたかった。
でも、一つだけだから⋯⋯何よりも大切なあの子の存在を望んだ。
それ以上を望むのなら、自分が魔女になるしかない。この暗闇に、独り取り残されて、愛する人の魂が廻り続ける様を、見守る事しか出来ない。
妹にも、別の姉が出来て、きっと私の事を忘れてしまう。魔女は⋯⋯何百年も、その苦しみに囚われている。
それは、嫌だった。だけど、生きる事にうんざりしていた。
──じゃあ、抜け道はあっちよ。
魔女に指し示された方へ真っ直ぐ歩き続け、気付けば⋯⋯。
────
幸せの国。
嗚呼⋯⋯どんな痛みの記憶も、何一つ無いこの世界で、誰もが「彼女」を愛し、慕う、時の魔女の物語。
私が望んだのだ。
嗚呼⋯⋯どんな憂いも、悲しみも、何一つ無いこの世界で、誰もが幸せを願い祈る。
明日も今日が続く様に。
同じ一日を繰り返す、不可思議な世界。
「ねぇ、お姉ちゃん」
何日、何年寄り添ったのか分からない声が、背中に響いた。
「お姉ちゃんの一日は幸せだった?」
幸せだったよ。
「私はちゃんと、妹をやれていた?」
うん。とても優しくて、しっかりしていて、私を甘やかしてくれる、完璧な妹だった。
振り返ってしまえば、きっと進めなくなる。本当に、幸せな一日だった。頬に、熱い雫が伝った。
「⋯⋯ビーチェ。貴女は誰だったの? 貴女は、病弱な姉が欲しい、誰かだったの?」
「私は、貴女の望み。この国の全て。誰かにとっての希望そのもの」
視界が暗転し、目の前に魔女の姿があった。彼女は、驚いた顔をしていた。
「本当に抜け出したのは、貴女が初めてよ」
「あんな世界はおかしい!! 現実じゃない!! 私たちは救われていない!!」
「気付いてもね、抜け出せる子はいないのよ」
魔女はビーチェの姿に変わり、空に手を翳した。あの、幸せな世界が映し出される。
「例えば、劇作家。作品を酷評され続けて命を断った人。台本を書き上げたその瞬間だけは、傑作を生み出した感覚に酔いしれ、満ち足りた気分でいられた。彼は気付いている。毎日気付き続けている。物事を深く考える、頭の良い人だから。でも、翌朝になれば、全てを忘れて、幸せに浸れるから」
また風景が変わる。
「例えば、広場の歌姫。あの子、本当は人形なのよ。人間になる為に、必要な何かを探し続けている。願いを叶える、不思議な歌声が枯れるまでに、それを見つけられ無ければ、意志のない物に戻ってしまうの。でも、今のあの子は、何の憂いも無く歌い続けられる。人の役に立てる事を、心から喜んでいるわ」
魔女は腕を下ろした。
「他にも、貴女と触れ合っていない、沢山の子達がいるわ。みんな、心に深い傷を負って此処に来た。私は助けたいの。私の様に暗闇に縛り付けられるだけでは無く、偽りであっても、陽の光の中で笑い合える様にしてあげたかった」
その言葉を聞き、私は初めて、魔女が、何かとても、悲しい存在に思えた。彼女も人間だったのだ。何か理不尽な目に遭い、運命を変えようと足掻いたのだろう。
「貴女はどうして魔女になったの?」
「姉がいたのよ。とても強い人だった」
彼女は視線を逸らし、微笑んだ。
「男勝りな人で、何時でも私を守ってくれた。貧しい暮らしだったけれど、姉だけが、私の救いだった。何度も何度も、私の姉になってくれた。その因果から逃れて欲しくて、私の事を忘れてくれる様に願ったの。此処へ来ても、思い出さない様に」
「⋯⋯そんな」
胸に痛みが奔った。魔女は、私の瞳を見詰めた。
「だけど、貴女は”妹”を望んだ。良くこれまで、折れずに廻り続けて来れたと思ったわ。病弱で、頼りなくて⋯⋯心強い姉を望む、ひ弱な妹と寄り添い続けた。私が輪廻から外れても、貴女の想いは⋯⋯運命は変わらなかった」
気付かなかった。話を聞いても、思い出せない。私の妹は、ずっと一人だ。私が、そう思う様に、彼女が願ったのだ。
「ごめん⋯⋯。ごめんね!」
きっと、あの無邪気な”妹”の姿が、魔女の望んだ本来の姿なのだろう。
「私⋯⋯思い出せない! やっぱり、私の妹は⋯⋯ごめんなさい!!」
「うん。仕方ないよ。これは、私が受けている罰だから」
魔女は、私をそっと抱き締めてくれた。
「貴女が、別の魂のお姉ちゃんになった姿を、何度も何度も見て来た。ずっと、ずっと苦しい道を歩き続けていた姿も。私は何も出来なかった。だから、少しの間だけど、おままごとが出来て楽しかったよ」
魔女は、そっと身体を離すと、本来の務めを果たすべく、口を開いた。
「今の貴女は、もう幸せの国には戻れない。進むしか無い。⋯⋯願いは一つだけ。何時もと同じ。何を願う?」
これじゃあ、同じ事の繰り返しだ。
何を願えば良い? 何を望めば、救われる?
「私の願いは」
────
真っ当に生きようとする度に、世界は私を拒むんだ。
どうしようもない怒りが湧いた。何故自分たちばかりが、こんな仕打ちを受けなければならないのか。
間違っている。
「エルサ、静かに荷物を纏めて」
間違っているんだ。私はまだ良い。だけど、こんなに幼い妹が、道端の石ころの様に扱われ、痩せ細って行く世界は、間違っている。
母さんも、母さんだ。最下層の娼婦だったにも関わらず、子供を二人も産んだ。
父さんだって、病気で生い先短いと知っていたなら、酒にお金を注ぎ込まず、少しでも残してくれれば良かったのに。
どうして、子供が子供の人生を背負い、泥水を啜る様に生きなければいけないんだ。
「お姉ちゃん? どうしたの?」
エルサは眠そうに目を擦った。
このままじゃいけない。
「エルサ、良く聞いて。このままじゃ、私たち、死んじゃう。食べるのにも、寝る場所を守るのにもお金が必要で、子供の私は十分に稼げないの。お腹が空いているでしょう? 本当は悲しいでしょう? 怒りが堪えられないでしょう? 安全な場所に逃げるの」
「あんぜん?」
親の顔も知らない妹は、その言葉の意味すら分かっていない様だった。そんな事さえも教えてあげられなかった、私が悪いのだ。
同時に、この状況を作った親や社会、全部、全部が悪いのだ。
「大事な物、この袋に入れて」
麻の沙汰袋を差し出すと、エルサは首を横に振った。私はやるせない気持ちでそれを腰に括り付け、屈んだ。
「おぶってあげる」
「うん」
エルサは小さな腕を懸命に伸ばして、私にしがみついた。
家を出た。
西の森には、大きな修道院があるはずだ。年の割に頭の働く私は、地図が読めたし、大人たちの会話を完璧に理解出来た。
星の無い空の下、希望を求めて走り出す。
神様なんていない。
だけど、私の事を見守っている人がいる。生まれた時から、はっきりと記憶に残っていた。
「ビーチェ」
もう一人の妹。私に幸せをくれた人。
何度も名前を呼んだ。道を踏み外さない様に。罪を認める様に。
全部私が悪かったのだ。自分と妹のためなら、何を犠牲にしても良いと、心に言い聞かせて来た。
本当は分かっていたんだ。私も間違っていたのだと。だから、救われないんだ。何度繰り返しても。だけど、今度は変えてみせる。
私のたった一つの願い。
────
「貴女を覚えていたい」
私の言葉に、魔女の瞳が揺らいだ。
「貴女⋯⋯ううん。此処で起きたことを覚えていたい」
「そんなことで良いの? 貴女自身の幸せを願う事も出来るのよ?」
「それじゃあ、私の妹になりたかった誰かの人生は、どうなるの? 私の幸せだけじゃ、あの子の人生まで、保証がない」
「⋯⋯う⋯⋯うわぁぁぁぁ」
ビーチェは、子供の姿で泣き声を上げた。
「私⋯⋯私⋯⋯貴女の妹になりたかったよぉ!! 本当は、忘れて欲しく無かったぁ!! 私が⋯⋯私が妹になりたかったよぉ!!!」
「うん。⋯⋯うん」
私は、ずっと傍に寄り添っていてくれた魔女を抱き締めた。
「今度は上手くやる。真っ当に生きて、あの子を救えたら、祈るよ」
──貴女の、この日々が、何時の日にか終わる様に。
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