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9.真相

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性欲。
多波さんのそれは、並外れて強かった。自分の意志でコントロールできないほどに。

浮気の常套句だ。サラから聞いた時、私もそう思った。でも、文句はひとまず置いておく。

普通の男性なら、そんなことはまずない。ありえない。あくまで、多波さんの場合だ。

過去、多波さんはコントロール不能な性欲について、あちこちの医療機関に相談したそうだ。あまりに特異な症状に、医師たちは舌を巻いたという。そして、一向に良くならない彼の病状に、頭を抱えて黙り込んでしまった。

詳しくはこれから書くけれど、この症状は多波さん特有のものなのだ。

とにかく、彼はコントロール不能な性欲を抱えていた。だから、多くの女性と関係を持っていた。言い方は悪いけれど、ただ体をつなげるだけの関係だ。この関係で、彼が満足していれば、FS会は最善の解決策だったかもしれない。けれど、多波さんの本心は、そんな関係を全く望んでいなかった。

彼は、凄まじい性欲に似つかわしくない、純朴な男だったのだ。私の予想通り、あの甘ったるい恋愛小説は、彼の理想そのものだった。

たった一人の女性を愛し、末永く幸せに。

彼はそんな関係に憧れていた。だから、多くの女性と関係を持てば持つほど、彼の心は悲鳴をあげた。

かつては、多波さんも、一人だけの女性と付き合っていた。けれど病いに負け、彼は他の人と関係を持ってしまった。その事を知った彼の彼女は、大いに傷ついた。そして、彼女を傷つけたことに、彼自身も傷ついた。多波さんと関わった者全てが傷つく、負のサイクルに陥っていた。

ちなみに、1人の女性が多波さんの相手をすると、女性は心身共に衰弱状態に陥る。多波さんが、ひたすら耐えたこともあったけれど、耐えた分だけ爆発し、暴力的になった。

25日に、私がボロボロになったのが、いい例だ。25日の前日、彼は会社に泊まっていた。サラに取り縋っていた日の前日も、同じ。そう、家に帰ってない。我慢の限界だった彼は、それで爆発した。本当に、救いようのない男だ。

けれど、
多波さんを治療しようと、かつて奔走した女性がいた。彼女も多波さんも健闘したが、最終的に彼女は倒れた。多波さんにとって、彼女は唯一、自分に向き合ってくれた人だった。彼女を傷つけたことに、彼自身も大きなダメージを受けた。自殺未遂を計るほどに。

彼は、もう誰も傷つけたくなかった。だから、サラのFS会を受け入れた。FS会のお陰で、誰も傷付かなくなった。多波さんを除いては。

FS会の中で、彼の心は、ますますすり減っていった。そんな心を維持するために、彼は彼なりの解決策を見出していた。あの甘ったるい情事の中に。

彼の部屋を訪れるFS会員は、毎回別人だった。でも、彼はその相手を、最愛の女性だと思い込んだ。そうする事で、自らの心を保とうとしていた。だから、あの乙女チックな情事は、彼にとって唯一のより所でもあった。彼が愛せば、みんな喜んでくれたし、彼にとっても、その方が辛くなかった。

・・・努力の方向がおかしいよ、多波さん。

この話を聞いた時、私は脳内でツッコミを入れた。

きっと、何が正しくて何が間違いなのか、区別がつかないくらい、彼の心は消耗していたのだと思う。

でもその策は、維持はできても解決にはならなかった。

更に、他の男性のパートナーを抱いているという事実も、多波さんの良心にのしかかった。

彼は、罪の意識を払拭したかった。だから、彼女たちに喜んでもらおうと、部屋はきれいにしていたし、いつも同じワイシャツを着ていた。そして、情事も甘ったるかったのだ。

え?
部屋とワイシャツは、関係ないって?

いやいや、男性が色々な物を持っていると、女性はあれこれ勘ぐりますから。例えば、部屋に何か新しいものが増えれば「コレ、誰からもらったの?」って、なることもある訳で。多波さんはそう言うところまで、気が回る男なのだ。

とにかく、あの乙女チックな情事は、多波さんの理想であり、罪悪感そのものだった。

FS会でしか生きていけない彼だったけれど、FS会では心がボロボロになる。文字通り板挟みだった。何とか維持してきた心も、限界だった。そんなところに、おぼこい私とたまたま出会った。多波さんから、女性を誘うのはFS会のタブーだ。でも、彼は声をかけずに、いられなかった。藁にも縋る思いだったそうだ。

多波さんは私と情事に耽りたくて、声をかけたのだと思っていた。それは、全くの間違いだった。

あれは、悲痛なSOSだったのだ。

・・・という事の顛末を、多波さんから8時間かけて聞いた。

彼が話したままの言葉で載せたかったけれど、話があっちこっちに飛んだ挙句、不定期にむせるわ、泣くわで、私がまとめたものを載せた。

まったく。無口な男というのは、話すのに時間がかかって困る。

でも、価値のある8時間だった。私の知りたかった事が全て聞けた。

彼の行動は、決して、許されるものじゃない。はっきり言って、人間のクズだ。けれどその裏に、彼なりの良心や思いやりがあった。

多波さんが話し終わった後、私も一緒に泣いた。私は、心底安心した。

多波さんは、クズだけど、やっぱり優しい男だったと。

そして、何より嬉しかったのは、

「君と一緒にいたい」

と、多波さんが言ってくれたことだ。

鼻水、垂れてたけどね。
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