1 / 1
名探偵登場!!
しおりを挟む
それは4月1日 よく晴れたエプリル・フールの日のこと。わたしたちの町に、名探偵が引っ越してきたの!
さてエプリルフール。全国的に、うそをついても怒られない日。この日にそなえて、何日も前からうそをつく準備をしている友達もいるし、
「今日はエプリルフールだから、誰の言うことも信用出来ない!」
と、疑いぶかい子もいる。
私は、どっちかっていうと疑いぶかい方だからその日に
「ねえ、お隣に誰かが引越してきたよ」
という声でを聞いても、すぐは信用しなかった
私の家の隣は、古い洋館だ。ずいぶん長いあいだ、誰も住んでいなかった。そのせいで、庭も建物も荒れ放題。私達は小さいときからお化け屋敷って呼んでたけど、こんな古びた洋館に住む人なんていないよね。
だけど私は知ってるんだ。遊び疲れた帰り道に見る、夕日の光をうけた洋館は、外国の童話にでてくるお城みたいに、とっても素敵なこと。 誰かが洋館に住んでくれたら、きっと、ペンキを塗って、庭の草もぬいて、きれいにしてくれるのにな。それで、誰かが引っ越してきたというのを聞いたとき、今日はエプリル・フールだからという気持ちもあったけど、とりあえず私は、ごそごそと窓のほうへ行って、お隣を見てみた。私たちの勉強部屋は二階にあって、お隣の洋館がよく見えるのよ。
洋館の前には、大きなトラックが数台とまっていた。そして、引っ越しセンターの作業服を着た人たちが、ダンボール箱を運び込んでいる。
「へぇー、ほんとに誰かが引越してきたんだ」
私は窓わくにひじをつき、ぼんやり、引っ越しの様子を見ていた。お揃いの服を着てダンボール箱を運ぶ男の人達は、まるで、働き者のアリみたい。
でも・・・そのうち、私は、おかしなことに気がついた。さっきから洋館の中に運びこまれているのは、ダンボール箱ばかりなのだ。
普通引っ越しって、タンスとかベットとかテーブルとか、いろんなものを運んだりしない?
それが、ダンボール箱ばっかり。
なんか、へん・・・?
私は一体どんな人が引っ越してきたのか、とても気になってきた。
引っ越しは、たくさんのダンボール箱と2つのソファーを運びいれておわった。
トラックが帰ってしばらくすると、洋館から男の人が出てきた。
黒い背広を着た、痩せて背の高いひと。
その人が、門のところに表札をだした。
私は双眼鏡をだして、早速その表札を読んでみた。
表札には下手な毛筆で、そう書いてあった。
「・・・・」
私はなんと言っていいのか分からなくなって、しばらく黙り込んだ。
普通、表札に自分の職業を書いたりしないよね、おまけにその書いてある職業が[名探偵]なんて。
私は、図書室の本で読んだシャーロック=ホームズや明智小五郎、エルキュール=ポワロを思いうかべた。
どんな難事件でも、素晴らしい推理力で解決していく名探偵!そんな人が現実にいるのかな?
それに[夢水]って名字。なんて読むんだろう。ユメミズかな?ムスイかな?
私は、自分の表札に名探偵と書き、かわった名字をもつ人物に、とっても興味が湧いてきた。そこで私は、「あの男は何者か?本当に名探偵なのか?」ということを調べることにした
どうやって調べるか。それはいつもどうりの手。ひょっとすると、わたしたちのほうが、彼よりも名探偵かもしれない。
それに、幸い、今は春休み。時間だけは、たっぷりある。
調査報告書の1 : 4月2日
ギンゴーン
玄関のドアの横についたボタンを押すと、錆びついたようなチャイムの音がした。
引っ越しの次の日、私はお母さんからの預かりものを持って、隣の洋館に出かけた。
「・・・・・・・・」
返事はない。
私は、もう一度チャイムをならした。
ギンゴーン!
・・・返事なし・・・・。
ギンゴーン!ギンゴーン!
こうなったら、チャイムの連打!
ギンゴン、ギンゴン、ギンゴン・・・!
そして、こちらの指も相当痛くなってきたとき
「・・・・ふぁーい」
というかすかな返事がして、ようやく玄関の扉があいた。
背の高い、痩せた人。180センチは超えていて、150センチの私は、顔を真上に向けて見上げなくてはならない。その人は、家にいるのに、なぜか黒いサングラスをして、黒い背広を着ていた。
それが、私と名探偵(?)との出会いだった。
「えっと、わたし、隣の家の者です。これ、どうぞ!」
それだけを早口で言って、お母さんからの預かりものをおしつける。
そして気がついたんだけど、引っ越しの挨拶って引っ越してきたほうがするもんじゃないの?
けれど、そんなことには関係なく、彼は受け取った品物を凄く嬉しそうに見つめて(サングラスの奥の目が光ったみたい)
「うわー、これはすみませんねえ!」
と、私そっちのけで歓声をあげた。
私は素早くメモをする。
《夢水四郎はプレゼントに弱い》
「あのー中にいれてもらえません?」
品物の中身がなにか知ろうと、揺すったり、匂いをかいだりしている彼に向かって、私は言った。
「あぁ、気がつきませんで。どうぞ、どうぞ」
私は玄関を入ったところで、ちゃんと靴を揃えて脱いだ。(普通、洋館だったら、靴のままでいいはずなんだけど、この洋館は、脱ぐようになっている)
玄関を入ったところは、ちょっとしたホールみたいになっていて、そこの中心にソファーが2つ置いてある。
でも私は、そんなことより、部屋の中にある本の量に驚いていた。学校の教室くらいの広さのホールの壁につくりつけの本棚があって、そこがすべて、本でうまっている。床には入りきらなかった本が積んである。
「まあ、どうぞ」
彼がソファーをすすめる。
「すごい・・・・本の量ですね」
「ええ、まだ、ちゃんと分類してないんだけど」
その言葉どおり、ソファーに座ったまま見渡しても、ラングの『線形代数学』の横に『ル・ポールのカードマジック』の本が並んでいて、そのとなりは手塚治虫の『火の鳥』が12冊並んでいたりする。私は本が好きだから、自然に目がいってしまう。
この本の量にを見て、ひょっとするとこの人は、名探偵ではなく古本屋さんなのでは、ないかと思った。
「『直観幾何学』、『記号論理学』、『素数』これって、何の本です?」
私は本の背表紙を読んで、彼に聞いた。
「数学の本だよ。仕事の関係で自然に増えてったんだ。っていうのも、僕は大学で、論理学の教授をしてたからなんだ」
「論理学ってなんですか?」
「簡単にいうと『1+1=2』になるって勉強だよ」
「ふーん」
どうして、そんな簡単な勉強を、大学にいってまでするんだろう?私は1+2=3になるってことも知ってる。
「もう一つ、聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「あなたの名字はユメミズって読むんですか?」
「そう、ユメミズ シロウ。本名だよ。でも、気軽に『名探偵さん』って、読んでもらってもいいけどね」
誰かを呼ぶときに、気軽に「名探偵さん」なんて呼べる訳がない。
「で、どうして大学の教授が、名探偵になったんですか?」
私がまた聞くと、夢水さんはポケットからタバコを取り出し、百円ライターで火をつけて、ボソッと言った
「色々あってね…」
あとで分かったことなんだけど、夢水さんは、大学の研究室とアパートに沢山の本をためすぎて、追い出されたんだって。(本だけでなく、家賃も貯めたらしい)
「本当に名探偵なんですか?」
私が聞くと、夢水さんはムッとした顔をして、
「本当だよ。本人が言ってるんだから、これほど確かなことはない」
と、言った。
「証拠は?」
夢水さんはなにも言わずに、背広の内のポケットから名刺をだした。表札と同じく、「名探偵 夢水四郎」と書いてある。
「・・・・家具の少ない部屋ですね」
私は話題をそらせた。このまま名探偵について話しても、無駄なような気がしてきたからだ。
「まあね。人間、生きていくのに、そんなに沢山のものは必要ないよ」
「なにがあればいいの?」
そう聞くと、夢水さんは断言した。
「本と、それを寝転んで読むためのソファー。それだけだね」
なるほど。私は左手に手帳を持って、素早くメモをした。
《夢水四郎に常識はない》
その後、私は家に帰った。
夕食の席で、夢水四郎について今日分かったことを、皆に報告した。
つづきの調査は、明日。
調査報告書の2 : 4月3日
ギンゴーン
チャイムの音一回で、夢水さんが顔をだした。
「やあ、いらっしゃい」
そう言う夢水さんは、どことなく元気がない。
「お邪魔しまーす」
私は、勢いよく玄関に靴を脱ぎ散らかし、ホールに入った。
夢水さんは私の前のソファーに、ゴロンと横になる。
「うーん・・・どうも、昨日から、体に力が入らなくて」
針金のような細い体が、なんとなくグニャグニャしているような気がする。
「これは病気かもしれないな。ちよっと調べてみよう。悪いけど、そこの3段目に入っている『家庭で分かる病気の本』をとってくれないか?」
夢水さんが本棚を指さしたけど、私には背表紙が見えない。立ち上がって本棚のそばまでいって、『家庭で分かる病気の本』をぬきだした。大きな本だ。百科事典ぐらいある。
本を受け取ると、夢水さんは早速、自分の病気を調べ始めた。夢水さんは10分ぐらい真剣に調べていた。
その間、私はなんにもすることがないので、ぼんやり彼を見ていた。だってこの部屋、本ばっかりで、ほかに見るものがないんだもん。
ソファーに寝転んで本を調べている夢水さんは、年をとった大きな黒猫みたいだ。
「分からんなぁ」
夢水さんがバタンと本をとじる。
私は聞いてみた。
「熱はないの?」
「ないと思うよ。この家には体温計がないから、測れないけど」
「食欲は?」
「食欲?」
その言葉を聞いたとき、夢水さんがビクンと体をふるわせた。
「分かった!これは、ご飯を食べてなかったからだ!」
「・・・・・・」
私は、呆れてしまって言葉がない。
「そういや、引っ越ししてきてから、全然ご飯を食べてなかった。いやぁ、体に力が入らないはずだ」
「・・・・どうして食べなかったの・・・・?」
私が聞くと、ケロッとした声で夢水さんが答えた。
「忘れてた」
私は、昨日の調査報告にあった言葉を思い出す。
《夢水四郎に常識はない》
「夢水さん、この家に食料はあるの?」
「ない」
夢水さんはキッパリと答えた。
「じゃあ、家からなにか食べるもの、持ってきてあげる。」
「ほんとに!」
夢水さんのサングラスの奥が光ったみたい。そういえば、これも昨日の報告にあったな。
《夢水四郎はプレゼントに弱い》
「あのう、僕はこうして洋館に住んでるけど、和食が好きなんだよ。出来たら、ご飯とみそ汁、それと京風の石狩なべなんかあったら、なにも言わないけど…」
「食料をめぐんでもらう人が、贅沢言うんじゃない!」
私は夢水さんに向かって言った。
私は、昨日の調査報告書の続きにこう書いた。
《夢水四郎は、食事を忘れるくせに、意地汚い》
それに、京風の石狩なべなんて、どうやって作るの?
調査報告書の3 : 4月4日
ギンゴーン!
チャイムを鳴らしても返事がない。
私は、勝手にあがりこむことにした。
玄関にちゃんと靴を揃えて脱いで、ホールに行くと、夢水さんはソファーで寝ていた。黒いサングラスをかけ、黒い背広を着たままだ。
私は右手に手帳を持って、メモをした。
《夢水四郎は、パジャマを持っていない》
ソファーの下には、読みちらかした本と、昨日の食器。
食器はピカピカに光っている。この人が食器洗いをするわけがないと思うから、多分食べ終わってから、きれいに舐め尽くたんだろう。
「夢水さん、起きて」
私は夢水さんを揺すった。
「ウニャウニャウニャ・・・」
猫のひげをひっぱったとにみたいな声をだして、夢水さんがソファーの上でのびをした。
「目が覚めた?お腹が空いてるんだったら、なにか持って来てあげるけど」
私が言うと、夢水さんがリクエストする。
「朝はやっぱり、ご飯とみそ汁がいいな」
我が家はトーストと目玉焼きだけど、仕方ない。夢水さんのリクエストにこたえようじゃないの。
「ご飯とみそ汁以外に、目玉焼き、食べる?」
私が聞くと、夢水さんはガクガクとうなずいた。
《夢水四郎は、食事にいろいろ注文をつけるが、それでも好き嫌いはなく、何でも食べる》
私は、右手の手帳にメモをした。
「美味しい?」
私の目の前で、夢水さんはガツガツと食べた。家庭科で習った目玉焼きは、失敗しちゃって、涙目になったけど、そんなことは気にせず、食べてくれてる。
「はい、お茶」
私が左手を差し出す湯呑を、夢水さんは返事もせずに受け取る。(口にいっぱいご飯がはいってるから、返事ができないんだ。)
「あー、美味しかった!」
すべてを食べつくした夢水さんが、満足そうにお腹をなでた。こんなに食べるくせに、どうして痩せてるんだろう。
「食べ終わったのなら、ちゃんと手をあわせて、『ごちそうさま』して」
すぐにソファーに寝転がろうとする夢水さんに、私は注意する。年下の女の子に注意されたわりには、彼は素直に手をあわせた。
「ねえ、夢水さんって、何歳なの?」
サングラスをかけているせいか、夢水さんの年は分かりにくい。30歳ぐらいと言われたら、そんなふうにも見えるし、50歳くらいと言われても、なんとなくうなずいてしまう。
しばらく考えてから夢水さんは信じられないことを言った。
「・・・・そういえば、僕は何歳なんだろう?」
「自分の年、知らないの?」
私が驚いて聞くと、夢水さんはうなずく。
「じゃあ、生年月日は?生年月日が分かれば、年齢も分かるでしょ。」
「生年月日・・・・」
夢水さんは、不思議そうに繰り返す。
「ひょっとして・・・」
「うーん、どうも忘れてしまったようだ」
呆れた・・・・。昨日までの調査報告書にあった
《夢水四郎に常識はない》ってのは、本当だ。
黙っていた私に、夢水さんは慌てて言った。
「安心したまえ、大丈夫。役所に行って住民票を調べてもらえば、すぐにわかるから」
自分の生年月日を調べに、わざわざ役所までいくか!
「でも、昨日からずいぶん食事のお世話になったね。なんにもお礼出来ないけど、なにか読みたい本があったら、持ってっていいよ」
「ありがと。でも私、本嫌いだから」
本を読むと、私は頭が痛くなる。だから、丁寧に断って家に帰った。夢水さんは、わざわざ玄関まで、送ってくれた。
これで調査は終わった。
私たちは、調査報告書の1から3まで読んだ。そして、結論をだした。
《夢水四郎は、名探偵とは思えない》
調査結果報告 : 4月5日
夢水さんが引っ越してきてから4日が過ぎた。私は今日も、玄関に靴をちゃんと脱ぎ、ホールに上がりこむ。
「ねえ、夢水さん、本当は名探偵なんかじゃないんでしょ」
左手に手帳をもち、私は聞いた。
「本当は、古本屋さんだったんじゃない?小栗虫太郎の『完全犯罪』なんて持っている人、そうはいないわよ」
私は本棚を見回して言った。すると夢水さんは、
「まえにも言ったじゃないか、僕は正真正銘、名探偵だよ」
と、またポケットから名刺をとりだそうとする。
「名刺はまえにもらったから、もういいけど。じゃあ、今までに解決した事件の話をしてよ」
「いいよ」
けれども、パカッとあけた夢水さんの口からは次の言葉がでてこない。
「どうしたの?」
「・・・・忘れてしまった」
私の疑わしそうな目をみて、夢水さんは、焦って弁解する。
「ほんと!ほんとに僕は、今まで、いくつもの難事件を解決しているんだよ。だけど、解決してしまった謎なんて、もう興味がないからね、どんどん忘れてしまうんだ」
私は呆れた顔で夢水さんを見た。
「その目は全然信じてない目だね。分かったよ、いまから大学時代の教え子に電話をする。あの子達なら、なにか僕の解決した事件を、一つくらい覚えてるだろう。さあ、 君たちの姉妹 もここによんであげなさい」
「えっ?」
夢水さんの最後のせりふを聞いたわたしは、驚いてさけんでしまった。
「どうしたの?」
夢水さんが不思議そうに聞く。
「・・・夢水さん、さっき、『君の姉妹たち』って言ったの?」
うなずく夢水さん
「そうだよ。君たちはとってもよく似た三つ子だろ?昨日まで、毎日交替で、この家に来ていたじゃないか。一人ずつ説明するのは面倒くさいから、3人いっぺんに説明したいんだ」
それを聞いて、わたしは、しばらく声がでなかった。
確かに私たちは、夢水さんのいうとおり、三つ子だ。昨日まで、毎日交替でこの家に来ていたのも事実だ。
でも、どうして夢水さんは、そのことがわかったんだろう・・・・
ではここで、きちんとした自己紹介を。
私の名前は 斎藤ラン。この春からピカピカの中学一年生になる。長女はわたしラン。次女の名前はマイカ。三女の名前はミカ。
わたしたちは、同じ顔、同じ髪の色、そして背の高さも同じと、とても良く似ている。お母さんだって、よく間違えるくらいだ。
他の人が見て見分けがつかないくらい似ているということを利用して、わたしたちは今まで、ずいぶんいたずらもしてきた。
だから、夢水さんの家に行くときも、一人ずつ交替で出かけた。
4月2日に行ったのは、わたし ラン
4月3日に行って報告書を書いたのは、マイカ。
4月4日はミカの担当。
だから、3日の報告書にでてくる『わたし』はマイカで、4日の報告書の『わたし』はミカ。それ以外の『わたし』は全部 私=ランということ。
夢水さんの家で見たり聞いたりしたことは、帰ってから報告しあって、見破られないようにしていたのに、どうして夢水さんは、私達が三つ子だと分かったんだろう・・・・
そして、もちろん、ここまで読んできたあなたも、見破ることは出来なかったでしょ?もし見破られたらあなたは凄い人かも!
「どうしてわかったのって言われてもなぁ」
夢水さんが頭をかく。
いま、夢水さんの前には、私達3人が座っている。
「でも、本当によく似ているね。三面鏡を見ているみたいだ」
「そんなことより、ちゃんと説明してよ。どうして、私達が三つ子だってわかったの?」
マイカが強い口調で聞く。
「うーんと・・・、なんとなくかな?」
「答えになってないよ」
ミカが指摘する。
「じゃあ、なんとか説明してみるけど、僕にも教えてほしいことがあるんだ。4月2日に来たのはだれ?」
私が手をあげて名前を言う。
「私、ラン」
「3日は?」
「それは、私、マイカ」
「4日は?」
「私よ、ミカ」
私達の名前を聞いて、夢水さんは満足そうにうなずいた。
「うん、これで説明しやすくなった。2日がランちゃん。3日がマイカちゃん。4日がミカちゃん」
夢水さんが、私達の顔と名前を一つずつ対応させてく。微笑みながら言ってるけど、その様子は、自分の生年月日さえ、忘れてしまった人とはとても思えない。
夢水さんは、私達の顔がどんなに似ていても、もう絶対間違えないだろう。そんな気がする。
「最初におかしいなって思ったのは、靴なんだ」
「くつ?」
「そう。2日に来たランちゃんは、玄関で、靴をちゃんと揃えて脱いだたろ?なのに3日に来た子は、靴を勢いよく脱ぎ散らかしている。そのとき、あれ?って思ったんだ」
私はマイカのほうを睨む。マイカったら、いつもお母さんに、身の回りをちゃんとしなさいって怒られてるのに・・・・。
「靴を揃えて脱ぐというような習慣は、一度身についてしまうと、なかなか、かえることは出来ない。だから、2日に来た子と3日に来た子は、、違う子なんじゃいかって思い始めた。それで比べてみたら、他にも違うところがあるのに気づいたんだ。ランちゃん、そのソファーに座ったまま、本棚に入っている本の背表紙、読めるだろ?」
私はうなずく。自慢じゃないけど、視力はいいほうだ。
「そうだね。2日に、その場所から読んでたもんね。でも、3日に来た子は、ソファーの場所からだと、遠すぎて読めなかった。僕が『家庭で分かる病気の本』をとってほしと言ったとき、立ち上がってそばまで行かないと、どの本か分からなかった。一日で、そんなに視力が悪くなるっていうのは、ちょっと考えられないかね」
マイカは私達の中では一番運動神経がいいんだけど、視力は一番悪い。
「これで、2日に来た子と3日に来た子は、とても良く似ているけど、違う子だって分かったんだ。だから、僕はこのとき、君たちは双子なんだって思ってんだ。でも、4日に来た子は、2日に来た子とも、3日に来た子とも違っていた」
そして夢水さんは、詳しく説明してくれた。
「4日に来た子は、3日のマイカちゃんと違って、ちゃんと靴を揃えている。それに、僕が食事のリクエストをしたときも、文句を言わずに聞いてくれた。これで、4日と3日の子が別人だって分かった。じゃあ、4日のミカちゃん、君の利き手は左手だろ」
「はい、そうでーす」
ミカが、左手をあげて元気に答える。
そう、3人の中でミカだけが左手利きだ。
「2日のランちゃんは、左手で手帳を持って、右手で字を書いていた。右利きだね。でも、4日のミカちゃんは左手で僕にお茶をだしてくれたり、字を書いたりしていた。それにほかにも、ランちゃんとミカちゃんの違いはあるんだよ。ミカちゃんは、本を読むのが嫌いだね」
夢水さんに聞かれて、ミカがうなずく。
ミカは、新聞を読むのは好きだけど、本を読むのは嫌いだ。
「たけど、2日に来たランちゃんは、本を読むのが好きだろ?」
私もうなずく。
「この部屋には、本がたくさんある。ときどき本棚のほうへ目をやったり、本のことを話題にしたりした」
なるほど。今までの夢水さんの話、言われてみれば、納得する言葉ばかりだ。
「はい、これで、君たちが良く似た三つ子だっていう証明はおわり」
「だけど、夢水さん、私達は四つ子かもしれないよ」
マイカが意地悪そうに言った。
すると夢水さんは、すぐに、
「あぁ、それはないよ」
と、首をふった
「今日来た子は、きちんとくつをそれえて脱いでいた。動作を見てみると、右利きらしい。小栗虫太郎の『完全犯罪』を知ってるなんて、よほどの本好きだ。これで、今日来た子は2日に来た子と同じって分かった。それに決定的なことが、もう一つあるんだ」
夢水さんが長い指を一本のばす。
「3日間の調査で君たちは、僕が名探偵じゃないっていう結論をだした。もし、君たちが四つ子なら、4人が公平に4日間調査して、結論を出すはずだろ。3日間の調査で結論をだしたっててことは、君たちが3人姉妹だっていう証明だよ」
なるほど・・・・。
確かに私達は、小さいときから、何かをするときは3人でやってきた。二人だけが、何かをするとか、一人でやるということはなかった。そして、3人で仲良くやれないことは、避けてきたようなきがする。
納得した私達に向かって夢水さんが、
「では、あらためて、斎藤ランちゃん、マイカちゃん、ミカちゃん。隣に引っ越してきた、 名探偵 の夢水四郎です。これからもよろしく」
と、立ち上がって、優雅に礼をする。
私達3人は、心の底から敬意をこめて、目の前の名探偵に拍手をした。
だけど・・・
夢水さんは、大学時代の教え子に電話をして事件の話を聞くことは出来なかった。なぜって、その人たちの名前と電話番号を、忘れてしまったからだ。おまけに、電話番号を書いたノートも、どこにおいたか忘れてしまったらしい。
こんなに忘れっぽい、夢水さんって、ほんとに名探偵なのかな?
どう見ても名探偵って感じじゃないから、私達は彼を、「教授」と呼ぶことにした。
さてエプリルフール。全国的に、うそをついても怒られない日。この日にそなえて、何日も前からうそをつく準備をしている友達もいるし、
「今日はエプリルフールだから、誰の言うことも信用出来ない!」
と、疑いぶかい子もいる。
私は、どっちかっていうと疑いぶかい方だからその日に
「ねえ、お隣に誰かが引越してきたよ」
という声でを聞いても、すぐは信用しなかった
私の家の隣は、古い洋館だ。ずいぶん長いあいだ、誰も住んでいなかった。そのせいで、庭も建物も荒れ放題。私達は小さいときからお化け屋敷って呼んでたけど、こんな古びた洋館に住む人なんていないよね。
だけど私は知ってるんだ。遊び疲れた帰り道に見る、夕日の光をうけた洋館は、外国の童話にでてくるお城みたいに、とっても素敵なこと。 誰かが洋館に住んでくれたら、きっと、ペンキを塗って、庭の草もぬいて、きれいにしてくれるのにな。それで、誰かが引っ越してきたというのを聞いたとき、今日はエプリル・フールだからという気持ちもあったけど、とりあえず私は、ごそごそと窓のほうへ行って、お隣を見てみた。私たちの勉強部屋は二階にあって、お隣の洋館がよく見えるのよ。
洋館の前には、大きなトラックが数台とまっていた。そして、引っ越しセンターの作業服を着た人たちが、ダンボール箱を運び込んでいる。
「へぇー、ほんとに誰かが引越してきたんだ」
私は窓わくにひじをつき、ぼんやり、引っ越しの様子を見ていた。お揃いの服を着てダンボール箱を運ぶ男の人達は、まるで、働き者のアリみたい。
でも・・・そのうち、私は、おかしなことに気がついた。さっきから洋館の中に運びこまれているのは、ダンボール箱ばかりなのだ。
普通引っ越しって、タンスとかベットとかテーブルとか、いろんなものを運んだりしない?
それが、ダンボール箱ばっかり。
なんか、へん・・・?
私は一体どんな人が引っ越してきたのか、とても気になってきた。
引っ越しは、たくさんのダンボール箱と2つのソファーを運びいれておわった。
トラックが帰ってしばらくすると、洋館から男の人が出てきた。
黒い背広を着た、痩せて背の高いひと。
その人が、門のところに表札をだした。
私は双眼鏡をだして、早速その表札を読んでみた。
表札には下手な毛筆で、そう書いてあった。
「・・・・」
私はなんと言っていいのか分からなくなって、しばらく黙り込んだ。
普通、表札に自分の職業を書いたりしないよね、おまけにその書いてある職業が[名探偵]なんて。
私は、図書室の本で読んだシャーロック=ホームズや明智小五郎、エルキュール=ポワロを思いうかべた。
どんな難事件でも、素晴らしい推理力で解決していく名探偵!そんな人が現実にいるのかな?
それに[夢水]って名字。なんて読むんだろう。ユメミズかな?ムスイかな?
私は、自分の表札に名探偵と書き、かわった名字をもつ人物に、とっても興味が湧いてきた。そこで私は、「あの男は何者か?本当に名探偵なのか?」ということを調べることにした
どうやって調べるか。それはいつもどうりの手。ひょっとすると、わたしたちのほうが、彼よりも名探偵かもしれない。
それに、幸い、今は春休み。時間だけは、たっぷりある。
調査報告書の1 : 4月2日
ギンゴーン
玄関のドアの横についたボタンを押すと、錆びついたようなチャイムの音がした。
引っ越しの次の日、私はお母さんからの預かりものを持って、隣の洋館に出かけた。
「・・・・・・・・」
返事はない。
私は、もう一度チャイムをならした。
ギンゴーン!
・・・返事なし・・・・。
ギンゴーン!ギンゴーン!
こうなったら、チャイムの連打!
ギンゴン、ギンゴン、ギンゴン・・・!
そして、こちらの指も相当痛くなってきたとき
「・・・・ふぁーい」
というかすかな返事がして、ようやく玄関の扉があいた。
背の高い、痩せた人。180センチは超えていて、150センチの私は、顔を真上に向けて見上げなくてはならない。その人は、家にいるのに、なぜか黒いサングラスをして、黒い背広を着ていた。
それが、私と名探偵(?)との出会いだった。
「えっと、わたし、隣の家の者です。これ、どうぞ!」
それだけを早口で言って、お母さんからの預かりものをおしつける。
そして気がついたんだけど、引っ越しの挨拶って引っ越してきたほうがするもんじゃないの?
けれど、そんなことには関係なく、彼は受け取った品物を凄く嬉しそうに見つめて(サングラスの奥の目が光ったみたい)
「うわー、これはすみませんねえ!」
と、私そっちのけで歓声をあげた。
私は素早くメモをする。
《夢水四郎はプレゼントに弱い》
「あのー中にいれてもらえません?」
品物の中身がなにか知ろうと、揺すったり、匂いをかいだりしている彼に向かって、私は言った。
「あぁ、気がつきませんで。どうぞ、どうぞ」
私は玄関を入ったところで、ちゃんと靴を揃えて脱いだ。(普通、洋館だったら、靴のままでいいはずなんだけど、この洋館は、脱ぐようになっている)
玄関を入ったところは、ちょっとしたホールみたいになっていて、そこの中心にソファーが2つ置いてある。
でも私は、そんなことより、部屋の中にある本の量に驚いていた。学校の教室くらいの広さのホールの壁につくりつけの本棚があって、そこがすべて、本でうまっている。床には入りきらなかった本が積んである。
「まあ、どうぞ」
彼がソファーをすすめる。
「すごい・・・・本の量ですね」
「ええ、まだ、ちゃんと分類してないんだけど」
その言葉どおり、ソファーに座ったまま見渡しても、ラングの『線形代数学』の横に『ル・ポールのカードマジック』の本が並んでいて、そのとなりは手塚治虫の『火の鳥』が12冊並んでいたりする。私は本が好きだから、自然に目がいってしまう。
この本の量にを見て、ひょっとするとこの人は、名探偵ではなく古本屋さんなのでは、ないかと思った。
「『直観幾何学』、『記号論理学』、『素数』これって、何の本です?」
私は本の背表紙を読んで、彼に聞いた。
「数学の本だよ。仕事の関係で自然に増えてったんだ。っていうのも、僕は大学で、論理学の教授をしてたからなんだ」
「論理学ってなんですか?」
「簡単にいうと『1+1=2』になるって勉強だよ」
「ふーん」
どうして、そんな簡単な勉強を、大学にいってまでするんだろう?私は1+2=3になるってことも知ってる。
「もう一つ、聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「あなたの名字はユメミズって読むんですか?」
「そう、ユメミズ シロウ。本名だよ。でも、気軽に『名探偵さん』って、読んでもらってもいいけどね」
誰かを呼ぶときに、気軽に「名探偵さん」なんて呼べる訳がない。
「で、どうして大学の教授が、名探偵になったんですか?」
私がまた聞くと、夢水さんはポケットからタバコを取り出し、百円ライターで火をつけて、ボソッと言った
「色々あってね…」
あとで分かったことなんだけど、夢水さんは、大学の研究室とアパートに沢山の本をためすぎて、追い出されたんだって。(本だけでなく、家賃も貯めたらしい)
「本当に名探偵なんですか?」
私が聞くと、夢水さんはムッとした顔をして、
「本当だよ。本人が言ってるんだから、これほど確かなことはない」
と、言った。
「証拠は?」
夢水さんはなにも言わずに、背広の内のポケットから名刺をだした。表札と同じく、「名探偵 夢水四郎」と書いてある。
「・・・・家具の少ない部屋ですね」
私は話題をそらせた。このまま名探偵について話しても、無駄なような気がしてきたからだ。
「まあね。人間、生きていくのに、そんなに沢山のものは必要ないよ」
「なにがあればいいの?」
そう聞くと、夢水さんは断言した。
「本と、それを寝転んで読むためのソファー。それだけだね」
なるほど。私は左手に手帳を持って、素早くメモをした。
《夢水四郎に常識はない》
その後、私は家に帰った。
夕食の席で、夢水四郎について今日分かったことを、皆に報告した。
つづきの調査は、明日。
調査報告書の2 : 4月3日
ギンゴーン
チャイムの音一回で、夢水さんが顔をだした。
「やあ、いらっしゃい」
そう言う夢水さんは、どことなく元気がない。
「お邪魔しまーす」
私は、勢いよく玄関に靴を脱ぎ散らかし、ホールに入った。
夢水さんは私の前のソファーに、ゴロンと横になる。
「うーん・・・どうも、昨日から、体に力が入らなくて」
針金のような細い体が、なんとなくグニャグニャしているような気がする。
「これは病気かもしれないな。ちよっと調べてみよう。悪いけど、そこの3段目に入っている『家庭で分かる病気の本』をとってくれないか?」
夢水さんが本棚を指さしたけど、私には背表紙が見えない。立ち上がって本棚のそばまでいって、『家庭で分かる病気の本』をぬきだした。大きな本だ。百科事典ぐらいある。
本を受け取ると、夢水さんは早速、自分の病気を調べ始めた。夢水さんは10分ぐらい真剣に調べていた。
その間、私はなんにもすることがないので、ぼんやり彼を見ていた。だってこの部屋、本ばっかりで、ほかに見るものがないんだもん。
ソファーに寝転んで本を調べている夢水さんは、年をとった大きな黒猫みたいだ。
「分からんなぁ」
夢水さんがバタンと本をとじる。
私は聞いてみた。
「熱はないの?」
「ないと思うよ。この家には体温計がないから、測れないけど」
「食欲は?」
「食欲?」
その言葉を聞いたとき、夢水さんがビクンと体をふるわせた。
「分かった!これは、ご飯を食べてなかったからだ!」
「・・・・・・」
私は、呆れてしまって言葉がない。
「そういや、引っ越ししてきてから、全然ご飯を食べてなかった。いやぁ、体に力が入らないはずだ」
「・・・・どうして食べなかったの・・・・?」
私が聞くと、ケロッとした声で夢水さんが答えた。
「忘れてた」
私は、昨日の調査報告にあった言葉を思い出す。
《夢水四郎に常識はない》
「夢水さん、この家に食料はあるの?」
「ない」
夢水さんはキッパリと答えた。
「じゃあ、家からなにか食べるもの、持ってきてあげる。」
「ほんとに!」
夢水さんのサングラスの奥が光ったみたい。そういえば、これも昨日の報告にあったな。
《夢水四郎はプレゼントに弱い》
「あのう、僕はこうして洋館に住んでるけど、和食が好きなんだよ。出来たら、ご飯とみそ汁、それと京風の石狩なべなんかあったら、なにも言わないけど…」
「食料をめぐんでもらう人が、贅沢言うんじゃない!」
私は夢水さんに向かって言った。
私は、昨日の調査報告書の続きにこう書いた。
《夢水四郎は、食事を忘れるくせに、意地汚い》
それに、京風の石狩なべなんて、どうやって作るの?
調査報告書の3 : 4月4日
ギンゴーン!
チャイムを鳴らしても返事がない。
私は、勝手にあがりこむことにした。
玄関にちゃんと靴を揃えて脱いで、ホールに行くと、夢水さんはソファーで寝ていた。黒いサングラスをかけ、黒い背広を着たままだ。
私は右手に手帳を持って、メモをした。
《夢水四郎は、パジャマを持っていない》
ソファーの下には、読みちらかした本と、昨日の食器。
食器はピカピカに光っている。この人が食器洗いをするわけがないと思うから、多分食べ終わってから、きれいに舐め尽くたんだろう。
「夢水さん、起きて」
私は夢水さんを揺すった。
「ウニャウニャウニャ・・・」
猫のひげをひっぱったとにみたいな声をだして、夢水さんがソファーの上でのびをした。
「目が覚めた?お腹が空いてるんだったら、なにか持って来てあげるけど」
私が言うと、夢水さんがリクエストする。
「朝はやっぱり、ご飯とみそ汁がいいな」
我が家はトーストと目玉焼きだけど、仕方ない。夢水さんのリクエストにこたえようじゃないの。
「ご飯とみそ汁以外に、目玉焼き、食べる?」
私が聞くと、夢水さんはガクガクとうなずいた。
《夢水四郎は、食事にいろいろ注文をつけるが、それでも好き嫌いはなく、何でも食べる》
私は、右手の手帳にメモをした。
「美味しい?」
私の目の前で、夢水さんはガツガツと食べた。家庭科で習った目玉焼きは、失敗しちゃって、涙目になったけど、そんなことは気にせず、食べてくれてる。
「はい、お茶」
私が左手を差し出す湯呑を、夢水さんは返事もせずに受け取る。(口にいっぱいご飯がはいってるから、返事ができないんだ。)
「あー、美味しかった!」
すべてを食べつくした夢水さんが、満足そうにお腹をなでた。こんなに食べるくせに、どうして痩せてるんだろう。
「食べ終わったのなら、ちゃんと手をあわせて、『ごちそうさま』して」
すぐにソファーに寝転がろうとする夢水さんに、私は注意する。年下の女の子に注意されたわりには、彼は素直に手をあわせた。
「ねえ、夢水さんって、何歳なの?」
サングラスをかけているせいか、夢水さんの年は分かりにくい。30歳ぐらいと言われたら、そんなふうにも見えるし、50歳くらいと言われても、なんとなくうなずいてしまう。
しばらく考えてから夢水さんは信じられないことを言った。
「・・・・そういえば、僕は何歳なんだろう?」
「自分の年、知らないの?」
私が驚いて聞くと、夢水さんはうなずく。
「じゃあ、生年月日は?生年月日が分かれば、年齢も分かるでしょ。」
「生年月日・・・・」
夢水さんは、不思議そうに繰り返す。
「ひょっとして・・・」
「うーん、どうも忘れてしまったようだ」
呆れた・・・・。昨日までの調査報告書にあった
《夢水四郎に常識はない》ってのは、本当だ。
黙っていた私に、夢水さんは慌てて言った。
「安心したまえ、大丈夫。役所に行って住民票を調べてもらえば、すぐにわかるから」
自分の生年月日を調べに、わざわざ役所までいくか!
「でも、昨日からずいぶん食事のお世話になったね。なんにもお礼出来ないけど、なにか読みたい本があったら、持ってっていいよ」
「ありがと。でも私、本嫌いだから」
本を読むと、私は頭が痛くなる。だから、丁寧に断って家に帰った。夢水さんは、わざわざ玄関まで、送ってくれた。
これで調査は終わった。
私たちは、調査報告書の1から3まで読んだ。そして、結論をだした。
《夢水四郎は、名探偵とは思えない》
調査結果報告 : 4月5日
夢水さんが引っ越してきてから4日が過ぎた。私は今日も、玄関に靴をちゃんと脱ぎ、ホールに上がりこむ。
「ねえ、夢水さん、本当は名探偵なんかじゃないんでしょ」
左手に手帳をもち、私は聞いた。
「本当は、古本屋さんだったんじゃない?小栗虫太郎の『完全犯罪』なんて持っている人、そうはいないわよ」
私は本棚を見回して言った。すると夢水さんは、
「まえにも言ったじゃないか、僕は正真正銘、名探偵だよ」
と、またポケットから名刺をとりだそうとする。
「名刺はまえにもらったから、もういいけど。じゃあ、今までに解決した事件の話をしてよ」
「いいよ」
けれども、パカッとあけた夢水さんの口からは次の言葉がでてこない。
「どうしたの?」
「・・・・忘れてしまった」
私の疑わしそうな目をみて、夢水さんは、焦って弁解する。
「ほんと!ほんとに僕は、今まで、いくつもの難事件を解決しているんだよ。だけど、解決してしまった謎なんて、もう興味がないからね、どんどん忘れてしまうんだ」
私は呆れた顔で夢水さんを見た。
「その目は全然信じてない目だね。分かったよ、いまから大学時代の教え子に電話をする。あの子達なら、なにか僕の解決した事件を、一つくらい覚えてるだろう。さあ、 君たちの姉妹 もここによんであげなさい」
「えっ?」
夢水さんの最後のせりふを聞いたわたしは、驚いてさけんでしまった。
「どうしたの?」
夢水さんが不思議そうに聞く。
「・・・夢水さん、さっき、『君の姉妹たち』って言ったの?」
うなずく夢水さん
「そうだよ。君たちはとってもよく似た三つ子だろ?昨日まで、毎日交替で、この家に来ていたじゃないか。一人ずつ説明するのは面倒くさいから、3人いっぺんに説明したいんだ」
それを聞いて、わたしは、しばらく声がでなかった。
確かに私たちは、夢水さんのいうとおり、三つ子だ。昨日まで、毎日交替でこの家に来ていたのも事実だ。
でも、どうして夢水さんは、そのことがわかったんだろう・・・・
ではここで、きちんとした自己紹介を。
私の名前は 斎藤ラン。この春からピカピカの中学一年生になる。長女はわたしラン。次女の名前はマイカ。三女の名前はミカ。
わたしたちは、同じ顔、同じ髪の色、そして背の高さも同じと、とても良く似ている。お母さんだって、よく間違えるくらいだ。
他の人が見て見分けがつかないくらい似ているということを利用して、わたしたちは今まで、ずいぶんいたずらもしてきた。
だから、夢水さんの家に行くときも、一人ずつ交替で出かけた。
4月2日に行ったのは、わたし ラン
4月3日に行って報告書を書いたのは、マイカ。
4月4日はミカの担当。
だから、3日の報告書にでてくる『わたし』はマイカで、4日の報告書の『わたし』はミカ。それ以外の『わたし』は全部 私=ランということ。
夢水さんの家で見たり聞いたりしたことは、帰ってから報告しあって、見破られないようにしていたのに、どうして夢水さんは、私達が三つ子だと分かったんだろう・・・・
そして、もちろん、ここまで読んできたあなたも、見破ることは出来なかったでしょ?もし見破られたらあなたは凄い人かも!
「どうしてわかったのって言われてもなぁ」
夢水さんが頭をかく。
いま、夢水さんの前には、私達3人が座っている。
「でも、本当によく似ているね。三面鏡を見ているみたいだ」
「そんなことより、ちゃんと説明してよ。どうして、私達が三つ子だってわかったの?」
マイカが強い口調で聞く。
「うーんと・・・、なんとなくかな?」
「答えになってないよ」
ミカが指摘する。
「じゃあ、なんとか説明してみるけど、僕にも教えてほしいことがあるんだ。4月2日に来たのはだれ?」
私が手をあげて名前を言う。
「私、ラン」
「3日は?」
「それは、私、マイカ」
「4日は?」
「私よ、ミカ」
私達の名前を聞いて、夢水さんは満足そうにうなずいた。
「うん、これで説明しやすくなった。2日がランちゃん。3日がマイカちゃん。4日がミカちゃん」
夢水さんが、私達の顔と名前を一つずつ対応させてく。微笑みながら言ってるけど、その様子は、自分の生年月日さえ、忘れてしまった人とはとても思えない。
夢水さんは、私達の顔がどんなに似ていても、もう絶対間違えないだろう。そんな気がする。
「最初におかしいなって思ったのは、靴なんだ」
「くつ?」
「そう。2日に来たランちゃんは、玄関で、靴をちゃんと揃えて脱いだたろ?なのに3日に来た子は、靴を勢いよく脱ぎ散らかしている。そのとき、あれ?って思ったんだ」
私はマイカのほうを睨む。マイカったら、いつもお母さんに、身の回りをちゃんとしなさいって怒られてるのに・・・・。
「靴を揃えて脱ぐというような習慣は、一度身についてしまうと、なかなか、かえることは出来ない。だから、2日に来た子と3日に来た子は、、違う子なんじゃいかって思い始めた。それで比べてみたら、他にも違うところがあるのに気づいたんだ。ランちゃん、そのソファーに座ったまま、本棚に入っている本の背表紙、読めるだろ?」
私はうなずく。自慢じゃないけど、視力はいいほうだ。
「そうだね。2日に、その場所から読んでたもんね。でも、3日に来た子は、ソファーの場所からだと、遠すぎて読めなかった。僕が『家庭で分かる病気の本』をとってほしと言ったとき、立ち上がってそばまで行かないと、どの本か分からなかった。一日で、そんなに視力が悪くなるっていうのは、ちょっと考えられないかね」
マイカは私達の中では一番運動神経がいいんだけど、視力は一番悪い。
「これで、2日に来た子と3日に来た子は、とても良く似ているけど、違う子だって分かったんだ。だから、僕はこのとき、君たちは双子なんだって思ってんだ。でも、4日に来た子は、2日に来た子とも、3日に来た子とも違っていた」
そして夢水さんは、詳しく説明してくれた。
「4日に来た子は、3日のマイカちゃんと違って、ちゃんと靴を揃えている。それに、僕が食事のリクエストをしたときも、文句を言わずに聞いてくれた。これで、4日と3日の子が別人だって分かった。じゃあ、4日のミカちゃん、君の利き手は左手だろ」
「はい、そうでーす」
ミカが、左手をあげて元気に答える。
そう、3人の中でミカだけが左手利きだ。
「2日のランちゃんは、左手で手帳を持って、右手で字を書いていた。右利きだね。でも、4日のミカちゃんは左手で僕にお茶をだしてくれたり、字を書いたりしていた。それにほかにも、ランちゃんとミカちゃんの違いはあるんだよ。ミカちゃんは、本を読むのが嫌いだね」
夢水さんに聞かれて、ミカがうなずく。
ミカは、新聞を読むのは好きだけど、本を読むのは嫌いだ。
「たけど、2日に来たランちゃんは、本を読むのが好きだろ?」
私もうなずく。
「この部屋には、本がたくさんある。ときどき本棚のほうへ目をやったり、本のことを話題にしたりした」
なるほど。今までの夢水さんの話、言われてみれば、納得する言葉ばかりだ。
「はい、これで、君たちが良く似た三つ子だっていう証明はおわり」
「だけど、夢水さん、私達は四つ子かもしれないよ」
マイカが意地悪そうに言った。
すると夢水さんは、すぐに、
「あぁ、それはないよ」
と、首をふった
「今日来た子は、きちんとくつをそれえて脱いでいた。動作を見てみると、右利きらしい。小栗虫太郎の『完全犯罪』を知ってるなんて、よほどの本好きだ。これで、今日来た子は2日に来た子と同じって分かった。それに決定的なことが、もう一つあるんだ」
夢水さんが長い指を一本のばす。
「3日間の調査で君たちは、僕が名探偵じゃないっていう結論をだした。もし、君たちが四つ子なら、4人が公平に4日間調査して、結論を出すはずだろ。3日間の調査で結論をだしたっててことは、君たちが3人姉妹だっていう証明だよ」
なるほど・・・・。
確かに私達は、小さいときから、何かをするときは3人でやってきた。二人だけが、何かをするとか、一人でやるということはなかった。そして、3人で仲良くやれないことは、避けてきたようなきがする。
納得した私達に向かって夢水さんが、
「では、あらためて、斎藤ランちゃん、マイカちゃん、ミカちゃん。隣に引っ越してきた、 名探偵 の夢水四郎です。これからもよろしく」
と、立ち上がって、優雅に礼をする。
私達3人は、心の底から敬意をこめて、目の前の名探偵に拍手をした。
だけど・・・
夢水さんは、大学時代の教え子に電話をして事件の話を聞くことは出来なかった。なぜって、その人たちの名前と電話番号を、忘れてしまったからだ。おまけに、電話番号を書いたノートも、どこにおいたか忘れてしまったらしい。
こんなに忘れっぽい、夢水さんって、ほんとに名探偵なのかな?
どう見ても名探偵って感じじゃないから、私達は彼を、「教授」と呼ぶことにした。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
【完結】狡い人
ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。
レイラは、狡い。
レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。
双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。
口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。
そこには、人それぞれの『狡さ』があった。
そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。
恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。
2人の違いは、一体なんだったのか?
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
