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◇◆◇◆
隣国での宴席の二日後、ウルスは兄の命と引き換えに死を選んだバショウのことを考えていた。
帰り道でエドルクに命まで奪う必要はないと説得したが、言霊が契約となるから今更それを変えることは出来ないと説き伏せられた。
「どうしたのよ、バカが静かだと奇妙だわ」
「……そうかよ」
また突然ノックもなく部屋に入って来たラルーカに生返事を返すと、ウルスはソファーに身を預けて天井を仰いだ。
「それより聞いた?スザク殿下がお元気になられたらしくて、バスラは一気に祝宴モードよ」
「へえ」
「バショウ王子が政から身を引かれるのは寂しいけれど、スザク殿下もお美しいのよ」
能天気なラルーカの声が今はどうしようもなく癪に触る。
「お前は気楽で良いよな。誰が王子だろうがキャーキャー騒いでれば満足なんだろ」
バショウの命と引き換えにスザクが回復したことになる。代償を払うのは絶対だとエドルクは言った。ならばバショウは近日中に命を絶つという事だ。
ラルーカが隣で怒って金切り声を上げているが、ウルスの心はやはりバショウのことでいっぱいだった。
夜になって海の水面の遥か上に花火が打ち上がり、鈍い音が振動になって響いて来ると、ウルスの心はざわついた。
一人きりで無心になりたくて、ウルスは深く暗い海に泳ぎに出た。
延々と泳ぎ回るが、スザク快復はめでたいことで、打ち上がる花火が止む気配はなく、その度に微弱な振動が波間を揺らす。
「チッ」
舌打ちして一気に急浮上すると、そのまま天を駆けるように跳ね上がって再び海に潜る。
その時、そびえ立つ城の岸壁を急降下する白い光が見えた。
———まさか。
ウルスは慌てて光が見えた方へ急いで泳いだ。
そこで荒波が打ち寄せる、大きく出張った岩場の上でぐったりとするバショウを見つけた。
思ったよりも華奢な体は海水に晒されて、布が体に張り付いてあろうはずもない凹凸が露わになっている。
「おい!嘘だろっ、しっかりしろ!」
バショウは言った。私自身の命に代えて。と。
ウルスは城を見上げると、あの高さから落下して来たのかと、ぐったりとしたバショウを抱きかかえて絶望から発狂する。
兄のためとはいえ、いとも容易く命を投げ打つ愚かさに腹が立つ。すると腕の中で小さくバショウがみじろぎした気がした。
「おい、おい!しっかりしろ」
ウルスは慌てて指先を噛み切ると、バショウの口の中に指を差し込んでなんとか血を飲ませようとする。
けれど動いたと思ったのは気のせいだったのか、バショウが反応する様子はない。
あの高さからの落下だ。無理もない。
けれどウルスは自分の指を咥えると、指先から滴る血を啜って口に含み、真っ青に血の気を失ったバショウの唇に口付けるようにして血を流し込む。
幾度となくそれを繰り返していると、バショウが小さく咳き込んで目を開けた。
「私は……どうして。あなたは」
「話は後だ。移動する」
ウルスはバショウを海の中に引き込んで妖術を施した。そのまま海中でも息ができるようにするためだ。
抱き寄せる体がやはり華奢だと思うのは、バショウが女性だと確信したからだ。
急いで王宮の自室に戻って医師を呼んで手当てを済ませると、バショウから王子と偽っていた仔細を聞いた。
病弱なスザクの後、バスラに男児が生まれることはなく、王女は兄の身代わりとして男として生きることを強いられた。
女王が統治する法はなく、バショウは男のふりをしてスザクの回復を待ち、いつか兄の病が治るまでと国民の不安を煽らないようにやり過ごしてきたが、王女であるバショウが王子として認知されることで、スザクは心まで病んでしまった。
「私が生きていては契約が果たされません。兄上がまた伏せってしまわれては!」
血の気が引いた顔を震わせてバショウがウルスの腕を掴む。どうして助けたのだと。
「大丈夫ですよ」
答えに詰まるウルスの代わりに優しく微笑んだのは、騒ぎを聞きつけてやってきたエドルクだった。
「殿下!」
慌てて起き上がろうとするバショウをそっと制すると、エドルクはにっこり笑ってウルスの隣に腰掛ける。
「あなたには別の代償を払っていただきます」
「別の?」
「はい。禁を犯して人間を助けた愚か者の面倒を見て欲しいのです」
エドルクはそう言うと、ウルスがバショウに妖術と秘術を勝手に使ったことを非難した。
「このウルスは、恥ずかしながら私の実の弟です。ヘイラルにとっても秘術を使うことはタブーなのですよ」
「そんな、ではウルス様は」
「ええ。死を以て償わなければなりません」
「そんな……」
酷く落ち込むバショウにエドルクは微笑むと、それを回避するために手伝いをと呟く。
「ですがバショウ殿下、あなたが口を閉ざせばウルスの愚行が広まることはありません。どうでしょうバショウ王女殿下、一度は捨てたその御身。我が愚弟を助けると思ってダリオテレスに留まってはいただけないでしょうか」
◇◆◇◆
それは昔々の物語。
若い妖魚の王子が恋した隣国の王子様は、仮初めの姿でひと目を偲ぶ麗しいお姫様でした。
秘術を使ってお姫様の命を助けた妖魚の王子は、人の子であるお姫様と結婚し、たくさんの子宝に恵まれて海の底の王国でいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
隣国での宴席の二日後、ウルスは兄の命と引き換えに死を選んだバショウのことを考えていた。
帰り道でエドルクに命まで奪う必要はないと説得したが、言霊が契約となるから今更それを変えることは出来ないと説き伏せられた。
「どうしたのよ、バカが静かだと奇妙だわ」
「……そうかよ」
また突然ノックもなく部屋に入って来たラルーカに生返事を返すと、ウルスはソファーに身を預けて天井を仰いだ。
「それより聞いた?スザク殿下がお元気になられたらしくて、バスラは一気に祝宴モードよ」
「へえ」
「バショウ王子が政から身を引かれるのは寂しいけれど、スザク殿下もお美しいのよ」
能天気なラルーカの声が今はどうしようもなく癪に触る。
「お前は気楽で良いよな。誰が王子だろうがキャーキャー騒いでれば満足なんだろ」
バショウの命と引き換えにスザクが回復したことになる。代償を払うのは絶対だとエドルクは言った。ならばバショウは近日中に命を絶つという事だ。
ラルーカが隣で怒って金切り声を上げているが、ウルスの心はやはりバショウのことでいっぱいだった。
夜になって海の水面の遥か上に花火が打ち上がり、鈍い音が振動になって響いて来ると、ウルスの心はざわついた。
一人きりで無心になりたくて、ウルスは深く暗い海に泳ぎに出た。
延々と泳ぎ回るが、スザク快復はめでたいことで、打ち上がる花火が止む気配はなく、その度に微弱な振動が波間を揺らす。
「チッ」
舌打ちして一気に急浮上すると、そのまま天を駆けるように跳ね上がって再び海に潜る。
その時、そびえ立つ城の岸壁を急降下する白い光が見えた。
———まさか。
ウルスは慌てて光が見えた方へ急いで泳いだ。
そこで荒波が打ち寄せる、大きく出張った岩場の上でぐったりとするバショウを見つけた。
思ったよりも華奢な体は海水に晒されて、布が体に張り付いてあろうはずもない凹凸が露わになっている。
「おい!嘘だろっ、しっかりしろ!」
バショウは言った。私自身の命に代えて。と。
ウルスは城を見上げると、あの高さから落下して来たのかと、ぐったりとしたバショウを抱きかかえて絶望から発狂する。
兄のためとはいえ、いとも容易く命を投げ打つ愚かさに腹が立つ。すると腕の中で小さくバショウがみじろぎした気がした。
「おい、おい!しっかりしろ」
ウルスは慌てて指先を噛み切ると、バショウの口の中に指を差し込んでなんとか血を飲ませようとする。
けれど動いたと思ったのは気のせいだったのか、バショウが反応する様子はない。
あの高さからの落下だ。無理もない。
けれどウルスは自分の指を咥えると、指先から滴る血を啜って口に含み、真っ青に血の気を失ったバショウの唇に口付けるようにして血を流し込む。
幾度となくそれを繰り返していると、バショウが小さく咳き込んで目を開けた。
「私は……どうして。あなたは」
「話は後だ。移動する」
ウルスはバショウを海の中に引き込んで妖術を施した。そのまま海中でも息ができるようにするためだ。
抱き寄せる体がやはり華奢だと思うのは、バショウが女性だと確信したからだ。
急いで王宮の自室に戻って医師を呼んで手当てを済ませると、バショウから王子と偽っていた仔細を聞いた。
病弱なスザクの後、バスラに男児が生まれることはなく、王女は兄の身代わりとして男として生きることを強いられた。
女王が統治する法はなく、バショウは男のふりをしてスザクの回復を待ち、いつか兄の病が治るまでと国民の不安を煽らないようにやり過ごしてきたが、王女であるバショウが王子として認知されることで、スザクは心まで病んでしまった。
「私が生きていては契約が果たされません。兄上がまた伏せってしまわれては!」
血の気が引いた顔を震わせてバショウがウルスの腕を掴む。どうして助けたのだと。
「大丈夫ですよ」
答えに詰まるウルスの代わりに優しく微笑んだのは、騒ぎを聞きつけてやってきたエドルクだった。
「殿下!」
慌てて起き上がろうとするバショウをそっと制すると、エドルクはにっこり笑ってウルスの隣に腰掛ける。
「あなたには別の代償を払っていただきます」
「別の?」
「はい。禁を犯して人間を助けた愚か者の面倒を見て欲しいのです」
エドルクはそう言うと、ウルスがバショウに妖術と秘術を勝手に使ったことを非難した。
「このウルスは、恥ずかしながら私の実の弟です。ヘイラルにとっても秘術を使うことはタブーなのですよ」
「そんな、ではウルス様は」
「ええ。死を以て償わなければなりません」
「そんな……」
酷く落ち込むバショウにエドルクは微笑むと、それを回避するために手伝いをと呟く。
「ですがバショウ殿下、あなたが口を閉ざせばウルスの愚行が広まることはありません。どうでしょうバショウ王女殿下、一度は捨てたその御身。我が愚弟を助けると思ってダリオテレスに留まってはいただけないでしょうか」
◇◆◇◆
それは昔々の物語。
若い妖魚の王子が恋した隣国の王子様は、仮初めの姿でひと目を偲ぶ麗しいお姫様でした。
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