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ヴェルナード王国
婚約者2
しおりを挟む「マリよ、城の暮らしはどうだ?何かあればすぐにアルベルトに言うといい」
「ありがとうございます」
私はそう言いながら、王様に片膝を曲げてカーテシーをした。この三日間、何度も練習してきたおかげで、ようやくバランスを崩さずにできるようになった。滑らかな動作を意識しつつ、背筋を伸ばして顔を上げる。
王様は立派な口ひげを指先で撫でながら、満足げに目を細めて微笑んでいた。その表情には威厳と優しさが混ざり合い、どこか懐の深さを感じさせる。隣には、お妃様が優雅に佇んでいる。
アルベルト様のお母様であるヴォーチェ・リグノーア様。
金色の髪は艶やかにまとめ上げられ、その上には繊細な細工が施されたティアラが輝いている。その瞳は息子のレオナルド様と同じ碧色だが、彼とは対照的に柔らかく温かな眼差しが印象的だ。
彼女が纏う気品に圧倒されながらも、私はその穏やかな笑みに心が少しほぐれるのを感じた。
アルベルト様にエスコートされ、私たちがたどり着いたのは、あの日、私が生け贄として立たされた謁見の間だった。
壁際には数人の騎士が控え、中央の台座には、王様とお妃様が立っている。
その荘厳さが部屋を支配していた。
しかし、私の目は一瞬、異なる方向に引き寄せられた。
台座から階段を降りた先に立つ男――フランチェスコ・バルディ、ヴェルナード王国の宰相だ。
彼はラルフの父親であり、国の重責を担う人物。
ラルフとは対照的に、その表情は柔らかく、知性に満ちた雰囲気を漂わせていた。フランチェスコ宰相の深い緑の目と合うと、何かを探られているような感覚になった。
「フランチェスコ・バルディ宰相は、ヴェルナード王国の舵取りをしている大切な存在だ」
アルベルト様の言葉を思い出し、私は意識してお辞儀をし、軽く頭を下げる。その瞬間、宰相はにっこりと微笑み、何かを察したようにうなずいてくれた。彼の笑みは、どこか包容力を感じさせ安心感を覚えた。
ふと天井から降り注ぐ光を強く感じ視線をうつせば、柱や壁には細やかな彫刻がびっしりと刻まれていた。唐草模様や神話のような場面が描かれ、見る者を物語の中に引き込むかのようだ。
その中でもひときわ目を引いたのは、正面に設置された巨大なステンドグラスの窓だった。色とりどりのガラス片が光を透過し、床には幻想的な模様を描き出している。
重苦しさと荘厳さの入り混じる空間の中に立っていると、無意識に肩がこわばる。それでも、視線を柱やステンドグラスに向けるたび、わずかに心が軽くなるようだった。
――ここであの日、私は……
頭の片隅で蘇る記憶を振り払うように、私はアルベルト様の腕にそっと力を込める。それに気付いた彼が、私を安心させるようにわずかに微笑んでくれた。
「さてと。早速本題に入るが、マリはこのヴェルナード王国の現状を知っているか?」
「雨が数年降らなくなり、水不足で困っていると聞いています」
「うむ。その通りだ。今は備蓄していた魔法石と、魔法使いたちを派遣して何とか支えているが、この状況が続けば、我が国は一年を待たずして滅びるだろう」
王様は深いため息をつきながらそう語る。その言葉の重みは、部屋の空気をさらに緊迫したものに変えた。
ヴェルナード王国は、地に宿る精霊たちの力を借りて魔法を使い、生活のあらゆる面を支えている国だ。しかし、精霊の力を借りるためには人間側が「魔力」を差し出さなければならない。
魔力は精霊たちにとって、おやつや栄養剤のような存在だと、フォンテが教えてくれた。
魔法を使うためには精霊との相性も関係するが、基本的にはほとんどの人が日常生活程度なら魔力を供給して魔法を扱うことができる。
そして自分の魔力や相性を調べる方法のひとつが、「水晶」を使った診断だ。
特別な水晶に手をかざすと、その中に花が咲く。その色や大きさで自分の魔法の属性や資質が分かるという。
この話を教えてくれたラルフに、彼自身の結果を尋ねたことがあった。
「私は落ち着いた橙色の花が咲きました。茶色やオレンジ系統は土に宿る精霊と相性がいいですね」
そう語るラルフの表情はどこかめんどくさそうだったが、言葉自体は丁寧で的確だ。仕事ぶりはいつも真面目で、そこだけは本当に感心する。
花の色ごとに示す属性も決まっている。
青系統は水、赤系統は火、緑系統は風。そして、土は茶や橙がそれに当たる。
魔宝石は、その属性の魔力を多く持つ者たちが、魔力を注ぎ込むことで作られる。これにより、属性に関係なく誰でも使える便利な道具となる。
魔法の資質は、遺伝的な要素も強く、自分の持つ属性は髪や瞳の色に反映されることが多いという。ラルフの栗色の髪がその証だ。
彼の新緑色の瞳から風の魔法も扱えるのではと尋ねたが、「全く使えません」と一蹴された。それでも、魔法に関しては一流の技術を持っている。
また、この国の王族に関して言えば、金髪であることが伝統であり、逆に魔力を一切持たない者は黒髪であることが特徴とされている。
そして、私自身の資質はどうだったかというと――あの日、水晶に触れるや否や、まばゆい青い光が激しく迸り、なんと水晶を木っ端みじんにしてしまった。
呆然とする私をよそに、ラルフは動じる様子もなく、「そろそろ壊れる頃でしたので」と淡々と言い、破片が完全に飛び散る前に魔法を使ってすべてを集めてしまった。
その手際が見事で、私はただ驚くばかりだった。
「水晶って、使いすぎると壊れるものなの?」と尋ねると、彼は「そういうことにしておきましょう」とさらりと流した。
その場にいたメイドたちのひきつった顔が、どうにも釈然としないままだったが、気にしないことにした。
だが、今振り返ると、あのときの光と衝撃はやはり異常だったのかもしれない。自分の中に潜む何かが、まだ私には見えていないのだろうか――そんな予感が胸をざわつかせる。
「マリよ、そなたの魔力は多く、水に重きをおいていると聞いた」
王様の言葉に現実に引き戻され考えてみると結局分からず仕舞いだったが手から水は出たし、そう王様には報告されているのだろう。
「はい、そのようです」
「魔力量が多いことが私でも分かる。そこでだ、そなたに頼みがある」
王の一言で、人は自ら臨んで命を差し出し、親を殺せと言えばその通りにしなければならないと聞いていた。
今の王様はそんな残虐的なことはしないが一昔前はあったそうで、とにかく王の言葉は重い。
そんな王様の言葉に緊張が走る。
「王様が私に頼みとは何でしょうか?」
私に出来ることなど限られているが、王様のスカイブルーの瞳を見つめ聞く姿勢を示した。
静かに私たちのやり取りを聞いていたアルベルト様が、さり気なく私の腰にそっと手を回す。
アルベルト様は王様がこれから何を言うのか事前に知らされているのだろうか。
「アルベルトと水不足で困窮している地域を助けて欲しい。ワシの魔力ではここ一帯を守るのが限界での」
魔法使いを各地に派遣しているが、そもそも精霊自体が弱っているらしく魔力を相当使うと聞いている。
「お役に立てるか分かりませんが、やらせていただきます」
昔からよくお節介だと言われてきた私は、元の世界に帰れないのなら、いっそのこと何か自分にできることはないかと考えていた。
現地に赴いてどうなるか想像出来ないが、日本での知識が役立つこともあるかもしれない。
「おぉ、これは頼もしい。アルベルトよマリのことを頼むぞ」
「勿論です」
「期待している」
王様はまた満足そうに口髭を撫でながら私たちを一瞥すると、王妃様の手を取りゆっくりと会場を後にした。
王様の姿が見えなくなると、私とアルベルト様のため息が重なった。
「マリ、緊張したか?」
「当たり前です!国で一番偉い人と話をするなんて、心臓がいくつあっても足りないです」
「じゃあ、気分転換でもどうだ? 素敵な場所がある」
アルベルト様が片腕を私の前に差し出してくれたので、少し恥ずかしさもある中エスコートをお願いすることにした。
―――――
案内された先は、城の南側にある庭園だった。色とりどりの可憐な花々が静かに咲いており、風に乗ってその香りがほのかに漂っていた。しかし、その美しい光景の中に、どこか寂しさを感じさせる部分がある。
「これらは、水が少量でも咲くようにと品種改良された花たちだ。本来であれば、この数倍の花々が庭を彩っていたはずなのだが……」
アルベルト様の低い声が響き、庭園の奥を見渡しながら言った。その視線の先には、中央にひっそりと佇む噴水があった。水が完全に枯れ、今はただ石造りの噴水の形だけが残っている。その姿が、まるでこの国が抱える深刻な水不足を物語っているかのようで、心に重いものを残した。
私たちは言葉少なに、少し離れたベンチに腰を下ろし、しばらく庭園を見守っていた。周りの静けさと、風の音だけが耳に届く中、私は少しずつ緊張を解いていくことができた。
「少しは落ち着いたか?」
隣から聞こえるアルベルト様の声に、私はゆっくりと顔を向けてうなずいた。
「はい。さっきは王様に何か聞かれる度に、心臓が跳ね上がっていました」
自然と笑顔がこぼれ、私の心の中もほんの少しだけ軽くなった。その様子を見て、アルベルト様がほんの少しだけ微笑んだように感じた。
「先ほどのこともだが、マリが私の部屋に現れてから、色々と……」
言葉を濁しながらも、彼の視線が少し遠くに向かう。私はその言葉の背後に何を感じたのか、胸にほんの少しの重さを覚えた。婚約者としての立場に対する彼の考えが、少しだけ気になったからだ。
私は命を救われたことを後悔していない。それどころか、感謝している。しかし、アルベルト様がどんな思いでこの状況に至ったのか、私はそのことを考えずにはいられなかった。
「アルベルト様には命を救っていただき感謝しています。私なんかが一国の王子様の婚約者になってしまって、本当に申し訳ないです」
そう答えると、アルベルト様が小さくため息をついてからゆっくりと立ち上がった。そして、次の瞬間には彼が私の前に膝をついていた。
彼の目が私をじっと見つめてきて、視線に思わず息を呑む。
「改めて、君に申し込みたい」
「え?」
アルベルト様がそっと私の右手を握りしめた。その手の温もりと、澄んだスカイブルーの瞳の深さに、胸が締め付けられるような感覚が走る。
そして、私はイケメンがする上目遣いの破壊力に気付いてしまった。同時に、ずっと考えないようにしていたキスの件も思い出してしまい、確実に顔の体温が上がっている。
アルベルト様の目が、私の目を見つめながら言った。
「マリ、私の婚約者になってほしい。君を守りたい」
その言葉に、私は胸がいっぱいになり、少し涙が浮かぶ。でも、まだ答える準備ができていない自分がいた。
彼はゆっくりと私の右手にそっと唇を落とした。
その温かさに、私は一瞬何も考えられなくなり、ただただその感覚に身を委ねていると、周囲からの視線が集中するのを感じる。
通りかかった貴族の令嬢たちや、騎士たち、そして遠くに見えるラルフまでもが、私たちを見ているではないか。
「ア、ア、アルベルト様!手をっ!!」
私は慌てて手を引こうとしたが、アルベルト様の力強い手がそれを許さなかった。彼がにっこりと微笑んで、言った。
「アルと呼んでもらって構わない」
「へ?」
その言葉に、私はまた驚いてしまった。彼の言葉の意味が分からず、混乱してしまう。
「アルベルトなんて他人行儀すぎないか?」
アルベルト様がにやりと笑いながら、上目遣いで私を見つめてきた。その表情があまりにも魅力的で、私はますます動揺を隠せなくなった。
周囲からの視線が痛いほど感じられ、特にラルフが信じられないと言う顔でこちらを凝視している。
「ア、アル様。私も、この国のために貴方の婚約者として尽力致しましょう」
私はその場を取り繕うように、少し震える声でそう告げた。すると、アルベルト様が満足そうに微笑む。
「私の婚約者である限り、君の安全は全力で守らせてもらおう」
そう答えるアルベルト様の瞳はただ、私だけを真っ直ぐに見つめていた。
そして彼の新しい一面を知り、嬉しいような怖いような複雑な気持ちが渦巻いて私は眠れない夜を過ごすことになった。
アルベルト様、恐るべし。
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