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フォルトナの泉
守りたいもの3
しおりを挟む腕輪から唇が離れると、トルビネ様改めトルビネも恥ずかしかったのだろう顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
“……あの時もすまなかった”
「あの時?」
“はじめて会った時じゃ。 城まで行くのに魔力を殆んどを使い果たからと言って、あんな……”
私のベットでフクロウの姿で眠っていたあの一連のことを言っているのだろう。
口付けから魔力の受け渡しが出来るようで、精霊同士では時々あることらしい。
当時は何てことない態度だったが、やはり内心は今のような反応をしていたのだろうか。
そう考えると可愛らしく思えて、思わず笑ってしまった。
「生死がかかってましたもんね、うんうん。 仕方ないです」
“お主、我を子ども扱いしておるじゃろ?”
トルビネはエアリーナ様を助けるために、今までだいぶ背伸びをしていたのかもしれない。
少しだけ彼に対する警戒心が薄くなった所で、急に後ろから肩を掴まれた。
「そろそろ、彼女と話をしても良いだろうか?」
「アルベルト様!」
“王子よ、精霊に嫉妬とは余裕がないのぉ”
トルビネがまた急に大人びた態度を取ると、アルベルト様の眉がピクッと反応した。
アルベルト様の表情は穏やかだが、私の肩を抱く手には強さが加わる。
それにしても、彼の心配性にも困ったものだ。
「アルベルト様、心配しなくても大丈夫です。 実はトルビネがこれから協力してくれることになったので、もっと力になれそうです!」
「マリ様……」
私の発言にコルテが残念そうに呟く。
アルベル様とトルビネも面食らった顔で私を見た後、同じタイミングでため息をついている。
皆がそんな態度なのか分からなかったが、雰囲気が変わりトルビネは私に向かって軽い会釈と“また”と私の耳元で囁き空に昇っていく。
そしてだいぶ小さくなった所で、彼もまた姿を消した。
「えーっと、じゃあ。 折角だからご飯でも食べに行きましょうか!」
コルテが気を取り直すようにポンッと手を叩いて、私とアルベルト様を宴会の輪の中に連れて行った。
―――――
宴会は大盛り上がりで、人とエルフが和気あいあいと食事をする中に私たちもいる。
色んな人からお礼や激励の言葉をもらい、興奮冷め止まぬ大柄のエルフに抱きつかれそうになった時には、アルベルト様とコルテが息を合わせて防いでくれた。
日が傾いても宴会は終わりを見せず、キャンプファイヤーに音楽や躍りが始まる。
コルテは挨拶があるからと何処かに行ってしまい、私とアルベルト様は座るのに丁度良い丸太を見つけて腰を下ろした。
エルフ族に親しまれている地酒がフルーティーで飲みやすく、2人で今日何度目かの乾杯をする。
「調子はどうだ?」
「時々立ちくらみはありますが、だいぶ回復しました」
「……そうか。 では元気のない原因はフォンテか?」
さすがアルベルト様だ。
今こうして皆が笑顔でいるこは、フォンテが身を犠牲にして私に魔力を渡したからだ。
きっと、彼女が姿を見せるまで気持ちが晴れることはないだろう。
「はい……。 泉も、森の妖精たちも力が戻ったのでフォンテも出てきても良いのですが……」
「回復には個体差がある。 フォンテは強い力を使ってきた反動があるのだろう、じっくりと確実に力を取り戻しているはずだ」
「私もそう信じています。 アルベルト様は体調はいがですか?」
「私は魔力がないから、皆のような疲れはないな」
自嘲するように静かに笑いながら、誤魔化すようにジョッキに口を付ける。
いつもの彼らしくない。
私は知っている。
アルベルト様が嵐の夜、全体をまとめるため冷静に現状を把握し大声を張り上げ指揮を取っていたこと。
精霊の加護から魔法を使うには体力を大きく消耗すること。
「嘘っ!」
急に大きな声を出した私に驚いたのか、アルベルト様のスカイブルーの瞳が大きく開かれる。
「アルベルト様が頑張っている姿を見てました。 だから、そうやって自分を卑下なさらないでください」
「ありがとう。 だが考えてしまう、私にちゃんと魔力があれば救えた人がもっといたんじゃないかと」
彼は私から視線を反らすと、キャンプファイヤーの炎を見ながら何かを思い出すかのようにゆっくり話を始める。
「昔、私のせいで実の母親を失くしてしまった」
炎に照らされて見えるその表情は今にも泣き出しそうで、私は返答に詰まってしまう。
「以前も話したが王子という立場上、幼い頃から狙われることがある。 4つの頃だ、私を庇い母は亡くなったと聞いている」
「聞いているとは……?」
「私にはその時の記憶がないんだ。 目の前で母を失ったショックから4歳以前の記憶が消えてしまった、母の顔も声も何も覚えていない」
現王妃のヴォ―チェ様は実の母ではないと言うが、アルベルト様だけでなく私のことさえも優しく温かく見つめてくださっていた。
何て声を掛けたら正解なのだろうか分からず、彼の言葉に耳を傾けることしかできない。
「ルナとは同じ血が半分しか流れていない。 だからと言って母君は私や兄をルナと分けることなく、皆同じように扱ってくれる。 まぁ兄には嫌われているが、母親を殺した弟だしな……」
「そんなの、アルベルト様は悪くないじゃないですか!」
また自嘲気味に乾いた笑い方をするアルベルト様に、私は無性に腹が立ち思わず立ち会がり声を張り上げてしまった。
急に立ったので、頭がクラっとする。
アルベルト様は驚いた顔で私を見上げた。
「いつだって自分より他人優先で、立場や容姿を鼻にかけるともない。 私はそんなアルベルト様が……っ!」
アルベルト様が?
アルベルト様のことを……?
好きだと言いそうになってしまった。
もちろん嫌いではないけれど、好きと言うには少し勇気がいる。
「私のことが?」
「き、嫌いじゃないです!」
今のは絶対可愛くないのは分かっているが、冗談でも好きとは言えなかった。
そういえば色々あって忘れていたが、アルベルト様とは微妙な関係だった。
ふいに気まずくなった原因を思い出し顔の体温が上がる。
「君を力で押さえ付けて以降、警戒されるようになってしまったが嫌われていない用で安心した……」
素直にホッとする顔を見せるアルベルト様に、罪悪感が生まれる。
あの時、こんなにも男の人と力の差があるのだと知った。
彼はからかうことはあっても傷付けるようなことはしない。
私に力があること、エミル様の思うままではいけないことにアルベルト様は気付かせてくれた。
「君を傷付けてしまい申し訳なかった。 軽率な行動だった」
「私も婚約者という立場なのに、エミル様と安易に関わってしまいました。 反省しています」
「マリが防ぎきれないこともある。 あいつは特に強引だからな、他にも警戒すべき者がいるが……」
最後の方になるにつれて、アルベルト様の声が小さくなり、酔いが回ってきたこともあって上手く聞きとれなかった。
アルベルト様も薄暗い中でも顔がほんのり赤いのが分かる。
エルフの酒は飲みやすく、気付けば2人のジョッキは空になっていた。
アルベルト様とも和解が出来たことだし、醜態を晒す前にそろそろ部屋に戻った方が良いかもしれない。
そういえば、昨年の新人歓迎会で調子に乗って飲んで記憶を飛ばしてからは、お酒はほどほどにしていたのに今日は飲みすぎてしまった。
座るタイミングも逃してしまったし、去るには丁度良い。
「ちょっと酔っ払っちゃったみたいです。 私は部屋に戻りますね」
「マリ……」
「っ!」
アルベルト様は急に私の腕を掴み、丸太に座らせた。
腕を掴んでいた手はすっと肌を滑らせながら私の頬に添えられる。
「私が嫌なんだ」
「いやって……」
「私以外の男が君に触れるのは……、嫌なんだ」
頬に触れるアルベルト様の手も、私を見つめる瞳も熱い。
私以上に飲んでいたアルベルト様も酔っているに違いない。
そう考えないと愛しそうに私を見る彼の視線を、勘違いしてしまいそうになる。
「私たち、だいぶ酔っていますね。 明日もやることが沢山ありますよ!」
「……あぁ、そうだな。 マリのツリーハウスまで送ろう」
アルベルト様は一瞬考える素振りを見せたが、すぐに私からそっと手を離すと立ち上がる。
その時、彼の少し後ろでニヤニヤしながらこちらを見ているコルテと目が合った。
私の視線に気付き背を向けたコルテを逃がしはしない。
「あ、コルテ!」
「マリ様、どうも~」
愛想笑いするコルテを呼び寄せ、私はガッチリと彼女の腕を掴むとアルベルト様に向き直る。
「コルテがいるので大丈夫です。 では、おやすみなさい」
アルベルト様ににっこり微笑むと、そそくさとその場を後にした。
コルテが何か言っているがフワフワした意識にはほとんど聞こえてこない。
その時以降の記憶はなく、私はいつの間にかベットの上で朝を迎えていた。
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