ミニチュア街での遊び方

穂鈴 えい

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乗り込んでから気がついたけど、ここのエレベーターは外側が透明になっていて、外の様子がよく見えるらしい。ちょうどすぐそばに海花の裸足があった。近くで見ると、その大きさに圧倒されてしまう。そのままくるぶし、ふくらはぎと上がって行っているときに、海花が独り言みたいに、ビルよりずっと高い場所から呟いた。

「ねえ、お姉ちゃん、良いこと教えてあげるね」
わたしは不安になりながら耳を傾けた。
「お姉ちゃんは地面からだから、たっくさんあるお家やビルが邪魔になって海花が探すのが大変だって思ってるかもしれないけど、それはあくまでもちっちゃなお姉ちゃんからの視点の話なんだよ」
「どういうことよ……」
エレベーターの中から呟いた。

ほっそりとした、太ももの辺りを通過したあたりで、海花はしゃがみ込んだ。そして、しゃがみこんだまま下を見つめるその視線がわたしを運ぶエレベーターの方に向けれらているのがわかった。海花がわたしのことをジッと見ている。

「お姉ちゃんはバレないように逃げているつもりなんだろうけど、お姉ちゃんの行動は海花には全部お見通しなんだよ。ちょっとだけ目を開けて上から見てたらお姉ちゃんがこのビルに入って行ったのがすぐにわかったんだから。海花から必死で逃げるお姉ちゃんがとっても可愛かったよ。どうせ10秒で一生懸命走ったって、海花の一歩分も逃げられないのに」
そう言って、海花は人差し指を近づけてエレベーターの外側のガラス面に人差し指をぴたりとくっつけて、エレベーターの動きに合わせてゆっくりと人差し指も動かす。

「お姉ちゃん、みーつけた」
あはっ、と笑いながら楽しそうに指でわたしを追っている。海花はもういつでもわたしのことを仕留められるのだ。このままエレベーターを突き破られたらすぐに捕まってしまうだろう。エレベーターの階数表示が18にあることを確認して、急いで20階のボタンを押した。

「あれ? お姉ちゃん降りちゃうの? 海花捕まえられなくなっちゃう」
海花は呑気そうな声で、人差し指をそっとガラスに押し付けている。軽い力だけど、ガラスに一気にヒビが入った。早くドアが開いてくれないと、このまま捕まってしまう。わたしはエレベーターの扉に体を押し付けるようにして開くのを待った。

20階でエレベーターの扉が開くのと、海花の人差し指がエレベーターの強化ガラスを突き破って中に入ってくるのはほとんど同時だった。海花の指がエレベーター内に入ってきて、エレベーターを止めてしまったせいで緊急停止をしたけれど、なんとかドアは開いてから止まってくれた。転がるようにして20階で降りて、なんとか人差し指の追撃を振り払った。

「と、とにかく外から見えない場所でやりすごすしか……」
すでに20階で降りたことも、エレベーターホールのすぐそばにいることもバレているけれど、外から見えない場所にいれば、海花はわたしの姿を見つけることができない。鬼ごっこなら触れられなければわたしの勝ちなのだから、見つけられさえしなければいいのだ。だけど、そんな考えが甘いことだと数秒後に知る。相手の姿が見えなくて恐怖を覚えるのはわたしのほうなのだと海花にわからされてしまう。

ズドォォォォォン、と大きな音ともに、海花の人差し指が壁から突き出てきた。
「きゃあああ」
わたしの悲鳴は小さすぎてきっと海花には聞こえていない。海花の指が一度外に出て、再び別の壁を突き破る。そのまま、何度も壁を突き破ってくる。どんどん壁の穴は増えていく。
「人差し指に触れたらお姉ちゃんの負けだからね」

海花は壁から指を出しては挿してを繰り返す。このままだったら10秒もしないうちにわたしは海花の人差し指にタッチされてしまう。(もっとも、大木のように丈夫で、自動車みたいに速いスピードで動く海花の人差し指に触れられることがタッチなんて可愛らしい言葉で表現できるとは思えないが……)

人差し指の動きが読めなくてその場にペタリと座り込んでしまった。
「無理……怖い……」
毎日見る海花の可愛らしい姿が伴っている時とは違い、人差し指という部位単体を巨大なものとして見なければならない。それは思っていたよりもずっと怖かった。もう諦めて降参しようとしたときに、海花の攻勢は止んだ。
「いないなあ。もしかして、もうエレベーターのとこから逃げたのかなぁ?」
海花の疑問に満ちた声と同時に、遠くの方からガラスが割れる大きな音が聞こえた。
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