73 / 111
73 花見
しおりを挟む
「これは凄いな・・・」
連続した丘陵に、大地を埋め尽くさんばかりに青い花が咲き乱れている。
春になったら染色に用いている花を見に行くという約束だった。今日は屋敷中の人間を集めてピクニックだ。
屋敷で諜報技術を仕込まれている諜報員候補の女の子たちも、これほどの絶景は見たことが無いようだ。初めて見る光景にはしゃいでいる。
「ガロプナの群生地です。ここで摘まれた花が染料になります」
異国の花に囲まれたアンナもずいぶんとこの場所を気に入ったようだ。この辺は以前にユーリさんを訪ねた近くだな。
屋敷の小間使いの女の子たちが、なにか唄を歌いながら踊っている。ロンドに近い踊り方だな。旋律にはどこかケルトとかイングランド方面の香りがある。
この唄って踊る春の小さな祭りは、家とかご近所単位でやるものらしい。
「秋のお祭りと比べて、ずいぶんと規模が小さいね」
「秋の収穫祭がもっとも大きなお祭りです。春は敵が攻めてくることも、冬眠から目覚めた野生動物が襲ってくることもありますから」
春の訪れに浮かれるのはいいが、酔っ払うほど楽しめる時間でも無いということか。
収穫祭の時ですらチュノスの攻撃があったもんな。
「春が来たことを喜ぶ唄と踊りか?」
「はい。春が逃げてまた冬が来ないように、花や新芽を踏まずに踊るのが作法です」
春が逃げるか。
春だと思ったら季節外れの大雪が積もりだすとかふつうにあるからなぁ。前世では天気の急変でモノが送れなくなって、お客さんのところにずいぶんと頭を下げて回ったことを思い出す。俺がいた世界ではわずかな物資の遅延がウン十億円もの損失を出すことだってあった。
夏至や冬至にも小さなお祭りがあるようだが、種まきと収穫を行う春と秋の方がこの世界の人間にとっては重要みたいだな。農業が大切というよりも、食糧自体が貴重なのだ。
水はけのいい畝で数字で管理した作付を、この春から王家の農園で試験的に始める。
王家の農園で行われる農作物の作り方は、適当に種を地面にばらまくだけの現行の農作業よりはるかに高い生産性となるはずだ。いちおう二毛作や三毛作についても伝えたが、土地の回復にどの程度の時間がかかるのか分からないような技術をいきなり導入するわけにはいかないとのことで、今年は見送りになった。土地との兼ね合いとなると、預言者様にも話を聞いてみないといけない。
畜産も近々のうちに考えないといけないな。豆類と野生動物だけではいつかタンパク質が不足する。畜産によって高価なタンパク質を安く誰にでも食べられるものにして、畜産の過程で生じる堆肥はさらに農作物の生産を押し上げる。
春の訪れというのは俺にもより良い未来を想像させてくれるな。
「食事にしましょうか?」
「うん」
こういう物見遊山の遠出というものは、この世界ではあまりやらないそうだ。護衛がついていなければ山賊や夜盗といったものに出くわす可能性があるからだ。仮に女性ばかりだと思って襲ってくる人間がいたら気の毒だな。女性が多いと言っても、アンナを除く全員が諜報に必要な最低限度の武力を持っている。山賊程度なら返り討ちにしてしまうだろう。
アンナが作った織物を地面に敷いて座り、お湯を沸かして紅茶を飲んで軽食をつまむ。
あまり好きな方じゃなかったけれど、外で食べる食事というのもなかなか悪くないな。
風景と美女と美少女がいいんだろうな。はしゃいではいる子どももいるが、あまり騒ぎ立てるような教育はされてはいないせいか聞こえる音も心地いい。
しかし・・・本当に彼女たちの髪の色に合っている花だな。
少しだけ花を拝借し、サーシャの髪に挿してみる。
「うん。似合うよ。君たちのためにある色だ」
金色の大地に一輪の花が咲いているみたいだ。
「頭に花を飾るなど、いい年の女がやることではありません」
サーシャは変なところで恥ずかしがるんだよな。いまだに彼女が恥ずかしがるツボが分からない。
「よろしいじゃないですか。サーシャ様の髪色にとてもお似合いですよ。私のような赤い髪色ではこのような青い花とケンカしてしまいますもの」
たしかにアンナの髪色には合わないな。
「アンナの髪には黄色とか橙とか、そういう色が似あいそうだね。白ならアンナにもサーシャにもリザにも似合いそうだ」
リザのまとめた髪にも花を挿してみる。
金髪に乳白色の玉の髪留め、青いガロプナの花。
リザは恥ずかしがらずに、堂々と自分の美しさを誇示している。ちゃっかり俺の懐に入りこんで、見上げる私って綺麗でしょうと言わんばかりだ。
「アラヒト様のお国では、どのような花が咲いていたんですか?」
「この季節だと桜だな。春に樹木に咲く花で、俺の親指くらいの小さな花が木いっぱいに広がる」
「お色はどのような?」
「桃色と言えば分かるかな?赤と白の染料を混ぜた時にできる色に近い」
そうか。俺は異国で美女の顔を見ながら花見をしているんだな。
せっかくの花見なんだから、俺だけでもワインを持って来れば良かった。
連続した丘陵に、大地を埋め尽くさんばかりに青い花が咲き乱れている。
春になったら染色に用いている花を見に行くという約束だった。今日は屋敷中の人間を集めてピクニックだ。
屋敷で諜報技術を仕込まれている諜報員候補の女の子たちも、これほどの絶景は見たことが無いようだ。初めて見る光景にはしゃいでいる。
「ガロプナの群生地です。ここで摘まれた花が染料になります」
異国の花に囲まれたアンナもずいぶんとこの場所を気に入ったようだ。この辺は以前にユーリさんを訪ねた近くだな。
屋敷の小間使いの女の子たちが、なにか唄を歌いながら踊っている。ロンドに近い踊り方だな。旋律にはどこかケルトとかイングランド方面の香りがある。
この唄って踊る春の小さな祭りは、家とかご近所単位でやるものらしい。
「秋のお祭りと比べて、ずいぶんと規模が小さいね」
「秋の収穫祭がもっとも大きなお祭りです。春は敵が攻めてくることも、冬眠から目覚めた野生動物が襲ってくることもありますから」
春の訪れに浮かれるのはいいが、酔っ払うほど楽しめる時間でも無いということか。
収穫祭の時ですらチュノスの攻撃があったもんな。
「春が来たことを喜ぶ唄と踊りか?」
「はい。春が逃げてまた冬が来ないように、花や新芽を踏まずに踊るのが作法です」
春が逃げるか。
春だと思ったら季節外れの大雪が積もりだすとかふつうにあるからなぁ。前世では天気の急変でモノが送れなくなって、お客さんのところにずいぶんと頭を下げて回ったことを思い出す。俺がいた世界ではわずかな物資の遅延がウン十億円もの損失を出すことだってあった。
夏至や冬至にも小さなお祭りがあるようだが、種まきと収穫を行う春と秋の方がこの世界の人間にとっては重要みたいだな。農業が大切というよりも、食糧自体が貴重なのだ。
水はけのいい畝で数字で管理した作付を、この春から王家の農園で試験的に始める。
王家の農園で行われる農作物の作り方は、適当に種を地面にばらまくだけの現行の農作業よりはるかに高い生産性となるはずだ。いちおう二毛作や三毛作についても伝えたが、土地の回復にどの程度の時間がかかるのか分からないような技術をいきなり導入するわけにはいかないとのことで、今年は見送りになった。土地との兼ね合いとなると、預言者様にも話を聞いてみないといけない。
畜産も近々のうちに考えないといけないな。豆類と野生動物だけではいつかタンパク質が不足する。畜産によって高価なタンパク質を安く誰にでも食べられるものにして、畜産の過程で生じる堆肥はさらに農作物の生産を押し上げる。
春の訪れというのは俺にもより良い未来を想像させてくれるな。
「食事にしましょうか?」
「うん」
こういう物見遊山の遠出というものは、この世界ではあまりやらないそうだ。護衛がついていなければ山賊や夜盗といったものに出くわす可能性があるからだ。仮に女性ばかりだと思って襲ってくる人間がいたら気の毒だな。女性が多いと言っても、アンナを除く全員が諜報に必要な最低限度の武力を持っている。山賊程度なら返り討ちにしてしまうだろう。
アンナが作った織物を地面に敷いて座り、お湯を沸かして紅茶を飲んで軽食をつまむ。
あまり好きな方じゃなかったけれど、外で食べる食事というのもなかなか悪くないな。
風景と美女と美少女がいいんだろうな。はしゃいではいる子どももいるが、あまり騒ぎ立てるような教育はされてはいないせいか聞こえる音も心地いい。
しかし・・・本当に彼女たちの髪の色に合っている花だな。
少しだけ花を拝借し、サーシャの髪に挿してみる。
「うん。似合うよ。君たちのためにある色だ」
金色の大地に一輪の花が咲いているみたいだ。
「頭に花を飾るなど、いい年の女がやることではありません」
サーシャは変なところで恥ずかしがるんだよな。いまだに彼女が恥ずかしがるツボが分からない。
「よろしいじゃないですか。サーシャ様の髪色にとてもお似合いですよ。私のような赤い髪色ではこのような青い花とケンカしてしまいますもの」
たしかにアンナの髪色には合わないな。
「アンナの髪には黄色とか橙とか、そういう色が似あいそうだね。白ならアンナにもサーシャにもリザにも似合いそうだ」
リザのまとめた髪にも花を挿してみる。
金髪に乳白色の玉の髪留め、青いガロプナの花。
リザは恥ずかしがらずに、堂々と自分の美しさを誇示している。ちゃっかり俺の懐に入りこんで、見上げる私って綺麗でしょうと言わんばかりだ。
「アラヒト様のお国では、どのような花が咲いていたんですか?」
「この季節だと桜だな。春に樹木に咲く花で、俺の親指くらいの小さな花が木いっぱいに広がる」
「お色はどのような?」
「桃色と言えば分かるかな?赤と白の染料を混ぜた時にできる色に近い」
そうか。俺は異国で美女の顔を見ながら花見をしているんだな。
せっかくの花見なんだから、俺だけでもワインを持って来れば良かった。
0
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!?
*小説家になろうでも公開しております。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる