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73 花見
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「これは凄いな・・・」
連続した丘陵に、大地を埋め尽くさんばかりに青い花が咲き乱れている。
春になったら染色に用いている花を見に行くという約束だった。今日は屋敷中の人間を集めてピクニックだ。
屋敷で諜報技術を仕込まれている諜報員候補の女の子たちも、これほどの絶景は見たことが無いようだ。初めて見る光景にはしゃいでいる。
「ガロプナの群生地です。ここで摘まれた花が染料になります」
異国の花に囲まれたアンナもずいぶんとこの場所を気に入ったようだ。この辺は以前にユーリさんを訪ねた近くだな。
屋敷の小間使いの女の子たちが、なにか唄を歌いながら踊っている。ロンドに近い踊り方だな。旋律にはどこかケルトとかイングランド方面の香りがある。
この唄って踊る春の小さな祭りは、家とかご近所単位でやるものらしい。
「秋のお祭りと比べて、ずいぶんと規模が小さいね」
「秋の収穫祭がもっとも大きなお祭りです。春は敵が攻めてくることも、冬眠から目覚めた野生動物が襲ってくることもありますから」
春の訪れに浮かれるのはいいが、酔っ払うほど楽しめる時間でも無いということか。
収穫祭の時ですらチュノスの攻撃があったもんな。
「春が来たことを喜ぶ唄と踊りか?」
「はい。春が逃げてまた冬が来ないように、花や新芽を踏まずに踊るのが作法です」
春が逃げるか。
春だと思ったら季節外れの大雪が積もりだすとかふつうにあるからなぁ。前世では天気の急変でモノが送れなくなって、お客さんのところにずいぶんと頭を下げて回ったことを思い出す。俺がいた世界ではわずかな物資の遅延がウン十億円もの損失を出すことだってあった。
夏至や冬至にも小さなお祭りがあるようだが、種まきと収穫を行う春と秋の方がこの世界の人間にとっては重要みたいだな。農業が大切というよりも、食糧自体が貴重なのだ。
水はけのいい畝で数字で管理した作付を、この春から王家の農園で試験的に始める。
王家の農園で行われる農作物の作り方は、適当に種を地面にばらまくだけの現行の農作業よりはるかに高い生産性となるはずだ。いちおう二毛作や三毛作についても伝えたが、土地の回復にどの程度の時間がかかるのか分からないような技術をいきなり導入するわけにはいかないとのことで、今年は見送りになった。土地との兼ね合いとなると、預言者様にも話を聞いてみないといけない。
畜産も近々のうちに考えないといけないな。豆類と野生動物だけではいつかタンパク質が不足する。畜産によって高価なタンパク質を安く誰にでも食べられるものにして、畜産の過程で生じる堆肥はさらに農作物の生産を押し上げる。
春の訪れというのは俺にもより良い未来を想像させてくれるな。
「食事にしましょうか?」
「うん」
こういう物見遊山の遠出というものは、この世界ではあまりやらないそうだ。護衛がついていなければ山賊や夜盗といったものに出くわす可能性があるからだ。仮に女性ばかりだと思って襲ってくる人間がいたら気の毒だな。女性が多いと言っても、アンナを除く全員が諜報に必要な最低限度の武力を持っている。山賊程度なら返り討ちにしてしまうだろう。
アンナが作った織物を地面に敷いて座り、お湯を沸かして紅茶を飲んで軽食をつまむ。
あまり好きな方じゃなかったけれど、外で食べる食事というのもなかなか悪くないな。
風景と美女と美少女がいいんだろうな。はしゃいではいる子どももいるが、あまり騒ぎ立てるような教育はされてはいないせいか聞こえる音も心地いい。
しかし・・・本当に彼女たちの髪の色に合っている花だな。
少しだけ花を拝借し、サーシャの髪に挿してみる。
「うん。似合うよ。君たちのためにある色だ」
金色の大地に一輪の花が咲いているみたいだ。
「頭に花を飾るなど、いい年の女がやることではありません」
サーシャは変なところで恥ずかしがるんだよな。いまだに彼女が恥ずかしがるツボが分からない。
「よろしいじゃないですか。サーシャ様の髪色にとてもお似合いですよ。私のような赤い髪色ではこのような青い花とケンカしてしまいますもの」
たしかにアンナの髪色には合わないな。
「アンナの髪には黄色とか橙とか、そういう色が似あいそうだね。白ならアンナにもサーシャにもリザにも似合いそうだ」
リザのまとめた髪にも花を挿してみる。
金髪に乳白色の玉の髪留め、青いガロプナの花。
リザは恥ずかしがらずに、堂々と自分の美しさを誇示している。ちゃっかり俺の懐に入りこんで、見上げる私って綺麗でしょうと言わんばかりだ。
「アラヒト様のお国では、どのような花が咲いていたんですか?」
「この季節だと桜だな。春に樹木に咲く花で、俺の親指くらいの小さな花が木いっぱいに広がる」
「お色はどのような?」
「桃色と言えば分かるかな?赤と白の染料を混ぜた時にできる色に近い」
そうか。俺は異国で美女の顔を見ながら花見をしているんだな。
せっかくの花見なんだから、俺だけでもワインを持って来れば良かった。
連続した丘陵に、大地を埋め尽くさんばかりに青い花が咲き乱れている。
春になったら染色に用いている花を見に行くという約束だった。今日は屋敷中の人間を集めてピクニックだ。
屋敷で諜報技術を仕込まれている諜報員候補の女の子たちも、これほどの絶景は見たことが無いようだ。初めて見る光景にはしゃいでいる。
「ガロプナの群生地です。ここで摘まれた花が染料になります」
異国の花に囲まれたアンナもずいぶんとこの場所を気に入ったようだ。この辺は以前にユーリさんを訪ねた近くだな。
屋敷の小間使いの女の子たちが、なにか唄を歌いながら踊っている。ロンドに近い踊り方だな。旋律にはどこかケルトとかイングランド方面の香りがある。
この唄って踊る春の小さな祭りは、家とかご近所単位でやるものらしい。
「秋のお祭りと比べて、ずいぶんと規模が小さいね」
「秋の収穫祭がもっとも大きなお祭りです。春は敵が攻めてくることも、冬眠から目覚めた野生動物が襲ってくることもありますから」
春の訪れに浮かれるのはいいが、酔っ払うほど楽しめる時間でも無いということか。
収穫祭の時ですらチュノスの攻撃があったもんな。
「春が来たことを喜ぶ唄と踊りか?」
「はい。春が逃げてまた冬が来ないように、花や新芽を踏まずに踊るのが作法です」
春が逃げるか。
春だと思ったら季節外れの大雪が積もりだすとかふつうにあるからなぁ。前世では天気の急変でモノが送れなくなって、お客さんのところにずいぶんと頭を下げて回ったことを思い出す。俺がいた世界ではわずかな物資の遅延がウン十億円もの損失を出すことだってあった。
夏至や冬至にも小さなお祭りがあるようだが、種まきと収穫を行う春と秋の方がこの世界の人間にとっては重要みたいだな。農業が大切というよりも、食糧自体が貴重なのだ。
水はけのいい畝で数字で管理した作付を、この春から王家の農園で試験的に始める。
王家の農園で行われる農作物の作り方は、適当に種を地面にばらまくだけの現行の農作業よりはるかに高い生産性となるはずだ。いちおう二毛作や三毛作についても伝えたが、土地の回復にどの程度の時間がかかるのか分からないような技術をいきなり導入するわけにはいかないとのことで、今年は見送りになった。土地との兼ね合いとなると、預言者様にも話を聞いてみないといけない。
畜産も近々のうちに考えないといけないな。豆類と野生動物だけではいつかタンパク質が不足する。畜産によって高価なタンパク質を安く誰にでも食べられるものにして、畜産の過程で生じる堆肥はさらに農作物の生産を押し上げる。
春の訪れというのは俺にもより良い未来を想像させてくれるな。
「食事にしましょうか?」
「うん」
こういう物見遊山の遠出というものは、この世界ではあまりやらないそうだ。護衛がついていなければ山賊や夜盗といったものに出くわす可能性があるからだ。仮に女性ばかりだと思って襲ってくる人間がいたら気の毒だな。女性が多いと言っても、アンナを除く全員が諜報に必要な最低限度の武力を持っている。山賊程度なら返り討ちにしてしまうだろう。
アンナが作った織物を地面に敷いて座り、お湯を沸かして紅茶を飲んで軽食をつまむ。
あまり好きな方じゃなかったけれど、外で食べる食事というのもなかなか悪くないな。
風景と美女と美少女がいいんだろうな。はしゃいではいる子どももいるが、あまり騒ぎ立てるような教育はされてはいないせいか聞こえる音も心地いい。
しかし・・・本当に彼女たちの髪の色に合っている花だな。
少しだけ花を拝借し、サーシャの髪に挿してみる。
「うん。似合うよ。君たちのためにある色だ」
金色の大地に一輪の花が咲いているみたいだ。
「頭に花を飾るなど、いい年の女がやることではありません」
サーシャは変なところで恥ずかしがるんだよな。いまだに彼女が恥ずかしがるツボが分からない。
「よろしいじゃないですか。サーシャ様の髪色にとてもお似合いですよ。私のような赤い髪色ではこのような青い花とケンカしてしまいますもの」
たしかにアンナの髪色には合わないな。
「アンナの髪には黄色とか橙とか、そういう色が似あいそうだね。白ならアンナにもサーシャにもリザにも似合いそうだ」
リザのまとめた髪にも花を挿してみる。
金髪に乳白色の玉の髪留め、青いガロプナの花。
リザは恥ずかしがらずに、堂々と自分の美しさを誇示している。ちゃっかり俺の懐に入りこんで、見上げる私って綺麗でしょうと言わんばかりだ。
「アラヒト様のお国では、どのような花が咲いていたんですか?」
「この季節だと桜だな。春に樹木に咲く花で、俺の親指くらいの小さな花が木いっぱいに広がる」
「お色はどのような?」
「桃色と言えば分かるかな?赤と白の染料を混ぜた時にできる色に近い」
そうか。俺は異国で美女の顔を見ながら花見をしているんだな。
せっかくの花見なんだから、俺だけでもワインを持って来れば良かった。
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