ブラック企業「勇者パーティ」をクビになったら、魔王四天王が嫁になりました。~転職先はホワイト企業な魔王軍〜

歩く、歩く。

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111話 大罪を宿した人形の魔女

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 私はディックの援護へ急いでいた。煌力の感覚からして、あと十分は持続すると思う。この状態なら、私もフェイスとの戦いに参加できるはずだ。
 フェイスを完全に消滅させるには、今しかチャンスはない。ディアボロスは倒し、四星龍も全滅させた。私達の圧倒的有利だ。
 待っててディック、今追いつくから。馬鹿げた争いを、私達の手で終わらせるわよ!

『見えたぞシラヌイ、ディックとフェイスだ』
『状況は!?』
『見た方が早い』

 シルフィの言う通り、見たら一目瞭然だった。

『おおおおおおっ!』
『らあああがっ!?』

 ディックがフェイスを圧していた。
 覚醒したことで、ハヌマーンのアンチ魔導具の力が増している。フェイスの攻撃を弾き飛ばし、刀で痛烈な一撃を与える。
 不死の力ですぐ治り、フェイスが全力の一撃を撃ち出す。流石にこれはハヌマーンの防御を貫くけど、リージョンのゲートを使い、攻撃が当たる前に透過させた。

 反撃のソユーズの光線が喉を貫き、金属を操る力で砂鉄を浮かせ、即席の刃を生み出す。フェイスは即座に、近くを飛んでいたドラゴンを掴み盾にしようとした。
 だけど刃はドラゴンをすり抜けて、フェイスだけを切りさいた。

 変身したディックは私達の能力を使えるけど、魔導具の所有者以外にはあんな感じにすり抜けてしまって、一切の効果が無い。リージョンのゲートもフェイスの近くにしか開けないし、メイライトの時間を操る力も、フェイスにしか使う事が出来ない。

 でもそれは逆に、フェイスが人質を取ってもためらわず攻撃できる利点でもあった。

『無駄だ、お前に僕の攻撃を防ぐ手段はない!』

 オベリスクを出し、世界樹の木の根を伸ばしてフェイスを捕まえにかかる。奴が根っこに気を取られている隙に、オベリスクと刀の同時攻撃が胸に十字の傷を与えた。

『がはっ……ああ……傷だ……傷だ! ディックが付けてくれた傷だ! はぁぁ~血が流れる、流れる流れる流れる流れる流れる流れる流れるぅぅぅぅぅぅ! ディックを求めて俺の中身がどんどん外へ飛び出ていく! 血が抜けて体が冷たくなるのに、心はお前を求めてどんどんどんどんどんどんどんどんどん底までに熱くなっているぜぇぇぇぇぇぇぇ!』

 圧倒的不利な状況、だって言うのに……フェイスは傷つくたびに、狂ったように喜んでいる。なんだか、ディックに痛めつけられるのを、楽しんでいるみたいだった。

『お前から苦しみを受ける度、痛みを刻まれる度に沸き起こるんだ、お前から無限の愛を受けている感覚を! あぁ~痺れる、胸が痺れる体が痺れる奥歯が痺れる! 痺れる痺れる痺れる痺れるしびびびびびびびびびビンビンビンビンビンビンビンビン来てるぜぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁああああああ! 興奮が止まらねぇぇぇぇぇぇぇぇ背筋がゾクゾクゾクゾクゾク大満ゾクだぁぁぁぁ! まさしく享楽の嵐! 快感の渦潮! お前との殺し合いがこんなにも至高の時間になるとはぁ! まさしく青天の霹靂、曇天の光芒だぁぁぁぁ!』

 ……え? どしたのあいつ、どうしてあんなに狂ってんの?
 さっきからディックに対して、なんかこう……女を口説くような発言を連呼してんだけど……え? ディックは男よね?

『もっと、もっとぉ! もっと俺を傷つけてくれよディック! お前の愛情って奴を! たぁっぷり与えてくれよぉぉぉぉ!』
『ぐっ……なんだこれ、僕が押されているような気がしてならない……!』

 ディックはどこかやりづらそうにしている。身体的に有利に立っているはずなのに、精神的にフェイスに押し込められていた。
 何よこのあべこべな状況、あいつ頭沸騰してんじゃない?

『まさかと思うが、あの勇者、ディックに恋慕を抱いたのではないか?』
『は? いやいや、冗談でしょ』
『……奴は愛情とやらを知らぬのだろう? ディックに負けるまで、挫折を知らないようだった。その挫折が心を砕き、ディックに変な思慕を抱いた。……荒唐無稽な推理だが、今の奴を見ていると当てはまっているような気がしてならぬのだ……!』

 シルフィがドン引きしている。クソ勇者の奴、同性愛に目覚めたってわけ? 挙句の果てには傷つけられて喜ぶ、マゾ属性までついてるし……。

 愛の形は様々だから別に否定するつもりはないけど、あそこまで狂っていると気色悪いだけね。

 つーか醜悪だわ。嗜虐趣味と被虐趣味を持った病んだ性格の人外でチート能力持ちで同性愛者の狂人勇者……何このてんこ盛り。

『第一……そいつは私の男よ! あんたが手を触れるんじゃないわよ!』

 ディックと約束したのよ、三日三晩肌を重ねるって。そこに割って入ってくんな! ……だから何なのよこの考えは! めちゃくちゃじゃない!
 さっさとフェイスを倒して整理しなくちゃね!

『カノンから奪った炎の力、早速使う時が来たわ。より燃え盛れ炎! 降り注げ灼熱! 煌きなる輝きを纏い、邪気なる勇者を灰燼に帰せ! フレアレイン!』

 二人の頭上に火の玉が浮かび、雨のように降り注ぐ。ディックごと狙った広範囲攻撃に思えるでしょうけど、私はディックとリンクしたサキュバスよ。
 ディックには火の玉がすり抜けて、あんただけに炎の雨が当たる算段になっているのよ!

『うぐぅっ!? んだぁ、よぉ! このクソアマが! 俺とディックの間に割ってくるんじゃねぇ!』
『お前が言うなっ! 私とディックの間に割り込んだのはあんたでしょう!』

 ってなんなのよこの会話、ディックを取り合う女のやり取りじゃない。ってあいつ男じゃない。もう全部めちゃくちゃよ!

『そうだ、いーい事思いついちゃった。シラヌイを殺せば、ディックは俺を憎んでもっと俺を見てくれるんじゃねぇか? なら殺してやるよ、俺とディックに割って入るような奴はぶっ壊してやらないとなぁ! 愛の名の下に行う殺害ならば、全部許されるぅ! はははははははははははハハハハハハハハハHAHAHAHAHAHAHAHAAAAAAAAAAAAAAAAA!』

 やばい、ディックへの歪んだ何かが暴発して完全に理性が千切れた。
 フェイスはエンディミオンを担いで私に突進してくる。でもディックが立ちふさがり、受け止めた。

『別人どころか、完全に化け物になっているな……エンディミオンの虚無に、侵食されているのか?』
『あんたね、狂人を前によく冷静な考察が出来るもんだわ……』

 ド天然男にゃ、サイコホモの好意なんて取るに足らない物みたいね。
 私も心を乱されてる場合じゃないか。ディックを邪な勇者から守る為に、最大級の一発を叩き込んでやる。
 全力の魔力を込め、炎を作り出す。こいつをぶつけて、勇者との因縁を焼き切ってやるわ。

『終焉の炎、THE END!』

 これが私の最大の魔法! 終幕を齎す炎よ!

「傲慢の眼 『ひれ伏せ』」

 まさしく、私がフェイスを焼き払おうとした時だった。
 突然、頭から重い何かがのしかかり、私を圧し潰した。
 地面に押さえつけられ、身動きが取れない。何よこれ、突然の横やりに頭が混乱する。

『ぐうぁっ!』
『なんだ、僕達、まで!?』

 押しつぶされたのは私だけじゃない、ディックとフェイスも空から叩き落され、地に伏していた。
 木々がめきめきと音を立て、潰されていく……エルフも人間もドラゴンも、ラズリもディアボロスまでも、戦場に居る者全てが、見えない力に押しつぶされていた。

『これ……なんっ……くそが、うぜぇっ……!」
『動けない……! 誰だ、乱入してきたのはっ……!?」

 ディックとフェイスの変身が解けて、私も煌力モードが解除される。そしたら空から、声が聞こえてきた。

「愛が満ちている 多くの命が集っている やはりいい 戦場は素晴らしい 私を満たす命と心と愛がいっぱい詰まった宝箱」

 無機質で、感情の伺えない声。かろうじて空を見れば、金色のドレスに身を包んだ女が浮かんでいた。
 奇怪な風貌の女だ。関節が人形のようになっていて、幅広の鍔を持つ帽子をかぶっている。その姿は、まるで魔女のようだ。
 帽子の下にある桃色の目は、ガラス玉みたい。決していい比喩じゃない、人としての感情が一切見えない、心無き眼だ。

「誰……? なんなの、あれ……?」
「わからない……けど、戦場を支配するこの力……! あの女性が出している!」

 ディックが体をきしませながら立ち上がった。ディアボロスさえ押さえつける力に抗っているって事は、まさかこれ。

「魔導具の力……なの……?」
「ああ……さっきから、ハヌマーンがかき消して、いるんだけど……!」
『かき消す先から力が蘇る。我が無力化するよりも早く力が再生しているのだ』

 ハヌマーンの防御機能が間に合わない力!? 一体、なんの魔導具を持ってるのよ。

「一番深い愛はどこ ああ 見つけた すぐそばにあった 待っていて 今すぐ私が 掬うから」

 女は戦場を見渡すと、私達の下へ降りてくる。ディックとフェイスの前に降り立ち、交互に見やった。

「お前達が 深い愛を持っている ついてきて 私に愛を囁き 讃えなさい それが貴方達に許された 唯一の命乞い」
「なぁにを、言って、やがる……くそがっ!」

 フェイスも立ち上がった。そしたら女は瞬きする。
 押さえつける力がなくなって、私も立てるようになった。骨が潰されるような痛みだったわ……!

『ばっはっはぁ! なんだなんだ? 面白い奴がきおったなぁ!』

 急に飛び出してくるディアボロス。ラズリにボコボコにされたはずなのに、もう傷が直って戦線復帰したってわけ?

『二人とも、無事ですか!』
「へぇぇ? 妙な女が来てやがるぜ」

 ラズリとワイルも合流して、女が挟み撃ちになる。だけど女は、静かに私達を見渡すだけ。

「お前達は 要らない 私が必要なのは その二人だけ お前達は 私に妬け 妬め 妬むがいい 嫉妬に狂い 空虚に果てろ」
『ばっはっは! 面白い事を抜かす女だ! 勇者よ、こいつはワシが頂くぞ!』

 ディアボロスが大口を開けてかみ砕こうとする。そしたらラズリも、

『嫌な感じがする……ここで倒さないとまずい!』

 拳を握り、襲い掛かった。

「嫉妬の左手 『悶えろ』」

 女が左手を掲げた瞬間、全身が痺れた。
 全身の感覚がなくなって立っていられなくなり、膝をついてしまう。ディックが支えなければ倒れていただろう。

『目が見えぬ……なんだ!?』
『…、………!?』

 ディアボロスは狙いをそらして見当違いな場所をかみ砕き、ラズリは口を押えて止まってしまう。ワイルも耳を塞いでいた。

「聞こえない……耳が、聴覚が利かない!?」
「鼻が気持ち悪ぃ、嗅覚を奪ったのか、クソアマ!」

 フェイスまでやられている。まさか私は、触角を奪われたの?
 耳をすませば、あちこちからエルフやドラゴン、人間達の悲鳴が聞こえてくる。ランダムに五感を奪う魔法って事? それを戦場全域に使ったってわけ?

「妬ましいだろう 恨めしいだろう 命あるがゆえに 体が欠損するのは 嫉ましいだろう それが私の苦しみだ思い知ったが愚弄どもが!」

 今度は怒りだした。髪を掻きむしり、体をぐわんぐわんと揺らして、しまいには近くの木に頭をぶつけ始めた。

「あああああ! どうして私は人形なの? 生身の体がどうしてないの? 生身のお前達が妬ましい僻ましい羨ましい恨めしい疎ましい嫉ましい烏滸がましいかしがましい勝手がましい託言がましい恥がましい恨みがましい恩がましい未練がましいせせこましい浅ましい姦しいいじましい悍ましい忌々しい自由がましい差し出がましい惨たらしい痛ましい生身生身生身生身の体が欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!!!!」

 激しい嫉妬と憎悪をまき散らし、女は怒り狂う。かと思ったら、

「……はぁ 面倒くさい 心も 生身も 手に入れるの 面倒くさい 誰か持ってきてくれないかしら 楽して 私の心と体を 付け替えたい」

 今度は自堕落に寝そべり、怠惰な発言をした。
 なによこの情緒不安定な奴、一体、何を目的に乱入してんのよ!

「だからお前達 私の心を 用意なさい」

 女はすっくと立ちあがるなり、手を突き出す。そしたら腕が分裂した。触手のように、人形のような腕が無数に伸びて、ディックとフェイスの胸倉をつかむ。
 女が何をしようとしたのかわかり、私は止めようとした。でも体が、動かない……!

「う、わぁっ!?」
「なにしやが……うおおっ!?」
「捕縛完了 さらばだ 優雅に去る私を 指を咥えて 見ているがいい」

 女は無数の腕で二人を縛ると、左足で地面を突いた。

「怠惰の左足 『這いつくばれ』」

 瞬間、黒い染みのような魔法陣が展開して、戦場全域を覆う。範囲に居る全員が、指一本すら動かせない倦怠感に襲われた。

『気力を奪う魔法か……なんたる効果だ』

 シルフィが墜落して、私の横に転がる。頭が働かない……限界の空腹みたいな、気持ち悪い苦痛が襲ってくる。

「あんた……一体、何者……よ!」
「私は 人形 人形で 人形の 人形な 人形が 人形さ 人形の魔女アプサラス 魔女 アプサラス だけど 覚える必要はもう ない」

 アプサラスと名乗った魔女は、ディックを連れて浮かんでいく。彼が連れてかれようとしているのに、私は、何もできない……!

「やめて……返して……ディックを、私の宝物を……返して!」
「お前の宝物 ではない こいつはもう 私の物 お前の物は私の物 私の物は私の物 私の心は ……どこにある」

 瞬間、魔女の姿が消えた。
 体が動けるようになって、私はすぐにディックを探した。
 だけど……ディックの姿はどこにも、見えなかった……。
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