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8話 エンペラーオウル
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クエストクリアに必要なアイテムをダウンロードし、ワンが指定したダンジョンへ向かった。800円の消費だが、これも必要な経費だ。
険しい渓谷地帯だ。空には獲物を狙って猛禽類が旋回しており、見下ろせば大型のサソリやリザード類がはい回っている。どのモンスターもレベル30を超える危険な相手ばかりだ。
俺とアンナが狩人・盗賊コンビで助かったよ。こんな危険な領域、もしクルセイダーのままだったら切り抜けられなかっただろうな。
狩人と盗賊が使える「潜伏」。動きを止めている間気配を断ち、モンスターに見つからなくなるスキルだ。加えて俺達は「敵感知」を持っている、二人で協力し合えば半径500メートル以内のモンスターを感知できるのだ。
「おっけー、サラマンダー通り過ぎたよ」
「よし移動だ、ついて来い」
危険なモンスターが居なくなったのを確認した後、速やかに移動する。アンナは盗賊という事もあり移動速度が速い。弱体化した俺では時折離されるので、時々「曲芸回避」を使って追いかけた。
戦闘に特化した前衛職ではこんな攻略はできないだろう。勿論戦闘を否定するわけではない。だが敵を圧倒する力だけでなく、いかに危険を避けて進むかの判断も冒険者には必要だ。
「大体中間まで来たかな、ちょっと休憩する?」
「そうしよう。君はともかく、俺はスタミナが切れそうだ。ふぅ……」
ワンダーワールドにはスタミナと言う概念がある。不思議なダンジョンとかでよくある空腹度と呼ぶべき物で移動は勿論、攻撃、移動、スキル使用と言ったあらゆる行動を通して消費されてしまう。
スタミナが無くなれば能力値は落ちてしまい、スキルも使えなくなる。体調管理はクエスト攻略において欠かせぬファクターなのだ。
経験上、スタミナは八割以上をキープできるようにしておくのが望ましい。それを下回ると緊急時に対応できなくなるからだ。
「リチュアから貰った補給食っと。あの子料理上手だから楽しみだったんだよね」
「それに元ギルド職員だ、冒険者の事をよく分かっている。持ち運びしやすいクッキーを用意してくれたのは流石だな」
スタミナを大きく落とす要因となるのが装備品と道具だ。重い鎧にでかい剣、そして大量のアイテムを持っていれば、当然体力を消費してしまう。
自分の向かうダンジョンがどれだけの規模なのか。どの程度探索するのか。子供の遠足みたいだが、そんな基本が出来てこそ一人前の冒険者だ。
そして俺達が所属する狩人と盗賊は、ダンジョン探索に置いて右に出る者がいない探索職だ。
戦士や剣士と言った前衛職に比べて重い装備が持てない分、スタミナ消費が軽く済む。魔法使いなどの後衛職と違って、戦闘力は低くても単独でモンスターをやり過ごす術を多数そろえているから前衛が居なくても機能できる。
結果としてダンジョンを長く攻略する事が可能なので、レアアイテムや希少素材を数多く入手できるクラスでもあるんだ。
「しっかしこの渓谷ダンジョンのボスから高品質の希少素材取ってこいとか、ワン支社長も鬼だよねぇ」
「あまり悪口言わない方がいいぞ。白月の情報網は凄いからな、些細な発言すら耳にしている危険がある」
「おっとっと……恐い怖い、略して恐怖……でもダンジョンって不思議だよね。いくらモンスターを倒しても居なくならないし、アイテムを取ってもすぐに復活するし」
「確かにそうだな」
そりゃ、ここがゲームの世界だからな。モンスターは自動でリスポーンするし、アイテムもランダムで再配置される。それがこの世界の法則だ。
この特性もあって、ダンジョンはワンダーワールドの貴重な資源採掘場となっている。人々はその恩恵を冒険者を通して享受し、日々の生活を送っているのだ。
「休憩終わりだ。先を急ごう」
「そだね、早いとこクエスト片付けようか。狙いはこの渓谷ダンジョン最強のモンスター、エンペラーオウルだよね」
◇◇◇
エンペラーオウルは名前の通り、巨大なフクロウだ。
外見はオオミミズクを五メートル大にした物だが、その戦闘力は一線を画す。
巨体にも関わらず無音で空を飛び、一キロ先で動く二センチのバッタすら視認し、足の握力は一トンと岩をも砕く。数ある鳥型モンスターの中でも屈指の能力を持った相手である。
「何よりも恐ろしいのが、その羽毛だ」
「羽を飛ばしてくるとか?」
「違う。あのもふもふと柔らかな胴体で俺達冒険者を魅了し、ふわふわな尾っぽをぷるぷる振って胸きゅんさせてくる。鱗におおわれたあんよもプリチーだし、くりんとした目にちょこんとした嘴なんかサイコーだろう。フクロウは萌え要素の国士無双なんだ」
「おじさん、鳥好きなの?」
「うん」
無論仕事であれば鳥型モンスターだろうと割り切って狩るが、それはそれこれはこれだ。前世じゃフクロウの動画が通勤時間の癒しだったんだよ。
鳥に限らず動物は大好きだし、狩人になって動物の習性を学ぶ時も前世の知識が役に立ったものである。
だがお陰でフクロウの習性は理解している。目的が討伐ではなく希少素材の確保であれば、狩人の出番ってわけだ。
一次試験は盗賊の腕を見るテスト、そして二次試験は狩人の腕を見るテスト。ここからはおじさんが頑張らなくちゃな。
「おじさん見えたよ、エンペラーオウル!」
アンナが興奮した様子で指さす先には、巨大な枝で出来た巣に陣取るエンペラーオウルが居た。
全長五メートルもの巨大なミミズクに思わず見とれてしまう。偉そうに胸を張った姿、遠くを見つめる凛々しい顔立ち。キングを超えるエンペラーの名を冠するだけあって見惚れてしまう姿だ。
「おっといかんいかん……平常心だ。気をつけろアンナ、エンペラーオウルは俺達で勝てる相手じゃない。絶対に気付かれてはダメだぞ」
「分かってるよ。狙いはえーっと、品質90以上の尾羽と鱗が五つずつだったよね」
エンペラーオウルの羽は非常に上質な糸素材になる。
かの素材で作った服は一着5万ギルで取引される程の高級品で、羽一枚でも1万ギルを下らない超高級素材なのだ。
そして足の鱗は防具の素材となる。エンペラーオウルの鱗はカーボンと同じ構造になっていて、硬いのに軽い。前世であればロケットやロードバイクの車体にも使われている先進素材だ。
「よーしそれじゃ、ちゃちゃっと行こう。「潜伏」を使いながら近づけば楽勝だよね」
「ダメだアンナ、不用意に出て行くな」
注意したのに勝手に飛び出してしまう。するとエンペラーオウルはアンナを目視し飛翔した。
アンナはすぐに茂みへ飛び込み、「潜伏」を使った。でも無駄だ。エンペラーオウルの目は「潜伏」を見破る力がある、このままじゃ殺されてしまう。
俺の脳裏にワーグナーの最期が蘇り、足がすくんだ。だが思い切り腿を殴って奮い立てた。
「させるものか……女を守るのが冒険者の矜持だろう!」
第二のワーグナーは生み出さない。過去を覆すために俺はDLCを手にしたのだから!
ボウガンで矢を撃ち出す。矢は甲高い音を立てながらエンペラーオウルの眼前を掠め、怯ませた。ピクウスで矢を三発放つと、今度は緑の煙を放ちながら飛んでいく。
DLC「特殊な矢セット」だ。
回復アイテム詰め合わせ等の系列に当たるDLCで、課金する事でのみ使用可能な矢の詰め合わせだ。殺傷力はないが、相手に状態異常を与える矢が入ったDLCである。
その中の鏑矢と発煙矢を使ってエンペラーオウルを翻弄したのである。発煙矢で視界がふさがっている今がチャンス。
「アンナ!」
すぐに彼女の下へ向かい、「潜伏」を発動する。違うな……俺の「潜伏(改)」を発動した。
上位版スキル「潜伏(改)」。通常制止しなければ使えない「潜伏」だが、このスキルは息を止めてさえいれば移動しながら「潜伏」の効果を受けられるDLCスキルだ。
これはエンペラーオウルの目を欺く程の効果があり、俺に触れている者にも同じ効果を与えられる。息を止める関係でスタミナ消費は激しくなるが、緊急時にとても役立つ便利スキルなんだ。
「凄いよおじさん! でもすぐにエンペラーオウルが」
「大丈夫だ。見てごらん」
「え……あれ? すごくバタバタしてる」
アンナの言う通り、エンペラーオウルは上手く旋回できずにもたついている。この隙に安全な場所へ移動だ。
フクロウ好きは置いといて、俺は狩人だ。フクロウの弱点を知らない訳がない。
フクロウの羽は爪のようなギザギザが縁どられている。セレーションと呼ばれる構造で、これにより空気を拡散して音もなく飛ぶ事が出来るんだ。
だがその構造は旋回性に難が生まれてしまう。さっきみたいに怯ませてしまうと急激な方向転換が出来ないから、大きな隙を作れるんだよ。
「助かったー……ごめん、不覚を取った」
「無事だったから構わないよ。……昔の俺をちょっと超えたからな」
どうだったかなワーグナー、俺は上手くできただろうか。っと、呆けてる暇はないな。
「作戦会議だ。出来るだけ声を潜めて、静かに話すぞ」
狩りを成功させるには獲物を観察しなきゃならない。俺とアンナは茂みに隠れ、エンペラーオウルの様子を伺った。
アンナを見失ったエンペラーオウルは再び巣に戻り、俺達を探して首を回している。最大270度回転する首はまるでパラボラアンテナのようだ。
通常鳥は目が頭の横についている。これにより視野を広げて外敵を発見しやすくしているんだ。
しかしフクロウは目が正面についている。肉食動物の目は両目で獲物をしっかり捉える事で距離感を正確に測るよう出来ていて、フクロウの目もこの仕組みになっている。
でもって、フクロウは眼球が固定されて動かせない。そこで首を回転させて索敵範囲をカバーしているわけだ。
「じゃあ目が向いている逆の方角に移動すればいいんじゃ」
「無理だ。フクロウは左右非対称の位置についた耳で音を立体的に捉える事が出来る、下手に移動すればすぐに発見されるぞ」
「さっきのスキル使えばいいじゃん」
「息止めながら長距離移動は出来ない。途中でへばってスキルが解除されるのが落ちさ」
「じゃあ、フクロウって旋回性が悪いんでしょ。おじさんがアクロバットして逃げれば」
「体のサイズが違い過ぎるし、フクロウは時速七〇キロで飛ぶ。エンペラーオウルともなれば一〇〇キロは超えるぞ。短距離を高速移動した所で捕まるだけだ」
「それじゃ八方塞がりじゃん」
「落ち着いて。今はこうして出来ないことをきちんと洗い出している段階だ、そしたら次は出来る事を洗い出す作業に入ればいい」
ここからは、狩りの時間だ。
◇◇◇
エンペラーオウルの死角へ移動し、ボウガンに鏑矢を、ピクウスに二種の矢を番える。準備は万端だ。
アンナに合図を送って作戦を始める。彼女の盗賊としての装備はナイフとパチンコだ。それに加えて面白い小道具を多数取り揃えていて、作戦の立て甲斐がある。
茂みの中からパチンコで小道具を射出する。それは精巧な作り物……ではなく本物のゴキブリだ。
本人曰く人間相手に逃げる場合の武器との事なのだが、フクロウハントにおいて非常に役立つアイテムだ。
宙を舞うゴキブリを見るなりエンペラーオウルが動き出す。そう、フクロウは虫が大好物なのだ。
野生動物は基本空腹だ、満腹である事はありえない。それにフクロウは開けた場所に飛び出した獲物を狙う。旋回するのが苦手なので、直線に飛べる障害物がない場所の獲物は格好の的ってわけだ。
「いかに賢くとも、人には敵わないのさ」
エンペラーオウルの眼前に二発、矢を撃ち出した。
弧を描くように撃った矢を、真っ直ぐ飛んだ二発目の矢で撃ち抜く。その瞬間、激しい閃光が渓谷を照らし出した。
DLC「特殊な矢セット」の最後の一つ、閃光矢だ。着弾した場所に強烈な光を放ち、敵を麻痺させる効果がある。
フクロウの目は光を多く吸収する作りになっていて、昼間はあまりの眩しさから目を開ける事も出来ない時があるそうだ。
って事は、強烈な閃光を受ければ当然目は潰れる。エンペラーオウルもその例に漏れず、視力を失いパニック状態だ。
「とどめの鏑矢を喰らえ」
最後は耳元に鏑矢を放つ。鏑矢は撃つ力が強ければ強いほど高い音を出す、俺の愛銃ならば一発で昏倒する音を出せるのだ。
目が潰れた所へ耳を潰す高音を喰らい、エンペラーオウルはたまらず墜落。体を痙攣させて気絶してしまった。
「やった、やったよ! おじさんすっごーい!」
「喜ぶのはまだ早い、急いで尾羽と鱗を取りに行くぞ」
エンペラーオウルはこのダンジョンのボスだ、気絶しても三分で起きてしまうだろう。
迅速にクエストの品を入手し離脱する。DLCスキル「品質向上(改)」と「アイテム入手個数UP(改)」、「レアアイテム入手率UP(改)」を持っているから、品質90以上の尾羽と鱗をそれぞれ六つずつ入手できた。
これでクエストクリアだ。済まないなエンペラーオウル、この素材は大事に使わせてもらうよ。
険しい渓谷地帯だ。空には獲物を狙って猛禽類が旋回しており、見下ろせば大型のサソリやリザード類がはい回っている。どのモンスターもレベル30を超える危険な相手ばかりだ。
俺とアンナが狩人・盗賊コンビで助かったよ。こんな危険な領域、もしクルセイダーのままだったら切り抜けられなかっただろうな。
狩人と盗賊が使える「潜伏」。動きを止めている間気配を断ち、モンスターに見つからなくなるスキルだ。加えて俺達は「敵感知」を持っている、二人で協力し合えば半径500メートル以内のモンスターを感知できるのだ。
「おっけー、サラマンダー通り過ぎたよ」
「よし移動だ、ついて来い」
危険なモンスターが居なくなったのを確認した後、速やかに移動する。アンナは盗賊という事もあり移動速度が速い。弱体化した俺では時折離されるので、時々「曲芸回避」を使って追いかけた。
戦闘に特化した前衛職ではこんな攻略はできないだろう。勿論戦闘を否定するわけではない。だが敵を圧倒する力だけでなく、いかに危険を避けて進むかの判断も冒険者には必要だ。
「大体中間まで来たかな、ちょっと休憩する?」
「そうしよう。君はともかく、俺はスタミナが切れそうだ。ふぅ……」
ワンダーワールドにはスタミナと言う概念がある。不思議なダンジョンとかでよくある空腹度と呼ぶべき物で移動は勿論、攻撃、移動、スキル使用と言ったあらゆる行動を通して消費されてしまう。
スタミナが無くなれば能力値は落ちてしまい、スキルも使えなくなる。体調管理はクエスト攻略において欠かせぬファクターなのだ。
経験上、スタミナは八割以上をキープできるようにしておくのが望ましい。それを下回ると緊急時に対応できなくなるからだ。
「リチュアから貰った補給食っと。あの子料理上手だから楽しみだったんだよね」
「それに元ギルド職員だ、冒険者の事をよく分かっている。持ち運びしやすいクッキーを用意してくれたのは流石だな」
スタミナを大きく落とす要因となるのが装備品と道具だ。重い鎧にでかい剣、そして大量のアイテムを持っていれば、当然体力を消費してしまう。
自分の向かうダンジョンがどれだけの規模なのか。どの程度探索するのか。子供の遠足みたいだが、そんな基本が出来てこそ一人前の冒険者だ。
そして俺達が所属する狩人と盗賊は、ダンジョン探索に置いて右に出る者がいない探索職だ。
戦士や剣士と言った前衛職に比べて重い装備が持てない分、スタミナ消費が軽く済む。魔法使いなどの後衛職と違って、戦闘力は低くても単独でモンスターをやり過ごす術を多数そろえているから前衛が居なくても機能できる。
結果としてダンジョンを長く攻略する事が可能なので、レアアイテムや希少素材を数多く入手できるクラスでもあるんだ。
「しっかしこの渓谷ダンジョンのボスから高品質の希少素材取ってこいとか、ワン支社長も鬼だよねぇ」
「あまり悪口言わない方がいいぞ。白月の情報網は凄いからな、些細な発言すら耳にしている危険がある」
「おっとっと……恐い怖い、略して恐怖……でもダンジョンって不思議だよね。いくらモンスターを倒しても居なくならないし、アイテムを取ってもすぐに復活するし」
「確かにそうだな」
そりゃ、ここがゲームの世界だからな。モンスターは自動でリスポーンするし、アイテムもランダムで再配置される。それがこの世界の法則だ。
この特性もあって、ダンジョンはワンダーワールドの貴重な資源採掘場となっている。人々はその恩恵を冒険者を通して享受し、日々の生活を送っているのだ。
「休憩終わりだ。先を急ごう」
「そだね、早いとこクエスト片付けようか。狙いはこの渓谷ダンジョン最強のモンスター、エンペラーオウルだよね」
◇◇◇
エンペラーオウルは名前の通り、巨大なフクロウだ。
外見はオオミミズクを五メートル大にした物だが、その戦闘力は一線を画す。
巨体にも関わらず無音で空を飛び、一キロ先で動く二センチのバッタすら視認し、足の握力は一トンと岩をも砕く。数ある鳥型モンスターの中でも屈指の能力を持った相手である。
「何よりも恐ろしいのが、その羽毛だ」
「羽を飛ばしてくるとか?」
「違う。あのもふもふと柔らかな胴体で俺達冒険者を魅了し、ふわふわな尾っぽをぷるぷる振って胸きゅんさせてくる。鱗におおわれたあんよもプリチーだし、くりんとした目にちょこんとした嘴なんかサイコーだろう。フクロウは萌え要素の国士無双なんだ」
「おじさん、鳥好きなの?」
「うん」
無論仕事であれば鳥型モンスターだろうと割り切って狩るが、それはそれこれはこれだ。前世じゃフクロウの動画が通勤時間の癒しだったんだよ。
鳥に限らず動物は大好きだし、狩人になって動物の習性を学ぶ時も前世の知識が役に立ったものである。
だがお陰でフクロウの習性は理解している。目的が討伐ではなく希少素材の確保であれば、狩人の出番ってわけだ。
一次試験は盗賊の腕を見るテスト、そして二次試験は狩人の腕を見るテスト。ここからはおじさんが頑張らなくちゃな。
「おじさん見えたよ、エンペラーオウル!」
アンナが興奮した様子で指さす先には、巨大な枝で出来た巣に陣取るエンペラーオウルが居た。
全長五メートルもの巨大なミミズクに思わず見とれてしまう。偉そうに胸を張った姿、遠くを見つめる凛々しい顔立ち。キングを超えるエンペラーの名を冠するだけあって見惚れてしまう姿だ。
「おっといかんいかん……平常心だ。気をつけろアンナ、エンペラーオウルは俺達で勝てる相手じゃない。絶対に気付かれてはダメだぞ」
「分かってるよ。狙いはえーっと、品質90以上の尾羽と鱗が五つずつだったよね」
エンペラーオウルの羽は非常に上質な糸素材になる。
かの素材で作った服は一着5万ギルで取引される程の高級品で、羽一枚でも1万ギルを下らない超高級素材なのだ。
そして足の鱗は防具の素材となる。エンペラーオウルの鱗はカーボンと同じ構造になっていて、硬いのに軽い。前世であればロケットやロードバイクの車体にも使われている先進素材だ。
「よーしそれじゃ、ちゃちゃっと行こう。「潜伏」を使いながら近づけば楽勝だよね」
「ダメだアンナ、不用意に出て行くな」
注意したのに勝手に飛び出してしまう。するとエンペラーオウルはアンナを目視し飛翔した。
アンナはすぐに茂みへ飛び込み、「潜伏」を使った。でも無駄だ。エンペラーオウルの目は「潜伏」を見破る力がある、このままじゃ殺されてしまう。
俺の脳裏にワーグナーの最期が蘇り、足がすくんだ。だが思い切り腿を殴って奮い立てた。
「させるものか……女を守るのが冒険者の矜持だろう!」
第二のワーグナーは生み出さない。過去を覆すために俺はDLCを手にしたのだから!
ボウガンで矢を撃ち出す。矢は甲高い音を立てながらエンペラーオウルの眼前を掠め、怯ませた。ピクウスで矢を三発放つと、今度は緑の煙を放ちながら飛んでいく。
DLC「特殊な矢セット」だ。
回復アイテム詰め合わせ等の系列に当たるDLCで、課金する事でのみ使用可能な矢の詰め合わせだ。殺傷力はないが、相手に状態異常を与える矢が入ったDLCである。
その中の鏑矢と発煙矢を使ってエンペラーオウルを翻弄したのである。発煙矢で視界がふさがっている今がチャンス。
「アンナ!」
すぐに彼女の下へ向かい、「潜伏」を発動する。違うな……俺の「潜伏(改)」を発動した。
上位版スキル「潜伏(改)」。通常制止しなければ使えない「潜伏」だが、このスキルは息を止めてさえいれば移動しながら「潜伏」の効果を受けられるDLCスキルだ。
これはエンペラーオウルの目を欺く程の効果があり、俺に触れている者にも同じ効果を与えられる。息を止める関係でスタミナ消費は激しくなるが、緊急時にとても役立つ便利スキルなんだ。
「凄いよおじさん! でもすぐにエンペラーオウルが」
「大丈夫だ。見てごらん」
「え……あれ? すごくバタバタしてる」
アンナの言う通り、エンペラーオウルは上手く旋回できずにもたついている。この隙に安全な場所へ移動だ。
フクロウ好きは置いといて、俺は狩人だ。フクロウの弱点を知らない訳がない。
フクロウの羽は爪のようなギザギザが縁どられている。セレーションと呼ばれる構造で、これにより空気を拡散して音もなく飛ぶ事が出来るんだ。
だがその構造は旋回性に難が生まれてしまう。さっきみたいに怯ませてしまうと急激な方向転換が出来ないから、大きな隙を作れるんだよ。
「助かったー……ごめん、不覚を取った」
「無事だったから構わないよ。……昔の俺をちょっと超えたからな」
どうだったかなワーグナー、俺は上手くできただろうか。っと、呆けてる暇はないな。
「作戦会議だ。出来るだけ声を潜めて、静かに話すぞ」
狩りを成功させるには獲物を観察しなきゃならない。俺とアンナは茂みに隠れ、エンペラーオウルの様子を伺った。
アンナを見失ったエンペラーオウルは再び巣に戻り、俺達を探して首を回している。最大270度回転する首はまるでパラボラアンテナのようだ。
通常鳥は目が頭の横についている。これにより視野を広げて外敵を発見しやすくしているんだ。
しかしフクロウは目が正面についている。肉食動物の目は両目で獲物をしっかり捉える事で距離感を正確に測るよう出来ていて、フクロウの目もこの仕組みになっている。
でもって、フクロウは眼球が固定されて動かせない。そこで首を回転させて索敵範囲をカバーしているわけだ。
「じゃあ目が向いている逆の方角に移動すればいいんじゃ」
「無理だ。フクロウは左右非対称の位置についた耳で音を立体的に捉える事が出来る、下手に移動すればすぐに発見されるぞ」
「さっきのスキル使えばいいじゃん」
「息止めながら長距離移動は出来ない。途中でへばってスキルが解除されるのが落ちさ」
「じゃあ、フクロウって旋回性が悪いんでしょ。おじさんがアクロバットして逃げれば」
「体のサイズが違い過ぎるし、フクロウは時速七〇キロで飛ぶ。エンペラーオウルともなれば一〇〇キロは超えるぞ。短距離を高速移動した所で捕まるだけだ」
「それじゃ八方塞がりじゃん」
「落ち着いて。今はこうして出来ないことをきちんと洗い出している段階だ、そしたら次は出来る事を洗い出す作業に入ればいい」
ここからは、狩りの時間だ。
◇◇◇
エンペラーオウルの死角へ移動し、ボウガンに鏑矢を、ピクウスに二種の矢を番える。準備は万端だ。
アンナに合図を送って作戦を始める。彼女の盗賊としての装備はナイフとパチンコだ。それに加えて面白い小道具を多数取り揃えていて、作戦の立て甲斐がある。
茂みの中からパチンコで小道具を射出する。それは精巧な作り物……ではなく本物のゴキブリだ。
本人曰く人間相手に逃げる場合の武器との事なのだが、フクロウハントにおいて非常に役立つアイテムだ。
宙を舞うゴキブリを見るなりエンペラーオウルが動き出す。そう、フクロウは虫が大好物なのだ。
野生動物は基本空腹だ、満腹である事はありえない。それにフクロウは開けた場所に飛び出した獲物を狙う。旋回するのが苦手なので、直線に飛べる障害物がない場所の獲物は格好の的ってわけだ。
「いかに賢くとも、人には敵わないのさ」
エンペラーオウルの眼前に二発、矢を撃ち出した。
弧を描くように撃った矢を、真っ直ぐ飛んだ二発目の矢で撃ち抜く。その瞬間、激しい閃光が渓谷を照らし出した。
DLC「特殊な矢セット」の最後の一つ、閃光矢だ。着弾した場所に強烈な光を放ち、敵を麻痺させる効果がある。
フクロウの目は光を多く吸収する作りになっていて、昼間はあまりの眩しさから目を開ける事も出来ない時があるそうだ。
って事は、強烈な閃光を受ければ当然目は潰れる。エンペラーオウルもその例に漏れず、視力を失いパニック状態だ。
「とどめの鏑矢を喰らえ」
最後は耳元に鏑矢を放つ。鏑矢は撃つ力が強ければ強いほど高い音を出す、俺の愛銃ならば一発で昏倒する音を出せるのだ。
目が潰れた所へ耳を潰す高音を喰らい、エンペラーオウルはたまらず墜落。体を痙攣させて気絶してしまった。
「やった、やったよ! おじさんすっごーい!」
「喜ぶのはまだ早い、急いで尾羽と鱗を取りに行くぞ」
エンペラーオウルはこのダンジョンのボスだ、気絶しても三分で起きてしまうだろう。
迅速にクエストの品を入手し離脱する。DLCスキル「品質向上(改)」と「アイテム入手個数UP(改)」、「レアアイテム入手率UP(改)」を持っているから、品質90以上の尾羽と鱗をそれぞれ六つずつ入手できた。
これでクエストクリアだ。済まないなエンペラーオウル、この素材は大事に使わせてもらうよ。
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