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30話 襲撃

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 サヨリヒメはクェーサーの声を何度も反芻していた。スマホに彼のセリフを録音しておいたのだ。

『私が存在できる限り、傍に居ると約束しましょう』

 なんとも心地よい台詞だ。サヨリヒメは足をぱたぱたさせ、愛しい人工知能に思いを馳せた。
 なんと心強いのだろう。どれだけ苦しくとも、自分にはクェーサーが居てくれる。もう、寂しい思いをしなくてすむのだ。
 人のために寄り添う、心を持ったAI。全く御堂はなんと素晴らしい存在を生み出したのだろう。彼は人だけでなく、あやかしにも寄り添ってくれるのだ。

 ……あやかしと言えど、不死ではない。サヨリヒメのような神とは違って、他のあやかしにも寿命がある。

 人とは違って緩やかだが、あやかしにも確かに別れが存在する。今の友達も、あと数十年もすれば、サヨリヒメから離れていく。
 どれだけ仲良くなった人も、あやかしも、結局サヨリヒメから離れてしまうんだ。

「……ひとりぼっちは、寂しいのぉ……」

 スマホを抱きしめ、サヨリヒメは呟いた。
 彼女が金運の神になったのも、誰かと繋がるためだ。人やあやかしに富をもたらす神ならば、自然と誰かが寄ってくると思って、運気の力を手に入れた。

 自然だって、孤独は嫌だ。樹木1本にしたって、単独では生きられない。土、虫、日光……あらゆる存在達と共に居なければ、途端に枯れてしまう。
 人だけでなく、自然にも繋がりがある。繋がりが途絶えてしまっては、どんな存在だって、生きられないのだ。

「大丈夫じゃ、クェーサーにもわらわが居る。わらわが居る限り、おぬしにも寂しい思いをさせたりはせんからの」

 そろそろ待ち合わせの時間だ。サヨリヒメは羽山工業へと急いだ。
 だいだらぼっちから「手筈が整った」と連絡が来たのだ。会社へ着くと、あやかし達がスタンバイしていた。

「やぁ、待ってたよぉ。皆で色んな意見出し合って、いい案が浮かんだんだよぉ」
「これならクェーサーの関節痛もどうにかなるよ、大幅な性能向上が見込めるはずさ」

 アマビエと雪女がサムズアップした。早速クェーサーの強化に入り、だいだらぼっちが主体となって強化に入った。

「現行の技術を応用すれば、電磁反発を利用しての摩擦軽減が出来るはずでの。モーター出力を更に抑えられる分、機体の負担も大きく減らせるだの」
「そいつは重畳じゃ、整備性が上がるからの」
「試運転は俺がやってもいいかな? 重機の免許持ってるしいいよな!」

 という事で鬼が試運転をしてみる事に。成程、動きがより滑らかになっている。運動性が以前よりも上がっていた。

「うむ、これならば反応速度も格段に向上しておるじゃろう」
「より人の感覚に近い操縦が出来ると思うよ。でもやっぱいいなぁ~……これが重機だなんて最高だよ。俺も乗りたいなぁ~!」
「まぁ最初は自衛隊や消防に売るじゃろうな。あとは、港とかに配置出来るじゃろう。貨物船の荷物を運ぶのもこやつの方が楽じゃろうし」
「整備性やコストに目を瞑ればだがの。二足歩行ロボットの最大の問題点をどこまで解消できるかが勝負だ」

 作業は粛々と進み、数時間後にようやく完成と相成った。

「いい感じだねぇ、クェーサーの性能は恐らく、20%は向上できたと思うよぉ」
「あとはAIがどれだけ人に合わせてOSを調整できるかだね。学習できる人工知能だからこそ、個人個人に合わせたチューンが出来るってわけか」

「それこそがこの機体の強みじゃよ、人の癖は千差万別じゃ、箸の持ち方ひとつとて、誰も同じ者など居りはせぬ。搭乗者に合わせてプログラムを変えれば、機体の負担も減るのじゃ」
「整備性もさることながら、ハード面のオートメンテがあるから人件費も削減できるのか。意外と合理的だの」
「まぁの! クェーサーは賢い奴なのじゃ!」

「随分とご執心だね、そんなにロボット好きだったっけ」
「いや、わらわの趣味が変わろうとどうでもよいじゃろ」
「ふーん、まぁ深くは詮索しないでおくよ」

 神として、AIに惚れたなど知られるわけにはいかない。隠し通さねば。
 皆が出社する時刻も近づいてきたし、解散しないと。
 その刹那だった。
 突然、サヨリヒメ達の妖気が抜き取られた。大量に妖気を奪われて、全員倒れ伏してしまう。
 薄れゆく意識の中で、小さな蛇が蠢いているのが見えた。

「貴様……何者じゃ……!」

 サヨリヒメは手を伸ばし、そのまま果てた。
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