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3話 勇者は職業として認められています。

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 目が覚めると、そこは豪奢な部屋でした。
 そんな詩人な感想を述べつつハワード・ロック様、華麗に起床ってな。

「……こんだけふかふかなベッドとか、教団でもなかったっつーの」

 寝る時は、「ぽかぽかにぬくもってやがる、ありがてぇ!」……なんて騒いだが、改めて起きてみると、なんつーか申し訳ねぇというか、罪悪感が出ると言うか……。

 あんの馬鹿弟子が、俺なんかに気を遣うんじゃねぇよ。俺みてぇなクズ野郎は、そこらのごみ置き場で寝るのがお似合いなんだっつーの。

「ったく、お節介というか、なんて言うか……ったくよぉ」

 ……これ以上、あいつら夫婦に迷惑かけるわけにゃいかねぇよな。

 外には見張りの衛兵が数人、か。これなら撒けるな。気づかれる前にとっとと退散しよう。魔王の右腕なんて持っちまった浮浪者を、平和の象徴がいつまでも置いとくわけにゃいかねぇだろ。

 ヨハンとも挨拶したら、俺は消えるとするよ。お前らの未来を考えると、俺の存在は邪魔なだけだ。教団との縁も切れた今、俺の人間界での居場所はねぇんだ。

 俺はお前らを不幸にしたくない。足手まといの老兵は、大人しく消える事にするよ。

「美味い飯と、綺麗な水、それにあったかいベッド。ありがとな、カインにコハク」

 百億年ぶりの、人間らしい生活を堪能できたぜ。俺はここらでさよならを……。

「させませんよ、師匠」

 って所で、カインの奴が入ってきやがった。タイミングの悪い。これじゃ逃げられねぇじゃねぇかよ。

「師匠の事です、朝には逃げ出すと思いまして。だからずっと、警戒していたんです」
「……あのなぁ、お前。立場ってもんを考えやがれ。こいつを見ろ、この魔王の右腕を!」

 右腕を突き付けても、カインは涼しい顔をしてやがる。この野郎、俺の気持ちを考えろよ、アホンダラ。

「お前が腹の中に抱えているのは、魔王の腕を持った怪物なんだぞ? そんな奴がいつまでも傍に居たら、周囲の連中に何をされると思っている。貴族の世界は弱みを見せたらおしまいだ、俺はお前の足かせになんざなりたくねぇ……だから、消えさせてくれ、カイン」

「嫌です。周囲の目? 貴族の弱み? そんな物、捻じ伏せてみせますよ。もう俺は、子供じゃない。人生の恩人を助けるためなら、いくらでも戦ってみせる。どんな相手が来ようとも、俺は貴方を……世界で最も尊敬する人を助けてみせます」

 ……どうだい読者諸君、面倒くせぇ奴だろ?

 一度受けた恩は絶対忘れず、どこまでも俺なんかを尊敬しやがる、どうしようもねぇド善人。それが勇者、カインって奴なんだ。

「はぁ……もう勝手にしろ、俺の負けだ」
「ふふ、朝食が出来ていますよ。食堂へどうぞ」

  ◇◇◇

 温かなパンに紅茶、目玉焼きと野菜ソテー、デザートにはヨーグルト。なんつー豪華な朝飯だ。ちっくしょう、コハクの作るメシとか、美味すぎるじゃねぇか。

「なぁ、そういやお前ら、ガキとか作ってねぇのか?」

 今気づいたんだが、こいつらの子供の姿がどうにも見えねぇんだよ。
 貴族様なら世継ぎのために、ジャンジャン○○○して愛の結晶を作るお仕事があるもんだろ。なのに食堂には俺ら、元勇者パーティの面子しかいねぇ。

「子供なら二人居ますよ。一人は王都の女学院、もう一人は俺が理事を務める、全寮制の学校に通っているんです」
「可愛い子には旅をさせよ、と言う奴です。親元から離れて自立した生活を送ってもらわなければ、立派な大人になれませんから」

 ほー、流石は平民上がり。教育は随分熱心だねぇ。

「しっかし、カイン。てめぇ学校なんざ作っていたのかよ。どんな学校だ? さぞかしお高い感じの山の手学校だろ」
「まぁ、否定はしません。名前は、ハワード勇者学園です」

 ……今なんつった、こいつ?

「あー、俺疲れてんのかな。もう一回学校の名前言ってくんね?」
「ハワード勇者学園。次世代の勇者を育てる学校です」

 ……マジかこいつ!? 名前から学校の理念に至るまでぶっ飛んでねぇか!?

「おいおいおいおい! もうちょっと名前考えろよなんだよハワード勇者学園って!? 次世代の勇者を育てる? 本気でその理念なのか!? しかもどう考えても俺の名前使ってんじゃねーか! 肖像権の侵害だ訴えてやる!」

「お言葉ですが、いくら裁判所と言えど浮浪者の訴えは聞けないと思いますよ」

 Damnちくしょう……口のへらねーやろーだなてめー……。

 そういやこいつ、ちょっと頭が痛い所あったっけか。ただのファイアボールにすら「未来へ繋ぐ黒竜弾!」だの「希望への滅竜閃!」だの奇怪な名前を付けて大声で叫んでたし……。

 つか、てめぇの妄想ワールドに俺を巻き込むな! 思いきり飛び火で火傷してんじゃねーかよ!

「そもそも、勇者を育てるとかなんだそれ? 勇者ってのはてめーや俺様みたいな人類の突然変異種を指してんだ。そんな奴がぽんぽこ出てきて堪るか」
「それがね、ハワードさん。貴方が居ない間に、この世界も随分変わったの」

 こっからは、コハク先生の丁寧な解説を俺様が噛み砕いてお送りしますよっと。

 魔王をぶっ殺した後、確かに世界は平和になったらしい。ただ、魔王が荒らした世界を復興させるのは困難だったらしくてな。

 特に、魔王が世界に魔力を放った影響で、生物の生体系がトチ狂っちまったらしい。おかげで各国で危険な魔獣がゴロゴロ生まれて、現在じゃ二十年前よりヤバい生物がわんさかいるそうだ。

 ただ、その反動なのか知らんが、人間側にも変化が起こってな。
 俺やカインのような、所謂勇者と呼べる突然変異種がそりゃもう、バーゲンセールかってくらいに生まれてきちまったらしいんだ。

「魔王の放った魔力の影響で、俺達人間にも影響が出たんでしょう。今の子供達世代は、皆レベル100を超える強者ばかりなんです」
「Oh My God! なんてこったい、人間界も人間界でレベルインフレかよ!」

 並の魔獣よか強ぇな、そんなパンデミックになってんのか、面白いじゃねぇか人間界。

「ですが、いくら力を持ったとしても、まだ子供です。きちんとした教育を施さなければ、大きな力を間違った方向へ振るってしまうかもしれない」
「それに、夫が平和の象徴としてずっと君臨し続けるのは、無理があります。ハワードさんが灯した希望の火は、絶やすわけにはいきません」

「貴方のような、最高の勇者を育成する。それが俺に課せられた、最後の使命です。それを果たすために、俺は次世代の平和の象徴を育てる学校、ハワード勇者学園を作ったんです」

「俺様量産したら世界が終わるぜ、別の意味で……しかし、さっきから勇者勇者言ってるが、そんなファストフード感覚で勇者ってのは出来上がるのか?」

「と言うより、今人間界には「勇者」と言う職業が出来ているんです。俺が国王に提言して、制度として成立させたんです」

 こいつ、時々強引な所あるよなぁ……。

「凄まじい能力を持った若者が生まれるようになってから、俺が作った新たな職業。冒険者や軍では対処しきれない凶悪事件からの防衛と、悪意からの警備。それを担うのが、「勇者」なんです」

 はーん、読者諸君に分かるように言えば、ヒーローって奴か。

 軍や冒険者も確かに、魔獣退治とかの依頼を受けて行動するんだが、言っちゃ悪いがそいつらの戦闘力はぶっちゃけ低い。

 だからいくつか権利の制限は設けている物の、超重要事件にのみ絶対的な権限を持った、超戦闘力持ちの役職を作ったわけか。
 役割を絞っとけば行動を抑制出来るから、管理しやすい。ついでに国民の皆様にも、量産型平和の象徴として安心・安全をデリバリー、ってか。

 合理的っちゃ合理的、だな。なんつーか、釈然としねぇ所はあるがね。

「勇者を育てるために、各地の学校で勇者科なる学科が作られたほどです。その中でも最高峰に位置しているのが俺の作った学校」
「ハワード勇者学園、というわけなんです」

「夫婦そろってその名前言うの止めろ。……とりあえず、世界情勢は理解した」

 ツッコミどころは多いが、先々の事を考えりゃまぁ、いい線行ってる計画じゃねぇの? ただよ、ちょっと気になるんだが。

「そんだけレベルのたけぇガキどもを、お前らは指導できてんのか?」
「……痛い所を突きますね。俺達も頑張ってはいますが、ほころびがあるのは確かです」
「だろうなぁ」

 ガキっつーのは無意味な自信を持っている。特に学園生活を送る、思春期真っただ中のクソガキだったらなおさらだ。

 大人以上の力を持てば、当然大人を下に見る。カインの話を聞く限り、生徒の自制心にお任せ状態のようだが……そんな方法じゃ、いつか学級崩壊が起こっちまうぜ。

「次世代の勇者も、二十年ではまだ絶対数が少なくて。出来れば彼らも幾人か教育者に回ってほしいのですが、流石に勇者の人手不足なんです」
「厳しい状況だぁな。ま、てめぇが決めた事だ。出来る限りやりきってみろ」

「勿論。師匠が勇者に入ってくれると、とても助かるのですが」
「冗談抜かせ。知ってんだろ? 俺がそーいう堅苦しいの嫌いだって」

「ですよね……ん? 待てよ」

 は? おいてめぇ、待てよってなんだ?

 こいつがこんな事を言い出す時は、大抵ろくでもねぇ事を思いついた時だ。しかもな読者諸君、俺様ってば超賢いじゃん。こいつが言い出しそうな事、予想ついちゃったんだよねぇ。

「あー……ちょっと俺様便所に」
「師匠、俺と契約して、勇者の教師になってください!」

 だろうな、そんなこったろうと思ったよ! ド直球すぎて涙ちょちょぎれそうだぜ俺ちゃん!
 大体俺様、勇者っつーか魔王みたいなもんじゃん! 魔王が勇者育てろってのか? こいつは最高にサイコなジョークだぜ!

「考えれば師匠は、百億年も魔界で戦い抜いた。今の実力は間違いなく俺より上、世界最強の賢者だ! それに俺を育てた実績がある、貴方なら勇者学園の教員を任せられます!」
「だが断る!」
「断る事を断ります! どうか、この通り! お願いします師匠!」
「私からもお願いしますハワードさん!」

 夫婦揃って土下座かい。何お前ら、なんでそんなシンクロしてんの、どっちがチューナー? 黙ってベッドへのサーキットにアローヘッド確認して夜のエクシーズでもオーバーレイしてろやバカップル!

「……それに、学園に来てくれれば、師匠を守りやすくなる。師匠、その魔王の右腕を持ったままで、この世界で生活できますか?」
「まぁ、難しいだろうな。こいつは否応にも目立っちまう異形の腕だ、多分、見られた瞬間大騒ぎになるだろうよ」
「だけど、俺直属の職員になってくれれば、フォローできる。師匠が人間界で生きやすいよう、サポートが出来るんです」

「てめぇな、言っとくが俺ぁ自重する気はねぇぞ? 俺は俺らしく生きると心に誓っている、こんな爆弾野郎をいつまで懐に置いておくつもりだ」
「勿論、死ぬまでです」
「やっと、私達の下に帰ってきてくれた人を……二度と手放したくないの。私達の大切な人を守るためなら、どんな事だってやってみせるわ」

 だからな、てめぇら重いんだよ。俺なんかのためになんでそこまで出来んだよ、おい。

「面倒くせぇのは嫌いなんだよ、特に思春期のガキの相手とか断じてごめんだね! それなら冒険者にでも登録して、適当にそこらの魔獣をぶっ殺してた方が気楽だぜ!」
「……ハワード勇者学園は、近郊都市ベルリックにあるんです」
「……あ? ベルリック、だと?」

 確か、馬車で一週間の場所に歓楽街があったな。キレーなチャンネー買い放題、キャバレーソープなんでもござれな男のネバーランドと呼ばれる街が。俺の足なら、二分で行けるぜ。

 しかもベルリックには、でけぇ競馬場がある……レートがめっさ高いでけぇレースをやる競馬場が! しかも会員制のカジノまで完備してんだよ!

 それに酒! あそこは物流が盛んで、いい酒が手に入りやすいんだこれが! 腕のいいバーテンの居る酒場も多いしな! 拠点に出来れば、どんだけ遊べる事か!

 魔界での百億年に及ぶ禁欲生活を送った俺にとって、この上ない誘惑だぜ……。

 へっ、だが舐めるなよカイン。だからと言って俺がそんな甘い誘惑に乗ると思うか? 大体ベルリックは家賃が高い、教員の給料じゃ生活すんのがやっとだぜ。

「しかも教員用の寮も完備、おまけに家賃はタダですが」
「喜んで先生、やらせていただきまっす!」

 ちょろいぜ俺ちゃん。あー、目の前でガッツポーズをとるアホ夫婦が憎たらしい! てめぇら二人揃って覚えてやがれよ!
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