26 / 76
天使
しおりを挟む
エミーに背負われたまま、フローラは雨の中にひとり立っているエドワード皇太子を窓の隙間から見た。
冷たい雨の中でフードから覗いた顔にうっすら見覚えがある。
他国の姫を助けようと川に飛び込んだ時にスカートを切るためのナイフを貸してくれた男だ、皇太子だったのか、思えば豪華な馬車だったかもしれない。
あの時は連なる馬車にいる誰も助けに出ようとする者が現れない事に幻滅して周囲のことなど見えていなかった。
「あの男はああして八時間、雨の中で立っている、それは全て貴方のためよ」
エミーの口調は責めるわけでも諭しているわけでもない。
「頼んでない……」
力なく返したフローラには、さすがに後ろめたさがある。
「立場を超えてなかなか出来る事じゃないわ、少なくとも私よりは信用してもいいと思う」
文字だけの皇太子と実際に雨の中に立つ姿の印象は全く違う、皇太子の名を出してゴリ押しすれば男爵家の扉を開けさせるなど造作もないことだ、だが敢えてそれをせずに誠意を見せようとしている。
エミーはエドワード皇太子に好感をもった、貴族や王族には珍しいタイプだ。
「後の事は何とかしてあげる、今は彼らをこの雨から救い出してあげよう、まだよく分からないけれど貴方ならそう言うと思う」
「ふふっ、本人が言うならそうかもね、わかったわ……会うことを許可します」
「フローラ様、ああ、ありがとうございます!」
「よろしいのですかフローラ様、このままでも私はかまいませんよ」
アンヌの眼鏡を光らせている。
「応接室の準備をしてあげて、あとゲストルームのベッドも必要になるわ」
「急いで準備いたします、アンヌ頼むよ」
「フローラ様のご命令であれば全力でおもてなし致します」
「あのバカ皇太子、人の迷惑も考えずにズカズカ入り込んできて、館には入れるけれど婚約を承諾するわけじゃないからね、そこ勘違いしないで」
「承知しているわ、魔獣騒動が先とでも言って追い返すことにするわ」
「分かった、遅くなってもいいから報告して」
「了解よ、ボス」
ハリーと共に玄関扉の前にたつ、訳を知らされていないメイドたちが何事が始まるのかと覗いているが、色恋の話である事を年頃の嗅覚は敏感に嗅ぎつけて黄色いひそひそ話が聞こえる。
「さあ、何しているの、急いで準備するわよ」アンヌが尻を叩いて遠ざける。
首筋に指を当てて自分の鼓動を聞く、はっきりと乱れの無い鼓動、大丈夫、いつも通りだ。
「ハリー、いくわ」ドアノブに指を掛けた。
「お嬢様」すかさず傘をさそうと準備したハリー。
「いらない、皇太子が傘をさしていないのに私だけ濡れない訳にはいかない」
「畏まりました」一礼してハリーは一歩下がった。
ガチャリ
「!!」
正面玄関の扉が開け放たれ、奥からフローラがザアザアと大粒の雨に濡れるのもかまわずに歩み出てきた。
いきなり手を上げたりするのではないかと周囲に緊張が奔る。
エドワード皇太子に向き合った時、既にフローラの髪は雫を落とし、白いブラウスは透けて肌の色を映していた。
「はっ!!」
エドは慌てて着ていたワックスドマントを脱ぐとフローラの肩にかけた。
「ありがとう、皇太子様」
「いいえフローラ様、再びお会い出来て……」
その後の言葉にエドは詰まった、光栄も嬉しいも相応しくない。
目を伏せたフローラの長い睫毛からも雫が落ちる、エドの目は落ちていく水滴を神秘的なスローモーションのように映した、エドの恋患いは重症だ。
河原で見た金色の雫と同じ、やはりこの女性で間違いない。
雨に打たれて冷えていたはずの身体の芯が熱くなる。
天使を再び見つけた。
「お話をしなければなりません、エドワード皇太子様」
「お許しいただけるなら、こちらからもぜひに!」
「館の中へお入りください、警護の皆様も」
「ありがとうございます」
到着してから丸一日を過ぎて、ようやく皇太子一行はムートン男爵家マナーハウスへの入館を許された。
冷たい雨の中でフードから覗いた顔にうっすら見覚えがある。
他国の姫を助けようと川に飛び込んだ時にスカートを切るためのナイフを貸してくれた男だ、皇太子だったのか、思えば豪華な馬車だったかもしれない。
あの時は連なる馬車にいる誰も助けに出ようとする者が現れない事に幻滅して周囲のことなど見えていなかった。
「あの男はああして八時間、雨の中で立っている、それは全て貴方のためよ」
エミーの口調は責めるわけでも諭しているわけでもない。
「頼んでない……」
力なく返したフローラには、さすがに後ろめたさがある。
「立場を超えてなかなか出来る事じゃないわ、少なくとも私よりは信用してもいいと思う」
文字だけの皇太子と実際に雨の中に立つ姿の印象は全く違う、皇太子の名を出してゴリ押しすれば男爵家の扉を開けさせるなど造作もないことだ、だが敢えてそれをせずに誠意を見せようとしている。
エミーはエドワード皇太子に好感をもった、貴族や王族には珍しいタイプだ。
「後の事は何とかしてあげる、今は彼らをこの雨から救い出してあげよう、まだよく分からないけれど貴方ならそう言うと思う」
「ふふっ、本人が言うならそうかもね、わかったわ……会うことを許可します」
「フローラ様、ああ、ありがとうございます!」
「よろしいのですかフローラ様、このままでも私はかまいませんよ」
アンヌの眼鏡を光らせている。
「応接室の準備をしてあげて、あとゲストルームのベッドも必要になるわ」
「急いで準備いたします、アンヌ頼むよ」
「フローラ様のご命令であれば全力でおもてなし致します」
「あのバカ皇太子、人の迷惑も考えずにズカズカ入り込んできて、館には入れるけれど婚約を承諾するわけじゃないからね、そこ勘違いしないで」
「承知しているわ、魔獣騒動が先とでも言って追い返すことにするわ」
「分かった、遅くなってもいいから報告して」
「了解よ、ボス」
ハリーと共に玄関扉の前にたつ、訳を知らされていないメイドたちが何事が始まるのかと覗いているが、色恋の話である事を年頃の嗅覚は敏感に嗅ぎつけて黄色いひそひそ話が聞こえる。
「さあ、何しているの、急いで準備するわよ」アンヌが尻を叩いて遠ざける。
首筋に指を当てて自分の鼓動を聞く、はっきりと乱れの無い鼓動、大丈夫、いつも通りだ。
「ハリー、いくわ」ドアノブに指を掛けた。
「お嬢様」すかさず傘をさそうと準備したハリー。
「いらない、皇太子が傘をさしていないのに私だけ濡れない訳にはいかない」
「畏まりました」一礼してハリーは一歩下がった。
ガチャリ
「!!」
正面玄関の扉が開け放たれ、奥からフローラがザアザアと大粒の雨に濡れるのもかまわずに歩み出てきた。
いきなり手を上げたりするのではないかと周囲に緊張が奔る。
エドワード皇太子に向き合った時、既にフローラの髪は雫を落とし、白いブラウスは透けて肌の色を映していた。
「はっ!!」
エドは慌てて着ていたワックスドマントを脱ぐとフローラの肩にかけた。
「ありがとう、皇太子様」
「いいえフローラ様、再びお会い出来て……」
その後の言葉にエドは詰まった、光栄も嬉しいも相応しくない。
目を伏せたフローラの長い睫毛からも雫が落ちる、エドの目は落ちていく水滴を神秘的なスローモーションのように映した、エドの恋患いは重症だ。
河原で見た金色の雫と同じ、やはりこの女性で間違いない。
雨に打たれて冷えていたはずの身体の芯が熱くなる。
天使を再び見つけた。
「お話をしなければなりません、エドワード皇太子様」
「お許しいただけるなら、こちらからもぜひに!」
「館の中へお入りください、警護の皆様も」
「ありがとうございます」
到着してから丸一日を過ぎて、ようやく皇太子一行はムートン男爵家マナーハウスへの入館を許された。
0
あなたにおすすめの小説
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜
沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。
数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】
藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。
そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。
記憶を抱えたまま、幼い頃に――。
どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、
結末は変わらない。
何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。
それでも私は今日も微笑む。
過去を知るのは、私だけ。
もう一度、大切な人たちと過ごすために。
もう一度、恋をするために。
「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」
十一度目の人生。
これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる