kings field 蝶の森 

祥々奈々

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天使

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 エミーに背負われたまま、フローラは雨の中にひとり立っているエドワード皇太子を窓の隙間から見た。
 冷たい雨の中でフードから覗いた顔にうっすら見覚えがある。
 他国の姫を助けようと川に飛び込んだ時にスカートを切るためのナイフを貸してくれた男だ、皇太子だったのか、思えば豪華な馬車だったかもしれない。
 あの時は連なる馬車にいる誰も助けに出ようとする者が現れない事に幻滅して周囲のことなど見えていなかった。
 「あの男はああして八時間、雨の中で立っている、それは全て貴方のためよ」
 エミーの口調は責めるわけでも諭しているわけでもない。
 「頼んでない……」
 力なく返したフローラには、さすがに後ろめたさがある。
 「立場を超えてなかなか出来る事じゃないわ、少なくとも私よりは信用してもいいと思う」
 文字だけの皇太子と実際に雨の中に立つ姿の印象は全く違う、皇太子の名を出してゴリ押しすれば男爵家の扉を開けさせるなど造作もないことだ、だが敢えてそれをせずに誠意を見せようとしている。
 エミーはエドワード皇太子に好感をもった、貴族や王族には珍しいタイプだ。
 「後の事は何とかしてあげる、今は彼らをこの雨から救い出してあげよう、まだよく分からないけれど貴方ならそう言うと思う」
 「ふふっ、本人が言うならそうかもね、わかったわ……会うことを許可します」
 「フローラ様、ああ、ありがとうございます!」
 「よろしいのですかフローラ様、このままでも私はかまいませんよ」
 アンヌの眼鏡を光らせている。
 「応接室の準備をしてあげて、あとゲストルームのベッドも必要になるわ」
 「急いで準備いたします、アンヌ頼むよ」
 「フローラ様のご命令であれば全力でおもてなし致します」
 「あのバカ皇太子、人の迷惑も考えずにズカズカ入り込んできて、館には入れるけれど婚約を承諾するわけじゃないからね、そこ勘違いしないで」
 「承知しているわ、魔獣騒動が先とでも言って追い返すことにするわ」
 「分かった、遅くなってもいいから報告して」
 「了解よ、ボス」

 ハリーと共に玄関扉の前にたつ、訳を知らされていないメイドたちが何事が始まるのかと覗いているが、色恋の話である事を年頃の嗅覚は敏感に嗅ぎつけて黄色いひそひそ話が聞こえる。
 「さあ、何しているの、急いで準備するわよ」アンヌが尻を叩いて遠ざける。
 首筋に指を当てて自分の鼓動を聞く、はっきりと乱れの無い鼓動、大丈夫、いつも通りだ。
 「ハリー、いくわ」ドアノブに指を掛けた。
 「お嬢様」すかさず傘をさそうと準備したハリー。
 「いらない、皇太子が傘をさしていないのに私だけ濡れない訳にはいかない」
 「畏まりました」一礼してハリーは一歩下がった。
 
 ガチャリ

 「!!」
 正面玄関の扉が開け放たれ、奥からフローラがザアザアと大粒の雨に濡れるのもかまわずに歩み出てきた。
 いきなり手を上げたりするのではないかと周囲に緊張が奔る。
 エドワード皇太子に向き合った時、既にフローラの髪は雫を落とし、白いブラウスは透けて肌の色を映していた。
 「はっ!!」
 エドは慌てて着ていたワックスドマントを脱ぐとフローラの肩にかけた。
 「ありがとう、皇太子様」
 「いいえフローラ様、再びお会い出来て……」
 その後の言葉にエドは詰まった、光栄も嬉しいも相応しくない。
 目を伏せたフローラの長い睫毛からも雫が落ちる、エドの目は落ちていく水滴を神秘的なスローモーションのように映した、エドの恋患いは重症だ。
 河原で見た金色の雫と同じ、やはりこの女性で間違いない。
 雨に打たれて冷えていたはずの身体の芯が熱くなる。

 天使を再び見つけた。
 
 「お話をしなければなりません、エドワード皇太子様」
 「お許しいただけるなら、こちらからもぜひに!」
 「館の中へお入りください、警護の皆様も」
 「ありがとうございます」

 到着してから丸一日を過ぎて、ようやく皇太子一行はムートン男爵家マナーハウスへの入館を許された。
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