kings field 蝶の森 

祥々奈々

文字の大きさ
33 / 76

純氷

しおりを挟む
 魔獣狩りの前に岩人族長との会談を済ませなければならない。
 弔意と言っていたが真の要件は硝酸であることは間違いない、公爵家側から接触があったのだろう。
 「接触を打ち明けてくれるなら岩人の民も多少は父上に恩義を感じていてくれたのかもね」
 本物フローラは基本的に岩人を信用している、アオギリやサイゾウという見知った者が多いせいもあるが、自然と共に暮らす岩人は物的文化の流入を好まない者が多い。
 多少の金を積まれてもあの族長が首を縦に振るとは思えなかった。
 なにより、父ムートン男爵は多くの岩人を助けた、未開の原住民と蔑み重税と徴兵を課せられていた奴隷に近い原住民だった岩人に尊厳を戻した。
 税金の代わりに最新の絹織り技術を提供して織らせたロイヤルシルクを王都で販売して外貨を得る方法を与えた、岩人の暮らしは豊かさを選択出来るようになった。
 選択の豊かさは同時に分裂をもたらすことになったが、それでもフローラは岩人が裏切るとは思えなかった、しかし王国内部の争乱と同様に岩人の中で勢力争いが起こっていないとは言えない。

 「彼らを信じたいけれど、それとこれは別、あなたたちの安全が第一よ、私は行く事には反対だわ」
 「大丈夫、皇太子チームも同行してくれるっていうし、魔獣の手掛かりが掴めるかもしれない、それにあまり時間はないと思うの、今朝現れたチビ子爵とギルド長、その後ろにいた奴は人殺しだわ、匂いでわかるの」
 「公爵に雇われた奴ってこと!?」
 「分からないけど危険な奴、きっと変態よ」
 「じゃあ、なおさら行動するのは控えたほうが良いんじゃないの」
 「むしろ逆ね、暗殺なら本物は影武者から離しておかないと」
 「影武者だなんて、命まで掛ける必要はないわ、いざとなれば白状してしまえば良いのだから」
 「いざとなれば……ね」
 「まだその時じゃないと言いたいのね」
 不安と苛立ちがフローラの表情を曇らせる。
 「じっとしていても奴は帰ってくれない」
 「魔獣に暗殺者、これで何人目なのかしら!?よっぽど私が邪魔なのね」
 怒りに震える手で嗚咽を漏れそうになる口を抑える、理不尽な恐怖と暴力、やり場のない慟哭がフローラを追い詰めている。
 一度は直接命を狙われて殺されかけたトラウマは心を深く傷つけている、一人でいる時間が怖かった。
 悪夢から覚めた後は必ず孤独感に苛まれる、恥ずかしくて言えないが出来れば毎日エミーにいてほしかった。
 幼い記憶にある母の匂いを思い出した、男のはずなのに演技だと知っているのに。
 エミーは不思議だ、感情が無いわけじゃないと言うが本当の笑顔は見えない、演技の作り笑いだ、悲しそうな顔も同じ、嘘だと自分で言う。
 それなのに安心感がある、彼からは怒気が見えないからだ。
 敵意や害意がない、純粋な氷の様に澄んでいる。
 焦りや緊張することを知らないエミーは敵意や害意がなぜ向けられているのかを常に冷静に分析する、感情に感情で反応しない、怒りに怒りを返さない。
 感情が心拍数やアドレナリンの放出を必要以上に助長し思考を鈍らせ感覚を狂わせる、誤った判断を基にした行動が失敗を生み、後悔を産む。
 凍った心は、その中にある感情を露にしている、そう知ってしまえばエミーは誰よりも嘘の付けない人間だ。
 エミーの言葉が演技でも、言葉にしたことは実行する、騙すことはない。

 「大丈夫、上手く演じてあげる、安心して」
 「それは貴方らしい答えなの?」
 「ふふっ、そうこれが今の私らしい答え、貴方の代役として考えた最善の答え」
 「貴方になんの得があるの?命と引き換えにするほどの価値がある?」
 余程自虐的に聞こえたのかもしれない、フローラの声には怒りが交じる。
 「前にも言ったけれどあなたの言うそれは持っている人の質問ね、持たざる者は何でもいいから持ってみたいの……そう、これは憧れ、私は貴方に憧れている」
 「な?……憧れって……なんでそうなるの?」
 「私なりに相当恥ずかしいのを耐えているのを理解してほしい、もう二度と言わない」
 「何よそれ、馬鹿みたい」
 「私のIQは一般人より高い……らしい」
 「プッ、利口な人なら最初から関わらない……でしょ」
 フローラとエミーは額を付けて笑った。
 「大丈夫、私たちはやり遂げる、だから貴方を教えて、私が判断を間違わないように」
 「無茶はしないと約束して!」
 「無茶も貴方の一部だけど、貴方が望むならそうするわ」
 「嘘……あなたは嘘が下手ね」
 「そう言われたのは二人目ね」
 「一人目は養父東郷さんね」
 「そう、私が何を持っていなくて他の人と違うのかを教えてくれた、養父がいなければ私はきっと人ではなくなっていた」
 「大丈夫、貴方は優しい人、いい人に成れているわ」
 「そうだといいな……」

 月明かりの明るい夜、森には春セミの鳴き声が聞こえている。
 話疲れたフローラはエミーの膝を枕に深い眠りについた、額に手を当てるとまだ微熱が続いている。
 半身を抱くようにフローラの重さを感じたままエミーも春セミの声を枕に眠りに落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処理中です...