kings field 蝶の森 

祥々奈々

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爆沈

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 ルイスの生まれ育った地はムートンの森から更に奥地、ツンドラの針葉樹に囲まれた小さな村、未開拓の土地に狩猟を生業にする部族が夏の間だけ狩りのためにやってくる。
 人目を避けるように暮らしてきたルイスには知られたくない秘密があったからだ。
 その年の初夏にやってきた狩人たちの間に噂が立ち始めた。
 「ムートン男爵様が森の魔獣に食い殺されたそうだ」
 「何でも腹を食い破られて内臓は何も残っていなかったって言うじゃないか」
 「なんて恐ろしい、戦場の鬼神と謳われた男爵様を屠れる魔獣、そんなやつは……」
 疑いの視線が自分に向けられていることに気付いた。
 無論、無実だと訴えた、自分はこの森から出たことはないし男爵など知らないと。
 「魔獣は黒い毛に覆われた巨大な狼だって噂だ、まさか、お前……」
 「ちっ、違う!知らない、僕は人間を襲ったりしない!!」
 必死に訴えたが、そうこうしている間に魔獣の犠牲者が増えていく。
 昨年までは狩人たちを自慢の足を生かし勢子として獲物を追い込み、一緒に狩りをして楽しい夏を過ごしてきた、もう何年も付き合っている、家族だと思っていたのは自分だけだった。
 疑いの目がやがて剣となり銃弾となった時にルイスは山を下りた。
 長年暮らした山小屋が燃やされる煙が上がっていた。
 やり切れない涙が頬を伝う、もう戻れない、全部失ってしまった。
 もう変身することはやめよう、きっと誰も自分を受け入れてはくれない。
 暴力は嫌いだ、人の怒った顔も怒鳴り声も怖い。
 「誰もいない所へ行こう……」

 項垂れて行き着いた先に新天地はなかった。
 人の世はどこまで行っても理不尽と暴力、狡賢い奴が威張っている。
 朦朧とする意識の中で楽しかった事を思い出そうとしたが、ルイスの脳裏には悲しい思いしか浮かんではこなかった。

甲板に出ると同時に衝撃が船を揺さぶった、ガッシャアアッ、ギイギギギギ、船体同士が擦れて木っ端を飛ばす。
 「うわあっ」力の入らない足が中を舞って肩から甲板の上に落ちた、壁に打ち付けられ転がってきた何かの樽の下敷きになった、万事休す、動けない、殺されるのを待つだけだ、ルイスはどうでもよくなった。
 今更人を殺してまで生き残りたくはない、自分はいったい何のために産まれてきたのかと涙が流れる、村を助けるために魔獣と戦い血を流してきた、その挙句の裏切り。
 人間は尽くしてきた自分を敵として排除した、仲間にも、家族にもなれなかった。
 一人でいることは寂しかった、自分を受け入れてくれる誰かが欲しかった。
 もう、叶わない。
 薄れゆく視界の中に移乗攻撃してくる敵兵士の姿が見えた、動きがいい、魔血病は一人もいない、バタバタとゾンビのような味方の兵士は殺されていく。
 哀れだ、この世は理不尽だと歯を噛んだ、視界の端に小山が見えた、いつの間にか島が迫っていた。
 どうでもいい、もう終わりにしたい、痛いんだ、神様どうか解放してくれ。
 ルイスの意識は閃光と共に消えた。

 移乗攻撃が始まって暫くたつ、戦況はこちらに有利なようだ、時折敵の兵士と思われる死体が海に落ちて流れていくのが見える、どれも瘦せこけた死体だ。
 「壊血病だな、勝負になるはずない」
 敵はランドルトン公爵家、金なら有り余っているだろうに白兵戦用の兵士には野菜も果物も摂らせていないのが伺える、はなから使い捨てるつもりなのだろう、囚人であっても飢えることも壊血病になることのない待遇の国王側の方が人道的だ。
 盗賊時代もランドルトンの施設には何度か盗みに入ってみたが警備が厳重で毎回辛酸を味わってきた。
 少し痛快な気もするが、落ちてくる連中は食いはぐれた貧乏人、正すべき貴族どもは陸の上でワインを飲んでいる。
 世の中は理不尽だが自分は好きなように生きてきた、善行にはならないがケジメもつけた、国に帰っても自分の組織から裏切者として追われるだろう。
 「ここ辺がいい潮時かもしれんな」
 ここで死んでも悪くはない人生だった、どうせ死ぬなら一杯やりたかったが繋がれていては仕方がない。
 オールを出す小窓から暗い海面をぼんやりと眺めていると、海面すれすれを銀鱗が疾走しているのが見えた。
 「!!なんだ……」
 銀鱗はまるで水の抵抗がないように海中を自在に走り回る、魚ではない。
 
 ズガァァァアンッ 一際巨大な爆発音が船底まで響きグワッと衝撃が船を揺らした、ギシギシギシッ船全体が不気味に軋み始める。
 小窓の外は炎に焼かれて海面がオレンジ色に染まっていた、デルは敵が自爆したことを知った、弾薬に火が燃え移ればこちらも爆沈する。
 ゴシャアッ バゴオッ ドスッン 突然天井が抜けて人が降ってきた。
 もうもうと埃と木屑が舞う、奇跡的に無傷だ、周りは阿鼻叫喚の地獄だ、圧し潰された人間だった囚人たちの一部が瓦礫の中から生えていた。
 デルの前に将校の身体があった、階級章にダーウェン・W・ダーバインの名が記されていたが頭がない首無し死体、ひょっとしたらと探ると足枷の鍵を見つけた。
 ニヤリと笑うと足枷を外し、死体から上着を引き剥がし羽織ると全力で瓦礫を掻き分けて外を目指した。
 
 この夜、二隻のガレオン船は近距離で大砲を打ち合い、移乗攻撃の白兵戦の末、公爵家の船が自爆、火薬に誘爆し二隻ともに爆沈した。
 陸地から遠く離れた遠洋で繰り広げられた戦いに勝者はいない。
 五百人以上の命が海に消えた。
 船と共に人が海の底へと雨のように怨念を抱いたまま降っていく、その雨の中を無邪気な銀鱗が踊るように走り回る。
 辛うじて爆沈する船から脱出したデルも沈む船の渦に呑まれて海底に沈もうとしていた。
 「なんだ……あれは」
 デルが見たのは白く美しい白蝶貝の鱗を持つ海の水妖レヴィアタン。
 その愛くるしくさえある瞳と目が合うと、その口に白い牙が並んでいるのが見えた、水妖に食われて死ぬとは陸のマフィアにはレアな死に方だ。
 「くっくっくっ、面白い!さあ俺を食え!地獄へ導け!!」
 ガバァッ 大きな口の中で強烈な加速感を味わいながらデルの意識は波に消えた。

 意識が戻り最初に見えたのはそばかすを散らした少女の顔、地獄では無かった。
 少女はたどたどしい言葉でマヒメと名乗った。
 デルは覇権と欲望、贖罪の海から水妖が棲む小島の物語に迷い込んだ事を知った。
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