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第75章 出会いは偶然に

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夜叉子の過去を知ったペップはひたすら考えていた。



「お頭は人間なのに・・・どうして同じ人間が。 いや。 それは俺達獣の世界でも同じか。」




弱肉強食の世界。


力ある者がない者を蹂躙する。


昔からずっとそうだった。


人間も所詮獣と変わらない。


ペップはそう感じたのだ。


空を見て風を感じている。


するとそこに現れたのだ。





「へえ。 夜叉子姉ちゃんの領土ってのは母上の領土に負けないほど半獣族が多いなあ。」




ペップの目の前を横切る青年。


爽やかな雰囲気に包まれて周りを見ながら歩いている。


見慣れぬ人間を見るとペップは必ず声をかけてしまう。




「おい! お前誰だよ?」
「ええ!? いきなりそんな事聞いてくる? ここは街だよ? 見知らぬ人ぐらいたくさんいると思うけど・・・」
「いいや。 お前は見慣れないなあ。」
「どんだけ街見てんだよ。 暇かよ・・・」





ふざけているのか真面目なのか。


言葉の言い回しが誰かに似ている様な気もする。


ヘラヘラとペップを受け流しているこの青年は。





「俺は白斗って言うんだよね。」
「白斗!?」
「そうそう。 よろしくな。 チーター君。」
「ジャガーだ!! 名前はペップ。」
「そうかあ炭酸水みたいな名前だねえ。」
「舐めてんのかあこの野郎。」





偶然出会った彼は白陸の皇太子だ。


皇太子なのに護衛もつけずに1人で散歩している。


ペップはそうとは知らず白斗を威圧している。





「俺さあもうすぐ嫁探しの旅に出るんだよねえ。 でも俺は恋愛経験もないしいきなり奥さんなんて愛せるのかなあ。 君にとっての愛とは何かなペップ君。」
「愛かあ・・・」



白斗からの突然の質問。


しかしそれは確かに深く考えた事のない事だった。


愛とは?


獣王の仲間やルル?


大好きな夜叉子?




「愛ってなんだ? 俺はお頭の事大好きだけどそれが愛だよな? お頭は俺達の事を愛してくれているってクロフォードの姉貴が言ってた。」
「んーいいねえ。 それはいい事だ。 立派な愛の形だねえ。 所でペップ君。 君は恋人とかいるのかな?」
「ルルとはずっと一緒にやってきたけどあいつは恋人かあ?」




白斗もペップも「愛」についてわからなかった。


夜叉子からの愛を知るペップと孤児院で受けた愛を知る白斗。


しかし恋人への愛は良くわからなかった。




「んー。 お頭の為ならなんでもできるけどなあ。」
「そうじゃないんだよなあ・・・こういうのってさあ実の父親に聞くのは恥ずかしいだろ?」
「そういえばお前の親って誰なんだよ?」
「俺の父親は鞍馬虎白。」
「馬鹿かお前は。 もっとマシな冗談を言え。 虎白様に子供なんているわけねえよ。」




ペップは信じなかった。


それも当然かもしれない。


いつも戦っているし、国にいても夜叉子に甘えたりたこ焼きを食べている虎白しか知らない。


見た目も中性的で女性と言えばそう見える。


それに子供がいると言われても信じがたかった。





「じゃあお前なんで人間なんだよ。」
「父上は人間として生きた時間があるんだよ。」
「はあ・・・悪いが俺は暇じゃないんだよ。 もう行くわ。」
「おいおい。 信じてくれないのかあ?」





嘘だと思ったペップは白斗を無視して歩いていく。


これは皇太子と獣の物語だ。


白斗の言葉を何一つ信用しなかったペップは気にする事もなく訓練の日々を繰り返した。


そしてある日の訓練が終わりまたしても白斗に出会う。




「おー君はこの間のジャガーだね? 名前はペップだよね?」
「またいるのか? 何しているんだ?」
「夜叉子姉ちゃんの領土は何かいいよねえ。 緑豊かでさあ。 帝都は栄えているから疲れちゃうんだよ。」
「おいお頭の領土が田舎だって言いてえのか?」




笑いながら首を振ると睨むペップの肩に手をポンポンと置いた。


野生の本能か?


ペップは笑顔で振る舞う白斗を見て感じたのだ。


とんでもない傑物だと。





「なっ!? ま、まさかな・・・」
「ん? どうしたの? そうだ! 何処かオススメの場所はないか? そうだなあ。 景色の良い場所がいい!」
「あんた本当に虎白様の子供なのか?」
「え? だからそうだってー。 まだ信じてくれないのか君は。 酷いぞペップ。」





言われてみれば笑った顔や目の形が似ている様にも見えてきた。


触れられてわかったが目の前にいる白斗の気配は虎白ほどとは言わずとも似た気配を感じる。


ペップは言葉を失った。


そして偉そうな態度を取っていた事を後悔し始める。




「え、えっと・・・景色の良い場所ですか・・・」
「おいおいなんだよ敬語なんて止めてくれよ。」
「い、いやあ・・・」




目の前にいる青年が皇太子とわかると言葉が出なくなっていた。


あの鞍馬虎白の息子だなんて。


モジモジとしながら白斗を見ては目をそらしていた。





「なにやっているんだ?」
「あ、あのお・・・まさか本当に皇太子だとは・・・」
「気にするなってー。 俺はまだまだだし。」
「え、えっと・・・」
「そうだ。 君もまだ獣王隊として半人前なら俺と一緒に一人前を目指そうじゃないか!」





これも血筋なのか。


誰にも別け隔てなく接する事ができるのは虎白にそっくりだ。


優しい表情でペップに肩を組むと顎を手で擦っていた。



たまらずペップは嬉しそうに顔を和らげる。





「おーよしよし。 じゃあ今日から俺達は仲間だな。」
「はい!」
「仲間なんだから敬語はいらないぞー!」
「あ、ああ。」




高笑いをしながら白斗は歩いていった。


しばらく唖然としていたペップだったが我に返ると嬉しそうに兵舎へ歩いていった。


訓練を終えたペップは夜叉子の手料理の鍋を仲間と食べていた。


ルルに白斗の話をしようと隣に座って口を開いた。





「えーペップがそんな冗談言うなんてねー。 虎白様に子供なんていないでしょー。」
「俺も最初はそう思ったんだよ。 顔も人間だったし。」




やはり誰も信じなかった。


タイロンやクロフォードでさえも笑っている。


たまらずペップは煙管を吸いながら獣王隊を優しく見ている夜叉子の元へ駆け寄った。





「お頭からも言ってくださいよお!!」
「ふっ。 私も驚いたよ。 でもね。 本当だよ。」
『ええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!』



獣王隊は開いた口が塞がらなかった。


ペップは得意げに白斗と友人になった話しをすると冷ややかな視線を浴びた。


皇太子殿下と友達だなんていい加減にしろと。


それでもペップは嬉しそうに笑っていた。


お互い未熟な仲間と言ってもらえた事が嬉しかったのだ。


白斗と仲良くなったペップはいつもの様に訓練を終えると二度も白斗に出会えた夜叉子の本城の城下町を歩いていた。


木製の家が立ち並び灯籠や提灯が夜の街を照らしている。




「さすがにいねえかあ。」
「おーペップじゃないかあ!」
「いたあああ!!!!」




尻尾をフリフリとさせて白斗へと駆け寄った。


白斗は笑顔でペップの顎をなでる。


ベンチに座って会話を始めると上機嫌のペップは白斗の顔を凝視していた。




「元気だねえー!」
「今日は何を話すー!?」
「そうだなあ。 ペップは階級は何だっけか?」
「お、俺は一応中尉だけど指揮兵力は小隊規模。 色々とね・・・俺バカだからさ・・・」
「そうかあ。 やはりペップも認めてもらえずに困っているのかあ・・・」





夜空を見上げてため息交じりの声で白斗はつぶやいた。


偉大な背中を追いかける者同士の白斗とペップはお互いに理解できる所が非常に多かった。


既にペップは多くの失態を犯してきたが白斗は特に大きな失態をしていない。





「それでもペップは経験を積めている。 立派だと思うね。 俺なんかまだ何も。 はあ・・・偉大すぎる父上を追いかけるのは楽じゃない。」
「俺だってお頭は賢すぎるし・・・はあ・・・」
「考えても仕方ないな。 おいペップ。 この辺で美味い酒が飲める場所はないか?」
「え?」
「飲もうじゃないか!」



白斗はペップと肩を組んで歩き始めた。


強国白陸の皇太子が夜叉子の第4都市で夜な夜な飲み歩いている。


そんな噂が広まらない訳がない。


あっという間に噂は広まり紅葉が迎えに来る始末だった。




「殿下!!」
「あー来た来た。 わかったよ。 帰るよ。」
「間もなく虎白様と奥方を探す旅ですよ!」
「嫁探しかあ・・・じゃあみんな俺の嫁探しの成功を願って乾杯してくれー!」
「殿下!!」
「ほら紅葉も来いよー!」




呆れる紅葉は目をつぶって第六感を使う。


この体たらくは当然虎白に報告される。


1時間もしなかった。


怒る虎白が現れたのは。




「おいコラッ!!」
「ち、父上!!!」
「てめえ何やってんだこんな所で。」
「そ、それは・・・」



胸ぐらを掴まれて外へ放り出されると怒る虎白は睨みつけている。


怯える白斗は足早に帝都へと戻っていった。


その光景にペップは立ち尽くしていた。


虎白は振り返ってペップを見ている。




「またお前か。 いいか。 うちの息子は越えられない壁があると思っている。 だがな。 壁ってのは近くにいって登り始めてから色々気がつくもんだ。 登ってもねえのに越えられねえとかそんな事は考えなくていい。 例え背中から落ちてもまた登れ。」





若き皇太子は日頃は一生懸命に政務や軍事的な事を学んでいた。


しかし夜になると義理の母親である優奈に会いに行ったり捕虜という形になっている呂玲に会ったりとフラフラしている事が多かった。


それだけならまだ良かったが今では帝都から出て夜叉子の領土にまで散歩に来るものだから虎白も怒るしかなかった。




「あいつは皇太子としての自覚が足りねえのが問題だ。」
「虎白様!!」
「ああ!?」
「た、タイマン・・・お願いします。」


耳をかきながらも虎白は少しニヤけると拳を握って構えた。


悩める若者達は大きすぎる背中を必死に追いかけている。


それに身分の差はなかったのだ。

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