天冥聖戦 伝説への軌跡

くらまゆうき

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第8ー2話 比類なき皇帝

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 張り詰めた空気が辺りを覆っている。


 薄暗い部屋の壁は、この場の空気と同じく冷たい。


 部屋の中で、空気や壁の温度を支配しているかの様に何よりも冷たい瞳を一点に向けているのは恋華だ。


その冷たい視線の先で、気まずそうに黙り込んでいるのが夫の虎白。


 勝手に停戦して戦果もなく帰ってきた夫に対して憤りが収まらない恋華は、その小さくて可愛らしい外見からは想像もできないほどの威圧感を放っていた。


「半獣族が囚われているという自責の念から戻ってきたと?」
「あ、ああ・・・俺がやってきた事は決して正しくなかったのかってよ・・・」
「スワンとフキエを人質にして交渉する事もできたはずよ・・・貴方には失望したわ」


 ため息をついて書類を机に投げ捨てると、夫に向ける視線とは思えないほど冷たい視線のまま睨んでいた。


 それはまるで害虫でも見ているかの様に。


 恋華は虎白が打ち出した壮大な夢の実現のために、回転の早い頭を活かして外敵を滅亡させる算段をつけていた。


戦争のない天上界とは、敵対する全勢力を粉砕してこそ初めて成し遂げられるというものだ。


 そのためなら犠牲を払うのも覚悟の上というわけだ。


 しかし虎白に果たしてそこまでの覚悟があるのだろうかと疑問視する恋華は、冷たい視線を変える事はなかった。


「甘いのよね。 貴方の目指す世界を実現するためには、多くの罪なき者を踏み越える必要もあるの」
「わかってるよ・・・」
「理解できていないから言っている。 目標までの道のりを理解できずに発言するのは、元服前の戯言に過ぎない。 皇帝としての責任感が足りなすぎるわ」



 元服げんぷくとは現代で言う成人の事だ。


つまる所、虎白の発言は子供が学校で語る将来の夢に過ぎないと揶揄やゆしている。


 その言葉に怒りを覚えた虎白は、静かに恋華を睨みつけた。


 すると次の瞬間。


 恋華は虎白の首を小さい手で掴むと、いとも簡単に足技をかけて転ばせたではないか。


 尻もちをついて妻を見上げる惨めな姿を、冷酷に見下ろす恋華は鼻で笑った。


「昔から貴方は情けない。 夢物語を語るのなら酒場にでも行くといいわ」
「俺はお前にいつも勝てなかった・・・でもこの夢だけは叶えたい・・・これからも力を貸してくれ・・・」
「もちろんよ貴方。 私は弱き皇帝の正妻だもの。 私からも貴方へお願いがあるの。 頼むから甘えを捨ててちょうだい」



 今日まで虎白は甘えていたはずはない。


 しかし恋華の瞳には、夫が甘ったれて仕方なかった。


 それがこの皮肉だらけの願い事というわけだ。


 自身の無様さに嫌気が差したのか、虎白は静かに立ち上がると部屋を出ていった。


 白陸の本城を彷徨い歩いている弱き皇帝は、共に夢を追いかけてくれる仲間の顔を拝みに向かった。


 しばらく城内を歩くと、にぎやかな声が響き渡っている。


やがて中庭に出ると煙が上がっているではないか。


 不思議そうに眉間にしわを寄せながら近づいていくと、夜叉子将軍と彼女の部下と海軍の琴将軍が楽しげに会話をしている。


 メテオ海戦で父を失った海賊娘の琴は、今では白陸海軍の総督になっていた。


立派な白と青の制服に身を包みながら、煙が立ち込める鉄板を見つめている。


 すると虎白に気がついた夜叉子が煙管を咥えながら近づいてきた。


「どうしたの?」
「お前らこそ何やってんだ?」
「ああ、これね。 琴がさ、たこ焼きを焼いてくれてるの。 かなり美味しいから食べていきな」


 そう話している夜叉子は、不思議と虎白と琴には口数が多かった。


 自慢気にたこ焼きを焼いている琴は、夜叉子の半獣族の部下達にも振る舞っている。


まるで祭りでも行われているかの様に楽しい雰囲気に包まれているその場は、虎白の弱った心を癒やしていった。


 ある程度焼き終えた琴が鉢巻きを頭から外すと、夜叉子の隣に座って共に食べ始めた。


「虎白どないしたんや?」
「いや、それより美味いじゃねえか!!」
「せやろー!! お父から教わったんやで!!」


 メテオ海戦以来、夜叉子が毎日行っている事があった。


それは戦死者達への献花だ。


 琴の父も白陸兵と共に墓石に刻まれている事から、夜叉子は毎日黙祷をしていた。


 そして残された琴を気にかける夜叉子は、度々こうして時間を作って会っていたのだ。


 気がつけばあれから十年近く経過する。


 今ではすっかり恋人の様になっている二人は、体を接近させてたこ焼きを食べているのだ。


 そんな琴も夜叉子も虎白に同じ質問をした。


 表情から察した異変を心配しているのだ。


 絶品のたこ焼きを食べ終えた虎白は、ふうっと一息つくと語り始めた。


「俺が戦争のねえ天上界を創っていいのかなって思ってな」


 その言葉を聞いた美女二人は、顔を見合わせて首をかしげている。


しばらく見つめ合った二人はくすくすと笑い始めた。


 何が面白いのかと、琴を見るとくすくすどころか赤面して爆笑を堪えているではないか。


「今更何言ってんねん!! やるって決めたんやろ? 虎白以外には無理やで」
「でも俺のやり方は甘いのかな・・・」
「珍しくしょうもない顔しとるから笑ってまうわ!! 悩むのはええ事やけど、気にしすぎたらあかんで。 あたしのお父だって虎白のせいちゃうわ」


 戦いで犠牲になる者はつきものだ。


 しかし誰かが終わらせなくてはならない。


 琴の父がアルテミシア擁する冥府軍の犠牲になったのも、虎白のせいではない。


 たこ焼きを口に含んで、頬を膨らませる琴は更に続けた。


「アルテミシアやレミのせいでもないねんで?」
「もう恨んでないのか?」
「最初は許せへんかったで。 でも悪いのは戦争が続く世界なんや。 それを終わらせようとしている虎白は最高にかっこええで!!」



 眩しいほどに輝く琴の笑顔を見た虎白は、自然と笑みを浮かべていた。


それを見て安心した様子で煙管を吸っている夜叉子は、言葉を発しなかった。


 言いたい事は全て代弁してもらったと言わんばかりに。


 方やまるで救われたかの様に、遠くを見ている虎白を横目に微かに赤面した夜叉子はたこ焼きを綺麗な口へ運んだ。


「ありがとうな。 俺がやらないと、これからも苦しむやつが出るよな」
「せやで!! なあ、今度お寿司握ったろうか!?」
「美味そうだな!! 琴は料理が得意で魅力的だ」


そう言って短髪が良く似合う頭を撫でると、赤面する琴を見て笑った。


 虎白は再び動こうとしている。


 ふと見つめた空の方角は北であった。


 目指すは北側領土の沈静化と、半獣族の救出。


 愛おしい二人の将軍を見て微笑んだ虎白は、次に半獣族の軍隊を有する宮衛党へと足を運んだのだった。
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