天冥聖戦 伝説への軌跡

くらまゆうき

文字の大きさ
117 / 171
シーズン

第8ー6話 闇を知った者の末路

しおりを挟む
 弱きを助け強きを挫くという言葉は、古来から人の鑑かがみとして教えられてきた。


ルーシー大公国は今までに多くの弱きを助けてきた。


 しかしそれはユーリ達が信じる表向きの姿であった。


 かの英雄の父であるセルゲイ・ザルゴヴィッチが思い描いた理想のあり方。


 夢半ばにして生命が尽きた古いにしえの英雄は副官達に夢を託して今日がある。


一体どこから狂ってしまったのだろうか。


 勇猛な戦闘民族すらも欺いて、ルーシーは越えてはならぬ一線を越え続けてきた。


 そうとは知らず、セルゲイの最愛の娘は素晴らしきルーシーのために命を懸けて生きている。


英雄ザルゴヴィッチに愛されたエリアナ・ペテレチェンコは、自身が感じた違和感とユーリと虎白の会話を知った今、危険を承知で祖国の闇へと踏み込んだ。


 白陸の強さを知った今となっては、戦うより別の道を探すべきだと感じながらも祖国はティーノム帝国との同盟を破棄する気配はない。


 形上同盟とはいえ、直ぐに手のひらを返す雰囲気が息苦しいほどに伝わってくる貴族の国に対してどういった理由があって最高指導者フキエは同盟を重んじるのだろうか。


 エリアナはその抑えきれない真実への探究心を行動に移した。


 今日はルーシー大公国の建国記念日である。


 フキエは戦闘民族らに激励を行い、軍隊は町中を優雅に行進するのだ。


 慌ただしく、パレードに向けて動き回るフキエの目を盗んでエリアナは最高指導者のみが入ることのできる部屋の前に立っていた。


 間もなく盛大なパレードが行われるというのにフキエガードが、凛とした表情で立っている事もまた不可解だ。


「エリアナ様?」
「最高指導者に頼まれて忘れ物を取りに来た」
「聞いてません。 それは本当なのですか?」


 日頃から誰一人入室できない秘密の部屋である。


扉を守るフキエガードすら中に何があるのか知らずにいた。


 エリアナを怪しんだ目で見ているガードを前に落ち着いた様子で、静かにかつ淡々と言葉を発した。


「最高指導者はお急ぎだ。 私を信頼して取りに行かせたんだ。 お前達がもたついていると、フキエ様はお怒りになるだろう」
「で、ですが命令は受けていませんので」
「私は扉の中の物を取ってくる様に命令を受けている」


 表情を歪めたガードは静かに扉を開けた。


この瞬間を持ってエリアナは、国家反逆罪という重罪を犯した事になる。


 不審に思ったガードの一人が、エリアナに気が付かれない様にフキエに報告へ向かった。


 そうとは知らず秘密の部屋の探索を続ける彼女は、書類の山をがさがさと漁りながら決定的な証拠を探している。


 すると彼女はとてつもない書類を見つけてしまったのだ。


「半獣族家畜化計画・・・」


 歴戦のエリアナですら白くて細い手が震えるほどの衝撃だ。


唇まで震えさせながら、書類を一枚めくってみるとツンドラ帝国の滅亡によって崩壊した半獣族の保護体勢が事細かに記載されている。


 そして路頭に迷った半獣族がティーノム帝国に、連れて行かれて労働力として働いている事も書いてあったが、何よりもエリアナが憤りを感じた内容がある。


 労働力を祖国ルーシー大公国へ流して使用しているという内容であった。


「誰もが平和に暮らせる世界の実現だなんて夢物語か・・・」


 これで証拠は揃った。


足早に部屋から出ようとしたその時だ。


 扉の外にいるガードが、ひそひそと誰かと話している声が聞こえた。


 静かに身を潜めて、クローゼットの様な本棚に細い体を隠した。


「馬鹿な事を言うな。 エリアナがそんな勝手な事をするはずないだろう」
「で、ですがフキエ様・・・確かにこの部屋の中に・・・」
「ありえないだろう。 それよりガード手を貸してくれ」


 フキエに報告へ向かったガードが戻ってきた。


しかしフキエはエリアナをかばっているのか、認めようとしていない。


 クローゼットの様な巨大な本棚を見つめるフキエは、ガードのたくましい肩に手を置いて語りかけた。


「あのクローゼットを始末したいのだが、今日のパレードでユーリの射撃の腕を民に披露しようと思ってな。 クローゼットに白陸兵の絵を描いて的にするんだ」


 命令に従ったガードは、クローゼットに鎖を巻いて運び始めたのだ。


中に隠れているエリアナを知ってか、知らずにか。


 このままでは、愛するユーリからの銃弾を浴びて死ぬ事になるではないか。


 クローゼットに描かれていく白陸兵の間抜けな姿を満足気に見ているフキエは、近づいてくると小さな声を発した。


「秘密を知ったからには死んでもらうぞ。 しかしお前は我が慈悲によってユーリの手で死なせてやる」


 密室の中で最期の時を待つエリアナは、静かに考えていた。


愛するユーリからの温もりや、彼女の力強い言動。


 そして父が立て直した麗しき祖国の繁栄を願って、夢を語るユーリの純粋な瞳はいつだって胸を熱くさせた。


 死ぬ間際に自身が見た真実を、伝えるべきなのか。


「このまま、静かにユーリに殺されるべきかな・・・きっと知りたくないはず・・・」


 やがてパレード会場に運び込まれたクローゼットには、間抜けな顔をした白陸兵が無様に描かれていた。


 笑い声と歓声に包まれる会場で、普段から物静かなエリアナが声を出した所で気がつくはずもない。


 何より自身がそこまで大きな声を出す事のできる人間ではないという事は、エリアナが一番良くわかっていた。


 クローゼットの中で静かに目を瞑ると、愛する者からの最期の贈り物が体内に入る時を待った。


「ユーリ・・・私を拾ってくれてありがとう・・・こんな私を愛してくれて・・・役に立ちたかったよ・・・」


 会場ではユーリが拳銃を片手に、歓声の中で構えている。


やがて彼女の銃弾が放たれると、クローゼットを突き破ったのだった。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました

東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!! スティールスキル。 皆さん、どんなイメージを持ってますか? 使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。 でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。 スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。 楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。 それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった

仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。

処理中です...