天冥聖戦 伝説への軌跡

くらまゆうき

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シーズン

第9ー7話 白陸伝説

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天上門で神々の戦いが行われているまさにその時。


虎白が愛してやまない宰相達は天上界に降り立った冥府軍を撃滅しようとしていた。


竹子と甲斐、優子とお初、そして呂玲の率いる部隊は南軍の都市を次々と解放して進んだ。


既に天上門が近くなっていた。




「虎白の元へ行こう。」
「丞相! 大方撃退した。」
「ええ。 夫が待っています。」




竹子は愛馬を天上門へと向けると白陸軍を率いて前進した。


白陸軍は南側領土の各地で冥府軍を撃退した。


まさに各個撃破だった。


第1、2、3軍合わせて20万名もの白陸軍は天上門の目の前にある大和領へと辿り着いた。


すると左側から迫る大軍が見えた。


旗印は狐が2本の双剣を持つ旗印と狐が煙管を咥えている旗印。


第6軍と4軍だ。


安堵した表情で竹子が微笑むと更に右側から轟音が聞こえ、見てみると純白の旗に「莉」と書かれる旗印や「剣」や「盾」と書かれる旗が迫ってきていた。



「ふふ。 さすがみんな。」
「大したものだな。 全ての戦線で到着時刻が同時とは。」
「あなたも既にその一角にいますよ。」




思い返せば長く戦ってきた。


苦楽を共にしてきた家族との絆は1柱の狐に繋がれた。


朝まで飲み明かして笑った夜も、夢の先について話した夜も。


戦死者の墓の前で泣いた夜も、病院で目を覚ました夜も。


どんな時だって家族がいた。


決して1人でここまで来たわけではない。


竹子は目に涙を浮かべていた。




「本当に感謝しています。 全員に。」
「まだわかってないのか? それとも謙遜しているのか丞相。」




呂玲は赤兎馬の顔をなでて遠くを見ている。


「え?」と竹子が不思議そうにすると呂玲は周囲に集まる白陸軍を見ていた。


空を見ると鵜乱と鳥人族にその更に上には無数の戦闘機の機影。


呂玲は口を開いた。



「全てみんなのおかげ。 それは理解できるが、貴殿だ。 丞相。 貴殿が揺るがぬ思いで鞍馬虎白を信じてきたから皆が迷わずに来られたのだ。」
「わ、私!?」





竹子はただ虎白が好きでたまらず、甲斐や優子を愛していた。


新たに加わる家族も皆が大切な存在を持って共通して虎白を愛していると思っていた。


だがそうではなかった。


呂玲は続けた。




「貴殿が夫を愛し、剣や妹君を大切に思いそして我ら新参を受け入れてくれる。 その姿勢が我々に生きる手本となり、背中を押してくれていたのだ。」




魔呂にせよ、レミテリシアにせよ。


ここにいる呂玲にせよ。


家族を失い道に守いながらも白陸に来ている。


当然虎白やその家族を殺そうと考えもした。


捕まっても生きて行ける自信なんてなかった。


だが竹子は敵である自分達にも手料理を振る舞い、笑顔で「ようこそ」と話してくれていた。


誰もが「竹子」と名前を呼んでは頼っている。


嫌な顔一つせずに笑顔で接していて、心から皆を大切に思っているのが伝わってきている。


「自分も見習わなくては」と思うのが普通だった。


呂玲の言葉に驚く竹子は口に手を当てていた。


しかし「ふふ」と笑うと竹子は鵜乱が見下ろす天空を見上げた。





「そこまで評価していただいて光栄ですけれど。 私は本当に皆さんを愛しています。 甲斐や妹だけではなく、夫の元へ集まった全ての人々に幸せになってほしいです。」
「貴殿が白陸軍の総司令である限り、無敵と言えるな。」





呂玲は敬意を込めて右の拳を左手で覆った。


すると「その通りだぞ竹子」と莉久が得意げに割って入ってきた。


左を見れば夜叉子達も集まってきていた。


馬から降りた竹子は莉久を見ているとニヤリとして竹子に肩を組んだ。




「人間も捨てたものじゃないと再び思わせてくれたのはお前だ竹子。」
「そ、そんな・・・」
「虎白様を愛しているのだろ?」
「うん! 大好き・・・」




莉久は満足げに笑うと刀を抜いた。


そして大和領の門へと足を進めた。


門の出口へ立つと「お前が最初の一歩だ竹子」と手招きをしていた。


ずっと白陸軍を率いてきたのは竹子だ。


莉久は白王隊として虎白の側を守っていたにすぎない。


竹子はその間もずっと。


白陸軍の総司令だったのだ。




「僕じゃない。 最初に虎白様に顔を見せるのはお前でなくてはな。」
「み、みんな・・・本当に・・・」




竹子は涙を流していた。


大粒で溢れるほどに。


可愛らしい顔が涙でびしょ濡れだった。


感謝しているのだ。


泣きながらもう一度馬に乗ると刀を抜いて集まった全員を見た。




「皆さん・・・まだ終わっていません。 これから向かうは神々と魔族が雌雄を決する戦場です。 魔族の兵士も冥府軍の兵士もいる事でしょう。 そして数も多いでしょう。」




先程まで泣いていたかと思えば虎白の事となると急に勇ましくなる。


昔からいつもそうだった。


これだから竹子が丞相になるのだ。


宰相達も竹子の話を聞きながら武器を手に取った。




「この先は我らの天上界ではありません。 各々。 覚悟を決めてください。 我らの主が待つ戦場へご同行してくださる方々は私に続いてください!!」




竹子が大和領の門を出て天上門へと入った。


白陸軍で一番最初に。


そして宰相達が躊躇する事なく天上門へと入っていった。


白陸軍の新兵達は驚愕する。


「天上門の外・・・」と未踏の地へ進軍する事へ恐怖する中でも宰相を含む白陸軍のほとんどの兵士達が中間地点へと進んでいった。


メテオ海戦もアーム戦役も。


エリュシオンとの戦いだってずっとこの中間地点で戦ってきたのだ。


今更魔族がいるから尻込みするほど白陸軍は弱くなかった。


新兵達が見ている伝説は100年もの未来にまで語らなくてはならない。


「かつて天上界の守護者達は臆する事なく魔族の世界へと踏み込んだ」と。


中間地点とは1時間おきに天候が変わる危険な場所。


だが鞍馬虎白はそこを敢えて戦場に選んだのだ。


初めて中間地点に出たのはもう20年以上も前の戦いだった。


あの日から生存している兵士だって大勢いるのだ。


兵士は口にする。




「あの御方も宰相様達も皆。 規格外である。」
「よお新兵。 怖いのも無理ない。 俺達だってメテオ海戦の時は足が震えたもんさ。」
「勇気を振り絞れ。 我々古参兵についてこい。」




伝説となり100年後の未来まで語られるだろう。


魔族との戦いをしている虎白が見た光景は天上門を越える無数の狐の旗印だった。


まさか来てくれるとは思わなかったのだろう。


各地の冥府軍撃退で間に合わないと思っていた。


虎白はハデスを睨みながら小さく笑った。



「俺はまだ嫁を甘く見ていたな。 ヒヒッ。 本当に俺にはもったいねえぐらいの嫁だぜ。」



































そしてその頃、大和領の咲羅花桜火と軍太は白陸軍到着に歓喜すると同時に大和軍を撤退させて白陸軍が布陣できる場所を用意した。


だが有能な桜火がそれだけで終わるはずもなかった。


「出来た!」と声を上げて軍太に見せるのは白陸軍の布陣図だった。



「どういう事だよ。」
「これは宰相様が間に合った時に布陣すると良い場所だよ!」
「規模だって何人の宰相が来るかだってわからないだろ?」
「わかるよー。 一度戦っているんだから。 全員来るよ。」




桜火の言う通りだった。


宰相は誰一人遅れる事もなく、中間地点に現れた。


桜火は当然だという表情で布陣図を作っていたのだ。


彼女も紛れもない傑物だ。


布陣図には待機していた2時間あまりの天候と洪水で出来上がった湖の位置や山岳の位置まで全て書かれていた。


大和領を建国してから桜火は天上門付近の中間地点の地図を作成していた。


そして宰相達の能力を考えて理想の布陣図まで作り上げたのだ。




「ちょっと見せてくるね! 白陸軍の炊き出し間に合いそう!?」
「100万人分なんて簡単にできるわけねえよ!!」
「急いでよー! 出来上がった分から兵士に配ってあげてね!」





颯爽と馬に乗って白陸軍の元へ向かった桜火の小さな背中を見てため息をつく軍太は武人である自分の容量の限界を感じていた。


「東雲がいればな」と計算高いかつての親友なら桜火をもっと支える事ができたのかと落胆していた。


桜火の非常に速い頭の回転に軍太はついていけなかった。


出陣している大和の兵士の10倍以上の炊き出しを突然用意しろだの、中間地点の様子を見てくると言って城を飛び出したりと軍太には理解できない事が多すぎた。




「はあ・・・所詮俺は戦うだけの将軍で桜火や宰相様の域には遠く及ばない・・・菜々、東雲、火来・・・お前らがいれば桜火をもっと飛躍させられたのかな・・・」




肩を落とす軍太は亡き親友の顔を思い浮かべると悲しそうに空を見ていた。


無数に飛来している白陸空軍をただじっと見ている。


傑物に仕えるなら自身も傑物にならなくてはならないのか。

























白陸軍の先陣に辿り着いた桜火は竹子に目通りを願った。


兵士に案内されると竹子に布陣図を見せた。


ずらりと並ぶ宰相に臆する事もなく、末席に加わっている親友呂玲を見てニコリと微笑んだ。




「これは驚きましたね。」
「いかかでしょうか?」




布陣図には平地には竹子と甲斐と呂玲や山岳には夜叉子など宰相の強みを完璧に活かして描かれてあった。


竹子達は布陣図を見ながら作戦を立てた。


魔軍を撃退する最高の攻撃を。




「魔軍には飛行能力がある者がいますが、羽を撃ち抜いて後は鵜乱に。」
「任せてくださいな。」
「逃げ惑う冥府軍と魔族は山岳にまで逃げ込ませれば後は夜叉子が。」
「狩ってあげるよ。」





白王隊5万の両翼に展開する形で布陣する事になっている白陸軍はなおかつ、地形を活かした戦いができる。


莉久と遅れて参陣した恋華と紅葉は白王隊に加わった。


竹子はうなずくと宰相達は素早く各軍を率いて動き出した。


虎白と白王隊はミカエル兵団の参戦もあり、戦況は有利だった。


残るは魔軍を撃滅できるかにかかっていた。


そのためには白陸軍が包囲する必要があった。




「では行きましょう。 この勝利は冥府を完璧に叩くも等しいです。」




竹子が最後に指差したのは布陣図に描かれる「冥王」だった。


丞相の位を持ち、白陸軍の総司令である竹子はハデスの討ち死にまで狙っていたのだ。


冥府の完全撃破まで目前だったのだ。


しかし竹子は一つだけ不安に思う事があった。


それはこの戦いが起きる前に虎白が言ったある言葉だった。


「次の冥王は俺なのかもな・・・」という言葉だ。


ハデスと息子のペデスを討ち取れば次の冥王は誰が行うのだ。


下界から送られてくる冥府行きの魂を誰が管理するのか。


不安げな表情のまま竹子は小さくつぶやいた。




「そうなれば一緒に行くからね・・・」


























大和軍に戻った桜火は炊き出しを行軍している白陸軍に配り始めた。



「おにぎりですけどね。」



桜火は急いで握らせたおにぎりを白陸軍へと手渡すと布陣図を見直していた。


何か不備がないかと。


おにぎりを白くて小さな手で口に頬張りながら布陣図を凝視していた。


白王隊を中心に羽が開くかの様な白陸軍の布陣。


だが桜火も一つだけ気になる事があった。


それはこの布陣図や中間地点の情報収集をするために虎白へ許可を求めに行った時の事だった。




「中間地点の地図?」
「うん。 ダメかな?」
「いいよ。 中間地点は俺達にとって分岐点になるからな。」
「分岐点?」
「いや何でもない。 気をつけて行けよ?」




分岐点とは一体何を意味していたのか。


白陸軍の布陣図を作成している最中も「分岐点」が気になって仕方なかった。


だが今になってみるとそれは冥王が死ぬ布陣を完成させる事によって虎白本人の運命が左右されるからではないのかと考えた。


ハデスとペデスの死は冥王を失う事になる。


そうなれば誰が冥府を統治するのか。


天王ゼウスは虎白に冥府の統治を頼んだ。


桜火はおにぎりを食べながら深刻な表情を浮かべた。




「どうすれば良かったのかな虎白様・・・」




自分が立てた戦略は勝利に繋がるがその結果虎白が冥府に行く事は避けたかった。





















虎白はハデスと睨み合い、もはや最後の会話になるかもしれないとお互いに察していた。




「弟を殺しても変わらない。 白陸と冥府の白冥同盟なんてどうだ?」
「鞍馬は本当にそれでいいのか? 弟に利用されて必要なら我を殺しに行かされるぞ。」
「勝手な同盟をして対価として俺の嫁を寄越せとかな。」
「そうだ。」




ゼウスへ好意を持っていないというのは2柱の共通点だった。


だが天上界の英雄と冥府の王では分かり合いたくても分かり合えない事情があった。


戦争のない天上界と憎き弟達への復讐。


互いの悲願は対称的だった。




「なあハデス。 お前の事を考えると気の毒でならない。 だが俺は多くの犠牲と共にここまで来た。 そうだ中間地点に豪邸を作ってお前の飲み仲間になってやる。 これはどうだ?」
「鞍馬・・・そなたはいい男だ。 我はそなたを心から好んでいる。 だが積年の恨みは消えぬのでな。」



どうしてもハデスを殺したくない虎白には様々な事情がある。


ハデスが死ねば次の冥王に任命されるのは明白。


愛する妻を置いて冥府に行くなんて考えるだけで気が遠くなった。


だがそれよりも一番思う事は。




「お前がいいやつだと思うから殺したくない。」




ハデスという男は責任感を持って冥府統治という難題を引き受けたとゼウスは話していた。


結果として冥府という悍ましい土地で邪気に飲まれて弟への恨みに変わってしまった。


手を差し伸べて長男ハデスを助けるべきだが弟達はそうはしなかった。


あまりに冷たい弟だ。


天王という絶対権力を手に入れたゼウスは今更長男に天上界に戻ってきてほしくなかったのだろう。




「鞍馬。 道を開けろ。 兵士を死なせたくないのなら手を出すな。 よかろう。 白陸軍への攻撃は中止してやる。」
「そうじゃねえだろ。 魔族なんぞ天上界に入れたらな。 罪もねえ人間まで襲うだろ。」
「知った事か魔族なんぞ!!!! 我は弟を殺せれば構わぬ!!! 何を言っても我の事を信じぬではないか。」



その時虎白は黙り込んだ。


刀を腰に戻すとじっとハデスの顔を見ていた。


「ちょっと待て」と小さくつぶやくと「何を言ってもってなんだよ?」と首をかしげていた。





「そなたらの身に起きた事だ。 頭痛がするのではないか?」
「な、なに!? お前何か知っているのか?」
「何かか。 全てを知っていると言っても信じぬのではないか?」
「とりあえず話してみろ。」




怒号と喧騒、そして剣戟や爆発音が響き渡るこの戦場において。


2柱だけは武器を交える事をせずに会話を始めていた。


互いの配下は主を守るために今も死力を尽くしている。


ハデスは口を開いた。


その時だった。




「虎白様ー!!! 申し上げます!! 天王様の援軍馳せ参じました!!」
「ゼウスの!?」
「大衆を率いて我軍の後方にまで迫っています。」



虎白はハデスの顔を見ていた。


「本当にお前殺されるぞ」と眉間にシワを寄せてハデスに撤退を促していた。


だがハデスに撤退をする様子はなく、「我の話を聞け」と言いかけた話を続けようとしていた。




「聞いてやるから早く撤退の準備しろよ。 全神族の軍隊がここに来ているんだぞ。 魔族はどうだっていいが、お前は死ぬな。」
「本当か? 魔族はどうでもいいのか? ルシファーもか?」
「当たり前だ。 ルシファーは俺の親友を殺しやがった。 今は帰ってきたけどな・・・そのせいで多くが苦しんだ。」




ハデスは大きなため息をつくと虎白の胸ぐらを掴んだ。


そして力強く抱きしめた。


驚き「おお?」と耳を動かしているとハデスは虎白の白い耳に口を近づけて囁く様に言った。




「そなたはかつてルシファーと誰よりも深い関係だったのだぞ。」
「ああ?」
「それを台無しにしたのは弟だ。 そなたの兄も到達点へ幽閉されているのだ。」
「ちょ、ちょっと待て。 言っている意味がわからない。」





悪魔の囁きの様にハデスが言い始めた言葉は不可解だった。


何故なら全て記憶にない事だからだ。


眉間にシワを寄せる虎白はハデスに抱かれたまま話を聞いていた。




「あれは大陸大戦の時だ。 人間を抱こうとした弟を止めたのが他ならぬルシファーだ。 あの者は誰よりも心優しく人間を大切に思っていたのだ。」
「大陸大戦ってなんだよ。 お前何を言い出してんだよ!?」





突然の話に理解ができない虎白はハデスを突き放すと腰の刀に手を当てた。


どれも記憶にない話だがハデスの口ぶりはまさにその場に虎白がいた様な物言いだ。


困惑する虎白はじっと黙り込んでいたが、髪の毛は逆立っていた。





「鞍馬。 そなたもミカエルも。 そなたの兄達も皆…」






そしてその時だった。


中間地点は晴天。


不気味なまでに晴れていた。


だが轟音と共に雷が虎白の後ろに墜ちた。


やがて形となり姿を見せたゼウスは虎白を見ていた。


ゼウスは虎白を守るようにハデスの前に立つと雷の剣を構えていた。


虎白は自分を守ろうとしているゼウスの背中をじっと見ていた。
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