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独り飲み中の聖女サマ、状況を整理してから……

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「状況を整理しますと……」

 思ったより落ち着いた声が出た。


「私はこちらの国に異世界召喚された。帰ることはできないが、ここでの生活は十分に保証される。私は膨大な魔力を秘めている可能性が高く、聖女としてその力を使ってこの国に貢献して欲しい。同時に異世界の情報も伝えて欲しい。その活動を主に王子殿下とそちらにいらっしゃるご友人達が助けてくださる、と言うことでよろしいでしょうか?」

 害意の感じさせない笑顔を深める。

「その通りでございます!此度の聖女様はたいへん聡明にあらせられますな!」

 宰相サマが機嫌良さ気に笑い声をあげた。

「なるほど……。そうですか…………」

 ずっとグラスを持った形のままだった左手の力を抜いた。あのグラスはもうこの手にすることはできないんだ。ぐにゃりと視界が歪む。両手を床につけ項垂れた姿勢でぎゅっと目をつむる。



 フ ザ ケ ル ナ



 バチリと静電気のような音がした。

「なっ!主従契約の術がきかない!!」

 黒ローブのひとりが焦った声を出す。はぁ!?さっきからなんか纏わりついてきてて鬱陶しかったのよ!主従契約とかなによ!そもそも名前が死ぬほど


 気持ち悪いわ!!!


 バチバチと音を立て、白い光が体の周りに弾ける。周りが何だかワアワア言ってるけど全く耳に入らない。


 一方的に異世界から拉致するような奴らは胡散臭いとは思ってたけど、やっぱり信用ならない!
 
 敬うように優しく接してきた宰相のあの目は、こっちに不利な条件を通そうと企んでるクライアントと同じだ。信じ過ぎたら負けだ。

 そしてキラキラ王子!『美しく慈悲深い聖女様』って何よ。こっちは一言も発してないわ!自分の望みをいきなり押し付けるんじゃない!

 色んなタイプのイケメンを用意して、どうぞお好みがございましたら~って、

 アホか!

 それまでの生活をすべて取り上げられて、差し出されたものが、別に自分を好いていないイケメンなんて、天秤が釣り合わなすぎるっての!バカにするな!それとも聖女サマは歴代好色だったのか!?


 視線を上げ、遥か頭上の暗闇に目を凝らす。地球によく似た青色の光が見えた。


 ア レ だ。


 あれが私を連れてきたこの馬鹿げた装置の核だ。


 コワシテシマエバイイ。


 周りで弾けていた白い光が集まり、行き先を決めたかのように放射状に放たれる。バチバチと壁を壊しながら這い上り、頭上の青色に向かっていく。

 光が一点でぶつかると爆音が鳴響き、塔が崩れ出す。バラバラと先端の方から壁が剥がれて落ちてくる。


 …………あれ?大きくない?


「やばいかも」

 落ちてくる瓦礫の大きさを実感して我に返った。どんなにキレた風でもどこか冷静さを捨てきれない。このままだと死人が出るかも。この世界の人は魔法が使えるらしいけど、どの程度かわからないし。

「待って待って!」

 両手を上げて『止まれ』と力を込めた。ズズンと地面が揺れ瓦礫が空中で静止する。そのままの姿勢で周りを見ると、逃げ惑っていた人達が動きを止め、驚愕の表情をこちらに向けていた。こっち見んなよ~。

 少し考えてから、人を傷つけないようにと願いを込める。瓦礫が淡い光に包まれ、落下を再開し、あっという間に辺りは荒れ果てた廃墟のようになった。

 私からは瓦礫に阻まれて姿は見えないけど、元気に騒いでる声は聞こえる。うん、きっと皆さん大丈夫。

 カチャンと硬い音がした。足元に小さな青い水晶玉が転がってる。これが異世界人拉致装置の核ね。拾い上げてパーカーのポケットに入れた。

「どうしよう?」

 この場に留まるのはどう考えても悪手だ。きっと次はもっと強引な手段で来るだろうし、壊したもの弁償しろ~なんて言われたら突っ撥ねきれない気がする……。私、気が弱いので。

「逃げよう」

 どうせ元の世界に帰れないんだ。だったら少なくとも自由でいたい。

 鍛練が必要って言ってたけど、きっと魔法も使える。イメージが大事。深く考えない。まだ酔ってるからますます行ける気がする。

「行ける」

 地面を蹴って両手を広げた。そのまま上昇する。


 気持ちがいい。アイキャンフラ~イってやる映画あったな~。


 足下が騒がしいと思って見下ろすと、瓦礫の間から何やらこっちを見て騒いでる人達がいた。塔の中に結構人がいたんだな~。ご無事のようで何よりです。目視で確認したからちょっと気が楽になった。確認って大事よね~。

 周囲を見回すとノイシュバンシュタイン城みたいなお城と整った石造りの街並みが見えた。魔法なのか、あちこちにランタンのような灯りがふわふわと浮いている。ゆっくり散策したいところだけど、今はとにかく離れよう。

 未知のものしかない地平線に目を向ける。


 このままでもいけるけど羽とか生やしたいな。


 優雅に気分よく飛べそうな翼をイメージする。背中に白く輝く美しい翼が二重に現れた。ん?二重?トンボみたいにスイスイ飛べそう?あ、酔ってるからか~。

「ふふふ」


 自由に生きよう。ちょっとだけ頑張ろう。そして、せっかくだから楽しもう。


 ちらりともう一度足下にいる王国のエライ人達を見る。この世界に馴染んだ後、もし本当に困ってるようならちょっとだけ助けてあげよう。



 聖女は美しい翼を広げ、踊るように楽しげに夜空を羽ばたいていった。



 ◇ ◇



 それから程なくして、『聖女様は自由を愛している。もし出会えたなら、邪な心がない者には少しだけ良いことがあるかもしれないよ』と世界中で囁かれるようになったとか。








 最後までお読みいただきありがとうございました。


〈追記〉

 魔導大国は、とりたてて窮地に陥ってることはなく、召喚できるタイミングだったので、優れた魔導士の血を王家や高位貴族に入れるために、召喚の儀を行っただけでした。

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