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第2章

第30話 やり過ぎだろ

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 夜が明けて僕が目を開けたら白っぽいものが視界いっぱいに広がっていた。それがリナのエプロンドレスに被われた大きな胸だと気づいたら一気に目が覚めた。

「え?! 何事?」
「おはようございます、ご主人様。一度膝枕というものをやってみたかったので。お嫌でしたか?」
「嫌なわけが無いよ。びっくりしただけ。あとおはよう、リナ」

 胸で隠れたところからリナが声を掛けてくれて、あぁ本当に膝枕されてるんだと理解した。ちょっとドキドキするけれど、膝枕というのも悪くないなと思い、力を抜いて膝に深くもたれ掛かった。

『ちゃんと寝てるの?リナ』
『いえ、お忘れかも知れませんが、我々天女は基本的に睡眠など休息は要りません。しかし周りに他人が居る状態で、ずっと起きていていたら変に思われるので横になっていました。それから日が昇って起きても自然だろうと思い、起きてはみましたが手持ち無沙汰でしたので、ご主人様の膝枕をしていました』
『あぁ、なるほど。そういえばそうだったね。ごめん、忘れっぽくて』
『いえ、お心遣い感謝します』

 念話で僕が心配したのが伝わったのか、リナが微笑んだのが胸で顔が隠れていても分かった。今もリナの手で僕の頭を撫でられているし。

「あの~。起きたら隣でイチャラブされてると、とても起きづらいんですが。そろそろ起きても良いですか?」

 僕が膝枕でリラックスしていると、隣のイリーナさんからジト目でそう言われたので名残惜しいけど僕は身体を起こした。

「あぁ、ごめんね」
「くっ、慌てもしないとか。愛されてますねぇ、リナさん」
「ありがとうございます」
「こっちもですか」

 ますますジト目になっていくイリーナさん。まぁ朝から起きたら知り合いが膝枕して微笑み合ってたら嫌味も言いたくなるよね。爆発しろとか。

「嫉妬しても醜いだけだよ、イリーナ」
「うるさいよ、レメイ」

 レメイさんも起き上がってそう言ったけど、僕はレメイさんのツッコミに苦笑いしか返せなかった。とりあえず僕たちもそろそろテントから出ないと。

「それじゃ顔洗って朝ご飯食べてから、撤収作業を手伝おうか」

 僕たちはテントから出て樽から桶に水を移して顔を洗い、当番の人が用意してくれた堅焼きパンなどを食べてから、テントを片付けたり下ろしていた荷物を馬車に積み込んだりなど手伝った。

 撤収作業を終えて僕とリナはジュニアスさんの馬車の前で待機していた。ジュニアスさんとアラディンさんは今別の行商の元へ挨拶に行っている。雇い主より先に馬車へ乗るわけにも行かないので2人が戻ってくるのを待っていた。

「おい、てめぇ。昨日はよくもやってくれたな」

 昨日撃退した3人が睨み付けながら僕らの元へやって来た。テンプレの回収は今頃来たみたいだった。面倒臭いなーと思いつつ、相手にしないと助長しそうなので話くらいはしてみようと思った。

「いいえ、お気になさらず」
「ふざけてんのか!?」

 ハナのセリフを使ってみたけど、やっぱりお気にするよね。

「それよりも局部は治してもらえたんですか?ぐちゃっといったと思ったんですが」
「大きなお世話だよ!てめぇマジでぶっ殺すぞ!」

 どうやら僕が局部を心配したのがお気に召さなかったようだった。火に油を注いでるのは分かっているけど。こういう輩は下手に出たら助長する癖に、撃退すると恨みだけは一丁前に返そうとしてくる面倒臭い奴なんだよなぁ。

 アラディンさんに殺すなと言われているし、やっぱり恐怖で竦み上げさせるしか方法はないのかなと考えていたら、アラディンさんとジュニアスさんと昨日会った向こうの冒険者を纏めてる人が駆け寄ってきた。

「お前ら何をしている!お前ら3人が束になったところで、こいつらに勝てると思ってんのか!」
「うるせぇよ!昨日のまぐれ位でいい気になられてたまるか!」

 どうやらプライドを傷つけられたのが気にくわないようだった。僕のような見た目ひょろっちい奴に良いようにされたら確かにそうなるか。今後も同じように絡まれる可能性もあるし、穏便に済ます方法を探さないと。

「なぁ、マサト。こいつらを殺さずに実力を見せることって出来るか?」
「え? まぁ、出来ますけど」

 アラディンさんがそう言ってきた。出来るけど良いのかな。

「わりぃけどよ、こいつらのプライドへし折ってやってくれるか?」

 向こうの冒険者のまとめ役がそう言ってきたので分かったと頷いた。

「リナ、ここから森まで念のため探知をお願い」
「畏まりました。・・・人や魔獣などの気配はありません」
「ありがとう」
「あ?何やってんだ、てめぇ。こっち向けよ!」

 僕は未だ騒ぎ立てる冒険者たちを一瞥した後少し皆から離れて、森に向かって全力の闇の矢を無詠唱で放った。

 ドン!という音と共に地面を抉りながら闇の矢が飛び出していき、粉塵を巻き上げる凄い音と地響きを起こしながら、通常の大きさより遙かに大きい闇の矢は森の入り口まで到達してから消えた。その後に残されたのは一直線に伸びる抉れた地面だった。

「な、な!?」

 振り返ると言葉に出来ないようで絡んできた冒険者たちだけでなく、アラディンさんたちや荷馬車に乗り込んでいた人たちまで呆然とした顔でこちらを向いていた。平然としていたのはリナくらいだった。

『よろしいのですか?』
『あぁ、さっきのを見せたこと?中途半端なことしても恨みが募るだけだろうと思ってさ』
『それもそうですね。この場に居る者たちが勝手に噂を広めてくれるでしょうし、今後の活動にも良い威嚇になると思います』
『毎回絡まれるのは嫌だしねぇ』

 リナと念話を終えて、僕は絡んできた冒険者の前まで歩きそっと腕を上げ狙いを定める。

「ひっ!ひぃい」

 情けなく尻餅をつき首を振りながら待ってくれという風にしているさっきまで睨んでいた冒険者の股間付近に手を向け、闇の矢の畳針バージョンを連射して放った。針は股間の手前の地面に音を立てながら命中していき5秒ほど打ち込んだ時には既に小便を漏らしながら男は気絶していた。

「こんな感じでどうですかね?」
「・・・やり過ぎだろ」

 アラディンさんが呆然としながらも、そうツッコんできた。まぁ、自分でもそう思わなくは無いけど。

「こういう人って変に恨みを買うとずっと粘着してくるから、殺すのが駄目なら徹底的に実力を見せつけないと後が怖いですからね。まぁ次はありませんけど」

 そう言ってから残り2人に目を向けるとブンブンと首を縦に振って頷いていた。

「まぁ言ってる事ぁ分かるわなぁ。しかしまさか魔法までここまでの実力者だとは思わなかったわ。魔法剣士だったのか・・・」
「えぇ、まぁ」

 実際はリナより僕は弱いんだけどねと心で呟いた後、今度は向こうのまとめ役に身体を向けた。

「あとでまたこの人が騒いだら、今度はそっちで処分してくださいね」
「・・・分かっている。その時は魔獣の餌にでもしてやるさ。手間を掛けたな」

 そう言った後気絶している男を引き釣りながら残り2人を連れて自分たちの集団へと戻っていった。

「そういや、実力あるのが最初から分かってたから聞かなかったが、お前らの冒険者ギルドのランクってどの辺りだよ?」
「次の街で登録するつもりだったんで最低ランクどころか未登録ですよ」
「なに!? マジかよ・・・登録してこの実力で最低ランクとか詐欺も良いところじゃねーか。それじゃどうやってそんな実力を身につけたんだ?」
「・・・師匠が優秀でして。知識と実践を叩き込まれはしましたが、冒険者ギルドには登録していなかったので」

 師匠なんて居ないけど、適当に思いついた嘘で答えた。そしてアラディンさんに言われたけど、今のギルドの体制だとランクに則したクエストをしないとランクが上がらないからしょうがない。

 ギルドには冒険者ギルド以外に商業ギルドや職人ギルドなど色々あるけれど、大抵はランク分けされている。最低ランクから赤・橙・黄・緑・青・藍・紫となっていて、虹の色で構成されている。赤色の駆け出し冒険者の仕事は大抵雑用などで討伐クエストなどは赤色では本当に弱い魔獣しか受けられないだろう。

「急にランクを上げても目を付けられて困りますし、ボチボチ頑張りますよ」
「それもそうか。次の街のギルド支部長に口くらい聞いてやろうかと思ったんだがな。でもお前ら目立つから遅かれ早かれまた今回みたいな事があって噂になると思うぞ?」

 まぁ、そんな気はする。リナが目を引くし、そんなリナを引き連れている僕も目立つだろうし。

「言われてみたらそうですね。もし良かったらお願いしても良いですか?」
「おぉ、構わねーぞ。お前らみたいなのが最低ランクだと本当の駆け出しが同じ働きを求められても困るだろうしな」

 あぁ、なるほど。そういう理由もあるのか。

「アラディンさん、ギルドの支部長にお願い出来るくらい偉かったんですね」
「何気に酷い言い草だな。俺はこれでも元支部長だぞ」

 本当に偉い人だった。何でも事務仕事が嫌になって部下に仕事を丸投げして役職を辞めて一介《いっかい》の冒険者として過ごしているらしい。とりあえず金は立替えるから次のリリーフ村にある冒険者ギルドで登録しろと言われ了承した。

 色々あったけど、僕たちは馬車に乗り込み次の中継所のリリーフ村へと向かった。
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