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何度も見た君の笑顔を、僕だけの物に

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外は今日も晴れ。カーテンから溢れ出る陽の光に照らされ、柊木賢人は身体を起こす。
手元には薄味の病院食に、白い布団と青緑の母体に首元に赤い線が入った服の袖。辺りを見渡しても、代わり映えのない質素で簡略な部屋。無造作に置かれたダンボール、皺だらけになったシーツ、1階の為か見栄えが悪く見たくもない窓の外の世界、隔離され誰の声もせず、快晴の空に飛ぶカラスやトンビの声だけが聞こえる空間。家族も病室にまで来れない。
賢人はずっと早く死にたいと思っていた。

「誰か俺を一思いに救ってくれ。もう生き飽きた。」

毎日毎日同じ景色、外にも出れない。起きれば病院食がもう目の前にある。
「なんで俺が…」

…ガラッ……

突如ドアが空いた。女の子だ。髪型は肩くらいまでで短くて、目が大きく、終始微笑んでいる。見知らぬ女の子が俺の横にあるもう1つのベッドに入った。急に知らない女の子が入院してきた為、賢人は少し不思議に思っていた。

…ガラッ……

看護師が出ていった。見知らぬ女の子と2人きり、賢人は少しだけ緊張した。

「…どうも。」
「初めまして、姫凪千華です!長い間でも短い間でも、よろしくね!」
「よ、よろしく。」

今日、"元気いっぱい"の女の子が入院してきた。

賢人は少しだけ気持ちが浮ついた。
人と話せる。今の生活よりは幾分マシになる。日々の退屈が紛れ、これからの人生彩がつく。そんな興奮した音が心臓の鼓動に加わった。


「歳はいくつ?」
「17歳!貴方は?あ、まだ名前聞いてなかった!名前も教えて!」
終始元気な姫凪千華に、少し賢人の目や口に活気が戻っていた。
「俺の名前は柊木賢人。歳は17歳、同い歳だよ。呼び方は好きなように呼んで。」
「同い歳かぁ!変に気を使わなくても良いから嬉しい!じゃあ、賢人って呼んでも良い?あ、その代わりに私の事も千華って呼んで良いから!」
「わかったわかった笑」

賢人は自然と笑みを零した。心底嬉しかったのだ。こうやって人と話せる機会なんてもう無いと思っていたから。
まず看護師達以外と喋る機会なんてそうないのだ。

「…聞いて良いのか分からないけど、なんでここに入院してきたんだ?」
少々の沈黙があってから、千華は言った。

「…んーとねぇ、前から入院とかはたまにしてたんだ。今回はなーんか長い病名だったから忘れちゃったけど、ちょっとだけ重たい病気だからここに入院したんだ!いつ頃退院出来るか分かんないらしー。」
「そうなのか、早く治ると良いな。」
「そういう賢人は??」
「俺は末期の膵臓癌。リンパとかにも転移してるらしくてさ、」


『後残り、余命 約1ヶ月半なんだ。』


「そ、そうだったんだぁ……なんかごめんね!急に聞いちゃったりして。」
「全然良いよ‪笑むしろ話が出来てこっちが嬉しい位だ。俺は昔から身体が弱くて………」

久しぶりの人との会話に花が咲いた。それから自分の出で立ち等、色々な話をした。

「俺はここ、東京産まれ東京育ち、家は文京区にある。昔はよく代々木公園にも行ったりした。」
「え!私も文京区だよ!一緒だ一緒だ!」



2時間後


「やーーっぱり入院生活って暇だねぇ~」
「そうだな、何もやることがないからな。」

「じゃあ、、しりとりしよう!」
「あ、あぁ良いよ。」
しりとりなんで何時ぶりだろう。
「しりとりの り からね!せーの、りんご!」
「ゴマ」
「まりも!」
「もつ鍋」
「ベル!」
「ルンバ」
「バラ!」
「ランドセル」
「るー、るーー………ルイヴィトン!あっ…」
「ん ついちゃったな笑」
「うわああ負けたあああああぁぁ~」
狭い部屋だから音が反響してよく聞こえる。
「しりとり強いよぉ~」
「千華が弱いんじゃないか?」
「も~~」
楽しい。心から楽しい。ずっと心臓の悦ぶ音が止まない。小学校以来ろくに学校に行けず、こんな感情17年間1度も感じなかった。

本当に感じなかった……か?よく思い出せない。

「なんか賢人と居ると楽しい!元気になれる!」
「もう元から元気だよ笑」
「じゃあじゃあ次は、にらめっこしよう!」
「ああ、良いよ。」
「にーらめっこしましょーわーらうっとまっけよー」
「あっぷっぷ!」
俺は自分が出来る最大限の変顔を披露した。
千華も負けじと変顔をしている。
「…ぷっ、あははは笑無理だよ笑笑」
「俺の勝ち‪だな」
「こりゃなーんも勝てないよ笑」
「いつかは勝てるさ笑」
「じゃあじゃあ次は……」

そして時間がたち、就寝の時間になった。こんなに濃い一日を過ごしたからか、まだ興奮が収まらない。楽しみな遠足前の小学生の様に眠れず、千華に背を向けながら横たわり小一時間程度目を閉じていた。

(これからも、こんな日常が続いて欲しいな。)



薄れ遠のいて行く意識の中で、背後からすすり泣く音が聞こえた。


「…おっはよーー!!」
朝6時半から耳元で、目覚ましの様に大声を出されて飛び起きた。
「びっくりした…おはよ。」
「びっくりした?やったやった!」

無邪気に喜ぶ千華を見て、少し心がモヤッとした。
(このモヤモヤ感なんだろう。朝だし、ただの不整脈かな。)

「今日はなにしよっかな~~」
「選ぶ程の事は出来ないよ笑」
「いいのぉ!」
「朝食は?」
「食べたよ!ちょっと味が薄かったけど…笑」
「それ言われると食べたくないな笑」
「だめだよ笑たべてたべて!」
俺は浮ついた表情のまま質素な病院食にありついた。

誰かさんのおかげで、いつもの様な薄い味ではなく、しっかりと味がついている様な気がした。だが
相も変わらず味噌漬けのきゅうりや副菜は薄い味だ。

「じゃ~今日は外観察しよう!」
「良いね。見ようか」
2人は窓際によって、少しだけ上を見上げた。

外は今日も快晴で、外の世界を見るには丁度良かった。大きな木の根元には、ミズバショウの花が沢山咲いている。

「…あ!見て見て!あの木の上!鳥が小鳥に餌あげてるよ!」
「ほんとだ、珍しいな」
「こーんなに外で散歩している人達が沢山いるのに、私たちが出れないなんて酷いよね笑」
「千華も出れないのか?」
「…うん!生まれてからずっと室内でしか生きてきてないよ!それにいなきゃダメらしいの。」
「そっか」

理由までは聞かなかった。

賢人は千華の真っ白でアルビノを彷彿とさせる様な肌の色を見て、千華は生まれつき肌が弱いから太陽等の紫外線を浴びれないんだ ということを悟った。

ここは木や建物の日陰になってる為、日光には当たらない。

「…少し、窓開けてみるか?」
「うん!日陰になってるし、それくらいなら大丈夫!開けよう!」

賢人は窓を全開に開けた。その瞬間、賢人の心に色々な感情が入り交れた。自分一人では到底感じることの出来なかった外界の空気。新鮮な緑の匂い、9月の、
満開の青空から漏れ出す暖かい風、誰かが楽しそうに喋っている雰囲気。
(この匂い、懐かしい…)

虫あみ、虫かごをもって父さんと一緒にカブトムシを取りに行った思い出が蘇ってきた。カブトムシが取れずに落ち込んでいた時だって、父さんはいつも俺に優しくしてくれた。飲み物を買ってくれた。励ましてくれた。毎日休みの日になれば疲れているのにも関わらず俺とカブトムシを取りに行ってくれた。病弱で、内気で、友達も居なかった俺を車ではなく、自転車で色々な所に連れていってくれた。鬼ごっこ、かくれんぼ、色々な遊びを教えてくれた。
母さんだって、公園のベンチで花占いや花の蜜の吸い方、指遊び、あやとり、色々な遊びを教えてくれた。こんな俺を見捨てず、暖かく抱きしめてくれた。そして沢山謝ってくれた。愛してくれた。泣いてくれた。笑ってくれた。叱ってくれた。2人は今、家で何してるんだろうなぁ。(またあの家で、赤子の様に父さん母さんに甘えてみたいな。)あんなに楽しい思い出、なんで今まで忘れてしまっていたのだろうか。

自分一人ではこんな思いをする事は無かっただろう。

賢人は上を向き、青空を見上げながら大量の涙をあの青い空に居るであろう神様に献上した。
千華は涙目になりながらも、窓の下の縁の部分を強く掴んで震えながら耐えている。2人は、しばらくその位置から動く事が出来なかった。

1時間後

「…外の世界って、こんなに広かったんだね!」
「ああ、広すぎる」
「出れるなら、1回で良いから出てみたいなぁ…」
「きっと千華なら出れるようになるよ」
「よぉーし!がんばって治すぞ!」
「その意気その意気」

「…ちょっと、トイレ行ってくるな」
「ばいばーい!」


賢人がトイレから帰り、自分のベッドに戻ろうとすると、誰かのすすり泣く音が聞こえた。千華だ。

一狭い部屋だから音が反響してよく聞こえる一

賢人はベッドに戻らず、またトイレに戻った。


こんな不平等な世界、壊れてしまえば良いのに。
皆人間は平等でなきゃいけない。もう千華の様に病で苦しむ人が居てはいけない。

しばらく経ってから賢人は今度こそベッドに戻った。
「おかえりー!」
「ただいま」

数時間後

「ねえねえ、病室外には出れないの?」
「ああ、ここの病室に入院している人は出ちゃいけないらしい。と言っても、俺と千華だけだけどな。」
「…今度、出てみない?」
「俺も同じこと思ってた。」
「えへへ笑じゃー決まり!いつか病室外に出よう!」
「楽しみだな」
「うん!」

そのまま2人は就寝した。疲れが溜まっていたせいか直ぐに眠りに入ることが出来た。


千華は俺の夢の中にまで出てきた。そして朝、賢人はある気持ちに気づく。


(このモヤっとした気持ちって、『恋』ってやつなのかな。)
賢人は自分の心臓を両手で抱え込む様に抑えながら、ベッドの中で丸まった。

それから数日経った。

「おっはよーーー!!」
いつも通りの劈く声で目が冴える。
「…おはよ、千華」
「今日、何時から行くー?」
「…何時からにしようか…」
賢人は顔を洗って、髪の毛を整え、歯磨きをし、自分のベッドに戻った。

「…その前に千華、朝からで悪いんだが、話があるんだ。」
「なになにー?」

「……俺はあと1ヶ月位で死ぬ。だからこの不思議な気持ちを伝えておきたい。」
「……?」

『俺、千華の事好きだ。17年間生きてて初めて女の子に恋心を抱いた。自分勝手なのは分かってるし、急にこんな事言われても困ると思う。だけど、気持ちを伝えなきゃダメだと思ったんだ。』
賢人は、急に饒舌になった自分自身に驚いた。


ふと我に返り、千華を見る。

綺麗に整えられたベッドの上で、下唇を噛みながらこちらを見ていた。じっと我慢していた。

そして、涙を流した。



千華はブルブルと震えながら涙を零している。
そして涙声にも関わらず、千華は頑張って喋った。

「…私も好きだった。嬉しい、嬉しいよ賢人。会ったばかりなのに、こんなに恋する事あるんだね。」

賢人は凛とした表情、姿勢で千華の話を聞いた。

「…私の病気の事、詳しく話してなかったよね。」

賢人は姿勢をもう一度直した。千華が俺のベッドの上に上がり横に座った。

「…気づいてると思うけど、私は生まれつき太陽の光とか、紫外線を浴びれないの。」
「それに実は、統合失調症とか、パニック障害とか、発達障害とか、色々な病気を患っている。
あとは……(これは言わないでおこう…)。」

賢人は最後の言葉が気にかかったが、何もかける言葉が無く、黙って聞いていた。

「だから、賢人と話してる時も、子供っぽいって思われる様な事沢山言ってたかもしれない。夜だって気持ちが抑えきれなくて、少し病状が出ちゃってる部分もあったかもしれない。」

「それでも私の事、好きでいてくれる?」

賢人は迷いなく即答した。

『うん、どんな千華でも大好きだ。勇気を出してくれて、頑張ってくれて、話してくれて、ありがとう。』

「………ありがとう……」

千華は泣き崩れた。俺の、ずっと畳まれていないグシャグシャのシーツの上で。

それを横目で見て、賢人はどうする事も出来ない自分に反吐が出る程イラつき、その場で固く拳を握りしめた。


3時間後

「…もう落ち着いたよ!ありがとう!」
「あ、まだあの答え出してなかったよね…」

「私たち、付き合お!賢人にとっては短い間でも!」
「…うん、付き合おう。ありがとう。」

それから、

『長いようで短く、絶対に誰にも邪魔されることのない俺達だけの恋愛』が始まった。
千華は賢人に膝枕をしてもらう形で。賢人は先程の状態のまま、少しの間だけ眠った。


賢人が目を覚ますと、2時間弱程経っていた。千華は
病室外にいつでも出れるように張り切っていた。
「あ!起きた!早速バレないように行こ!」
「ああ、行こう。まずは目標:屋上だ。」

俺達は看護師達にバレないように病室を出た。俺達の病室が1番角にある為か、あまり看護師達が居ない。
「…よし、今なら行けるか?」
「行っちゃおう!」
小走りでエレベーター近くまで行った。行くまでに所々で看護師にあったが、死角だったらしく気づかれていなかった。
エレベーターに乗り、一気に3階まで行く。屋上までは階段を使わなければ行けない為、3階で1度降りなければならなかった。
「…ここ、使われてないのか?」
「看護師さんがいるから使われてるとは思うよ。」
使われてるのか使われていないのか分からない程人が居なかった。そして…
「あら?君達、もしかして例の105号室の子達?」
バレた。バレてしまった。俺達はアイコンタクトを使って即座にその場から逃げた。
「あ!こら!待ちなさい!」
看護師2人程が追いかけてきてるが、年配の方々らしく俺達病人よりもずっと足が遅かった。
「あ、あそこの病室!」
俺達は使われていないであろう304号室に逃げ込んだ。
「…ここなら、とりあえず、はぁ、安心だね!」
「あぁ……そうだな。」
2人は疲弊仕切っていた。なんせ久しぶりに走ったから運動不足が酷い。


「…ここ、凄い空気良いね。」
「…ほんとだ、なんだろう。」
2人は辺りを見渡すと、病室のベッドに光が全て注がれているのに気づいた。その他にも、窓が空いている。光が入りやすい。骨格標本が置いてある。暖かい。無音で、"俺達だけの空間"というのが強いからだろうか。だが2人が1番気になったのは、そんなことでは無かった。
「やっぱりこれ、手紙…だよね?」
「あぁ。誰の手紙だろう。」
使われていないベッドに置いてあった手紙を見つけ、俺達は顔を見合わせると、仕方ないと言わんばかりに手紙を開けた。便箋びっしりに達筆な字で長々と書いてあった。その内容は…

「良平へ。
                           まずは初めに、良平。元気に生まれてきてくれてありがとう。小さい頃からずっと病弱で、他の子達みたいに好きに運動させて上げられなくて本当にごめんね。君がどんな小学生、中学生、高校生、大人になるのか、お母さん達は凄く楽しみにしてました。でもこんな事、良平には荷が重いよね。この手紙を読んでるってことは良平はもう、自分がいつ死んじゃうか分かってるって事かあ。良平は名前も知らない花に水を上げ続ける様な、太陽みたいにとーっても優しくて、そのおかげであの大きな木の根元にある花たちが今でも沢山咲いていられるんだよね。大人の人ともコミュニケーションを取れて、とっても賢い。だから今まで頑張って来れたんだよね。でも、もう良平は沢山頑張った。人の為になる事を沢山してくれた。最高の親孝行だよ。ありがとうね。
これを読んでる17歳の良平。長い夢の中でも、沢山誰かの為になることをして、ずっと幸せでいてください。お母さん達からの最後のお願いです。
安らかにね、良平。
                                                        お父さんお母さんより。」

賢人はこの手紙を読み、自然に自分と照らし合わせていた。歳も同じ、状況も差程変わらないからだろうか。そして自分がいかに愚かだったかを痛感した。それと同時に、千華と過ごしている時にも感じた、「まだ生きたい」という気持ちが強くなった。
「…悲しくも、優しい手紙だな。」
「…そうだね。」
「…俺、まだ生きたい。生きてもっと好きな事したい。千華と一緒に居たい。」
「…私もまだ一緒に居たい!」
千華の元気いっぱいな言葉で賢人はまた奮起した。
「…よし、行こう!」
「うん!」
2人は部屋のベッドの上にその手紙を置き、病室を静かに出て、階段を上り、屋上の扉の前まで行った。その道中で俺の足が小鹿の様になっていたのは秘密にしておこう。何故千華はあんなに元気なのか。

「屋上に来たはいいけど私達、外出れないよね…?」
「…あ、確かに。」
「…ぷっ」
「あははは‪笑」
2人は誰もいない屋上のドアの前で大爆笑した。何故
1度話したにも関わらず気づかなかったのだろう。それだけその思い出が強かったのだろうか。
「ほんとになんで来たんだろうね‪笑」
「ああ、ほんとだ笑」
2人はずっと笑っていた。

「やっと落ち着いたね笑」
「…ここも悪くは無いな。」
「笑ったから良い具合に涼しいしぃ~~」
何故か千華は笑顔でビブラートを効かせている。
「これ、戻る時も大変だな。」
「そうだね!」
しばらくして俺達は病室に戻る為に来た道を戻ろうとした。だが階段を降りきった所で看護師に捕まり、こっぴどく叱られた。叱られてる最中、俺と千華は小さく顔を見合せて笑いあった。


「あぁ~疲れたぁああ」
「…これだけ動いたのも久しぶりだ。」
2人はまだあまり時間が経っていないにも関わらず筋肉痛になっていた。千華は悶絶していたが、賢人は逆にこの筋肉痛を思い出として取っておく為に沢山筋肉を動かした。絶叫するのを抑えて。
そしていつの間にか2人は寝てしまっていた。

起きた時にはもう外は暗くなりかけていた。千華も起きたらしく、2人は顔を見合わせてまたはにかんだ。
「…俺達、ちょっと寝すぎだな笑」
「確かに寝すぎだね‪笑」
「ちょっとだけ、俺の遊びに付き合ってくれよ」
「いいよ!」
賢人はおもむろに赤く太い糸を取り出し、それを指にかけた。あやとりだ。

「…おぉ!おおおお!すごいすごい!」
賢人は何百回と練習したスカイツリーを披露した。
「千華もやってみな」
「がんばる!」
千華も賢人と同じ様に糸を指にかけた。そして千華は自分の中でのホウキを作って見せた。
「もしかしてそれ、ホ、ホウキ?」
「そうだよ!上手でしょ!」
「あ、あぁ笑」
お世辞にも上手とは言えない程の出来前だった。それからも俺は 千華の作ったホウキ、スカイツリー、ある有名な紋様、マクラ、様々な物を作って見せた。
その都度千華は目を輝かせてこちらに賞賛の意を送ってくる。

しばらくして2人は夜ご飯を食べて、少し早いが就寝の時間とした。
今度はお互い背を向けて寝るのではなく向かい合って、顔が見えるように寝た。千華はスッキリした顔で熟睡している。
賢人はよく眠れず、ベッドから窓の奥を見上げた。天気が良く、大きな木の隙間から星が沢山見えた。
「あの無数の星の数だけ、千華と一緒に色んな思い出を作ることが出来たらいいな」と賢人は無意識に言葉を漏らした。これを周りの大人が聞いたら、とても17歳が使うような言葉ではない と嘲笑うだろう。だが
ここは俺と千華だけの個室、誰にも邪魔はされない。
思う存分、気持ちをドストレートに伝えて良い。

「…俺はあと、何日で死ぬんだろう。…もっと早く、千華と出会っていれば少しは変わったのかな。」
賢人は千華と出会ってから、死ぬまでのカウントダウンをするのを辞めた。いつ死ぬかもわからない、だが何故か恐怖心は全く無かった。千華が居るからだろうか。

そしてまた1日、2日と刻々と時間は過ぎて行った。
ある日事件が起きる。


賢人はいつも通り朝早く起きた。千華がいつも起こしてくれるから今日は俺が起こす番だと張り切っていた。
「…千華~朝だぞーー」
「……」
千華は目を覚まさない。もう1度、声をかけようとした。その時、

突如千華がベッドの上で、身体が一直線に硬直したまま痙攣し始めた。癲癇(てんかん)だ。賢人は焦った。こんなこと、今まで1度も無かったからだ。
だがこの痙攣の仕方は賢人も経験済みだった為か、直ぐに状況を把握した。無言で素早くナースコールを押し、舌を噛まない様に千華の顎を下から軽く上げ、周りにある障害物を退けた。そして看護師が来るまでずっと見守った。
数十秒後に看護師が2人来て、急いで処置を取った。看護師が来る頃には少し痙攣も収まっていて、賢人は
安堵し、その場に座り込んだ。そして千華は看護師に抱きかかえられる様に病室を出ていった。


静かだ。凄く静かだ。千華が居なくなったからだろうか、病室は静寂に包まれ賢人の心を蝕む。
「…久しぶりに感じたな。この気持ち。」
だが賢人はこの久しぶりの孤独感を少しだけ楽しんでいた。千華は死んでいない。帰ってくるから。
雀やカラス、トンビの鳴き声も聞こえず、完全に賢人だけが孤立している。まるで自分だけ別世界に居るかのように。
静かだ。凄く静かだ。
賢人は何もする気が起きなく、猫のように丸まって布団の中に潜り混んだ。
目を瞑れば、周りを見なければ、何も聞かなければ、千華が居ても居なくても変わらない。そう自分に言い聞かせて賢人はそのまま寝た。


昼過ぎに雨が鳴らす音で、賢人は身体を起こした。辺りを見渡しても、ぐしゃぐしゃになった布団やシーツ、ベッドが2つあるだけ。誰もいない。まだ千華は帰ってきてないようだ。

賢人は外を見ていた。今日は雨が降っている。いつもの様に外は活気づいていなく、鳥の鳴き声も聞こえない。聞こえるのは地面が雨を弾く音のみ。

…ガラッ…… 

1時間くらい経った時、病室のドアが空いた。
千華だ。今度は看護師と一緒ではなく、1人で病室に入ってきた。賢人は思わず走って千華に抱きついた。

「…心配だった。もう会えないかと思った。」
「…ごめんね、心配かけちゃった。」

賢人と千華は哀愁漂う、囁く様な声でそう話した。

「また会えて嬉しいよ」
「わたしも!」

今度は元気よく、今まで通りの日常を思い出す様な声で話した。

2人は自分のベッドに戻り、いつもの定位置についた。
「私がいない時、何してたー??」
「外を見てたよ。雨のせいで中々良い物は見れなかったけどね笑」

少し沈黙が続いた。

「…流石に、もう言わなきゃダメか…」
千華はそう言うと賢人のベッドに乗り、賢人の方をしっかりと見た。
そして…千華にとって、賢人にとって、最も最悪な言葉を発した。

「ずーっと黙っててごめんね。実は、私…」

『あと、3日で死んじゃうらしいんだ…笑』

千華は堪えきれずに大粒の涙を零しながら、精一杯の笑顔でそう言った。賢人はそれをしっかりと受け止めた。
「…薄々気づいてた。初めて話した時も、少し違和感を覚える場所があったし、今回の癲癇でもそう思った。それに、日が経つにつれて千華の身体が段々と小さくなっていってるのにも気づいた。会った時よりも遥かにやつれてる。」
「…やっぱり、気づいてたんだね。」
「ああ、気づいてた。病名はなんなんだ?」
「…末期の肝臓癌。もう手術しようにも出来ないほど大きくなってるんだって。」
「そうだったんだな…」
「賢人と会った時にはもう末期癌だった。だけど先生が言うには、私は体質の問題で抗生物質を飲んでも副作用があまり無いみたいで、この綺麗な髪の毛もそのおかげ。勿論あの体力もね。賢人を心配させたくなかった。だから黙ってたの。」
「末期癌の事や、余命宣告を聞いてからずっと私は検査を拒んでて、自分が今どんな状況なのか分からなかった。けどさっき先生から聞いた。もう3日も猶予が残ってないって。」
「…そんな爆弾を抱えながら俺との遊びとか、色々してくれてたのか。」
「…謝らないでね‪笑、賢人は何も悪くないんだから。」
「…分かった。」
賢人は震える身体を抑制し、拙くはにかんでみせた。


「あと3日かぁ~。早いなぁ…」
「もう少しでこの地獄からも解放だ。」
「なら賢人は地獄に舞い降りた神様だね‪!笑」
「俺が神様か…悪くないな笑」
「…あと3日で何ができるんだろうなぁ~」
「無理に特別なことをしなくても良いんじゃないか?」
「そうだね!よーし、寿命まで沢山好きな事しよう!」
「その意気その意気。」

賢人と千華はいつもの様に色々な話をして、遊んで、外を見て、脱走して、捕まって怒られて、また病室に戻って、笑って、寝て。そんな日常を送った。




千華の寿命の日の前夜。賢人と千華は、今日が最後というのをしっかりと噛み締めていた。
「…賢人、やっぱり少し怖いよ。このまま寝たら死んじゃうんじゃないかって。」
「あぁ、俺も怖い。だからこそ、向き合わなきゃいけないと思ってる。俺がずっとついてるから大丈夫だよ。」
「…心強いや‪。」
千華は話して行く事に声が弱々しくなって行った。
「…千華、外を見てみて。」
「……綺麗な星…」
「俺達は、あの沢山の星の様に、沢山思い出を作れたかな。」
「…あんな星の量じゃ、足りないくらいだよ笑」
「……そうだな‪笑」
賢人は血が出るまで下唇を何度も噛んだ。

でも、2人とも笑顔は絶やさなかった。

「…賢人、ずっと大好き。」
「俺もだ、千華。ずっと大好き。」
「へへ、ありがとう」


『千華は涙を流しながら、2人で見たあの 満開の青空の様な笑顔 でそう言った。』



2014年 10月2日  千華は旅立った。笑顔で
俺は看護師達に、最期は俺一人に看取らせて欲しいとお願いした。看護師達も快く了承してくれた。
「…また天国で会おうな、千華。すぐ会えるよ。」
俺は大量の涙を流しながら笑顔で眠る千華に声をかけた。それ以上声をかけれなかった。


少し時間が経ってから、俺は千華の顔に白い布をかけた。優しく、最後の会話をする様に。

時間を見計らって看護師達が病室に入ってきた。そして、1人の看護師が俺に何かを渡してきた。
「…姫凪さんが、自分が死んだあとこれを貴方に渡して欲しいと言ってました。」

それは、千華の肌の様に白く、千華の様に優しく、暖かい…

『白いカーネーション』の花だった。

俺はその花を右手に握り、2つのベッドに挟まれる形で飾ってあった、"2人で撮った写真" の前に花を置いた。止まらぬ涙にはばかることなくこの上ない笑顔で、天に向かってこう言った。

『ありがとう。ずっと愛してる。』

俺は泣き崩れた。笑顔はもう保てていない。看護師は、少しの間外に出ててくれた。

何度も千華の名前を叫びながら、年甲斐もなく泣いた。



千華が旅立ってから、数日が経った。
もう賢人は1人になっても、あの頃の様な思いは1つもない。

一一誰か俺を救ってくれ。もう生き飽きた一ー

「最期まで、千華の分も精一杯生きるよ。」

賢人はあやとりをしながら、外を見た。雲ひとつない快晴。あやとりを辞め、賢人は立ち上がり、窓を開けた。
「…この空気、やっぱり良いな。」
前よりも少し暖かく、優しい風が吹いている。
ミズバショウの花は、今日も元気に咲いている。
賢人は窓の真正面には立たず、少し横に寄って風を感じていた。
窓を開けたまま、賢人はベッドに戻った。暖かい風がベッドの方にまで吹いてきている。
カーテンが揺れて、無音の空間に1つ彩る。
太陽の光が俺のベッドを通り、千華の居たベッドを明るく照らす。
病院食にも、全てに味が付いている様な気がする。
「…こんな生活も、悪くは無いな。」
賢人は下半身にだけ毛布をかけ、上体だけを起こしてそのまま俯きながら眠った。




2014年 10月9日 賢人は天国へと旅立った。
家族や看護師に看取られながら、千華が旅立って行った時と同じ様に、笑顔で。二人で撮った写真と白いカーネーションの花を両手に持つ形で旅立った。

また、千華に会えるだろうか。
また、賢人に会えるだろうか。
また、2人は天国でも出会うだろうか。
また、あの「大恋愛」を出来るだろうか。


そんな心配は、もう要らないだろう。


誰もいなくなった病室は、"あの病室"の様に暖かく、雰囲気が良くて、ずっと窓が空いている。2つのベッドには太陽の光が射している。そのベッドの間には、


『"笑顔の2人"の写真と、白い花が飾られていた。』



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