あの日

神奈川雪枝

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いつもと違う

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今目の前のステージでスピーチをしている人は、
本当に私の知ってるいる先生なのだろうか?と、不意に思う。

先生がさっき忙しそうに場内を駆け回っている様子を遠目にみていたら、突然目の前に現れた。

「ごめんね、バタバタしてて。はい。」と渡されたのは私が好きな白ワインだった。

「ありがとう、ございます。」

いつもはタメ口なのに、場の空気に流されて敬語になる。

今目の前にいるこの人は、
いつも私とあの部屋でだらけている先生ではないような気がして、私は視線を逸らした。

先生はぺこぺこと頭を下げながら、挨拶周りをしている。

なんでここに、縁もゆかりも無い私を呼んだのだろうか?

白ワインを飲み干す。

酔えない。

どうしてこんなにも人がいるこの環境で私は孤独を感じているのかと泣きたくなる。

スピーチが始まった。

いつもとは違うスーツ姿に、
前髪を上げた先生に、
違和感を覚える。

(先生。)

あの時と何も変わっていない。

変わったのは、先生の地位だけだ。









出会ったのは、大学生の時だった。

単位が足りなくて、
懇願しに行った時に先生とあった。

「また佐藤教授?」

(また?)

「俺なんて単位上げることしかできないよ。」

先生は、面倒くさそうに頭をかいた。

佐藤教授は、厳しいと学校でも有名で、案の定私は5点足りなかっただけで、この扱いになった。

命に関わるからと、佐藤教授は話す。

妥協はできないと、佐藤教授は決めているのだ。

先生は、その点出席さえしていれば大丈夫という緩さだった。

佐藤教授は気難しいのに、
先生とは気さくに話していた。

先生は、人の心を開くのが上手い。

先生はいつもぼけーとしている。

よく中庭で日向ぼっこしている先生をみる。

「先生!」

「なんだ、高橋か。」

一緒によく日向ぼっこをした。

先生の授業は短い。

足りないと言う声もよく聞く。

それでいいのだと、先生は話す。

「高橋は内定決まったか?」

「この前言った!」

「あぁ、〇〇企業は高橋か。」

先生の屈託なく笑う顔が好きだ。

「今度の卒論、順調か?」

「完璧!」

「凄い自信だな!」

「だって、先生が監修してくれたんだから!」
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