思い出の場所でした。

神奈川雪枝

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全部なくなったわ。

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「ここがあの幸楽?
すっかり廃ビルじゃない?
こんな糞暑いのに
クーラーもないのね。」

真っ赤なハイヒールをはいたタイトスカートの彼女は、
サングラスをずらしながら、
目を細めた。

「まぁまぁ。」

薄ピンクの着物を着た物腰柔らかそうな女性が後に続く。

「ほこりっぽくって、たまんない。」

「お姉ちゃん。」

2人はここでキャバレーをしていた。
オーナーが死んだので、
久しぶりにここを訪れたのだった。

「にしても、
 幸楽が潰れてもう15年か。」

「早いよね。」

「本当に、幸楽なんてあったのかなって思うわよ。」

「私も夢みたいだよ。
 あんな毎晩光り輝いてたのが、
 夢みたい。」

「オーナー、ずっと闘病してたんだってね。」

「そうみたいね。」

「あんたずっとこっちいたんでしょ?
 なのに、なんで見舞いにすらいってないのよ。」

「行こうとしたわ。
 でも、来るなっていわれたのよ。」

「はぁ?」

「オーナー、まさか自分が病気になるなんて思わなかったみたいでさ、
 受け入れられなかったのよ、病気のこと。」

「あぁ。
 本当、小さい。
 100歳まで生きるって嬉々としてたもんね。」

「うん。」

「それが、69って聞いてあきれる。
 還暦に毛が生えたもんじゃないの。」

「オーナー、不摂生に不規則だったからね。
 仕方ないわよ。
 つけって回るのね、どんなことでも。」

「本当、しょうもない生き様。
 借金で幸楽は潰すわ、
 病気で自分は潰すわ。
 せいせいする。」

「そんなこといって、
 お姉ちゃん、まだオーナーの事好きだったんじゃないの?」

「な。何で私が?」

「葬式の時、泣いてたでしょ。」

「見てたのね。ふん。」

「見えたのよ、あんまり静かだったから。」


親に捨てられた私たちは、
夜の公園でオーナーと出会って、
拾ってもらった。

寝る場所も食べるものも着るものも、
働く場所も、
全部与えて貰っていた。

感謝しない訳がない。

未成年で年をごまかしてキャバレーで踊っていたけど、
居場所のない日々を想えば、
きらきら輝く楽しい思い出だったのだ。

まぁ、まともな仕事には私たちの性格からは
どうしても苦手でつけなかったけど。

「私、忘れられない。」

「きっと、私も同じ。」

「幸楽が潰れる最後の日。」

皆が寂しがったあの日。
ただお店が一件潰れるだけなのに、
この世の終わりかと思うくらい、
店内は賑わっていた。

最後の曲が終わった時に、
お客さんが札束を空に投げて、
紙幣がひらひらと照明を浴びて舞った。

これ見よがしに他のお客さんも、
硬貨を上に投げたりして、
アンコール!との声も響いた。

泣いても泣き切れない、
青春だった。

「本当に、終わったのね。」

「あの日で終わったって思ったけど、
 心のどこかでまだ戻れるって思ってた。」

「でももう、無理ね。
 あの人が居ないんじゃ。」

「寂しいね。」

「悔しいわよ。」

大切なものはずっと手にしていられない。
酷く空虚だ。

姉はまだ幸楽の店名がはいったライターを使っていた。
「私も吸おうかな?」

姉からタバコを貰う。

酒とたばこと少し淀んだ空気が、
ここは当たり前なのだ。

真昼間の廃ビルなんて、
来るもんじゃないね、
お姉ちゃんと、
たばこにむせながら、
涙が流れた。
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みんなの感想(1件)

ハル
2020.06.17 ハル

かって一緒に働いていたキャバレーの跡地で思い出に耽る姉妹の、その場の様子や、ありし日の雰囲気がよく描かれていて郷愁を誘います

2020.06.17 神奈川雪枝

感想ありがとうございます!
思い出の場所、大切にしたいですよね!

解除

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