幸せになれる。気がした

神奈川雪枝

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お前となら、な

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「 はよ、起きぃ!」

「 んんー、あと 10分……。」

「遅刻するやろっ!」

「 そんな大声出さなくても、ええやんかぁ 。」

彼女と同棲中。
彼女は、俺より1個年上。
だけど、何処か抜けてるというか、天然というか 。

朝。
いつも、一緒に通勤する。
同じ電車に乗って、のんびり話すのが、俺等の日常。

「太郎。
 もうすぐ、誕生日やね。」

「 せやなぁ 。」

「私、太郎の誕生日に、
 「太郎SP 09」を作るな!」

「 何やねん、それ?」

「太郎のことを思って作る、カクテルv」

彼女は、バーテンダーの見習いだ。
朝は、コンビニとかスーパーとかでバイトをしてる。
夕方は、バーで修行。

彼女の笑顔は、いつも優しさで溢れている。

そんな日常は、ある日無くなってしまった。

彼女が、消えた 。

普通に朝、一緒に通勤をして、他愛もない話をして、
家に帰ったら、何時になっても彼女は帰ってこなくて、
心配で電話をかけても繋がらなくて、
一人、部屋を眺めてたら、彼女の物が何ひとつ無いことに気がついて……。

( どういうことやねん 。)

俺は、一気に喪失感に襲われた。と、同時に脱力感。
分からなくなって、一人で虚しく笑った。

気がつけば、誕生日が来て、でも彼女はまだ戻ってきてくれなくて 。

一人で淋しく過ごした。

( カクテル、作ってくれるんちゃうんか?)

彼女の居ない生活は、ただ無色だった。
改めて、自分にとっての彼女の存在の大きさを体感していた。

彼女が居なくなって、2週間。
彼女と過ごした日々が日常なのか、一人で過ごす日々が日常なのか、
俺は、一人会社に向かう 。

(朝、起こすん面倒とか思ってたけど、全然面倒やないねんな。
 逆に、淋しいわ 。)

(電車って、こんなに長く乗ってたっけ?)


瞳を閉じれば、彼女の残像がいっぱいで 。

(何で帰ってこぉーへんねん。お願いやから、戻って来てや?
  好きや、めっちゃ好きや。 愛してる。 ……会いたい 。)

思わず、泣きそうになった、朝の通勤。


帰り道。

「 あれ、太郎?」

愛しい声が、俺の名前を呼んだ。

振り向くと、彼女が居た。

「 ちょ、何で ?」

「何してんの?今、帰り? 残業してたん?」

彼女は、何事もなく俺に話しかける。

「なんやねん、それ。残業って 。
 お前が突然消えるから、俺、お前のことばっか考えて仕事できなくて、
 いつも人の倍かかって、仕事終わらせてんのに。」

心が溢れて、言葉が流れ出す。

「 太郎?
 何、情緒不安定なん?」

「なんでやねん。
 何で、お前はいつもそうマイペースやねん 。」

久しぶりの彼女の姿。
思わず、彼女を抱きしめた。

「 俺のこと、嫌いになったん ?」

自分でも分からないぐらいの、弱弱しい声だった 。

「嫌いちゃうよ。大好きやで。」

「じゃぁ、何で家に帰ってこぉへんの?」

「私は、太郎と違って、器用な方ちゃうからさ。
 バーテンダー一本の道を選らんでん。
 そしたら、やっぱ毎日お酒ばっかになるやろなぁって思って 。
 太郎に悪い思ったし、そんな自分が嫌になってん。
 そやから、一旦全部を捨てて、今は住み込みで毎日修行してんねん。」

彼女の声には、言葉には、力強さがあった。

「俺に相談してやぁ。
 一人で勝手に考えて、決断しないで、俺にも教えてやぁ 。」

「 ごめんな、太郎。」

こんなときに、よく思う。
(やっぱ、彼女は年上なのだと。自分はまだまだ子供だということを 。)


「あー。
 太郎の誕生日、過ぎたやんな?!」

「 そうやなぁ。 」

「太郎SP 09、作ってないやんな 。
 ほんま、ごめん。」

「ええよ、別に。もう、家に戻ってくるやろ?」

「  ごめん、まだ家には戻れんわ 。」

彼女の瞳は、本気だった。

「わかった、じゃぁ修行が終わったら戻ってくるやろ?」

「 太郎は、待っててくれるん?」

「あたりまえや。」

「ありがとう。」

久しぶりに見た、彼女の笑顔。

「そうや、今夜、暇?」

「暇やけど。」

「住み込みしてるバーで、飲まん?」

「 ええの?」

「ちょっと遅れたけど、太郎SP 09、作るわ。」

「 楽しみやなぁ 。」

「私の修行の成果を見せたるわ。
 せや、あと誕生日祝えんかったし、突然失踪してしまったお詫びもせな、
 あかんよね 。何かないの?」


「 そうやなぁ 。
  メ シ 作 っ て ~ や 。 」

「ご飯?
 それだけで、ええの?」

「ええよ、別に。」

「何、何か怖いねんけど、太郎が優しいなんて。」

「なんやねん、それ。俺、めちゃくちゃ優しいやろ。」

「「 笑 」」

二人で久しぶりに他愛ない話をして、笑い合った。

俺の日常は、彼女と過ごす日常がええわ 。

「 なぁ、修行終わったら、俺と結婚してくれへん?」

「私の都合に合わせて、ええの?」

「やって、お前、せやないと結婚せぇへんやろ?」

「あれ、お見通し?」

「愛の力 やな。」

「うん、私頑張るから。
 ほんまにありがとう、太郎。」


二人で、バーに向かった。

「太郎SP 09」は、愛に満ち溢れてた。

(俺は、これから毎日ここに通うんか。
 何か片思いみたいやな 。)

「どう、お味の方は?」

「ん、めっちゃ美味しいで。」

「ほんまに?」

「 ありがとうな、バーテンダーさん。」

「遅くなっちゃたけど、太郎、お誕生日おめでとう。
 これから、何かご飯作るな。」

「 おん。」

俺は、彼女と過ごす日常で初めて、幸せになれる 。気がした。
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